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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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身の上話を聞かせて頂戴

 サユキはレイシーが6歳の時に乳母としてあてがわれた。乳母になった時点でまだサユキは15歳だったため、レイシーは彼女に全く母性を感じなかった。

 振り返ってみれば、自分が誰かに甘えたいという感情はその時点で既に死んでいた。結局、どれだけ適齢の母性あふれる女性が接したとしても母親代わりにはならなかっただろう。

 今になって思えば彼女に対して常にそっけなく、ぞんざいな態度をとって蔑ろにしてきた事をレイシーは深く反省し、後悔していた。身の回り一切の世話や、本来ならレイシー1人で出来る事を今まで散々、数えきれないほど押し付けてきた。

 それでもサユキは嫌な顔ひとつせず、献身的にレイシーに尽くしてくれている。その寛容さはまるで実の本当の母のようだ。少し前まで彼女の前では常に威張り散らしていたが、今は正直、彼女に頭が上がらない。

 最近はいつかそのことについて謝りたいと思うようになっていたが、きっとサユキのことだ。水臭いと笑われてしまうだろう。それに、もはやそれを口にするには野暮ったいように思えた。

 謝罪の言葉や受けた恩は言葉でなく感謝の態度で返そうとレイシーは考えていた。そんな事を密かに思いながらサユキから色々と話を聞いた。

 彼女はジパという極東の国の名家、”西園寺さいおんじ”家の出身だ。初耳だったが、二人姉妹の妹で”カエデ”という名の2歳上の姉が居るらしい。

 お互いに多忙な身で中々会うことができておらず、数年前に一度合ったきりだという。それでも文通による近況報告は欠かさず続けており、幼いころしか一緒に過ごしていない割には仲の良い姉妹だという。

 西園寺家はウルラディール家と古くからの付き合いらしい。家の者が交流会に行った際、幼いながら才能を見出されたサユキは、ウルラディール家の天才少年とトレードという形で屋敷に奉公したという経歴を持つ。

 物心付く前に奉公に出されたので、全く違う土地ながらノットラントの文化には自然と馴染んでいったという。

 幼いころにジパを離れたこととあって、祖国との繋がりが薄いようにも思える。ところが言われてみればウルラディール家には数人のジパ出身の者たちが居る。

 彼女はそれらの家の者たちから母国語であるジパン語の読み書きや、会話を習いながら成長していった。おそらく母国においても歳相応の女性としての言葉遣いが出来るだろう。

 今現在はノットラント東部でも使われるライネン語しか使う機会がなく、そちらほうが得意だと言える。だが、ジパ特有の”ワのココロ”というものは忘れていないようだ。

 彼女の身に着けている服装はワフクだし、小物やアクセサリーに関してもジパの物を好き好んで使っている。

 他国の他家の出身ながら、ウルラディール家の中での扱いはかなり良い。礼儀正しくて情に厚く、かつ凛としていて気品を感じさせると評価されている。

 一緒に過ごしていると芯も強いように思える。ちょっとやそっとの事ではめげず、決めた事を貫き通す精神の持ち主という印象だ。その割には心優しい面もあって自己犠牲の精神も兼ね備えている。

 きっとラルディンが彼女を気に入って乳母にまでしたというのは、その辺りを踏まえてのことなのだろう。

 外見に関しても評判が良い、ノットラントでは珍しい黒い髪と黒い瞳をしている。特に腰まで伸びた黒髪は屋敷の中でも一際目立っている。サラサラとしていい匂いのする手入れの行き届いた美しい髪だ。

 きっと毎日、丁寧にとかしているのだろう。さすがに任務や演習では後頭部に髪を結って動きやすいようにしているようだが。

 カンザシによる狙撃を主な攻撃手段としているが、ジパ式の魔法である術を使ったり、肉体エンチャントもそこそこ出来て何でもそつなくこなす。”術”はジパ出身の先輩仕込みのものだという。

 さすがにパルフィーの怪力には及ばないが、力が持ち味の屋敷の戦士と腕相撲でいい勝負をするくらいの身体能力強化(肉体エンチャント)が可能だという。

 他にもバウンズ家との模擬戦闘で見せたようにレイシーにもよくわからないとっておきの能力を持っているようだ。おおむねどんな能力か予想はつくが、”あれ”は滅多には見せることがなく、謎も多い。

 もしかするとアレンダは知っているかもしれないが、余計な詮索になりかねないとその点は深く追求しなかった。戦う者ならば誰でも自分の能力はいざという時のために隠しておきたいものである。

 パルフィーもかなり前からの付き合いで、サユキが乳母になってから少しして家に所属するようになったような記憶がある。彼女が裏山で見つかったのは5~6年前の事だろうか。

 彼女はなんというか色々と無茶苦茶な点が多く、あらゆる意味で”規格外”と言える。特に焦げ茶色の猫に似た可愛らしい大きな耳が頭から生えており、尻からはタヌキのような尻尾が生えている。

