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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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トレジャーハンターの心得

 アシェリィは真夜中にコツン、コツンという物音で目を覚ました。空耳かと思ったが、窓をつつくような音は続いている。ベッドから起き上がって目をこすりながら窓の外を見た。

 裏の月に入ったため、ティラレ月は暖色からほのかに青い色で冷たい印象をあたえる光へと移り変わっていた。するとまたコツンと音がするのでよく見ると小石が山なりに投げられている。

 もしやと思って裸足のまま窓から裏庭へと出た。そこにいたのは月光を背に影を伸ばしている例の彼女だった。

 ポニーテールに革のジャケット、ミニスカートにニーハイソックス、ショートブーツといった動きやすそうな出で立ちだ。表情はなにやら自信ありげな笑みを浮かべている。

 彼女は片手を腰に当てて、重心を傾ける仕草をした。快活としてて、凛とした美人に見えるが、どことなくあどけない。このお姉さんはだいたいいつもこんな感じである。

 だが気のせいか雰囲気や服装が少し変わってきている。どこか近所に拠点でも構えているのだろうか。

「お、お姉さん……?」

「聞いたわよ……シリルで珠玉、無くなったんだってね」

「!?」

 アシェリィは彼女の反応に驚いた。一体どこで話を聞いたのだろう。もしかしてもう噂は出回り始めたのだろうか。色々な疑問が浮かんでは消えていく。

 違和感のある点は多かったが、不思議と追求する気にはならなかった。というか追求するだけ無駄だとアシェリィは直感的に思っていた。

「単刀直入に言いましょう。アンデッドぐらいで怖気づいてるようではトレジャーハンターなんて務まらないわ。ハッキリ言って、論外ね。冒険する資格さえないわ」

 彼女は吐き捨てるようにそう言った。このお姉さんの辛辣な言葉にアシェリィは返せる言葉が何もなく、口をパクパクとさせた。

 これほど厳しい物言いを彼女にされたのはこれが初めてだった。憧れの冒険家からの指摘という事もあり、耳の痛い話であるが聞き流すわけには行かなかった。アシェリィが戸惑っていると彼女は続けた。

「貴女がマナボードの練習をしたのは何のため? トリックを極める? 賢人探し? それとも郵便配達? 違うでしょう。冒険するつもりじゃなかったの?」

 アシェリィはそう言われてハッっとした。そうだ、確かに自分の本当にやりたかったことは郵便配達でも、オルバ様探しでもない。お姉さんが何を言わんとするか、アシェリィは察した。

 そして真剣な表情をしてお姉さんを真っ直ぐ見据えた。その視線を感じてか彼女は満足そうにニヤリと笑みをうかべた。

「そう、こんなに面白そうな冒険、そうそうないんじゃないかって。そう思わない? “アンデッドの巣食う地下墓地の探索”よ? ややありきたりだけれど、こんなに初心者向けのアドベンチャーはそうそうないんじゃないかしらね」

 アシェリィはそれを聞いて自分の中で確かな勇気の芽生えと持ち前の好奇心に火が着いたのを感じた。今回の計画が無茶で危険なことだとは百も承知だ。

 それでも街の平和を守れる可能性があるならばそれに賭けてみるのも悪くない。考えがまとまると彼女は深呼吸してお姉さんへ伝えた。

「私、やります!! 後悔の残る決断なんてしたくないから!!」

 よく言ったとばかりにお姉さんは頷いた。そして腰のポーチから何かを取り出すとアシェリィめがけて投げてきた。彼女はそれを何とか空中でキャッチし、掌に収めた。

 なにかと思って掴んた掌を広げると拳大の大きさの木の実を手にしていた。月明かりだけなので色はよくわからなかったが、モモに似た形状をしている。

「その果実は”リモトーンメメの実”って言ってね。食べると半日くらい”人間臭さ”が消えるのよ。臭いの面ではアンデッドに気づかれにくくなるわ。焚き付けておいて全く協力しないってのは酷いものね。さぁ、召し上がれ……」

