鏡は見ないで
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この作品はある方の実話を元に書いたノンフィクションです。登場人物名、その他細かい部分はフィクションです。
中学一年の百合華は、放課後の教室で仲良しの未梨と絵美と、机を挟んで雑談していた。教室には、三人の他に祐介と徹しか残っていない。二人は、教室の隅で鞄を抱えたまま立ち話をしていた。
「でね、この前言ってたもの用意して来ちゃった」
百合華は悪戯っぽく笑うと、鞄の中から一枚の紙を取りだして机に広げる。
「あっ、これってもしかしたら……」
未梨は一瞬顔を強ばらせ、じっと紙を見つめる。ひらがなで書かれた五十音の文字と数字。隅の方には鳥居のマークが描かれている。
「……こっくりさん?」
絵美は声を落として呟く。
「ピンポーン! 一度やってみたかったんだ」
百合華は明るく言うと、財布から十円玉を取り出す。
「昨日、ネットでやり方調べてみたの」
「やめた方がいいよ。『こっくりさん』は遊び半分でやっちゃいけない」
「そう言うことも注意書きで書いてあったわ。私、遊び半分じゃないもん。真剣だから」
心配そうな顔をする絵美に、百合華は笑って答える。
「ちょっと怖そうだよね。でも、私もちょっとやってみたいな」
未梨は、百合華と絵美の顔を交互に見ながら言った。
「……私はやだ。もし、こっくりさんが帰らなかったらどうするのよ。誰かに取り憑いちゃうかもしれないじゃない」
「そんなことないって、ちゃんと帰ってもらうから大丈夫よ」
「いや」
絵美は首を横に振る。
「もー、絵美は恐がりなんだから!」
「あ……絵美って霊感強いもんね。この前もお祖母ちゃんの幽霊見たとか……」
未梨は恐る恐る絵美を見る。
「えー! マジ? そっちの方が恐いじゃん」
「とにかく、私はやらないから」
絵美は席を立って帰ろうとする。
「待ってよ。見るだけでもいいじゃない。付き合いなさいよ」
百合華は、強引に絵美の腕を掴んで座らせる。
「あ、でも二人じゃ人数少ないね」
百合華は教室を見回し、教室の隅に祐介と徹の姿を見つける。二人は喋りながら、教室を出ていこうとしていた。
「あっ、ちょっと! 祐介! 待ちなさい!」
百合華は祐介を大声で呼ぶ。祐介とは幼なじみで、気の強い百合華は昔から祐介を子分のように扱っていた。
「何だよ」
祐介は鬱陶しそうに百合華の方を見る。
「今から、『こっくりさん』やるの。あんたと徹君も参加してよ」
「『こっくりさん』? 面白そうだな」
興味をひかれた徹が、祐介の代わりに答えた。
「でしょ? 色んなことを『コックリさん』から聞けるかもよ」
百合華は、フフフと意味ありげに笑う。
「けど、『こっくりさん』ってなんかやばくない?」
祐介は少し躊躇する。
「大丈夫だって! 私を信じなさい」
「ちゃんとやれば、全然恐くないと思うよ……」
未梨が、徹を意識して見ながら言った。百合華はその様子を横目で見て、ニコリと笑う。
「未梨、徹君と接近出来るチャンスだね」
百合華は未梨の耳元で囁いた。親友の未梨が徹に片思いなのは百合華も知っている。
「ホントかよ……」
祐介は気乗りしなかったが、徹はサッサと女の子達の席に歩いて行き、仕方なく祐介も仲間に加わった。
「……どうなっても知らないわよ」
四人が集まると、絵美は席を立って少し離れた窓側の席に移動した。
「祐介、窓開けてきて」
百合華は、さっそく祐介に命令する。
「窓?」
「北側の窓を開けなきゃいけないの。この教室はちょうど北側だからあっちの窓でいいはずよ」
「へぇ〜 何のために?」
席を立ち窓を開けた祐介は聞く。
「もちろん、『こっくりさん』が入ってくるためじゃない」
