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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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航路は晴天、船上は時化

 そんなある日の事だった。レイシーはいつものように退屈なルーブ爺の講義が始まるのかと窓の外を眺めていた。すると、ルーブ爺が騒々しく部屋に入り込んできた。何やら手には書類を握っている。

「はぁ、はぁ……はぁ、ふーーーっ。これは老体にこたえますわい。それよりレイシェルハウトお嬢様!! 朗報ですじゃ!! ご当主様がお嬢様に推薦しておりました”リジャントブイル魔術学院”には水解症すいかいしょうの研究をしているグループがあるらしいのですじゃ!! なんでも、その研究室では症状を食い止める治療技術を開発したとの事!!」

「なんですって!?」

 レイシーは思わず両手を机に叩きつけながら立ち上がった。机はガタガタと音を立てて揺れた。

「クラリア様の容体からして事態は急を要します!! 当主様からは学校見学の一環という事で海外研修の許可が出ておりますじゃ。至急、リジャントブイルへ向かい水解症の治療法を学んでくるとよろしいかと。護衛にはサユキとパルフィーをつけますじゃ。ライネンテ王国へはここから南東にある港町、マトーアから船で渡るのですじゃ。大急ぎで船賃を払って渡航準備をしておきましたですじゃ。ささ、お早くお準備を」

 ルーブは額に浮かぶ汗を拭いながら彼女にそう伝えた。彼女は深く頷いて講義室を飛び出していった。廊下を衣装室へ向けて全力で駆け抜けていった。

 するとサユキとパルフィーが彼女を待っていたとばかりに笑顔を浮かべて廊下に立っていた。

「話は聞きました。お嬢様、可能性があるならばそれに賭けましょう。どこまでもお供いたしますよ」

「あたしもついて行くよ。お嬢と一緒に居ると美味いもの食えるから。なぁーんてな」

「ふふふ……パルフィー、冗談に聞こえなくってよ?」

「貴女達……。そうね、行きましょう。リジャントブイル魔術学院ってところへ!!」

 3人は顔を見合わせて頷きあった。海外遠征という事もあって装備品や道具類の準備はぬかりなく行われた。

 レイシーはマトーアを訪れことが無かったが、流石にもうその外見はノットラント国民に知られてしまっている。正装で出かけていくのは得策ではなかった。そのため、先日行楽にでかけたのと同じような服装に全員が着替えた。

 前回はあまり加工の施されていない服で出かけていったが、今度は旅先で何が起こるかわからない。そのため、エンチャントとブレッシングが重ねがけされた特注の普段着を身につけた。

 見た目は一般市民の服と差はないが、非常に高い耐久力のある服だ。だが、やはり正装の戦闘服に比べれば守備力に劣るため、腕には物理攻撃への耐性の上がるプロテクション・タリスマンをつけた。もう片方の腕には魔法抵抗力があがるマジックレジスト・タリスマンをはめた。

 どちらも紋様が刻まれたブレスレットの形をした特殊効果のあるアクセサリーだ。どの装備にも合わせることが出来て扱いやすい。

 シンプルな効果だが防御力を底上げできる効果は大きく、接近戦を挑む武士たちには重宝されている。

 超高級品なため、家の者が使う場合は誰であろうと装備部から借用の許可をもらわねばならない。今回は自前に申請が通っていたらしく、あっさり借りられることが出来た。

 ちらほらと何人か屋敷のものが見送りに来たが、用事があるのかその中にアレンダの姿はなかった。少し気になりながらもレイシー達は万全の準備を整えて屋敷を立った。

 マトーアまでは徒歩で2日とかからない。レイシー達は急いでいたので全員、小走りで雪降る街道を走り抜けた。この3人ならば1日かかるかかからないかといった程度で到着が可能だった。

 強行軍で出発日のその夜遅くにはマトーアに着いた。その日は宿をとって休み、翌日の朝にウルラディール家の船でライネンテへ向かうことにした。

 朝起きて窓の外を見ると日光が海面に反射してキラキラときらめいていた。レイシーは話には聞いていたが、実際に海を見るのは初めてで、思わずぼんやりと見とれた。

 だがすぐに本来の目的を思い出し、使命感にかられて気を引き締めた。宿でパルフィーはいつものように朝から料理を食べまくっていたが、今回はさほどその点に神経質になる点はなかった。

