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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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暗い暗いカタコンベの中で

 すこし進むと鼻をつくような腐臭が漂ってきた。彼女は「いよいよ来たか」と思い、つばを思い切り飲み込んだ。そしてマナボードを止めてしゃがみ、警戒態勢を取った。

 心臓の高鳴りが一気に高まり、胸がドクンドクンと脈打つのを感じた。背筋をピンと伸ばして下り坂の下を覗くと洞窟が開けた場所にゾンビが3体もたむろしていた。まだ昼間だからか地上に出る気は無いらしく、こちらには全く気づいていないようだ。

 昔の地下墓地だけあってゾンビたちは随分と劣化が進んでいた。まるでミイラのようにカサカサに乾燥している。

 アシェリィが想像していたような生々しくグジュグジュしているゾンビではなかった。腐臭で吐き気を覚えたが、幸い見た目は覚悟していたほどグロテスクではなかったので彼女は少し安心した。

 続けて様子を窺っていると何やら話し声が聞こえた。

「グァンタ……モサン、ヌぬ、ヌベリ、ヌベリ……オアナ」

「ギャバ!! グダ、ンザ、ダ!! ギャバ!!」

「フォーリ、アム……ウア、リアフォム……」

 ゾンビが片言で喋るという話は聞いたことがあったが、彼らが何を言っているのかさっぱりわからず、アシェリィは首を傾げた。

 しかし、よくよく考えればここにいるゾンビ達は皆、昔の墓に眠っていた人達である。もしかしたらゾンビも古代語を喋るのだろうかと彼女は興味深く思った、しかし、そんな事を考えている場合ではないとすぐに対策を考えた。

 とりあえず物音に反応するとお姉さんから聞いていたので彼女は足元の小石を拾ってゾンビたちの脇の壁めがけて投げつけてみた。小石はカツンカツンと乾いた音を立てて、どこかへ行ってしまった。

 それと同時に3体のゾンビは音のした方を向いて、石が当たったあたりの壁際に集まり始めた。

「ヴぁ、んちュらガ?」

「ネグゥ……モォ、ネグモ……」

 ゾンビの集中をそらすのはかなり簡単だった。彼らは先程の音が気になって仕方がないのか、壁際に釘付けになった。

 その隙にアシェリィはゾンビの背後を滑るようにマナボードで駆け抜けた。マナボードは駆動音がしないため、これも今回の探索との相性が良かった。

 かなり近くを通り過ぎたが本当に人間の臭いがしないらしく、気づかれぬまま突破できた。少し洞窟を進むと道幅が狭まって一本道になった。こんなところでゾンビと遭遇したら厄介だななどと思いながら彼女は地図を確認した。

 さすがに地下墓地はマッピングされておらず地図に表示されなかった、。だが今、自分が街のどの辺りの真下に居るかだとか、どこらへんを進んでいるのかはよくわかった。

 てっきり、入り口から真っ直ぐ教会下への道が伸びているかと思ったのだが、どうやらそれは甘い考えだったらしい。今は教会とは全く別方向の通路を進んでいる。

 今までずっと一本道だったため、道を選ぶ事も出来なかったのだが。このまままっすぐ進むと郊外から市街地の真下にまで進むことになる。カタコンベは想像以上に広大なようだった。

 この規模の地下墓地があるのならば、珠玉が無くなったらすぐに逃げろと忠告されても無理は無い。昼間だから数が少ないものの、ここには相当数のアンデッドが潜んでいるはずだ。

 更に進むとY字路にぶつかった。左手は袋小路で、右手が奥へと繋がっている。だが、右手の通路の途中にゾンビが居るのが確認できた。

 どうやら左右の通路は途中で繋がっているようで、ゾンビを左側の袋小路へ誘導できれば右の通路を抜けることが出来そうだ。アシェリィはゾンビの注意をひこうとさっきと同じように小石を左の突き当りの壁めがけて投げつけた。

 しかし、小石の音は左の行き止まりで反響するばかりで、右側の通路を歩きまわっているゾンビには届かなかった。これは厄介な事になったなと彼女は思った。

 左の通路で声を上げてこちらにおびき寄せてそのままV字に強行突破することも考えたが、もしそれで行く手にゾンビが待ち構えていたらヘタすると挟み撃ちにされてしまう。

 なにかいい方法は無いかと腰に手を当てて考えていると、肩掛けバッグに手が触れた。そして中身のポットの存在を思い出した。

 アシェリィは気づかれないように袋小路の方へ進むと、肩掛けバッグからポットを取り出した。そして音を立てないように栓をゆっくりと抜き、中身を袋小路の壁へとぶちまけるとスピードを上げてY字路の交差点まで引き返した。

 交差点から少し下がり、しゃがみこんでゾンビの様子を窺った。ゾンビは相変わらず右手の通路を塞いでいたが、突如歩くのをやめた。そのまま辺りを見回すと、左の袋小路へと繋がる脇道へと進んでいった。

 そして、アシェリィがポットを塗った地点へと向かい、到着すると壁を一心不乱に舐めだした。

 ゾンビがすっかりポットに気を取られているのを確認して彼女は右の通路の奥へと進んでいった。ゾンビの囮にポットを使うのはもったいない気もしたが、背に腹は変えられない。