百合華は笑って言うが、祐介は少し不安げな顔をする。
「『こっくりさん』って何もんだよ……」
「いいから、席に着いて。始めましょう」
絵美は頬杖をつき、フーとため息をもらして窓の外を見る。日暮れにはまだ時間があり、空は晴れ渡っている。だが、絵美は不安だった。さっきから胸騒ぎのような、嫌な気分を感じていた。
「……本当に知らないから……」
絵美は低く呟く。
百合華と未梨と祐介と徹は、紙の上に置いた十円玉の上に人差し指を軽く乗せた。
百合華は深呼吸すると、十円玉の方を見ながら語りかける。
「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃいましたら、鳥居のところまでお進み下さい」
四人はじっと十円玉を見つめ、動くのを待つ。しかし、十円玉は動かなかった。
「こっくりさん、こっくりさん、鳥居のところまでお進み下さい」
百合華はもう一度繰り返す。五人以外誰もいない静かな教室。コチコチという壁時計の音だけが小さく聞こえてくる。
「こっくりさん、こっくりさん──」
百合華がもう一度語りかけた時、教室の窓からヒューと風が吹いてきた。窓から入り込んだ風は、四人の頬を撫で髪をなびかせた。それと同時に十円玉がスッと動き始める。
四人が息を呑んで見つめる中、十円玉はススッと鳥居のマーク目指して進み、鳥居の上でピタッと止まった。
百合華は緊張気味に皆の顔を見回しながら、質問を始める。
「こっくりさん、こっくりさん、質問に答えてください。構わないなら『はい』のことろにお進み下さい」
十円玉は、間をおかずに『はい』の文字にスッと進む。
「では、質問します。岡部の髪はカツラですか?」
岡部とは担任の教師のことだった。まだ三十代だが、前髪のあたりが不自然で、カツラだという噂が流れていた。
「おい──」
喋ろうとした祐介の足を百合華はけ飛ばし、シッと小声で注意する。十円玉は迷うことなく、『はい』のところをくるりと回って止まる。四人は必死で笑いをこらえながらその様子を見ていた。
「ありがとうございます。では、次の質問です」
百合華は、チラリと徹に視線をやり続ける。
「徹君には好きな子がいますか?」
えっ? という顔をする徹の目の前で、十円玉は素早く『はい』の元に行く。
「その子の名前の一番最初の文字を教えて下さい」
「……あ」
未梨は不安気な眼差しで百合華を見つめる。
今度は、十円玉はなかなか進まない。考えるように紙の空欄をくるくると回っている。
「こっくりさん、徹の好きな子はたくさんいますか?」
進まない十円玉を見て、百合華の代わりに祐介が質問した。すると、十円玉はススッと『はい』の方に進んでいった。クスクスと笑う祐介。徹はもう片方の手で頭をかいた。
百合華と未梨は複雑な様子で顔を見合わせる。
と、その時、窓から強い風が吹き付けてきた。風は、『こっくりさん』の紙をパラリとめくり、皆は慌てて片方の手で紙を押さえた。
「あ……」
絵美は窓から空を見上げる。さっきまで晴れていた空に、いつの間にか黒い雲が立ちこめてきている。雲は煙のようにもくもくと広がっていった。一瞬にして、教室の中は夜のように暗くなる。
「キャッ」
十円玉の上に指を置いていた未梨は、小さく悲鳴を上げる。紙の上を滑っていた十円玉が、僅かに宙に浮いたのだった。そして、十円玉は強い力で紙の上をスースー移動し始める。
「未梨! 十円から指を離しちゃダメよ!」
指を離そうとした未梨を、百合華は怒鳴りつける。
「でも、十円が……」
未梨は泣きそうな顔をする。その間も、十円玉は紙の上をクルクルとでたらめに回り続けた。そして、五十音の文字の上を滅茶苦茶になぞっていく。
「私、もうダメ!」
