首をはねられた君とすり潰された僕
これは実在の事故を元にしたお話です
名前も知らない首をはねられた君へ。もうすぐ僕がそちらへ向かいます。
――ようこそ裏野ドリームランドへ!――
夏休みのある日。僕は、10年前に廃園になった遊園地、裏野ドリームランドにやってきた。
ここまで最寄りの駅から……なんと歩いて1時間! 歩き続けた僕は、水をかぶったような汗をかいていた。
まったく、なんて辺鄙な場所にあるんだろう……。これじゃあ潰れるはずだよ。昔は、駅から送迎バスぐらいは出ていたんだろうか?
――なぜ、ここまでやって来たのか?――
なぜ、こんな誰も近寄らない所まで来てしまったのか?
それは、僕が廃墟を探索するのが趣味である、いわゆる”廃墟マニア”だからだ。
こうして休みの度に各地の廃墟を回っている。中でも遊園地が一番好きなので、今回の廃墟巡りを心待ちにしていたんだよ。
裏野ドリームランドは、観光ブームのときにオープンしては潰れていった、よくある小規模な遊園地。
廃墟マニアの評価では、ありふれてると言うほどではないが珍しくもないかな。わざわざ、微妙な場所を選んだ理由?
それはね。この裏野ドリームランドには、一つ気をひく”噂”があるんだ……。
――現在の裏野ドリームランドはどうなってるの?――
ようやく正面入り口までたどりついた。ここまで長かったなあ……。
メインゲートは、この規模の遊園地にしては大きい。洋風に作られた門の上部には、おそらく二度と灯ることのない、巨大な『UranoDreamLand』のネオン式看板が設置されていた。なんだ思ったより立派じゃないか。
自慢の一眼レフで、何枚も写真を撮る。この廃墟巡りは、僕が運営している廃墟紹介ブログの画像集めも目的なのだ。目指せアクセス数アップ!
だが、状態が良かったのはここまでだった。園内に足を踏み入れると、嫌でも惨状が目に入ってくる。やっぱり荒れてるなあ……。
メイン通りのアスファルトはひび割れ、割れ目から雑草がびっしり生えている。立ち並ぶ元土産屋らしき建物の壁は、不法侵入者が書いたであろう派手な落書きで埋め尽くされていた。ひどい有様だ。
落書きは廃墟の定番だが、たとえ見慣れていても良い気にはなれない。
お前も不法侵入してるだろと突っ込まれるのもわかっているよ。自分より悪い奴を見つけて安心したい心理なのだ。許して欲しい。
写真を撮りつつ園内を探索するが、そこまで目を引く物はないかな。
ミラーハウス、メリーゴーランド、観覧車、どこにでもあるアトラクションばかりだ。どれも閉園10年とは思えないほどボロボロになっていた。
なんだこれ! 面白い!
笑ってしまったのが園内中央にあるドリームキャッスルだ。正面から見ると立派な城なのだが……横から見ると薄っぺらい。見栄を張ったハリボテ式のお城だ!
ブログのネタにはちょうど良いので、多めに写真を撮っておいた。
――噂のジェットコースター!――
他の探索は短めに切り上げ、いよいよメインディッシュであるジェットコースターまでやって来た。見上げてみると、少し錆びてはいるが他のアトラクションよりは綺麗に見える。
これなんだ。僕が裏野ドリームランドまで来た目当ては、このジェットコースターなんだよ。
営業していた時には、ここの目玉だっただけあり、垂直ループ、コークスクリューなどの山場がある立派なジェットコースターだ。
そりゃ、大型遊園地の最新の物には劣るけど、このように廃墟化しているものは希少だからね。これだけでも来た甲斐があるよ。
だが、それだけじゃない。これを見に来た理由は……ある事故のためなんだ。
裏野ドリームランドを廃園に追い込んだ……なんて噂の事故だ。
――実は、ジェットコースターの事故は多いんだよ……。それを知ってしまった人は、絶叫マシンがもっと怖くなるだろうね。
多少ドキドキしながら、登り階段を上がって乗り場まで向かう。
乗り場には一台の乗り物が止まっていた。これが事故を起こした乗り物だろうか? 見た感じ、事故の痕跡は見当たらなかった。
2……4……6……座席は全部で12席。噂通りだ……。