 使いこなす薄暗い拳術とは裏腹に、本人の性格は天真爛漫を地で行くものだ。明るくサバサバとしており、ムードメイカーな面もある。いつでも元気いっぱいだが、それは空腹でない時の話である。

 もはや誰もが知るところだが、彼女は異常なまでの身体能力の代償として多くの食料を必要とする。動いていなくても腹が空くらしいが。

 彼女はそんな性格をしていたので、場合によってはサユキを相手にするよりも面倒がなく、やりやすかった。大したコミュニケーションもしていないのに相性が良かったのは模擬試合を通して互いを知っていたためだ。

 レイシーの強力な魔法を回避、ないしは耐えられる者は屋敷の中でも指を折るほどしか居ない。パルフィーはそのうちの1人だったため、お互い同じ釜の飯を食っている感がより強かった。もっともそれ以上でもそれ以下でもない関係ではあったのだが。

 以前は粗雑な性格と度の過ぎた大食いだけに目が行って馬鹿にしてレイシーは彼女を下に見ていた。下どころか下手をすれば愛着のわかないペットくらいの扱いだったようにも思える。

 だが最近は非常に頼りになる存在だと思うようになった。1人でここまで戦える武士は中々居ない。それに何より拳を交えた経験が大きく、サユキが姉ならパルフィーは相棒のように思えていた。

 一度戦場に立てば言葉少なでも互いの心が読める。安心して背中を預けられる、そんな貴重な存在だ。

 何故、希少種亜人の彼女が屋敷に来ることになったのかについて興味がなく、全く聞いたことがなかった。だが蓋を開けてみると中々複雑な事情を抱えていた。

 幼いころはノットラント北東部にある豪雪地帯の山奥にロンテイルの一族で隠れ住んでいたらしい。しかし、ある吹雪の強い日に彼女は山中で両親とはぐれ、道に迷い集落への帰り道がわからなくなってしまったという。

 そのまま雪山を数日さまよって彼女は空腹のあまり気を失って倒れた。気づくと小さな見知らぬほら穴で目を覚ました。そこには薪の火にあたる見知らぬ老人男性が居たという。

 食事を用意してもらったパルフィーは息を吹き返した。しかし、集落には自力で戻れそうにないし、彼女には行くあても無かった。

 それを察した老人は彼女がロンテイルだとわかりつつ受け入れてくれたらしい。だが、この山奥のほら穴に1人で住んでいる老人もただ者ではなかったようだ。不思議な事に彼は名前を一度も名乗らなかった。

 彼は独特な演武や型の鍛錬に熱心で、毎日繰り返していた。それを見ていたパルフィーは興味を示し、自分にも稽古をつけてくれるように頼んだが、老人は頑なに拒否されたそうだ。

 ほら穴での生活にも慣れてきた頃、食料を拾いに彼女が雪の積もる森の中に入った。不運な事に、普段居ないはずの狼の群れと遭遇してしまった。木の実より美味しそうな獲物を見つけた真っ白な狼たちはすぐにパルフィーを取り囲んできたのだと身振り手振りをして彼女は語った。

 飛びかかってくる狼に身体のあちこちをひっかかれたり、かまれたりした。絶体絶命のピンチによって彼女の中でロンテイルの野生の血が騒いだ。結果的に全身傷だらけになりながらも怪力で狼達を拳一つでちぎるように殴り殺して生き残ることが出来たらしい。

 ほら穴に帰ると老人はすぐに止血、傷口の縫合をして薬草を傷口に擦り込んでパルフィーを寝かせた。狼の群れに襲われて素手一つで生き残ったとは老人は信じられず、ロンテイルに対する認識を改めたという。

 そして、彼女が自分で自分を守れるよう、自分の流派の格闘術の稽古をつけてくれたとのことだ。パルフィーはその技術をメキメキと吸収していったというわけだ。

 一通りの技を教わった後、老人は突如倒れたという。おそらくパルフィーの力が強すぎだゆえに稽古の組手で受ける負担が非常に高く、気づいた頃にはもう満身創痍だったのだろうと彼女は振り返った。

 パルフィーは泣きながら老人の世話をしたが、数日後に「お前はわしの生きがいだった。ありがとう」と言い残して息を引き取ったという。

 老人の墓を作って彼女はほら穴を旅立った。行くあては無いが、このままでは飢え死んでしまう。生き残るにはどこか人里にたどり着かねばならないと決心した彼女は雪山を下ったのだ。

 老人の教えてくれた技を無駄にしないためにも生き延びる事が自分の責任だと言い聞かせたのだという。

 そのままふらふらと南下して、ウルラディール家の裏山であるヴァルー山の中腹で倒れているところを屋敷の者に拾われた。状態が回復してからラルディンと面会する事になったが、その際に武士として我が家で働いてみないかと誘われて、今に至る。

 保護してくれるだけでなく、世話も見てくれると保証してもらったパルフィーは家への忠誠を誓った。気まぐれな性格に思えて意外と義理堅いところがあるものだ。

 後で事情を話してわかったことは自分の習っていた流派が幻の殺人拳術、月日輪廻げつじつりんねだったという事だった。暗殺に特化した流派だという事をパルフィーは全く知らなかった。