耐えきれなくなった未梨は、十円玉の上からとうとう指を離してしまった。その瞬間、四人の指にガクンという衝撃を感じ、十円玉はピタッと動きを止めた。
それと同時に、吹くはずのない強い風が教室から巻き上がり、『こっくりさん』の紙を吹き飛ばすと教室の窓をガタガタと揺らせた。
「……」
皆は固唾を呑んで、その様子を見守る。ようやく嵐のような強い風が去った後、黒い雲は嘘のようにひいていった。空には何事もなかったかのように青空が広がる。
未梨は、恐怖のあまりシクシクと泣き出した。
「……な、なんだよ、今の」
祐介も青い顔をしている。
「どうしよう……『こっくりさん』をちゃんと帰らせなかったよ」
流石の百合華も心配になってきた。
「帰らなかったら、どうなるんだよ?」
徹は百合華に聞く。
「それは、私もよく分からない……ねぇ、絵美」
百合華は窓辺に座っていた絵美に泣きつく。
「だから、やめなさいって言ったのに!」
絵美はムッとした顔で四人を見る。と、絵美の顔が凍てついたように固まった。絵美はじっと未梨を見つめている。
「未梨……」
「……え?」
涙を手で拭いながら、未梨が顔を上げる。
「……あのね」
絵美はゴクリと唾を飲み込む。
「今日は絶対、鏡を見ちゃダメよ……」
「え? 鏡? 何故?」
目を赤くした未梨は、きょとんとした顔で絵美を見る。
「だって──」
目を大きく見開き、青ざめた顔をした絵美は、ガタンと椅子から立ち上がる。
「とにかく、今日だけは絶対見ないで!」
絵美はそう言うと、まっしぐらに教室から走って出ていった。
「え? どういうこと?」
絵美の後姿を見ながら、未梨は途方にくれる。
「私、何か変?」
「ううん、何ともないよ」
百合華は答える。未梨はいつもの未梨で特に変わった様子はない。
「あいつ、また見たんじゃねぇの?」
「えっ?」
未梨は怯えた目をする。
「だから──」
「馬鹿!」
百合華は祐介を睨み付けると、彼の足をけ飛ばした。
「テッ……」
祐介は足をさすりながら、言おうとした言葉を飲み込んだ。
「気にすることないよ、未梨。でも、ま……今日は鏡見ない方がいいかもね」
百合華は不安を感じながらも、笑って言った。
霊感の強い絵美のこと。本当に何か恐い物を見たのかもしれない。未梨はそう思い、絵美に言われたとおり、翌日まで鏡を見ないようにした。帰れなかった『こっくりさん』に取り憑かれてしまったかもしれないのだから……。自分でも気になっていたが、なるべく考えないようにした。
部屋の鏡はもちろん、家中の鏡も見なかった。お風呂にも入らず、髪もとかず、歯も磨かないで、サッサとベッドに入った。
──良かった。これで明日もう一度絵美に見てもらえば良いわ。
未梨は安心して目を閉じた。
真夜中過ぎ、部屋の窓がガタガタ言う音を聞いて、未梨はふと目を覚ました。その夜は風もない静かな夜。二階の窓が揺れるはずはない。
不思議に思っていると、また窓ガラスがガタガタと鳴った。
特に恐怖心はなく、その音は普通に風が窓を揺らせているような感じの音だった。それでも、少し気になった未梨は、部屋の明かりをつけ窓のカーテンをサッと開けた。
「ギャー!!」
未梨は凄まじい悲鳴を上げる。窓には顔が映っていた。窓ガラスが鏡のように、鮮明に未梨の姿を映している。顔はじっと未梨を見つめ返す。それは、いつもの未梨の顔ではない。ガラスの中から不敵な笑みを浮かべたその目が光る。その顔の正体は──! 完
いかがだったでしょうか?
実際のお話では、「鏡を見ないで」と言われた子は鏡を見ずに過ごして無事だったようです…(^^;)もし、見ていたら何が映っていたか分からないんで、ああいう終わり方にしました。『こっくりさん』は恐いです。私は一度もやったことはありません。皆さんも興味本位で遊ばないようにして下さいね。