プロローグ
ごおっ
なんて音が相応しかったんだと思う。風が焼かれ唸り、舞い上がる音だ。
どんなものが見えてたかなんて覚えてない。ただ視界は真っ黒で、そのくせ意識ははっきりとそいつを捉えてた。確かに、苦しかったんだろうと思う。
それが始まり。
めざめて中の人
「ぶえっきしっ」
盛大に唾を撒き散らして身を震わせ、その身体を掻き抱いてみる。もちろん冷たい身体で冷たい身体を包んだところで温まるはずもないが、余計な仕草だろうとそうやって足掻いてしまうのが人間だ。
そうは言ったところで寒いという事実が薄れることはないし、それ以上に圧倒的で冷たい現実がある。
冷たいのは身体か現実か、或いは社会だろうか。
例えば一億円詰まったバッグから、一万円札の一枚も抜き取らず警察に届けるのは、いいことだろうか。例えば猫を助けたとする。それは? 金と命、比べたところで意味はないが、命と聞くとそれだけで重く感じるから不思議なものだ。
それなのに、腕の中の「それ」を見て、内心ため息をついた。鳴いてすらくれないこいつを見てると、自分のしたことが果たして正しいのか、わからなくなってくる。
後はこいつの主を探して、責任を履行するのみ、だが。
「参った……」
交番を探そうにも、この町のことはまだよく知らないし、高校二年という中途な年齢では、町内を手がかりなしに探検しようなどとは思えなくなってしまった。それが果たして成長というのかそれともただの変化というのかは、それこそ大人と子供で意見は真っ二つに分かれてしまうんだろう。
どうでもいい。この濡れた身体をなんとかするのと、それからこいつを保護してくれる人を探すこと。現状での最優先事項だ。
とはいえ、こんな人気のない河原ではどうしようもない。運がよかったから助かったものの、今度この川に落ちたら無事じゃすまないだろう。
どれだけ強く蛇口を捻ったって、ここまで酷い音は流れない。三十分前まで降り続いていた雨で増水、轟音を響かせる川の流れは、人一人くらいなら容易に運んでしまう。
橋を渡って、左に曲がって、次の角を真っ直ぐ、だったか――?
俺の記憶が正しければ、商店街らしき並木道はその辺りだった。編入試験に合格する程度の学力と記憶力はある。問題ない。
現状はまだイエローシグナル。しかし良心的な判断を下すとつまり、注意して渡れば、現実は優しい。水に濡れて少しだけ重いそいつを抱え直すと、同じく重い足音――水音を引き摺りながら、夕暮れを真正面に迎えながら歩いた。
もうじき日が沈む。雨は数十分前に止んだが、町は未だに雨の匂いに包まれていた。住宅街から程近いこの河川敷も、今は不思議な寂寥感が漂っている。
商店街に行けば人もいるだろう。夕飯前くらいだろうから、今なら主婦でごった返しているはずだ。
或いは人恋しさ。足を速めてみるのだった。
出会いはその瞬間。俯く俺の前から、背筋に走る電気のような感覚を伴う綺麗な声が聞こえた。感情の起伏が大きいのだろう、激しさを孕むそれは、次第に近づいてくる。ああよかった、人がいた、なんて安堵を感じながら上げた顔に、その女の子のものと思しき靴がめり込むのだった。
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