悪役令嬢に転生したのでとりあえず主人公に土下座します(王子視点)
「アレン様、こんな所に呼び出してどうしましたの?」
二人きりのだだっ広い部屋に少女の言葉が反響する。
少女は不安そうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。
「フラン……いや、フランソワ・リュミエール――」
だけど、
「――君に婚約破棄を申し込む」
もうどうでも良かった。
。˚✩
フランを表すとするなら、それは可憐に咲き誇る花だろうか。
それとも夜空に輝く一等星だろうか。
いや、何か別のもので表す事なんて出来ない。フランはフランだ。
僕とフランは第二王子と公爵令嬢という立場上色んなところで会う機会があり、幼いころから仲が良かった。
昔から意志が強く、気に入らない事があれば大人相手でも臆することなく突っかかっていたフラン。
そんな彼女の後ろをいつもついて回っていた僕は、いつしか彼女に惹かれていった。
フランと添い遂げる、そう決心した僕は猛勉強した。
現時点で彼女と結婚することはできない。
僕は第二王子、このままだと政略結婚と称して他国の姫に嫁がなければならなくなる。
そうなる前に、僕の有用性を証明しなくてはならない。
他国に持っていくなんて勿体無い、そう思われるくらいに有能になり、この国に留まる。
家族の反対を押し切って、勉強を続けた僕は、やがて政界でも評価される様になり、この国に留まって欲しいと言われるまでになった。
いよいよ、彼女に想いを伝える時が来た。
。˚✩
僕達が通う学園の校舎裏で待っていると、やがて彼女はやってきた。
「どうしたの? アレン」
彼女はなぜ呼ばれたのか分からない、といったふうに要件を聞いた。
どうやら、僕がこれから一世一代の告白を使用としていることに全く気づいてないらしい。
彼女は昔から恋愛には疎かった。
そんなフランも大好きだ。
僕は片膝をつき、忠誠を誓う騎士のようにひざまづいた。
「フラン、いや、フランソワ・リュミエール――」
いくら言葉を飾ったって、きっと君には響かないだろう。
だからシンプルにいこう。
「――君を愛している。僕と、添い遂げてくれないか?」
時間が流れる。
フランは驚きの表情で固まっている。
心臓の音がバクバクとうるさい。
世界が凍ってしまったかのように動かない。
でも、君の笑顔は、凍り付いた世界さえも溶かしていった。
「嬉しいわ。とても、とっても」
こうして僕達の婚約はなされた。
僕は幸せだった。やっと、やっと全てが報われた気がした。
そんな、気がしていたんだ。
――彼女が変わったのはそんな折だった。
。˚✩
フランが病に伏した、そんな話が僕の耳に入った。
面会も不可能な程の病らしい。
不安で夜も眠れない日々が続いた。
協会に赴き、一日中祈りを捧げた。
ああ、神様。
フランを、僕の愛しいフランを、その元気な姿を、どうか、どうかもう一度見せてくれ。
結局、フランが面会可能まで快復したのは十日後のことだった。
「フランっ!」
扉を開け、中へと入る。
そこにはフランがいた。けれど、彼女はいなかった。
フランは全身鏡の前に立ち、自らの頬をぐにぐにと摘んでいた。
「夢じゃないのか、ていうか柔らかすぎだろ」とフランの声が響く。
開いた扉にきづいたのか、ふとこちらを向き、フランはどこか現実感の無いふうに呟いた。
「あ、アレンだ。すげー、本物じゃん」
すぐにハッとした表情になったフランは、口に手を当てて笑いながら強引に僕を部屋から追い出した。
違和感は最初からあった。
口調が違うし、立ち姿も、仕草も、何もかも違っていた。
だけど何より、目が違った。凛としている、燃え上がる炎のようなあの瞳。僕が惹かれたあの瞳。
フランはもう、彼女ではなくなっていた。
。˚✩
僕の言葉にフランは酷く狼狽した、そんな演技をした。まるで獲物が罠にかかった、とでも言いたげに一瞬口元に笑みを浮かべたのを、僕は見逃せなかった。
「そんなっ! 私がいじめをしているという噂からですか? その事については私が謝罪することで和解しました!」
知っている。
