第2章その4 不倫からの生還
山田君との会話を切り上げて、新幹線の座席にもたれて目を閉じ、祥子は、今より自分がもっと愚かだったころのことを、思い起こしていた。
別れを決意するまでの、地獄のような毎日。気まぐれにしか来ない、二谷さんからの電話やメールを、死ぬ思いで待ち続けた日々。
不倫の関係にあった期間の終わりごろも、そして別れた後も、月並みではあるが毎日死ぬことばかり考えていた。
教科書に出てくるような、絵に描いたような、典型的なウツ病だった。
もちろん、仕事にはきちんと行き、どこにいても普通にふるまっていたから、周囲からはとてもそうは見えなかったかもしれないが。
心療内科へも行ってみたが、祥子は自分の現在の症状を遠まわしに話すことは、涙があふれてきつつもなんとかできたものの、それが医師であっても、他人にどうしてもフリンの話や、自分が死にたいと思っているというような「恥ずかしい」話をすることができなかった。
ウツ病は、その原因やきっかけが、重大なもの(大切な人の死など)であるか、あるいはアホらしいもの(フリンとか)であるか・・・つまり原因の貴賎・・・と、その症状としての精神状態の重篤さとは、比例しない。あほらしい原因でも、いったん罹ると、その原因の性質とは無関係に、症状が独り歩きしていく。
そして、たとえ症状がひどくなっても、なぜか「倒れることができない」性格・・・なぜか、這ってでも「きちんと会社に行き、きちんと社会生活をしてしまう」体質・・・そのことが、ウツ病の症状の重さが、倒れてしまう人に比較して軽いということを示しているのかどうか。それは祥子には分からない。
祥子の最大のアドバンテージ、というべきか不幸というべきかは分らないが、それは、「眠れる」ことだった。
いや、むしろ、眠っている時間だけが救いだった。永遠に眠っていたかった。
しかし眠れる限り、人間は朝、立ち上がって会社へ行き、普通に仕事をこなすことができてしまう。これは、見方を変えれば、最大の不幸だった。
そう、十字架にかけられた人間のうち、体力のある人間ほど、なかなか息絶えることができず、長く苦しむように。
そして祥子は、「会社に行けなくなり、社会に迷惑をかけ、中途半端な袋小路に入ること」だけは、避けたかった。
あと○○日だけ頑張って、このプロジェクトが終わったら、次の納期を乗り切ったら、身辺整理をして、すっぱりと死のう。
ウツ症状が続いた3年近くの間、いつもそう考えてその日を生きていた。
不倫の関係にあった期間の後半、祥子が二谷さんにのめりこめばのめりこむほど、二谷さんはそれが重かったのだろう、連絡は途絶えがちになった。「お願いだから、せめて毎日、1行でもいいから、メールをください」と祥子が必死で頼んでも、メールは1週間に1通くらいしか届かなかった。
それなのに、祥子が別れを宣告した後、何度か、そして何度も、思い出したように祥子にセックスを求めてきた二谷さん。
気が向いたときだけ、祥子を都合のよい欲望の対象にしたいだけのひと。
半年間の音信不通のあと、偶然会ったその夜に、平気でキスやセックスを求めてくる神経。
そういうひとだ。
妻がいるのにフリンする既婚オトコなど、程度の差こそあれ、所詮本質はそんなものだ。
二谷さんからのメールは、今、全て消去してある。最後の一通を除いて。その一通は、短いもので、ごく最近のものだ。「元気ですか?貴女の健勝をお祈りしています。」
男女の関係を断ち切ってから1年余りの後、今度は、二谷さんの「罪滅ぼし」が始まった。
断続的に入るメールや電話。
もちろん、もう決してキスやセックスを求めてくることはない。
求めてきたところで、祥子が応じるはずもないことを、ようやく理解したのかも知れないが。
では何を?
そう、あきれるような便宜供与を繰り返すようになった。
車での送迎、仕事上の情報提供、食事の提供、オペラのチケットの予約まで。
祥子は、二谷さんのしたいようにさせておいた。贖罪として、あまりにもささやかであり、くだらないと思ったが、しかし二谷さんが自分に対して罪の意識を感じることは当たり前だと思った。
もちろん、その意識の奥には、どこかで二谷さんとつながっていたい、フリンは終わったし男女の関係もないけれども、彼に会いたい、そういう自分の矛盾した思いの、言い訳に利用していた部分もある。
そして、あまりにも献身的なその様子に、そろそろ過去のことは水に流してあげてもいいかな、とさえ、祥子は一時思った。一時的に、だけであったが。
だた、その、奇妙な「罪滅ぼし」的「便宜供与」も、今から数か月前、ようやく終わった。これも、祥子が終わらせた。
今の、ヒマな部署へ移ってきて、間もないころのことだった。
ある晩、いつものように二谷さんからかかってきた電話で、互いの仕事の愚痴などの雑談をしていたとき、祥子が今の職場についてちょっと贅沢な悩みを語ったとたん、いきなり二谷さんが祥子へ罵詈雑言を浴びせたのだ。
それは二谷さんの日常から考えれば特段珍しいことではない。甘えたことを言う後輩を怒りつけるのは、彼の特徴のひとつで、そのお陰で祥子もかつてはずいぶん鍛えてもらったものだ。
しかし、今は、ふたりの関係は、そういうものではない。今の二谷さんには、どんな理由があろうと、祥子に対し、そのような口のききかたをする資格はない。
祥子はそう思っていたから、ただちに二谷さんとの連絡を絶った。
二谷さんはしばらく子供っぽく抗議するメールを送ってきたが、そのうちあきらめて連絡してこなくなった。
もう、どんな便宜供与も受けない。冗談じゃない。
祥子は、二谷さんに中途半端な態度をとってきた自分を心から悔やんだ。
それでも、今でも、二谷さんのことを心のどこかで慕っている自分には、ほんとうにあきれるけれど。
それから数か月の後、つまりごく最近のことであるが、二谷さんから、思い出したようにメールが来た。「元気ですか?貴女の健勝をお祈りしています。」
それはどうもありがとう。
「ありがとうございます。貴方も、お元気で。」
あほらしい。
それなのに、どうして二谷さんが好きなのだろう。どうしてどうして、今でも好きなのだろう。悔しい。口惜しい。 |