 アシェリィは実をかじった。するとすぐに思わず怪訝な表情をした。不思議なことに何度噛んでも味がしないのだ。木の実を食べている食感だけを感じる。

 お腹に溜まっていく感じもなく、何かを食べている気がほとんどしない。果たしてこれで効果はあるのだろうかと食べ終わって首を傾げた。

「もう生臭さは無いわ。でも、アンデッドは人間の立てる音や光、匂い、そしてマナを多く含むものに敏感よ。だからいくら驚いたりしても決して声を上げてはいけない。それを逆手に取って誘導することも可能かもしれないわ。それは覚えておいて頂戴」

 そう言いながら彼女はまたポーチに手を入れてまたもや何かを投げてきた。今度はさきほどの軌道とは違い、夜風になびくようにこちらに飛んできた。

 目の前に来たので優しく手で包むように受け取った。どうやら一輪の花のようだ。ある程度強度がありそうな茎の先端に首をもたげるような形で青白いユリのような花がついていた。

「当然、カタコンベの中は真っ暗でしょう。何らかの光源が必要になるけれど、松明ではこちらの位置をバラしているようなものよ。そこでその花の出番。リバースサイド・ムーン・リリーという花でね。今はパッと見、わからないかもしれないけど、月の光を吸って発光するわ。ただし、ティラレ月の青い裏の月に限られるのだけれど。それなら波長が月明かりに近いから点灯していても連中に気づかれにくいでしょう。まぁ1日と持たないけれど……」

 言われてみればたしかにぼんやりと光っている気がする。松明ほどの光度はないが、これだけ光を放っていれば真っ暗な地下でも探索には十分そうである。

 人差し指で茎をつまんで花を下に垂らして腕を前に構えるとまるでランタンを持っているような状態になった。これなら軽いし、何よりマナを消費しない。

 もしマジック・ランタンを渡されでもしたら、足の裏のマナガムのどちらかをランタン用に使わねばならなくなる。この照明はアシェリィにピッタリだった。

「あとは……もし、カタコンベ内でかがり火が焚かれている場所があったら用心することね。火を恐れない上位のアンデッドが巡回しているかもしれないわ。それと、くれぐれも夜のうちには取りに行かないこと。アンデッドは増えるし、昼に比べて相当手強くなるわ。じゃ、そういうわけで。健闘を祈ってるわよ。フフフ……危険ってのは身構えるものじゃないわ。楽しむものよ。それこそがトレジャーハンターの心得……」

 お姉さんはそう言いながら背を向けて歩き出した。ひらひらと手を振りながら長めのポニーテールを揺らし、礼を言う間もなくあっという間に森の中へ消えていった。

 次の瞬間にアシェリィが目を開けると彼女はベッドに横たわっており、もう既に朝だった。また変な夢を見たのかと思って起き上がると手がベトベトと汚れている、まるで瑞々しい果実でも食べたかのようだ。

 お腹の上の毛布には青白い花が乗っているし、足の裏にもゴワゴワした感覚を感じた。あぐらをかいて足の裏を見てみると土がついていた。

 記憶が曖昧で疑わしいことだらけだが、どうやら昨晩の出来事は夢ではなかったらしい。確信は持てないが、ここまで証拠が残っているとなると現実であったと認めざるをえない。

 自分ではよくわからないが、きっと今は人間臭い体臭がしなくなっているはずだ。お姉さんは果実の効果やリバースサイド・ムーン・リリーの効果はどちらもそれほど長くないと言っていた。もし、本当に珠玉を捜索してみようとするならば残された時間はそう長くはない。

 アシェリィは今までカタコンベに潜ることに関してただただ強い恐怖感に支配されていた。しかしお姉さんに活を入れられた事によって、アンデッドに関する恐怖は少し和らぎ、挑戦的な態度へと変化し始めていた。

 次第にアンデッドに遭遇するのは冒険者としての通過儀礼の1つに過ぎないと思うようになっていた。それに、どのみち遭遇するならば早いほうがいいだろうと彼女は割りきった。