 ただし、恐らく船上では一人前の食事に海軍レーションを組み合わせることになるだろうが。

 アーヴェンジェ討伐の際の鮮烈な名乗り上げのため、マトーアにもレイシー達の見た目や情報は確かに知れ渡っているはずだった。

 しかし、行楽時のように変装をしているので誰も一行がウルラディールの3人である事には気づかなかった。

 3人は海沿いの港についた。磯の香りが新鮮に感じられる。港は活気に溢れており、登る太陽の下で漁師が捕れたての魚を売りさばいていた。

 ルーブ爺の案内書き通りに埠頭を歩くと一隻の客船が目に入った。どうやらこれが今回、船賃を支払い済みである客船「ロブローンデ号」らしい。

 割と大きな船で広めの甲板があり、客室が1階、積み荷を積んだりする船倉がその下に位置しているようだった。船首には航海の安全を祈って船首像が吊り下げられていた。

 これは伝説のモンスター、ハーピィーをかたどったものだ。両腕の代わりに大きな翼が生え、脚の代わりに鉤爪がついている。はるか太古に歌声で船乗りを誘惑して誘い出し、その肉を食らったとされる伝説上の存在である。

 ノットラントではこの伝承が特に色濃く残っており、ハーピィーを模した像を吊るすことによって彼女らを牽制する効果があると信じられている。

 現代にもハーピィーとほぼ姿形の同じ人間と鳥類の亜人が存在するが、歌で人を惑わしたり人肉を喰らうことはない。しかし、ノットラント国内では外見が酷似しているためにとばっちりを受ける形で激しい迫害を受けている。

 迫害どころか、狩りの獲物扱いにされている地域もあるほどだ。故に海外からは「ノットラントには鳥型の亜人は居ない」と認識されている。

 一行は船首から船尾までを眺めた。このサイズの船となると自然界の風や術者の起こす風のみに頼って進むのではなく、風に関わるマナクリスタルやマナオーブ、エレメンタリィストーンが主な動力源となっていることが多い。

 外見だけではなんとも言えないが、きっとこの船もなにかしら強力な動力源を積んでいるとは予想できた。ノットラントとライネンテはかなり離れているが、この船の出力ならば到着まで明後日の明朝にはライネンテに到着できるはずである。

 屋敷が所有している船もあった。しかし、関係者しか乗らない船というのも目立ってしまうので誰かが狙って不意打ちをかけてくる可能性もある。

 そのため、ルーブはあくまで一般客船であるロブローンデ号に乗るようレイシー達に進言してきた。

 木の葉を隠すなら森のなかへといったところだろうか。朝一番の便ということもあってか、乗客はあまり多くは無かった。

 それでも子供を含める一般人が多く混ざっていたため、無闇に攻撃をしかけられるような状況ではなかった。

 ロブローンデ号を見て回ると船体も船内も割としっかりした作りの船だ。新しい船とは言いがたかったが、手入れが行き届いているという点もあり、古臭さはさほど感じなかった。

 ただ、豪華客船とはいかないまでも、一般人が乗るにはいささかハードルが高い上質な船舶といった様子だ。

 一通り見まわるとレイシーは船首に立ち、強い意志を秘めた瞳で水平線の向こうを眺めていた。サユキとパルフィーは万が一に備えて交代で警戒を続けたが特に不審な客は居なかった。

 甲板では親子連れがはしゃぎながら海を眺めていたり、老夫婦が仲睦まじく雑談に興じたりしている。テーブルでカードゲームに興じる紳士たちの姿も見てとれた。

 ルーブ爺の判断は適切で、もしこんな状況で何者かが仕掛けてくるとすればそれは周囲を巻き込んだ倫理に反する行為である。油断は出来ないがひとまずは襲撃の危険性は無さそうだった。

 船に乗って1日が過ぎた昼頃の事、ロブローンデ号はノットラントとライネンテの間の大海、シャルネ大洋のちょうど中間辺りを進んでいた。この海域は小さな島もなく、完全に船は陸地と隔離された状態となっていた。

 この位置からどちらかの大陸に連絡をとるとなると、高度な使い魔くらいしか方法がない。もっとも緊急時用に積まれた救難信号マーカーを発射するマジックアイテムを使えばどちらかの国に存在を知らせることはできるだろうが。

 そんな状況の中、小鳥の姿をした使い魔から手紙をやりとりするローブ姿の人物を見かけた。背丈からすると女性のようだが、ローブのフードを深くかぶっているので顔は影に隠れておりよくわからない。