車体には、おなじみの落書きもなく、少し汚れている以外は問題なさそうだ。安全バーの破損もない。今にも動き出しそうだった。
この高台の乗り場からスタートするタイプは、電気がなくても途中までなら行けるからね。本当に動き出してもおかしくはない。
ちょっと動かしてみようかな……。ふと、いたずら心が湧く。
迷ったが……さすがに止めておこう。いくらなんでも月日がたちすぎている。動かした瞬間バラバラになるかもしれない。
――この上を歩けるって知ってた?――
車体を見ただけでは、噂の真相はわからなかった。……仕方ない、もう一つの目的を果たすとしようか。
僕は荷物を降ろし身軽になり、カメラを首にかけてレールの上に乗った。
『さあ歩くか!』
そう、もう一つの目的とはジェットコースターのレールの上を歩くことなのだ。
そこって歩けるの? 危なくないの? ほとんどの人が、そう思っただろう。
でもね。これは廃墟マニアには常識……いや、常識は言い過ぎか……。一部の廃墟マニアは当たり前のように歩いてるんだよ。僕も、そんな人のブログを参考にして始めたからね。
もちろん危険ではある。だけど営業している遊園地でも、点検のために作業員がレールの上を歩いているんだ。ちゃんと歩ける場所なんだよ。
僕は、このために滑りにくいシューズを履いて来た。準備は万端だ。
……よし行こう! 意を決して歩き始める。慣れた足取りで一歩一歩進んで行くと、歩くたびにレールが揺れた。……何度やっても少し怖い。
レールは焼けるほど熱がこもっているので、靴越しにでも熱さを感じる。
何度か立ち止まり、写真を撮った。こうしてブログ用の写真を撮るのも、当然、目的だからね。この風景なら話題になること間違いなしだ!
そして、このレールの探索行で、事故の謎を解くヒントがつかめないだろうかと期待している。事故の真相がわかれば、すごいことになるだろうな……。
噂通りなら、あのエキスポワールド並の衝撃だからね。
――エキスポワールドの事故を知ってるかい?――
僕が知ってる一番悲惨な事故……。それはエキスポワールドで起きた事故だ。
どんな事故かって? 聞かない方がいいと思うけどね……。
……そこまで言うなら教えてあげるよ。
エキスポワールドのジェットコースター事故の話を……。
原因は部品の劣化によるものらしい。走行中に車軸が折れてしまい、車体が傾いてしまった。ここまでは普通の事故だ。
問題はここから……。
運悪く、車体とレールの間に一人の乗客が挟まれてしまったのだ。
挟まれた人は、そのままレールに擦り付けられて…………体が”すり潰された”。周りに肉片が飛びちり、遺体の3分の1が欠けていたらしい……。
あまりの悲惨な現場に、”無傷”の同乗者全員が病院送りとなった。
そんなものを目撃してしまったら誰だってそうなるよ……。
どう? 本当に恐ろしい話だろ?
……でも裏野ドリームランドの事故は、これ以上かもしれないよ。
――高所恐怖症の方は注意!――
もう1時間ほどレールの上を歩いている。ゆっくりしか進めないので、どうしても時間がかかってしまうのだ。聞こえるのはカエルとセミの鳴き声だけ。
なぜこんな所を歩いているんだろう? そんな常識的な考えが何度も浮かんだ。
もう帰りたいと思い初めた頃、ようやく一番高いポイントまで上りつめた。
少し休息しよう。腰を下ろして周りを見渡した。
素晴らしい! ドリームランド全体が見えている。さっきまでの嫌な思いは一瞬で吹き飛んだ。こんな風景が見れるから、この趣味をやめられないんだよな。
見とれながら写真を撮っていると、突風によりレールが激しく揺れた。危ない! 危うくバランスを崩しかける……。風が吹くと揺れがすごいな……。
もし、ここから落ちたら……。素晴らしい景色ではあるが、下を見ると引き込まれそうな、高所恐怖症の人にはオススメできない絶景だった。
……ここまでやってきても、未だに事故の痕跡は見当たらない。やはり噂に過ぎないのだろうか? それとも僕が見落としているのだろうか?
あ! あそこに見える広場は……。
ベンチとテーブルがあり、家族連れが弁当を食べたりする、ごく普通の広場。
あそこなんだろうか?
