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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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▲友の手紙がくれたもの

 裏亀竜の月の中旬、ウォルテナのウルラディールの屋敷に戻ってから数日が経った。早速クラリアから伝えられた住所へレイシーは手紙を送った。

 裏で内通している手前、東西の武家の者が表立って文通しているというのは都合が非常に悪かった。

 そういう場合は、どこか適当な民家の住所をクッションにして直接のやり取りを外部に悟られないようにするのが常識だった。

 クラリアから受け取った住所も当然バウンズ家宛の住所ではなく、ティライザの民家の住所で一般人の名前が書いてあった。

 文通自体は許可されたが、手紙の内容は検閲されると情報部から念を押された。屋敷の動向や内情は厳密に守らねばならないものである。

 例え年端の行かない少女同士の文通であっても、これらに関しての話題は厳しく制約をかける必要があった。

 これはウルラディール側に限った事ではなく、程度の差こそあれバウンズ家も似たような扱いなはずだ。あわよくば情報を得たいというのはお互い様である。

 厳しく制約するとは言っても、自分の活動や起こった出来事についてなどの彼女自身の情報は書いても良いとも情報部からは言われていた。ある程度縛りを緩くしておいたほうがクラリアが明かす情報も増えるだろうと考えての事だった。

 レイシーは高級紙のサパー紙で出来たハガキを取り出し、ベクタ象の角から切りだされた愛用の万年筆を使って手紙を綴り始めた。言われたように辺りざわりのない話題を心がけて手紙の内容を書くようにした。

 しかし、つい屋敷内での話題を書きそうになってしまう。今までプライベートな手紙のやり取りをした事がほとんどなかったということも彼女が手紙を書くことに苦戦する要因となっていた。

 レイシーが手紙を出してから一週間も経たないうちにクラリアからの返事が帰ってきた。少女らしい可愛い丸みを帯びた文字だ。自分の教科書の手本のような文字が酷く堅苦しいように思えてきた。

 手紙の用紙には汗の滴った跡が幾つもあり、インクが滲んでいる箇所もいくつかあった。彼女が汗っかきなのは知っていたが、それにしても大量に汗をかくなとレイシーは思った。

 別に彼女は太った体型ではない。むしろどちらかといえば細身な方であったように思える。見ている限りでは彼女は片時もタオルを手放すことがなかった。

 しかもハンカチのような薄い生地ではなく、バスタオルのような厚い生地で出来たタオルだった。おしゃれに気を使ってか、マフラーのように形を整えて首に巻いていた姿が思い浮かぶ。

 年頃の少女が汗塗れになる体質を気にかけないわけがないとレイシーは考え、文通を始めてからその点には触れないでおこうと決めていた。

 クラリアとは一気に仲良くなったが、お互いにまだ知らない点は多かった。そのため、他愛のない話題であってもレイシーにとっては非常に新鮮だった。

 こうやって友人と文通するのはごくごく普通の事のはずだが、彼女にとっては特別であり、初めての経験だった。

 文通はとても楽しかったが、考えさせられることも多く、手紙を読みながら頭を抱えることも少なくなかった。夢の中のクラリアが言っていた”貴方の生きる意味”という言葉が頭に焼き付いて離れない。

 本当にウルラディール家を継いで立派な当主になることが自分の生きる理由なのだろうか。それは生きる理由でなく、義務なのではないか。自分で決めた意志では無いのではないか。

 自分のあるがまま、気ままに行きているクラリアをレイシーはどこか羨ましく感じるようになっていた。

 自分はと言うとウルラディール当主という大層な目標はあっても、実際にやってきたことはグリモア解読の猛勉強や、家に伝わる秘伝の魔法の修得、模擬訓練など戦いに関することばかりだった。

 一方、クラリアの趣味は編み物や裁縫、刺繍でぬいぐるみを作ったりしているらしい。実に女の子らしい趣味ではないかと感心させられた。

 そういう自分はといえば今まで趣味という趣味は無かったように思える。強いて言うなら野生動物をいたぶって殺す野狩りくらいだろうか。だが、今はそれが趣味なのかと聞かれると首を横に振るだろう。

 そもそも最近は野狩りをやる気が全く起きない。戦いを楽しんで相手をねじ伏せることが快感だったのは確かだが、それにしか楽しみを見いだせなかった以前の自分に疑問を抱いていた。

 文通を続けるうちに幼いころの話なども話題に上がったが、レイシーは思い当たる限りでは4~5歳で既に戦闘に関するスパルタ教育を父から受けていた記憶がある。

 命の取り合いこそしないまでも、毎日が戦いの日々だった。かたやクラリアは母に洋服を買いに連れて行ってもらったり、小さなアクセサリーを作ったりしていたという。

 この話を知って、レイシーは自分の幼少期は一体なんだったのだろうと呆然とした。武家の跡取りの英才教育としては正しい方針なのかもしれない。しかし、戦闘マシーンを育てていると言われても否定は出来ない有様だったように思える。