 ポットを使って思い出したが、自分もいざというときのためにマナ切れを起こしたらまずいと思い、あまり消耗していなかったがポットを1本、一気飲みした。

 その後も数体のゾンビと遭遇したが、どこかしらに抜け道があったり、誘導できるスペースが有ったりして運良く見つからずに進んでいくことが出来た。

 また、対峙してみてわかったことだが、ゾンビは想像以上に頭が悪かった。ごくごく簡単な誘導に簡単にひっかかるのだ。

 洞窟内は崩落や壁面の劣化が起こっていて、損傷が激しかった。アシェリィが体を縦にしてギリギリ抜けられるくらいの岩の隙間をいくつもかい潜り、パラパラと足元が崩れ落ちる床を慎重に進んだ。

 話に聞いていたとおり、これでは大人が通り抜けるのはまず不可能だろう。帰り道が塞がりはしないかと心配しながら更に奥へと進んでいった。

 この辺りはまだアンデッド達が外部へ向かっていない区域の様に思えた。地図を見ると、町の中央の真下についていた。

 今までは土壁が剥きだしで土の洞窟のようだったが、ここまでくると石を積んで作られたしっかりとした構造に変わっていた。地下墓地に入ったことがひと目でわかった。

 どうやらここは広間のようだ。円形の形をしていて、この部屋を中心に5つほど町の中央から郊外方向へ向かう通路がある。その部屋は教会の礼拝堂として使われていたような痕跡があった。

 もっとも古すぎて面影を留める程度にしか形を残していなかったが。円形の部屋を囲むように行先の見えない真っ暗な通路が続いている。

 それより気になるのは教会の祭壇の燭台や、壁の燭台に煌々と火が灯っている事である。今まで通ってきた道を見るからに、生身の人間が手入れしているというのはまずあり得ない。

 アシェリィが朽ちた教会を観察していると、カラカラコロコロと何かが転がるような乾いた音がした。彼女は直感的に危険を感じ、入ってきた土壁の入り口へ戻って身を隠した。

 そして壁に背を当てながら恐る恐る教会跡を覗いた。すると槍を持って鎧だけ来たガイコツが教会内を巡回している。彼女は恐怖のあまり声を漏らしそうになったが、なんとか堪えてもう一度ガイコツの方を見た。

 あれは間違いなくスケルトンだ。人間の骸骨がむき出しになったような姿をしている。関節を支えるはずの筋肉はないはずだが、マナでそれを補っているのだろう。眼球は無いが、目に当たる部分が赤く不気味に光っていた。

 本によれば俊敏性はゾンビより遥かに高く、知能もそれなりにあるという。武器なども使いこなし、人間を狩る好戦的な性格をしているらしい。

 直接、人肉を食らったりはしないが、生き物、特に人間の命を奪うことで相手を死の世界へ引きずり込まんとしているのではないかと一説には言われている。

 ゾンビが肉体の未練に縛られた者だとするとスケルトンは肉体の束縛を解き放ったより上位のアンデッド(不死者)であると言える。

 スケルトンは一通り辺りを見回すと通路のうちの1つに入っていった。これは厄介なことになったなとアシェリィは頭を抱えた。通路の先が全く目視出来ないので、スケルトンがどこに居るのかわからないのだ。

 とりあえず一体が入っていた通路は確認したが、まだ他にも居るかもしれない。ゾンビとは格が違うとあちこちで聞いたり、本で読んだりしたので彼女は身構えて対策を考えた。

 どうやら彼らは太古のチャーチ・ガーディアンのようで、死してなお教会の整備に熱心なようだった。

 彼らがどこまで手入れ出来るのかは不明だったが、古い教会の割にはホコリが積もっていなかったり、蜘蛛の巣がなかったり、かがり火や燭台が焚かれていたりと人の手が入っているのが一目瞭然だった。

 かなり神経質に手入れされているようだ。彼らにとってここはさぞかし大事な教会なのだろう。

 何とかして彼らを引き付ける事はできないかと考えた。その時、お姉さんの言葉が脳裏をよぎった。アシェリィは通路の影から教会を覗きこんだ。今は教会には何も居ない。

 それを確認すると彼女はバッグから水筒を出して、祭壇の2本の燭台の火に向けて水をかけた。そしてすぐにマナボードにまたがって全速力で元来た通路へと潜り込み、再びしばらく様子を窺った。待機しているとまた乾いた骨の転がる音が聞こえた。

 今度は別の通路からスケルトンが姿を現した。今度は手斧と胸当てをつけている。先ほどのスケルトンとは別の個体のようだ。

 このスケルトンも教会内を見回したが、何かに気づいたのか、祭壇へと近づいていった。そして手斧を床に置くと、どこからか火打ち石を取り出してカチンカチンとぶつけあい始めた。

 燭台は湿気っているために中々点火出来ないようだ。スケルトンは一心不乱に石を打ち付けている。

 その様子を見ていたアシェリィはしめたとばかりに聞こえない程度に軽く指を鳴らした。ここにいるスケルトンが燭台やかがり火を焚く習性があるのを利用して、燭台にスケルトンを釘付けにする事に成功したのだ。

