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真夏の真昼、私は死んだ。

 毎日毎日、私は誰かに殺されるんじゃないかと怯えていた。
 例えば、学校へ登校している途中に、頭がおかしくなった男に撲殺されるんじゃないだろうかとか、近所のコンビニへ行く途中に、精神を病んでしまった女に刃物で刺されるんじゃないだろうかとか、そういった類のモノだ。
 それを母に言えば、私を病院へ連れて行こうとし、父に言えば嘆かれた。
 初めてソレを口にしたのは、確か小学校に入学した年だったと思う。


「……それはまた、随分と病んでるねー…」
「そうかな。普通だよ」
 がたん、ごとん。
 規則正しく揺れる電車は、とても気持ちいい。
 今日は幼なじみの梨子と映画を見る約束をしていた。だけど、梨子が待ち合わせの場所に遅刻してしまった所為で、丁度良い時間の電車が各駅停車しか無かったのだ。
 が、これがかなり退屈なので、私はこんな仕様も無い話をしたのだ。

「だってさ、小学生の頃からそんなこと考えてたんでしょ? やばいじゃん」
「やばくないよ。みんなが変なんだよ。こんなにも人が居るのに、殺されないと思うなんて、おかしいじゃん」
「おかしいのはアンタだって」
「違うよ。みんな、危機感が足りないんだよ」
「普通、そこまで不安になったりしないよ」
 少し口論になりかけたところで、目的の駅に着いた。危うく唯一の友達を失うところだった。
 電車から慌てて降りて、改札口を小走りに抜ける。急ぎ足で先を行く梨子を目で追いながら、私はいつも通りのペースで改札口を抜けた。
「ちょっと真琴、走らないと上映時間に間に合わなくなるよ!」
「…遅れてきたのは梨子なのに……」
 走る梨子の背中を追いながら、私は周りに目をやった。
 スーパーの袋を下げてるあのおばさん。手に持ったあの録画用ビデオで、いつか、私を撲殺するんじゃないだろうか………やっぱり、外は危険だ。映画なんかに来るんじゃなかった。





「間に合ったー!」
 映画館の席に座り様に、梨子は言った。梨子に急かされて走った私は、もうバテ気味だ。こうなったら映画の途中で寝よう。
「そういえば、何を見るんだっけ」
「あれ? 真琴に言ってなかったっけ? 『プラトニック・ラブ』だよ」
 『プラトニック・ラブ』……最近流行ってる、泥沼純愛系の恋愛映画……そういえばCMでも感動超大作とか言っていた。
「梨子…彼氏と見るモノじゃ無いの? こういうのって」 
「いーじゃん。見たかったから」
 ポップコーンを頬張りながら、梨子は私に座るように促した。
 だけど、座るのは少し嫌だった。
「どうしたの? 座りなよ」
「だって、映画館って暗闇なんだよ? もしも無防備に座ってたら、後ろから刺されるかも知れない」
「そんなこと無いって」
「首を絞められるかも知れない」
「だから大丈夫だって!」
「そんな保証、何処にも無いのに」
「じゃあアンタを殺す人がいるって言う証拠があるっていうの?!」
 梨子は苛ついていた。やばい、怒らせてしまった。
 気まずい雰囲気のまま、映画の上映を知らせるブザーが鳴った。私は渋々席へと着いた。


 映画の内容は、納得のいかないモノだった。


 あるカップルが居て、彼の方はそれぞれ浮気をしていた。
 ある日、彼の浮気相手が彼女を訪ねて来て、別れろという。彼女は彼の浮気を知り、ショックで自殺を図る。
 しかし、彼氏が助けに入り、浮気のことを謝罪し、やがて二人は結婚する。
 なんて薄ら寒い内容だ。吐き気がする。
 隣の席の梨子は、クライマックスで少し涙ぐんでいた。




