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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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誰にも知られなかったとしても

 アシェリィは尻もちをついてしまい、無防備な状態になった。彼女は恐怖のあまり目をつぶったが、少ししても襲いかかられる気配がない。彼女が恐る恐る目を開けるとスケルトンは壁に刺さった手斧に手をかけて引き抜こうと格闘していた。

 これは逃げる絶好のチャンスだと彼女はここ一番で根性を発揮し、恐れを振りきって立ち上がった。そして中身のほとんど無くなったバッグを投げ捨ててマナボードに乗り直した。

 アシェリィはそのまま斧に苦戦しているスケルトンの背後を抜けようとしたが、先ほどあげた尻もちの時の大声が地下教会まで響いていたのか、通路の向こうから残りのスケルトン2体がこちらに向けて走ってくる音が聞こえた。

 このままでは3体に囲まれることになる。せっかく掴んだと思ったチャンスも潰れ、状況は絶望的だった。アシェリィはショックのあまり、目の前が真っ暗になって諦めた。

 次の瞬間、手斧に執着していたスケルトンが苛立っているからか、手斧の柄をガンガンと上から叩き始めた。打ち付けるたびにその衝撃でパラパラと天井から小石や砂が落ちてきた。

 部屋を揺らす衝撃で彼女は現実に引き戻された。振り向いて骨だけの体なのに一体どこからこんなパワーが出てくるのだろうなどと呆れた。上にいるはずの神父さんに助けを求めても無駄だろうななどと無気力な目で彼女は天井を見上げた。

 もうじき残りのスケルトンも来る。そうしたらあとは解体ショーの始まりだろう。流石にこんな死に方をするとは思わなかった。彼女は思わず床にへたりこんだ。音からするにそろそろ斧が抜けるだろう。斧でぶった斬られるのはどんな感じなのだろうとアシェリィは絶望に浸った。

 そんな彼女の耳は何やら異質な音をキャッチした。金属の玉が石壁にぶつかるような「コーン」という甲高い金属音だ。ごくごく小さい音であったが、確かに聞こえた。

 今までの石や砂とは明らかに違う音である。彼女はまたもや四つん這いになって死にものぐるいで床を漁った。

 すると斧を抜いているスケルトンの足元にキラリと銀色に輝くピアスのような物をアシェリィは見つけた。おそらく、あれがヴィーシュの珠玉だ。

 きっと今までは教会の床の下の隙間に挟まっていて、ここまでは落ちていなかったのだろう。斧のスケルトンが暴れた結果、ここまで落ちてきたようだ。

 スケルトンは既に斧を抜いて臨戦態勢にあったが、ここまで来たらもうどうにでもなれと彼女は頭から突っ込んで珠玉を両手に掴みとり、胸に抱えた。そうしている間に2体のスケルトンが部屋に到着してしまった。

 だが、スケルトン達の様子がおかしい。なめらかだった動きがぎこちなくなり始めた。やがて手の中の珠玉が輝きを取り戻すと、ランタンより明るく輝きだした。

 その光がスケルトンたちを照らすと彼らはガタガタと音を立てた。そして装備を残したまま、垂直に地面に潜り、跡形もなく消え去った。

 アシェリィはなんとか助かったのだなと思わず床に突っ伏して深呼吸した。そして呼吸を整えると長居は無用とすぐにマナボードに乗って出口へと向かった。

 リバースサイド・ムーン・リリーは尻もちをした時に潰してしまっていたので、帰りはヴィーシュの珠玉の灯りに頼ってカタコンベを脱出した。

 やはりこの珠玉にはアンデッドを退ける効果があるようで、帰り道では地下墓地の住人たちはすっかり鳴りを潜めていた。なんとか地下墓地を脱出したアシェリィは脱力して草むらに横たわった。

「あは、あはは……ポット全部置いてきちゃったや……」

 なぜだろうか。とても恐ろしい思いを何度もしたはずなのになぜこんなに胸が高まっているのかと彼女は疑問に思った。だが、きっとこれが冒険の醍醐味というやつなのだろうなと彼女は人生初の大冒険の感慨に耽っていた。

 無茶な計画であったことへの反省は結果オーライという事もあり、あまり意識していなかった。そんな彼女に声をかける者が居た。

 彼女は慌てて跳ね起きると周囲を見渡した。人目につきにくいような木陰から声はする。そちらを向くと声の主が見て取れた。どこかで見覚えのある……大きな大きな狼、丘犬だ。突然の再会にアシェリィは驚いた。

「おっ、丘犬様!! なんでこんなところに!?」

 彼女は慌てて丘犬に向けて居直って畏まった態度をとった。狼の表情はいまいちよくわからないが、なんだか悲しそうな顔をしている。丘犬は重々しく口を開いた。アシェリィは嫌な予感がした。

「アーシェリィー・クレメンツ。まずはお礼をいいましょう。ヴィーシュの珠玉の回収、有難うございました。……ですが、貴女は私との約束を破りましたね?」

 そう言われてアシェリィは目線を泳がせてボードを貰った時の事を思い出した。確か、プレゼントについては他言無用という事と、マナボードで誰かを傷つけてはいけないという内容だったはずだ。