……首が落ちたと噂されてるのは。
――首をはねられた君の噂――
裏野ドリームランドの事故。
それは……ジェットコースターで……乗客の首が跳ね飛ばされた事故だ。
その首は宙を舞い、広場に落ちたらしい……。
嘘か真か、家族が食事していたテーブルの真ん中に落下したなんて話まである。さすがに、この話は出来すぎていて信用できないけどね。
これに限らず、この噂は眉唾な話が多い。事故の状況も話す人によってバラバラで、辻褄が合わないのだ。
前方に座っていた客が、前方から血しぶきが飛んで来たと言い。
後方に座っていた客は後方から飛んで来たと言う。どんな状況なんだよ?
さらに、おかしいのは、乗客定員が12名なのに同乗したと言い張る人が12名いるのだ。誰かが嘘をついている!
だって犠牲者は? 13人目の客がいたとでも?
あるいは全てがデマなのだろうか? ……そうとも言い切れない。
僕がそう思うのは、首が飛んだ事故は、海外の遊園地で本当にあった事だから……。日本でだって起きてもおかしくないはずだ。
僕は最近、ずっと裏野ドリームランドの事故について調べていた。
最初は、軽い気持ちでブログのネタ目当てだったけど……。いつの間にか、すっかり夢中になっていたんだ。参考にするため、国内に止まらず海外の事例まで調べあげた。おかげさまで遊園地の事故にすっかり詳しくなったよ……。
そうそう、犠牲者は中学生の少女だったらしい。すごく可愛い子だったという話もあり、僕は、どんどん感情移入していった。
君は、まだ若いのに可哀想に……。生きたかっただろうね……。気がつけば、犠牲者のことを君と呼ぶようになっていたんだ。
――明かされた君の秘密――
諦めず事故の痕跡を探して歩き続けたが、厄介な難所に差し掛かってしまった。急転直下のコークスクリューだ。まるで吸い込まれそうな渦が続いている。
ここで足でも踏みはずそうものなら……。この蟻地獄のような場所で、僕の体はすり潰されるかもしれない……。
ここまで思った以上に時間がかかっている。時刻はもうすぐ夕暮れ、日が沈んでしまっての探索は危険すぎる。……どうする?
……結局、僕は諦めて帰ることにした。事故のことはわからずじまいだ。
あれから降りてくるまでに、日が落ち始めていた。すっかり寒くなっている。
戻ってよかったんだ。正解だったんだよ。……また来よう。そう誓って、名残惜しくジェットコースターを見上げた時だった。
うん? あれは!!
僕は、無我夢中で鉄柱をよじ登り、そこから助走をつけ向かいのレールまで飛び乗った!
衝撃でレールが激しく揺れたが、それが気にならないぐらい興奮していた。
見つけた! これだ! これなんだ!
そこで見つけたのは、レールに引っかかった携帯電話だった。
今では時代遅れのガラケー。思いっきりデコ――飾り付けがされており、持ち主は若い女性であることが想像できた。
もう古いキャラクターのストラップで、かろうじてレールにかかっていたのだ。
そうか、首をはねられた君は、これを取りに来たんだね。
ああ、全てがわかった気がした。
これだ。この携帯電話なんだ。
被害者はこれを取るために侵入した。13番目の人間だったんだ。
ここだ。この場所なんだ。
ここの垂直ループなら血しぶきが上がれば前方の人には前方から。
まだ回りきっていない後方車両には後ろから血しぶきが飛んだのだろう。
そこの、不自然なほど状態の良いレールカバー。鋭く尖った切っ先……。
あれだ。あれで君の首は飛んだんだね……。
そして……。ここから近いあの広場まで落ちて行ったんだ……。
もちろん僕の妄想かもしれない。だけれど確信に近いものを感じた。
これを見つけたのは偶然? いや、君が引き寄せてくれたのかもしれない……。
興奮が収まらない僕には、動き出した音が聞こえていなかった。
激しい揺れが動かしたのだろうか?
瞬く間に登りきり、勢いを増す下りへと入った。……僕は気づいてない。
軋む音を立てながら迫ってくる何かを……。
車体が少し傾いたが、スピードを落とさず向かってくる。
今、コークスクリューを通過した。……それでも気がつかない。
僕は逃げ場のないレールの上に立っていた。