 スケルトン達は必死に再点火しようとしているが、水筒の水をかけたばかりの燭台にそう簡単に火がつくわけがない。

 そのまましばらく様子を窺っていると、今後は弓を持ったスケルトンが別の通路から出てきた。まだ会ったことのない個体のようだ。彼も火の消えた燭台が気にくわないのか、弓を置いて火打ち石を取り出して着火を試み始めた。

 更に少し待っていると一番最初に見かけた槍と鎧を装備したスケルトンも教会へと戻ってきた。例のごとく、彼も槍を置いて誰も着火していない方のもう片方の燭台への着火に夢中になった。

 その後、しばらく待ってもスケルトンが現れる様子はない。どうやらこの近辺をうろついているのはこの3体だけのようだ。アシェリィは見つからないようにこっそりと火打ち石を叩き続ける彼らの背後を通りぬけた。

 そして、教会の真下へ向けて伸びている通路へと進んでいった。通路の壁には無数の頭蓋骨が埋め込まれている。装飾品なのだろうかと横目で見ながら進んでいくと突如、壁の頭蓋骨達がカタカタと音を立てて笑い始めた。どうやら全部本物の人骨だったようだ。

「ケタケタケタケタケタケタ!!」

「き、きいやぁぁぁー!! あー あー ぁー ぁー ぁぁ……」

 通路に少女の悲鳴が響き渡った。彼女はは驚きのあまり、思わず叫んでしまった。すぐに前方後方を確認したがアンデッド達に発見されていないようだ。

 彼女が安心してため息をついた直後、入ってきた方の通路から音が聞こえてきた。カシャリカシャリという軽快な音だ。まるで骨が走っているような……。

 アシェリィはそれを顔色を変えてマナボードへ力を込め、音の主を振り切ろうと全速力で駆け出した。少しずつではあるが、骨のぶつかる音が小さくなっていく。

 これなら逃げきれると思った矢先、彼女は行き止まりの小部屋にたどり着いてしまった。部屋の壁や床はパルム鉱を使っているからか真っ白だった。慌てて地図を見るとこのやや広めな空間が教会の真下らしい。

 見上げると所々の隙間から光が差し込んでいた。きっと教会の床の割れ目なのだろう。

 そんな事を考えているうちにどんどん骨の立てる音が近づいてきた。せっかく教会の真下までたどり着いたのに絶体絶命のピンチに追い込まれてしまった。

 この小部屋では身を隠す場所や障害物は何もない。光が申し訳程度に差し込んでいるので多少アンデッドの動きは鈍るかも知れないが、逃走を図れるほど怯まないだろう。

 言うまでもなく、こちらに対抗手段はないし、勝算もない。捨て身タックルがいいところだが、相手は武器持ちである。無傷では済まない。

 彼女はパニックに陥りかけていたが今回、地下墓地に来た目的を思い出してハッっとした。もし、ヴィーシュの珠玉があればスケルトンを追い払えるかもしれないと思ったのだ。

 すぐに足元を見下ろしながらクルクル周り、珠玉が落ちていないか探した。確かウェイストの話によれば「豆粒ほどの大きさで白銀に光っている」らしい。

 もしそんな物がこの薄暗い部屋にあればすぐにわかるはずだ。だが、予想に反して中々見つからない。何しろ豆くらいのサイズしかないという事で、おまけに部屋全体が白っぽかったので白銀色の珠玉をすぐに見つけるのは難しかった。

 スケルトンの足音はどんどん近くなってくる。想像以上に足が速い。アシェリィは床に四つ這いになり、必死に珠玉を探したが、それらしいものは落ちていない。

 やはりそんなに都合良くいくわけがないかと彼女は計画の甘さを今頃になって後悔した。だがタダで殺されるわけには行かない。彼女の体は恐怖に震えていたが、何とか勇気を振り絞りせめてもの抵抗をして、あわよくば逃げ切ろうと考えを切り替えた。

 部屋の入口のすぐ横の壁に張り付き、スケルトンが部屋に侵入すると同時にマナボードで押し切ればあるいはと彼女は思った。そう決めるとすぐに体を起こして、真っ暗に口を開ける通路の脇の壁に張り付いた。

 どのくらいまでスケルトンと距離があるのだろうと少しだけ身を乗り出して真っ暗な通路の奥を覗いた時だった。手斧がものすごい勢いで彼女の鼻の先数センチをかすめた。

「きゃああっ!!」

 アシェリィは思わず大声を上げてのけぞり、尻もちをついてしまった。同時にカバンのポットは散乱し、マナボードが足から剥がれた。飛んできた手斧は石の壁に突き刺さり、そのあまりの衝撃で部屋全体が振動した。

 振動のせいでパラパラと天井から小石や白い砂が降り注いでくる。彼女が通路に目を向けるとスケルトンと目が合った。

 何も存在しないはずの眼窩から赤い目を光らせてこちらを睨みつけてくる。アシェリィは思わず尻もちをついたまま、すくみあがってしまった。
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