「めちゃくちゃ感動したねー!」
 スタバでカプチーノを飲みながら、梨子が熱く感想を語る。彼のあのセリフが良かっただの、浮気相手のアレがムカツクだの、時々ジェスチャーを交えながら、梨子は永遠と喋り続けていた。
 私はそんな梨子の話を黙って聞いていた。どうやら映画前にあったいざこざはすっかり忘れてくれたようだ。
「真琴はどこが良かった?」
「全体的に、あんまり面白くなかった」
「えー! まじで? どこが悪かったの?」
「まず、浮気相手。自分との約束のデートをほっぽり出して、彼が彼女との約束を優先させる場面があったでしょ? あの瞬間、きっと彼に対しての殺意が芽生えたと思うの。なのに彼のことを殺さなかった」
「そりゃ、恋愛映画だし」
「それから彼氏。彼氏は浮気相手に何度もしつこく別れを迫られてたでしょ? なのに浮気相手のことを殺さなかった。最後に彼女。浮気相手のことを殺さなかった」
「……何その感想」
「率直な感想だよ。大体、理由なんてどうでも良いの。殺されるのに、理由なんていらないでしょ。この前のニュースで取り上げられてた、若い女性が男に殺される事件があったでしょ? あれも『なんとなく刺した』って、犯人は言ったらしいよ」
 梨子の機嫌が悪くなるのが、目に見えて分かった。
 だけど、本当にそう思ったのだから仕方ない。ここの店だってそうだ。これだけ人が居るのに、殺人が起こらないこと自体おかしい。みんな本当は、誰かを殺したいに決まってる。
「アンタっていつもそうだよね。もう付き合ってらんないよ!」
 梨子は乱暴に立ち上がって、店を出た。置いてけぼりを喰らった私は、一人コーヒーを啜った。もの凄く苦い。毒でも入っているんじゃないだろうか。


 一人になって改めて周りを見ると、外はどうしてこう、凶器に溢れているのだろうと思う。家でも凶器はあるが、外はさらに多い。
 あのカップを持っている男は、本当は心の中で、私に向かって振り翳そうとしているんだ。
 隣のテーブルのカップルは、シフォンケーキを食べたそのフォークで、私の喉元を掻っ切ろうとしているに違いない。


 気が、狂いそうだ。


 世界は、本当は凶器と狂気で溢れているんだ。みんな我慢したり、嘘を吐いているだけだ。
 きっと梨子も、本当は私を殺したいに違いない。いつもいつも鬱陶しいことを言う私に、本当はムカついていたんだ。

 梨子なら、私をどう殺すだろう。
 家の台所から包丁を持ってきて、首を刈るのだろうか。それともバッドか何かで体中を殴って殺すのだろうか。もしかすると、メスか何かで眼球を切り刻んで来るかも知れない。
 幼なじみでさえ、安心出来ない。



「もう帰ろっと」
 席を立って、店を出た。梨子も帰ってしまったし、することも無い。なら、こんな危険な世界にいる必要もない。本当は映画を見ることさえ嫌だったのだ。
 だけど、家に帰ってもどうだろうか。
 父や母が、私を殺そうとしてくるかも知れない。これは毎日考えてることだから、対策はしっかり取ってある。ドアを開けるときに注意し、素早く自分の部屋へ駆け上がる。
 自室のドアを開けて、押入まで念入りにチェックをするのだ。もしかすると爆弾をしかけて爆死を狙ってくるかもしれないのだから。

 脳内シミュレーションを繰り返し、私は駅へと歩き出す……と思ったら、目の前に梨子が居た。
「ちょっと。追いかけるとか何とかしなよ」
「……ごめんね」
 汗をかいているところを見ると、ずっと待っていてくれてたらしい。
「もういいわよ。アンタの変な妄想に付き合うのくらい、慣れたわよ。ホラ、帰ろう」
「うん」
 そういって、梨子はゆっくりと歩き出した。私も後ろに習う。
 
 梨子は、優しい。

 幼稚園の時から、ずっと私の面倒を見てくれる、優しい子だ。
 いつも誰かに殺されるかもしれないと言う私に、飽きもせず一緒にいてくれる、唯一の友達だ。もしも彼女が誰かに殺されそうになったなら、私は身代わりになって助けよう。
 そもそも、彼女まで疑ってしまった自分が馬鹿なのだ。
 梨子は出掛けるときは手ぶら派だから、ポケットには財布と携帯しか入っていないし、私を殺せるようなモノなんて持ち歩いていない。自分を守るモノを持たない彼女は、どちらかといえば、殺される側の人間だ。 

