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エリー

作者:シュリ
甘い甘いお話です。黒い世界をとっぱらったら、こんな風になってしまいました。
 エリーは街で有名なお嬢様でした。大きなお屋敷の娘でした。
 くりくりと丸い大きな青い目に、ふわふわした蜂蜜色の髪を持つ、とても可愛らしい女の子でした。
 エリーには幼馴染がいました。緑色の目を持つ黒髪の少年でした。エリーはお屋敷で家庭教師から勉強を教わって いましたが、少年は街の学校に通う普通の男の子でした。
二人はいつも一緒にいました。少年がお屋敷を訪ねると、お手伝いさんや執事たちは皆温かく迎えてくれるのでし た。エリーは毎日お庭を駆け回ったり、お屋敷の裏で少年とお話をしました。
 「南の国ではね、鳥はみんな、派手な色をしているんだ」
少年は決まって、エリーの知らないところのことを話します。
「黄色と青色が混ざっていたり、真っ赤な毛並みに桃色の足が生えていたりするんだよ」
「そうなの?じゃあ、そこの鳥さんはみんな蝶々みたいね!」
 少年は学校にある色鮮やかな本を持ってきては、幼いエリーに見せました。どの本もエリーが目にしたことの無い 世界であふれていて、夢中で見入るのでした。
 少年の話は、屋敷の外を知らないエリーにとって、とても大切な宝物でした。

 エリーが16歳 になった春のある日、仕事から帰ったお父様がエリーを呼びました。
「なあに?お父様」
「そこにお座りなさい」
 お父様のお部屋は、難しい本が並んだ棚に囲まれていました。その真ん中に革張りのソファとテーブルがありまし た。エリーはお父様の向かい側に座りました。
「エリー。おまえと仲のいい、あの少年のことなのだけどね」
お父様はとても疲れているのか、目の下が濃い影になっていました。
「今まで二人を遊ばせていたのは、おまえがまだ小さかったからなんだ。小さなおまえが退屈しなくて済むように という理由で許してやっていたのだよ。暇つぶしならメイドたちに相手させても良かったんだが、おまえがなかなかあの子から離れようとしな かったからね……。
だが、エリーはもう16歳 だ。そろそろ見合いの準備も始めなくちゃいけない年頃だ。どうだね……」
と後を濁してエリーの方を見ました。エリーは話の意図がわかるとたちまち真っ青になりました。
 「お父様……」エリーの手は震えていました。「それは、もう会っちゃいけないってことなの……?」
お父様は無言で首を縦にふりました。
「どうして……そんなの嫌よ。今までずっと一緒にいたのよ。彼のお陰で毎日が楽しかったのよ。……今更そんな の無理に決まってるじゃない!」
「しかし、あの禄でもない家の出じゃない男と一緒に居ると、おまえの生涯に関わるんだ。おまえのような家の子 はあんな子供と一緒にいるべきじゃない。エリー」お父様は少し厳しい顔をしていました。エリーが聞き分けのない時に向ける怒った目つきで した。「私の言うことを聞きなさい」
「……いやよ!」エリーはそう叫ぶと部屋を飛び出しました。涙を流しながら廊下を走っていました。
 いつものようにお屋敷の門前で待っていた少年は、泣き顔のエリーを見てあっけにとられていました。
「どうしたのエリー。今日は旦那様がお帰りになって嬉しいんじゃなかったの」
言葉もなくただ腕の中で泣きじゃくるエリーに、少年は優しく言いました。
「いつもみたいに、お屋敷の裏に行こう。今度はエリーが僕に話してくれる番だよ」
 お屋敷の裏には、二人がいつでも遊べるよう、小さなベンチが置いてありました。エリーがせがんで作ってもらっ たベンチです。そこに腰掛け、少年はエリーが泣き止むのをひたすら待ちました。やがて、エリーは嗚咽しながらも口を開きました。
「おとうさまが……もう会っちゃだめだって言うの……」
「……」
「……わたし、もうすぐお見合いするから……そのためにもう遊ぶなって……」
最後まで口にすることができませんでした。言いながらエリーは涙があふれてあふれて、それどころではなくなっ てしまったのです。
 少年はたまらず、エリーを自分の腕の中に抱き寄せました。
「エリー、エリー」少年は抱きしめる腕を一層強めながら幼馴染の名を呼びました。
「僕は……僕はそんなの耐えられないよ……エリー……」
少年はエリーをしっかり抱いたまま呟くように囁きました。
「愛してる」
J'taime. 聞きなれない、けれど甘い響きの言葉でした。
 「僕は君をずっと見てた。小さくて幼かった君はいつも喜んで僕になついてくれていた。嬉しかったけど、きっと いつか僕のことなんてどうでもよくなってしまうのだろうと悲しくもあったんだ。だけど……大きくなってますます綺麗になっても、エリーは 僕の傍にいてくれた。幸せだった……。僕は君が好きなんだよ、エリー。ちょっとわがままなところも、お転婆なところも……どうしようもな く好きなんだ」
 少年の腕の中で、エリーは黙ってその言葉を聞いていました。胸の奥が熱くて、心臓がどうしようもなく乱れうっ ていました。少年は自分より歳が上でした。抱きしめる腕に少年の身体の成長を感じてエリーの頬は火照っていました。
 『エリー!エリー!』遠くで呼ぶ声が聞こえます。
 「……お父様が、わたしを呼んでいるわ」
空はいつの間にか翳りを見せていました。二人の時間の終わりを告げるように。
「迎えに来るよ。必ず、君を迎えに来るから」
少年は優しい声で囁きました。
「君に似合う男になるまで、待っていて。僕は必ず、君を迎えに来るからね」