 とりあえず彼女は温存していたポットから10本ほどを取り出して肩掛けカバンに詰め込んだ。1つ1つは小さなものだったのでカバンに収まりきった。外から見てもポットを詰め込んでいるようには見えないだろう。

 もしシーポスのメンバーに突っ込まれでもしたら奇異の目で見られるに違いないので、用心するに越したことはない。

 それと、長期戦を想定して飲み水の入った水筒を入れておいた。食べ物は臭いがバレる危険性があるので入れなかった。

 アシェリィはいつもどおり家を出かけて、何くわぬ顔をして郵便業務を終えた。結局、彼らに珠玉の事について伝えるのは回収に失敗してからでも遅くないだろうと彼女は自分に言い聞かせた。

 そして昨日のようにメンバーが解散していくと彼女は郵便局前に留まって情報を整理し始めた。ウェイストは「カタコンベの場所はわからない」と言っていたが、教会での会話で「地下墓地から連中が墓場に……」と神父の会話の相手が言っていたはずだ。

 という事はカタコンベへの入り口は墓場にあると考えるのが自然だろう。それもアンデッドが墓場まで到達できるということは特に檻や柵で区切られていない可能性が高い。

 ゾンビ対策としては最悪だったが、皮肉なことに潜入するには都合が良さそうだった。教会に行った時は墓を確認できなかったので一体どこに地下墓地への道があるかはわからなかったが、それならば探してみるまでとアシェリィはマナボードに乗って、南西部の教会を目指した。

 業務外であるが彼女は腕章を腕につけ、持っていた地図を広げて眺めた。シーポスのメンバーの反応はもう無い。郵便局にもマーカーはなく街のどこにも反応がなかった。

 今は誰も腕章をつけていないらしい。これなら目立たずに探索できるだろうと思えた。もっとも、なぜ腕章をつけっぱなしなのかと問われても外すのを忘れたと言えばいいだけなのだが。

 アシェリィが珠玉の捜索を決心できたのはお姉さんのくれた果実のおかげだけではない。この高性能な地図があれば珠玉のおおよその位置がわかるのではとずっと考えていたからだ。

 教会はこじんまりとしているので地図上でもあまり大きくは表示されていない。ということは教会の位置を見ながら地下墓地を進み、その真下にたどり着ければその周辺に珠玉が落ちている可能性は高いように思えた。

 この探索計画はかなり無謀なものであったが、同時にそれなりの勝算はあったというわけである。もし幾つかの要素が重ならず、今より探索の成功率がが低かったとしたら流石に決行には移せなかっただろう。

 彼女は確かに冒険を好み、憧れていたが、考えもなしに無闇矢鱈に突っ込んでいく性格ではなかった。

 平静を保とうと深呼吸しながらマナボードを走らせるうち、いよいよ彼女はシリル郊外の墓場にたどり着いた。割と広い霊園で、いくつもの墓石が並んでいる。

 墓が荒らされた様子が無いことから、墓場に眠る者たちはまだアンデッド達の影響を受けていないようだった。見回すと墓場の柵の外に土を持ったような小さな丘がいくつかあった。おそらく、太古の古墳だろうなと彼女は考えた。

 もしどこかに古代の地下墓地への入口があるとすればこの古墳群は相当怪しい。墓場自体には入り口は無さそうだったので、古墳を調べてみることにした。

 1つ1つの古墳の周辺ををぐるりと周りようにして観察していくと、ある古墳の裏側にぽっかりと穴が開いていた。墓場からは死角に位置していて目視できないので墓参りに来た人は気づかないだろう。

 以前から開いていた穴というよりは、最近になって人の手で内側からほじくり返されたような不気味な痕跡が残っていた。

 アシェリィが穴を覗き込むと中は真っ暗だった。さっそく、受け取っていた花をカバンから取り出して手に持って垂らすとほんのり青い色の光が灯り、洞窟内を照らした。

 穴の先には長いこと下り坂が続いているようだった。ここが地下墓地への入り口で間違いないと確信した彼女は用心しながらマナボードで地下へと下り坂を下っていった。
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