第2章その5 ケッコン「できない」のはなぜ?
翌日、昼休み、相変わらずしーんとした事務室内を改めて見渡すと。
家庭を大事にしている真田くんと、独身の藤谷くんは席が向かい合っている。真田君はいつも仕出しかと思うような立派なお弁当、藤谷君はたまにお弁当を持ってきているが最近は基本的にカップめんを食べている。今日もそうだ。祥子が二人の傍に行き、
「藤谷くん、カップめんばっかりじゃだめじゃないの〜」
とからかうと、藤谷君は若い割にややオヤジ体型になりかかった我がお腹まわりに視線を落としつつ、猪八戒に似ている顔に似合わないニヒルな横顔をつくり、
「ひとりだと料理ってだんだん面倒になるんですよ。真田さんみたいに恵まれた環境じゃないですからね。」
「真田くんはさすがいつもステキなお弁当よね、奥さん優しいわねえ。」
「いいよなあ、優しいし、美人だしなあ。」
容姿端麗だがやや世俗を超越した感じのある真田くんは、ふふっと非世俗的なほほえみを浮かべ、
「もうそのくらいで勘弁してください。あ、給湯室に、妻がつくったケーキを置いてありますんで、深山さんもよかったらあとで召し上がってください。」
「おお、いつもありがとう!」
給湯室に行くと、独身の林さんがお弁当箱を洗っていた。えらいなあ。
「あ、深山さん、お疲れ様でーす。」
「お弁当ちゃんとつくってきて偉いよねえ。私絶対ムリ。」
「いえ、全然手抜きなんですよー。」
彼女はとにかくものすごく真面目なので、祥子は今の部署の中では一番気に入っている。外見も、見ていて癒される。祥子と違って、いつも女らしい柔らかい色のブラウスなどでさりげないおしゃれをしているし、髪もさらさらつやつやで、20代でも十分通用しそうな、可愛らしい女性だ。
「林さんって、一人暮らしなんだっけ?」
「いえ、親と一緒です。ほんとは独立したいんですけど・・・。結婚でもしないと、親はなかなか出してくれそうにないんです。でも結婚はまったく見込みなしですし。」
「そんなことないわよ、そのうちお相手が現れるんじゃないかな。林さん、いい女性だもの。」
「いいえ、ぜんぜん・・・。アルバイトから正社員になる面接のとき、この先結婚しても寿退職はしませんよねって確認されたんですけど、もう絶対ありえないって、自信もって答えました。」
「確かに、なんか出会いって、ないなあって思うこともあるわねえ」
「そうですよね。今のこの職場だって、全然不毛ですもん。」
「あははははは」
「真田さんの奥さんのこのケーキ、すごくおいしそうだし可愛いですよね。女性ってこうあるべきなんだなあって、思います。」
「そうねえ、でも、我々には、無理かも、とかも思わない?」
「いやあ、それを言わないでください〜」
「ねえ、今度、杉田さんもさそって、事務所の女性で語る会をしない?」
「いいですね!やりましょうやりましょう」
正直言って、このまま行くと、林さんも、ずっと結婚しないような気がする。林さんは、とても真面目に細かい仕事をするし、ちょっと融通がきかないところはあるが人柄も良くて真摯だし、本当に良い女性だ。自分に息子がいたら、こういう女性にお嫁さんに来てほしいと思うくらいである。しかし、こういうきちんとした女性に限って、独身のままどんどん30代40代を過ぎていくのを、祥子は何人も見ている。本当に、不思議な現象だと感じる。
それで良いならいいが、ひとりでいる故の、漠然としたぼんやりした、しかし確実に存在しつきまとう淋しさ。それを抱えたまま生きていかなければならないとすると、あまり幸福なことではない。 |