 歳もわからないし、もしかしたら少年なのかもしれない。その人の見てくれはともかくとして、使い魔として使っている小鳥の練度の高さはパッっと見ただけでわかった。かなりの実力者であるとサユキとパルフィーは観察していて思った。

 気が付くと甲板に人が集まり始めていた。何かのパーティーでも始めるのだろうかと一行は思ったが、この船に乗っている者達同士にはあまり接点がないように思えた。

 ならば何か催しものがあるのかとも思ったが、それにしてはウェイターが何か準備している様子もない。海のど真ん中であるため、これといった観光スポットも存在しないはずだ。何か異常事態があったわけでもない。

 横を向いていたローブの人物がこちらを向いた。パルフィーは警戒心のためか、頻繁に猫耳をパタパタと動かした。ローブの人物はそのまましばらくこちらを向いていたが、やがてローブのフードを剥いで顔を露わにした。

 ダークパープルの髪に黒い瞳、そして少し黄色みを帯びた肌の少女……思わずレイシーは口から疑問の問いが出た。

「ア……アレンダ? どうしてこんなところに……?」

 フードを脱いだアレンダは不敵な笑みでニタリと微笑んだ。そして満面の笑みを浮かべながらレイシーを指差して言い放った。

「調子に乗ったウザったい”オジョーサマ”をぶッ殺しに来てやったんだよォ!!」

「ア、アレンダ……今、なんて……?」

 レイシーは弱々しくそう聞き返した。あまりの混乱に無意識のうちに声が震えていた。それを見た彼女は一気に顔を歪めて鬼の形相で叫ぶように反応した。

「はァ!? 聞こえなかったっての!? 何度でも言ってやるよ!! あたしはてめぇらを”ぶっ殺しに来た”ッつってんだよ!! なーんーでーか。なんででしょうねェ? あたしはね、てめぇらみたいに何の不自由もなく育ってきた金持ちの家のボンボンが大ッ嫌いでね。身分が高いってだけで死ぬほど憎いんだよ!!」

 アレンダがそう言い放つと紳士服を来た男が彼女に向けてぼやいた。

「あ~あ、女のジェラシーって怖ぇなぁ……」

「うるせェ!! てめぇは黙ってろ!!」

 彼女の言動はレイシーの知る彼女とは全く違った。姿形は間違いなく彼女だが、中身は全くの別人に思える。きっと彼女の姿に似た別人だとレイシーは思ったが、現実は実に残酷だった。

「いやー、まさかウルラディールの次期後継者を討てるチャンスが来るなんて思わなかったね!! これもきっとオジョーサマと一緒に作った幸福の花冠のおかげだね!! 私は一気に出世できるし、オジョーサマもツラい現実社会の荒波に揉まれる前に安らかにあの世に行ける!! これってサイコーだと思わない!?」

「な、なんでその事を……」

「なんで? なんでってそりゃてめぇと一緒にくっだらねぇ冠作りやってやったじゃねぇかよ。てめぇのご機嫌取りでなァ。クックック。ガキみてぇにつまんねぇ迷信信じやがってよォ。傑作なんだよなァ。ヒヒヒッ!! これだからオジョーサマはよぉ!!」

 レイシーはショックのあまりめまいに似たような感覚を味わった。今、目の前に居るのは間違いなくアレンダ本人だ。

 あれだけ仲が良いと思っていた相手に命を狙われている状況下にあってショックを受ないわけがない。彼女は呆然と立ちつくした。サユキが状況を飲み込み始めたようで、アレンダに食ってかかった。

「アレンダ!! 馬鹿なことはおやめなさい!! 貴女の事だわ、何か考えがあってやっているんでしょう!?」

「うっせぇババア。馬鹿な事やってんのはてめぇらなんだよ。今まで気づかなかったのか? 屋敷の雰囲気によ。ウルラディールつっても一枚岩じゃねーんだな。実のところ、ラルディン側についてる奴らはもうほとんど、いや、もう生き残りはてめぇらくれぇのもんなんだよ!」

「な……なんですって……?」

 サユキは思わず一歩後ろへ後ずさりした。確かに屋敷内には父方であるラルディンに近い派閥と、それに対して母方のエッセンデル家に近い派閥があるとは聞いていた。

 互いに軋轢はないとは聞いていたが、実際の内情は一武士であるサユキに伝わっていなかった。だが情報部のアレンダならば知っていてもおかしくはなかった。
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