 事実、ラルディンのスパルタ教育はアサシンの養成とそれほど変わりはなかった。武家の気高い誇りを刷り込まれた以外はそれらと差を見つけることが彼女には出来なかった。

 ふと悦殺えっさつのクレイントスの言葉が脳裏によぎった。レイシーは戦うこと、ひいては生き物を殺めるのを本質的に楽しんでいるという一言だ。幼いころから身に刻まれたその呪縛からは逃れることが出来ず、彼からは将来を有望視されていた。

 その時はなんとも思わなかったが、今となってはその期待に激しい嫌悪感を覚えていた。しかし、もはや戦いは自分の身体の一部であるし、大事なアイデンティティでもある。

 そんな彼女は今更戦いをやめるわけにもいかなかった。それでも、何があろうとクレイントスのようにはなってはならないと彼女は心に決めた。

 クラリアに今までずっと戦いの日々だった事を手紙で打ち明けるとクラリアは「まだまだこれから楽しめることはいくらでもみつかるはずだよ。何が楽しいのかを一緒に探していこう」とフォローしてくれた。

 生まれてこの方、戦闘訓練ばかりしかやっていないと明かせば、流石のクラリアでも呆れたり引かれたりするのではないかとレイシーは内心恐れていた。だが、それは余計な杞憂でむしろクラリアはレイシーに尊敬の念を示した。

 レイシーが女の子らしいクラリアに感心する一方で、クラリアも武士として勇ましく戦うレイシーに感心していた。クラリアは名門武家の娘なのに、自身が戦力にならないことに対して後ろめたさを抱いているという。

 そう伝えられてレイシーは改めてクラリアも武家の娘であるという事を再認識した。

 そうやって悩みながら毎日を過ごすうち、レイシーは使用人たちの態度が気のせいか少し変わった事に気づいた。以前は無表情だったのだが、今は驚く者が多いように思える。

 ニコニコと笑って接してくれる者も増えた気がする。今まで他人の表情など興味が無かったので、以前と変化があったのかどうかはよくわからなかった。

 それもそのはずで、今まで彼女は使用人たちに舌打ちしたり、睨んで威圧したり、気まぐれで怒鳴り散らしたりすることがしょっちゅうあった。

 それが遠征から帰ってきた途端、しおらしく丸くなれば誰もが驚かずにいられなかった。何か悪いものでも食べたんじゃないかと噂で聞こえてくるほどだ。

 使用人でさえそう思うのだから、最も身近な世話役であるサユキはレイシーが目覚ましいまでの急成長を遂げていることを感じた。今までサユキに任せっきりだった服の着付けを自分でやるようになったのだ。

 まだドレスを着こなすのには苦戦しているが、それでも自分一人で出来るようになろうといった自発的な意思を感じる。その他、細々とした雑用も任せっきりでサユキをこき使っていたが、これも自分で行うようになった。

 そして「ありがとう」と言った感謝の言葉や、「ごめんなさい」などと言った謝罪の言葉を相手の身分に関わらず素直に口にするようになった。

 当主としての立ち振舞の手本はラルディンだけだったので、レイシーはこれらの言葉が交わされる事の少ない環境で育った。

 それでも相手の気持ちを読むことが出来るようになってきた事や、クラリアとの手紙のやり取りの影響で彼女はしがらみから抜けだした。

 更に、クラリアとの交流によって彼女は”友達付き合い”という概念を把握し始めた。今まで共闘する存在以上でも以下でもなかったパルフィーに対して自ら話しかけていく事が多くなった。

 元々相性の良かった2人はあっという間に親友と呼べるような仲になった。パルフィーの下品さと粗雑さがお嬢様にも伝染ると使用人の間ではかなり不評だったが。

 パルフィーとの付き合いが上手く行き始めると遠征に同行したアレンダにも声をかけるようになった。最初の頃はアレンダはレイシーに対してどこか他人行儀だった。

 当主の娘から一介の武士である自分に声がかかれば緊張するのも無理もない。だが、レイシーは彼女に対して「肩の力を抜いて友達になって欲しい」と何気なく伝えた。

 アレンダはそれを聞いて思わず目を白黒させたが、すぐに笑顔になって二つ返事を返してきた。今まで屋敷の中で会話をする相手といえばサユキかパルフィーくらいのものだったが、これにアレンダが加わることになった。

 あまり長い付き合いではないが、死線を共に乗り越えてきた仲だったので、親しくなるのに時間はかからなかった。

 パルフィーが17歳、レイシーが16歳と二人ともレイシーより年上だったが、特にコミュニケーションで戸惑う点は無かった。

 本来なら次期当主に家来が敬語を使わないなどとはありえない事だったが、彼女たちの間では例外だった。本人も本人で地位に関わらず、年長者として2人を尊重すべきなのではとさえ思っていた。

 サユキにしろ、パルフィーにしろ、アレンダにしろ話してみると、今までほとんどプライベートな話を聞いたことが無かったとレイシーは気づいた。

 自分の事について皆が知っているという前提で育ってきたため、自己紹介したり逆に聞き返す習慣が無かったのだ。その結果、色々と知らなかった個々の事情がわかってきた。
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