エピローグ
めざめて中の人
「おおー、皆上手いなー」
「でしょう。どれも自慢の作品ですよ」
「聖、あんまりはしゃぐなよ」
「うるさいなあ。ちゃんと小声で喋ってるじゃない」
市内の小さなミュージアムに、客は余り入っていなかった。実績のない美術部の作品じゃあ、注目度が全然なかったようだ。
それでも、この人達に見せられれば満足だ。俺だけ満足しても、意味はないんだろうけどさ。
「どれ? どれが早紀ちゃん?」
「あ、あっちの――」
早紀と聖は、そのまま隅の方に行ってしまった。あっちは、優秀な作品が集まる区画だ。
「環、君のは?」
「うん、あっち」
俺が指差すのは、照明も薄くなる小さな区画。情けないことに、結局大した作品は作れなかったわけだ。誰も俺にそんなことを期待しちゃいない。わかってはいるけど、少しだけ悔しかった。
「これ」
指差した先に、女の子が微笑んでいた。黒鉛色の髪、淡くぼかした輪郭に、そして瞳。結局、彩色はしなかった。言い訳になるかも知れないけど、彼女に色は必要なかったと思う。彼女には、鮮やかな色は不快だろうからさ。
「なるほど、よく似てるね」
「でしょ。今度父さんも描いてあげるよ」
父さんは順調に快方へ向かっていた。もちろんこんな短期間でどうにかなる病気でないことは承知の上だけど、全て上手くいく自信があった。
だってそうだろ、今は全部順調なんだ。
ギャラリーは無事開かれた。俺の腕からも、もうすぐギプスが外れる。聖はいつも通り笑っているし、早紀も――少しだけ陰があるけど、笑ってる。雫は次第にクラスに溶け込み始め、そして父さんの再就職も決まった。
全部、聖と四条さんのおかげ。そして――
「僕は色々見回ってくるから、仲良くね」
信じられるか?
貧乏神って、状況次第で福神に変わるんだって、聖が言ってた。
それがどんな時だか、聞かせてはもらえなかったけど、代わりに有名な落語を教えてもらった。
福の神が訪れた村のある家には貧乏神が住んでいて、その家はずっと貧乏のままだったそうだ。それを見かねた福の神がその家を訪れた。それなのにその家の老夫婦は、「ここにはもう神様が住んでいる」と、福の神に対して自分を主張した貧乏神を激励した。結局その家には貧乏神が残り、激励され親切にされた貧乏神は、福の神が落としていった打ち出の小槌の力で、なんと――
だそうだ。
上手く行き過ぎだろうとは思ったけど、つまりはそういうことだ。
「じゃあ、わたし達は上手くいかないのかな。もう、終わりかな」
「どうかな。ただ――」
「ただ?」
確かに、福神と疫病神じゃ相性が悪すぎるのかも知れない。
目覚めからたった二ヶ月。この絵に描かれた女の子は、その姿を変えてしまった。もう、この世にこの子はいない。その代わり、俺の身体には別の子が住んでいる。やはり知覚はできないけど、その姿は簡単に想像ができた。
「雫を幸せにできる男は、俺だけ」
「……環くん」
「心のどこかに壁があっても、一生一緒になれなくても」
「悲しいなあ……」
でも、笑えるだろ?
あの日、ちゃんと抱き合えたじゃないか。ちゃんと唇を重ねて、その気持ちを確認し合った。
「他の何をできなくてもさ、」
雫の手を握って、目の前の“肖像”を見詰めた。
変わらず微笑む女の子は、雫の写しのようだ。この子はもういないけど、雫はこれからも不幸を運ぶんだろう。
それを救えるのは、俺だけ。ずっと一緒にいる覚悟というのは、そういうことだ。
「他の何ができなくても、俺は雫を幸せにしてやれる」
目覚めたあの子と一緒に、な。
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