あの日以前の君がサラと言う平民の子を虐めていたことも、その後の君が彼女と和解し親友になったことも。
「違うよ。そもそも貴族が平民に指導を行う事が、そんなに悪いことかい?」
サラは良くも悪くも目立ちすぎていた。平民にして、騎士団長の息子、宰相の息子。他にも数人の男達に取り巻かれている彼女は、危険な存在だ。
貴族として、彼女を潰すのは当然の事だ。
かく言う僕も彼女に一度話しかけられたことがある。フランのやり方は本当に正しいのか、平和的に彼女を退学させる方法があるんじゃないか、そう考えていた時だ。
「ねえ、アレン様、どうしたの? 悩み事があるならサラが聞きますよ」
正直、太陽のような笑みを浮かべる彼女に惹かれなかったと言えば嘘になる。だが、彼女はどこか胡散臭かった。
僕が丁重にお断りした時も、「やっぱり難易度MAXは難しい」などと訳の分からない事を呟いていた。やはりフランの考えは正しかったと改めて気づいた。
彼女は恐らく狙ってやっている。フランはそう言っていた。
あの事があった後のフランは、サラと異様に仲が良くなった。僕ともあまり合わなくなり、それよりもサラと話したりすることが多くなっていった。もっとも、その事は僕にとっても都合がよかったけど。
フランは今、サラと二人で商売をしている。あのフランとサラが一緒に、ということで噂になっていた。チョコレートなる食べ物を作ってそれを売っているらしい。僕は食べていないけど、かなり評判がいいと聞いた。
僕の言葉に固まっていたフランは、すぐにその瞳に怒りを宿し、やがて失望するようにため息をついた。
「はあ……あんたに期待した私が馬鹿だったわ」
もう取り繕う必要も無い、とばかりに彼女は素を出しはじめた。ああ、やはり君は彼女じゃないのか。
「――全くだ。我が弟ながら、愚かすぎて目も当てられないよ」
不意に扉が開く。そこから現れた人物に、僕は内心の驚きを隠せないでいた。
「なっ、兄さん!?」
何故ここに? 今日は大事な会議があるんじゃなかったのか。
「驚いているようだな愚弟よ。会議か? それならサボってきたぞ」
兄さんはどこか得意そうに言い放った。
「あんたなにやってんのよ。ホント、この兄あっての弟ね」
「はっ、俺をこいつと一緒にしないでもらおうか。ちゃんと会議は俺抜きでも進むようにしておいたさ」
呆れ顔で僕を罵るフランを鼻で笑い、兄さんは僕を罵倒する。
まるで仲のいい夫婦のような連帯感だった。
「まあ、お前が婚約を破棄するのなら丁度いい」
そこで言葉を区切り、兄さんはフランに向き直り、忠誠を誓う騎士のようにひざまづいた。
「フラン、お前を愛している、俺と添い遂げてくれないか」
どこかで聞いたことのある言葉だった。涙が出そうになったが、何とか堪える。
そして、フランの答えは、
「いやよ、めんどくさい」
散々だった。
「なんだ、勢いでいけると思ったんだがな」
「そんな訳ないでしょうが。それより、あんた暇ならちょっと付き合いなさいよ、新しい商品考えたからそれの相談に乗って」
「おっと、あのチョコレートに続く新商品か。全く、君もサラも本当に学生か?」
「はいはい、いいからさっさといくわよ」
そこで、今気づいたかのように、フランは僕を一瞥した。
「あ、婚約破棄、いいわよ。手続きはそっちでしといてね。私は忙しいから」
「全く、彼女のような魅力的な女性を手放すとは……」
二人は口々に言うと、そのまま僕に興味を無くして去っていった。
。˚✩
政治で使い物にならなくなった僕は隣国の王女の所に婿に行くことになった。
そこでの生活は悪いものではなかったし、婿として来た僕を暖かく迎え入れてくれた。
結局フランは兄さんと結婚したらしい。結婚式には出席しなかったけど、風の噂で流れてきた。
他にも、サラとフランで立ち上げた商会は大成功したらしい。この国にも彼女達の商品は伝わってきた。貴族だけじゃなく平民にも買えるくらいに安価にしてはば広く展開しているらしい。
世界は僕を置いて目まぐるしくかわっていく。
だけど、もうどうでもよかった。
――僕は、僕の心は、あの日フランと一緒に死んだ。
※悪役令嬢視点は存在しません。