「私、少し心配性なのかもね」
 私が言うと、梨子は鼻で笑った。
「少しどころか、かなりよ。もう、アンタって本当馬鹿みたいなんだから。ホラ、切符買おう」
 考え事をしていたからか、来たときよりもすぐに駅に着いた。
 行きよりもゆっくりと改札口を通る。少し前を歩いていた梨子が、時刻表を確かめて私に言った。
「真琴ー、次は急行が通過してから、準急が止まるんだって。それに乗ろう」
「うん」
 白い線よりも内側に立って、電車を待つ。
 真夏の太陽が、じりじりと腕に焼き付く。痛いくらいだった。

 

「真琴。トナリ、見て」
 電車を待って数分。小声で梨子が話し掛けてきた。
「え?」
「となり。隣の男の人、変じゃない?」
 梨子の言うとおり、そっと右を向く。私から人が三人入れるくらいのスペースを開けて、男が立っていた。真夏なのに、黒い帽子を深く被り、サングラスとマスクをしていた。確かに変だった。
「花粉症なのかもよ?」
「うっそー…こんな季節に?」
 それも変だが、私はついさっき、人をあまり疑わないようにしようと決めたばかりだった。
「日差しが強いから、サングラスと帽子って言うのは不自然じゃないよ」
「でもマスクはおかしいよ」
「梨子は心配しすぎだよ」
「そうかなぁ」
 そこで、ホームにアナウンスが流れた。

『急行列車が通過します。白線の内側にお下がり下さい』

「梨子、次の電車だね」
「そうだね」



 そして、

 世界が、

 反転した。

 

「真琴!」「どうしたんだ?」「いま女の子が落ちたぞ!」「駅員は!?」「早く助けるんだ!」「線路に人が…!」「駄目だ、電車が来る!」「誰か駅員を呼んでこい!」「何があったんだ?」「女の子が線路に落ちたんだ!」「早くホームに上がってこい!」



 私は、誰かに背中を押されて線路へと転げ落ちた。
 そこには恐怖しかなかった。小さいけれど、遠くから急行がやってくるのが見える。
 はやくホームに上がろうとしたけど、足を挫いて思うように動けない。
 
 さっきの男だ……!

 やっぱり梨子の言ったとおり、アイツは変だったんだ。アイツが私を線路に落としたんだ。

「真琴、早く手を貸して!」
 伸ばしてくる梨子の手を掴むために、私は必死で手を伸ばした。
「も、う少し…!」
 もう電車がやってくる。さっきよりもハッキリと電車が見えた。
 駅員さんが、向こうから走ってきてくる。
「や、った!」
 間一髪で、私は梨子の手を掴んだ。良かった。



「ばいばい、真琴」



「え……?」
 梨子の手が、私の手を振り払った。
「なんで!? 梨子、助けて! いやだ、電車がくるの! 早く!」
 梨子の顔が、私に向かって微笑む。
「そうだね」
「…りこが、わたしを突き落としたの……? どうして? なんでなの!?」
「アンタ、言ってたじゃん。殺されるのに理由はいらないって。

 じゃあ殺すのに理由もいらないでしょ?」

 

 なんで。
 
 なんで、私は思ってしまったんだろう。
 梨子は私を殺さないだなんて、なんで思ったんだろう。
 殺されるのにも、殺すのにも、理由はいらない。
 そもそも。
 そもそも、凶器なんていらないんだ。
 腕が一本あれば、人は殺せるんだ。
 手ぶらの人間にだって、人は殺せる。

 電車は、もう傍まで来ていた。


「信じてたのに」


 それが、私の最期の言葉。










 真夏の真昼、私は死んだ。
 隣の友達に、背中を押されて。





 次に友達に殺されるのは、

 きっと、

 あなた。


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