 「ママン!」
はっと目覚めると、娘が膝にすがりついていました。
「ああ……コリンヌ、どうしたの」
「ううん。本を読んでほしかったの。ねえママ、眠ってたの?」
「そうみたいね……」
「どんな夢だった?コリンヌはいたかしら?」娘は目をきらきらさせてそう訊ねてきました。エリーは目を閉じ、 夢の中の光景を甦らせました。
「……夢みたいだったわ……」
「え?」
不思議そうな顔の娘にそっと微笑みました。
「夢物語のような夢だったの」
「変だわ。夢だから当然じゃない!」
コリンヌはきゃっきゃと笑いました。
 そう。ただの夢。
 少女エリーを迎えに来るはずの王子様は、結局来なかった。そんなものは御伽噺の中でだけなのだと思い知った。
 エリーもコリンヌも喪に服していました。エリーのお父様が先日亡くなったばかりでした。
 エリーはコリンヌに絵本を読んで聞かせ、部屋をあとにしました。
 そういえば、わたし、あの人の名前さえ知らなかったのだわ。
廊下に飾った油絵をなんとなく見つめながら、可笑しくて笑ってしまいました。
きっと、お父様に口止めされていたのね……いつか離れさせるつもりで。
 「エリー。ここにいたのか」
優しく呼ばれ、エリーは振り向きました。喪服を着込み、立った今帰宅したばかりの夫が立っていました。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。どうしたんだい浮かない顔をして」
そう言って、思わずといった風に口を押さえました。
「ああ、お父様がお亡くなりになったんだ……浮かない顔にもなる、か」
「……そうね」
 いいえ違うわ。エリーは心の中で呟きました。
 わたしはただ、叶わなかった夢に浸っていただけ。
 「少し、その辺りを散歩しないかい」窓の外に広がる庭を指して、夫はにこやかに言います。
 長い冬を終え、庭は春を迎えた喜びに満ちていました。
 そういえば、もう長いことこの庭を散歩することは無かったわね……
 庭はあの人との思い出が詰まった場所。エリーはあれから一度も庭で時をすごすことがありませんでした。
 夫は豊かな芝生を踏みしめ、どんどん奥へ入っていきます。やがてエリーは最も懐かしい光景を目にしました。
 小さなベンチが一つ、雨風に晒されささくれたった姿で置いてありました。
 「エリー」
目を赤くしたエリーに気づいているのか、いないのか、夫は言いました。
「覚えているかな?私との約束を」
「……え?」
いつの間にかエリーはその腕の中にいました。彼は耳元で優しく囁きました。
 「また、ここでいろんな話をしよう。エリー」
もっとたくさん、たくさんのことを。
甘い甘いお話いかがでしたか。きっとこのお話のどこかで、黒くて荒々しい世界があることでしょう。そんな世界のことも描いてみようかと思っています。ぜひお立ち寄りくださいませ。

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