 ただ、拳を振えば手加減の有無に関わらずあっさり相手を殺してしまうという感覚はあったらしい。気づけば彼女の手はいつも返り血で染まっていた。

 そんな育ち方もあってか、3人の中では一番殺生に関しての戸惑いや葛藤がない。ただ、無闇に生き物を殺めることを良しとはしておらず、それなりの倫理観はある。

 だが、一度仕留めると決めた相手は情け容赦なく屠り、後に引きずらないといった性格をしていた。そのため、陰の残留思念の影響はほとんど受けないし、そういった面では非常に武士に向いていると言えるのかもしれない。

 もし進む道が少し違っていれば笑顔で暗殺家業をしていてもおかしくはなさそうだが……。

 アレンダは他の2人に比べると至って普通の少女である。まるで東ノットラントの少女像を具現化したような外見である。ただ髪の色は艶のある暗めのグレープで少し珍しかった。

 一見してどこにでもいる少女だが、動物やモンスターを飼いならして使役する”テイミング”といった種類の魔法を使う。更に分析力や洞察力の高さを買われ、幼くして屋敷の頭脳の精鋭の集まる情報部で活動していたりする。

 話によればパルフィーと同時期に家に加入してきたらしい。飼い慣らしている動物やモンスターを使った模擬訓練はしていないので対戦相手として対峙したことはない。

 一応、屋敷で見かける顔ではあるので顔見知り程度の関係ではあった。アレンダが遠征の任務についた事がきっかけで2人の交流は始まることとなったのである。

 性格はピリエーに飛び乗ったりする事などから、ややお転婆がかった印象を受ける。レイシーの前では歳相応の少女らしい言動を見せるが、情報部では常に畏まった態度をとっているらしい。

 サユキを意識しているのか背伸びしてやや大人びた淑女の振る舞いをして見せることもあるが、あまり様になっていないと密かに皆から思われていた。

 実は彼女は武家の出身ではなく、両親はウォルテナの一般市民である。学校の専門分野研究で活躍していた彼女の才能を知ったウルラディール家が武士として迎え入れたのだ。

 ウルラディール家は伝統の武家ながら、身分を問わず優秀な才能を取り込むことに積極的である。そのためアレンダのような才能を持った者の発掘に抜かりがない。

 彼女自信、自分が武家の生まれでない事に強いコンプレックスを感じているそうだが、実力主義のウルラディール家においてそれはあまり問題にはならなそうだった。

 武家の位が高い名家の出身だからといって、必ずしも才能がずば抜けているとは限らない。レイシーは屋敷で暮らしてきてそう痛感していた。そのためアレンダの生まれや身分はさほど気にならなかった。

 一般家庭出のため、いろいろな面でサユキやパルフィーのように浮世離れしていない。いい意味でも悪い意味でも庶民的なのだ。

 サユキは屋敷の外の一般人の暮らしぶりをあまり知らないし、パルフィーに関しては下手したら街での文化的な生活の仕方さえわかっていないかもしれない。

 他の武士に欠けている庶民的な思考ができるというのも、もしかしたら情報部に勧誘された理由なのかもしれない。

 精鋭の情報部とは言っても自主的に使用人の手伝いをしている事もしばしばあるし、家事もこなせるという。特に料理は得意だという。その腕は屋敷おかかえのコック長がしばしば献立やレシピの意見を聞きにわざわざ出向く程である。

 かつてパルフィーに手料理を作ってあげたことがあったらしいが、1分経たずに完食されておかわりを要求されたのでそれ以来、誰にも料理は振る舞っていないという。

 戦闘スタイルはテイミングを駆使したものである。彼女の飼い慣らしている生物達は鳥から魚、虫と多種多様で、陸海空と地形を選ばずに戦うことが可能だ。

 陸戦の武士は数が揃っているし、空中、水上での戦闘に長けた武士もそれなりにいる。だが海と陸の戦力を両立させているのはアレンダくらいのものである。

 ただ、サユキとパルフィーとは決定的な差があり、本人自体が非常に打たれ弱い。使役する動物やモンスターには強力なものが多いが、アレンダ自体はレイシーやパルフィーのように攻撃を回避しまくる事は出来ない。

 また、サユキのように肉体エンチャントや術で防御力を上げることもほとんど出来ない。何でも素での防御力はパルフィーの軽いデコピンで一発KOされるくらいらしい。

 ブレッシング(祝福)とエンチャント(魔法強化)両方がけの高級装備を身につけてようやく中の下といったところである。故に敵陣に1人取り残されたらひとたまりもないだろう。

 それでも彼女の飼っている生物の能力も考慮すると弱点を補った戦い方はいくらでも出来て、全体的に見ると高い水準でまとまっている。

レイシーは3人と交流していく内に今まで興味を持たなかった他人の身の上話に強い興味を示すこととなった。逆に言えば今までこれらの事を全く知らなかったわけで、それにさえ興味がわかなかったかつての自分に辟易ともしていた。
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