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仮置少女

作者: 藤原 祐一

私は仮置少女と呼ばれている。

色んな人が色んなものを私に『仮置き』していく。『仮置き』していったものを、取りに戻るまで置いておくのが私の役目。


私は仮置少女と呼ばれている。

ある日、小学生くらいの男の子が消しゴムを預けてきた。

「ちかちゃんとね、けんかしちゃってかえせなくなっちゃったの」

私は「うん」とうなずいて受け取った。消しゴムくらい捨ててうやむやにしてしまえばいいのにと私は思ったが、見てみるとそれはまだあまり使われておらず、確かに捨てるにはもったいないなと思った。

後日、その男の子が消しゴムを取りに来た。

「ごめんっていってなかなおりしてきたんだ。けしごむもっててくれてありがとう」

消しゴムを渡して頭を撫でながら思う。子供は約束をちゃんと守るし素直だから好きだ。『仮置き』していったものを取りに来ない人も多い。


私は仮置き少女と呼ばれている。

ある日、赤いヒールの綺麗な女の人が写真を預けてきた。

「恋人と別れたのが辛くて仕方ないんです」

私は「何で別れたのですか」と尋ねてみた。

「素敵な人だったんですが、浮気をしているところを見てしまったんです」

写真にはキラキラに着飾った女の人が、質素な服装のハンサムな男に寄り添っている姿が写っていた。

「付き合い始めたころはとてもうまくいっていたはずなのに、彼が仕事をリストラされてからおかしくなってしまって……」

女の人はこの世の終わりかとでも言うように泣き出してしまった。

私は彼女が泣き止むまで根気良く待ち、そして写真を預かる旨を伝えた。

数ヵ月後、その女の人が写真を取りに来た。

「新しい恋人ができたんです。向こうは職場で前から気になっていたみたいで」

写真を受け取った女の人に「写真は捨てるのですか」ときいてみた。

「いえ、大事に取っておこうと思います。もちろん今の恋人にはヒミツですが」

視線を落とし彼女の白いスニーカーを見ながら思う。もし今の彼氏が写真を見たら驚くだろう。もしかしたら彼女だと気づかないかもしれない。


私は仮置少女と呼ばれている。

ある日、ガタイの良いおじさんが車のキーを預けてきた。

「最近、健康に気をつかっていてね。毎日の出社で車を使わず歩こうと思うんだ」

私は「いつごろ取りに戻られますか」ときいてみた。

「うーん、一ヶ月ほどやってみようかな。そうしよう、一ヵ月後に取りにくるよ」

健康を気にしていると言いつつ、体には自信のありそうなたくましい背中を見送る。

後日、おじさんが苦笑しながらキーを取りに来た。

「会社から帰ったら、家内が汗だくで買い物から帰ってくるところでさ。いつも店まで車を使っていたらしいんだ」

キーを渡すとおじさんは「ウチのは運転が下手だからなぁ、たまには俺が連れていってやるよ」とそそくさと帰っていった。


挿絵(By みてみん)


私は仮置少女と呼ばれている。

もし私が正常な心を持っていたなら、仲直りすることを前提に消しゴムを預けた男の子や、職を持ち自らの服装は自給できたものの不運が絡み自分を責めたであろう女の人や、近所のスーパーよりあえて遠出した八百屋で健康的な野菜を買っていた奥さんに感動していたかもしれない。

新品同様の消しゴムを貸したちかちゃんは良い子だったのだろう。仕事を失い劣等感を抱いてしまった元恋人は悪いと言い切れるのだろうか。車がなくとも旦那のために歩く奥さんは人一倍気遣いができていると思う。人の想いはとても複雑で感動的だ。そしてその分扱いが大変でもある。受け止められる想いには、限界がある。


私は仮置少女と呼ばれている。

ある日、背の高い少年がバットを預けてきた。

「野球が好きなんだけど家が貧しくてね。僕も稼がないといけなくなったんだ」

私は黙ってバットを受け取った。彼がこの野球の相棒を取りに戻ることはないだろう。取りに来ないなら預けなければいいのに。どうせなら持っていればいいのに。

やはりいつまでたっても彼が取りに戻る気配はなかった。このようにして、私の『仮置場』には色んなものが溜まっていく。むしろ、取りに戻る人のほうが少ないくらいだ。

ある日、ギターを預かった。取りに来ない。ある日、店の看板を預かった。取りに来ない。ある日、バッグを預かった。ナイフを預かった。ヘルメットを預かった。ノートパソコンを預かった。辞書を預かった。車を預かった。机を預かった。傘を預かった。スカートを預かった。手帳を預かった。ビデオを預かった……。


私は仮置少女と呼ばれている。

『仮置』されているものが多すぎてとても辛い。私の『仮置場』は広いので入らなくなることは絶対にないが、『仮置』されてきたものには想いが込められていて、それが許容量を超えてしまうと敵わない。

そうなる前に、『仮置場』のものを『焼却炉』へ持っていく。『仮置』されたものを傷つけるわけにはいかないから、『焼却炉』と言っても本当に燃やすわけではない。込められている想いを消し去ってしまうのだ。

『焼却炉』では『仮置』されたものたちに絶望を見せる。希望を完全にかき消す絶望を見せる。再び仲間と楽しく野球をできる日を待つ希望も、一生懸命練習してミュージシャンを夢見た希望も、いつか都会の真ん中で煌びやかな生活をする希望も、全て消えていってしまう。

私はその光景を見て、少しずつ心が壊れていく。


ある日、私の心が壊れた。『仮置』された想いが許容量を超えてしまった。

みんな私に想いを押し付けていく。中身のない希望を残していく。希望の海に潰されそうだ。

私は自分を中心に黒い点が広がっていくのを感じた。私は仮置少女としての役目を果たせなくなった。


私は仮置少女と呼ばれていた。

今は『仮置』はできない。私の『仮置場』はただ色んなものを押し付けられて受け入れるだけの物置になっている。

ものに込められた想いはただただ消えていく。もはや何万何億とその光景を見てきた私は、もしかしたら、元々想いなんていうものはなかったのかもしれず、それは私の希望論にすぎなかったのかもしれない、と思った。


初投稿です。

至らない点もあるかと思いますがよろしくお願いします。

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