 特に約束を破っていないように思った彼女は不思議な顔をした。それに丘犬は失望したような口調で答えた。

「私が言った”誰か”を傷つけてはいけないの”誰か”には貴女自信も含まれるのですよ……。今回、貴女はカタコンベに潜るためマナボードを使いましたね? それが多かれ少なかれ自分を傷つける可能性があるとわかりつつも……。幸い、今回は大した怪我もせずに済みましたが、”死にそうになった”事は軽視できません」

 アシェリィは納得がいかないとばかりに反論しようとした。

「で、でも!! ヴィーシュの珠玉を誰かが取りにいかなければ……」

「アーシェリィー、気持ちはわかりますが、珠玉はオルバの使い魔がすぐに回収する予定でした。まさか、貴女が先にカタコンベに突入するとは予測できなかったのです。そんなにオルバが頼りになりませんか? オルバに会おうと功をあせったのではないですか?」

「功をあせっただなんてそんな!! 私は、ただ単に街を!!」

「もう結構です。貴女が冒険に憧れているのは重々承知しています。ですが本音を言わせてもらえば、その調子では絶対”すぐに死にます”。虫ケラのように、いや、虫ケラ以下の死に方を」

 それを聞いてアシェリィは押し黙ってしまった。事の重大さを再認識しているようだった。だがその眼差しは絶望ではなく、先を見据えた力を秘めていた。丘犬は深刻な口調で彼女にある宣告をした。

「マナボードは没収です……」

 アシェリィはそれを聞いて心臓が止まるかと思った。もはやマナボード無しでの生活など考えられなかった。またエンプのような生活に戻ってしまうのかと強い抵抗感を覚え、思わず口から反発の言葉が飛び出した。

「そ、そんな!!」

「……といきたいところですが、それは既に貴女の立派な身体の一部です。それを切り離す権利は私にもオルバにもありません。オルバもこの点は許可すると言っています。ですが、冒険や探検といった類のものにそれを使ったら今度こそ没収ですからね」

 彼女が絶望し切る前に丘犬は発言を取り下げた。全く意地の悪い狼である。アシェリィは喜びというよりは安堵の表情を強く浮かべた。そして丘犬にむけて深くお辞儀をした。

 彼女の瞳から地面を濡らすほどの涙が流れたのを丘犬はしっかりと見ていた。すると丘犬は初めて会った時のような慈しみの態度で再び彼女に語りかけた。

「アーシェリィー、珠玉は私が届けましょう。貴女がいきなり珠玉を持って行くとややこしいことになりかねませんし。ですが、貴女はよくやりました。街は間違いなく貴女が守ったのですよ。危険を冒したのはお世辞にも褒められませんが、それでも貴女はこの事を誇ってもいい。例え誰にも知られなかったとしても……」

 そう言うと丘犬は彼女に歩み寄ってきた。そして口を軽く開けて掌を差し出すように舌をベロっと出した。流石にここまで近づかれると怖気づかずには居られなかった。

 しかし悪意が無いのを知っていたのでアシェリィはうなづいて、舌の上に確かにヴィーシュの珠玉を置いた。すると一瞬、丘犬が鼻をヒクヒクと動かして顔をしかめた。

「さきほどからですが、貴女からは酷い臭いがしますよ……? 何を使ったのか知りませんが、二度とこんな小手先の手段をとらないで下さい」

 彼女はその反応に戸惑ったように後ろへ飛び退いた。そして姿勢を正して改まりながら深く丘犬に向けてお辞儀をした。

「ま、マナボードの件、没収せずにおいてくださって本当にありがとうございました!!」

 それを聞いた丘犬は珠玉の乗った舌を引っ込めながら耳をピクピクさせた。まるで聞き捨てならないといったような反応だ。丘犬は彼女を見つめて訂正するように指摘した。

「私に礼を言うのですか? 誤解してはいけませんが、マナボードを没収しなかったのはオルバの意思によるものです。私に決定権はありません。もし感謝するのならオルバに感謝することですね。礼節を重んじるならば、直接お礼を言うべきでしょう」

 そう言われてアシェリィは難しい顔をした。なんだかんだでまた手がかりが無いに等しいオルバ様探しに戻ってくる形となったわけだから無理もない。

 そんな彼女を尻目に丘犬は振り向いて墓場脇の林へ向けて去り始めた。そして、森の奥へ消える前につぶやいた。

「湖の魚は美味しいですよね。特にコパガヴァーナなんかは……ね」

アシェリィはその一言を聞いて俯きがちだった顔を上げた。彼女の表情は呆然としたものからひきしまった意欲的なものに移り変わっていた。

 丘犬が暗に示した言葉を信じるならばオルバ探しの方法に関して光明を見出した事になる。そんな彼女の表情を知ってか知らずか、大きな狼は林の奥へと姿をくらました。

 アシェリィはもしオルバに会えたとしたらとにかく感謝の言葉を伝えたくてしょうがなかった。今はただそれだけで、弟子入りだの稽古などは二の次だと思っていた。

 彼女は呼吸を落ち着けると平穏を取り戻した墓地を見渡した。大きな混乱にならなくて本当に良かったと安堵のため息をつき、そして次にどうすべきかを考えながらシリル市街地へと戻っていった。
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