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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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いつもが終わる日

 アシェリィはどうやったら自然に珠玉が無くなった場合の事について聞きだせるかと悩んだ。いきなり「無くなったら」と切りだすのもこれまたおかしな話だったので、遠回しにウェイストに尋ねた。

「ち、ちなみにそのヴィーシュの珠玉ってのはなにか特別なエピソードがあるんですか? 話を聞くからには大切な物じゃないかと思うんですが……」

「うん。そうだね。創雲のオルバ様が定住なさる以前は村のそばの墓場とか荒れ地にゾンビが現れることは珍しくなかったみたい。今でもそういう地域があるしね。そこにたまたま浄化人ピューリファーのエキスパート、ヴィーシュ様が現れたんだ。リーネ様が陽の英雄ならヴィーシュ様は陰の英雄。その彼女がここ一帯のアンデッドを封じ込めるために残したのがその珠玉なのさ。一説には彼女の身につけていたピアスとも言われてるけど」

 それを聞いたアシェリィは思わず固まった。やはり、盗み聞きなんかするべきではなかったと今更になって再び後悔した。

 考えうる最悪のケースが起こっているらしい。もし、このままヴィーシュの珠玉があるべき場所に戻らねば、地下墓地に湧いたアンデッド達が街まで侵出してくることになる。

 これは正直にウェイスト達、シーポスの面々に助けを求めたほうがいいだろうと思ったが、さきほどの会話の内容が頭をよぎった。

 地下墓地は狭いし、床が抜けそうなところも多く、”小さな子供”でもないと取りにいけないと話していたはずだ。アシェリィはシーポスの面々を思い浮かべた。

 まず、リーダーのウェイストだが、小さなヤモリを使役する彼の能力が一番、珠玉探しの適任に思えた。話を聞くに、珠玉はさほど大きくない。G・ゲッコーズ達で捜索し、持ち帰ることも出来そうだった。

 しかし、彼は特技紹介の時に音波が反響する洞窟内では上手くヤモリ達を操れないといった欠点を話していた気がする。きっとそれでは地下墓地内の探索がままならないだろう。残念ながら適任とは言え無さそうだ。

 では他のメンバーならどうか。シェアラ姉は熱風の放出が出来る以外はほとんど一般の女性と変わらない。

 もしアンデッドに遭遇した場合、熱風で怯ませることは出来るかもしれないが、パワー勝負に持ち込まれたり、追い掛け回されたりすればひとたまりもないはずだ。それに、身長も160cmを超えていそうなので、小さな子供の身長とはいえない。

 クラッカスに至っては2m近い巨体である。普通のゾンビぐらいならタックルでぶっ飛ばしながら強行突破出来そうに思えたが、とにかく体が大きすぎる。

 それに地下墓地には床が抜けそうな所もいくつかあると言っていたはずだ。そんなとこに彼のような超重量が行ったら床を踏み抜いて脱出の難しい深層に落下しかねない。彼も地下墓地の探索には向かないだろう。

 カレンヌもシェアラ姉と同じくR2が居なければ普通の女子なので、あまり期待できそうにない。第一、R2は地下墓地に入れないだろうし、彼女自身の身長もシェアラ姉とはそう変わらない。

 それに勝ち気な性格をしていながら実は割と臆病で、ゾンビやゴーストの類の話を忌み嫌っているフシがある。カタコンベなどという単語を聞いただけで顔をしかめるはずだ。

 そして、残るは自分だ。確かにこの中では一番身長も低く、体重も軽い。彼女自身はあまり認めたくなかったが、今回のケースにおいての探索では自分が最適だろうと自覚していた。

 しかし、多くの不安要素が拭えない。珠玉を探そうにも、彼女は珠玉を実際に見たことがない。それに今のカタコンベには”連中”がうろうろしているという。アシェリィはアンデッドと対峙した経験がなかった。

 冒険譚や噂話によればゾンビの動きは緩慢で逃げるのは簡単とあるが、スケルトンとなるとだいぶ話が変わってくる。更に太古の地下墓地となればリッチなどの年季物の上位アンデッドが潜んでいる可能性もある。

 それに逃げ回る事はできても、応戦したりこちらから仕掛けることは一切出来ない。圧倒的に不利な形勢を終始強いられることになるだろう。

 そもそも彼女だってアンデッドが怖くないかといえば怖いに決まっている。とてもではないが、カレンヌの事を笑える立場ではなかった。

 そのため彼女の中で、自分1人で行くなどという選択肢はありえなかった。1人で荒れた地下墓地へ突っ込んでいくなんて恐ろしいことが出来るわけがない。

 珠玉を本人が探しに行けるかどうかは置いておいて、この事はウェイスト達に伝えておかねばなるまいとアシェリィは思った。事態は急を要する。

 きっと、皆で解決策を練れるはずだ。年長者にすがる思いで教会にて聞いた話を彼女はウェイストへと伝えようとした。口に出す直前、彼は苦笑いをしながら語った。

「あとね、昔からの掟でヴィーシュの珠玉が盗まれたり、紛失したりしたら”絶対”に極々”身内だけ”にその事実を伝えて、散り散りに街から逃げ出さねばならないって言われてるんだ。そうなるともう誰にも手が付けられないからね。たとえ身内でも一度、自宅からバラバラに散開するようにって言われてる。皆で一斉に避難すると、その中にゾンビ感性症のキャリアが混ざるかもしれないからさ。だから、もしそんな話を聞いたら君も早めに街を離れるんだよ? 僕もそうする……。なぁーんてね」

 ウェイストは無邪気に微笑みながら背を向け業務に戻った。アシェリィはというと彼に伝えようとしていた言葉を飲み込み、その予想外の反応に大きくうなだれた。

 言い伝えや決まり事などと言った事ならばまだ多少は融通が効いただろう。しかし、ウェイストを縛っているのは”昔からの掟”である。

 有事の際には彼が先ほど言っていたような対応を確実に実行するだろう。彼だけではない。シェアラ姉も、クラッカスも、カレンヌも。それどころではない。シリルの街人全員がそうするはずだ。

 どうやら少なくともシーポスのメンバーには頼ることが出来そうになさそうである。アシェリィは今になって余所者の自分が何故こんなに必死になっているのだろうと少し冷静になった。

 だが、やはりあんな話を聞いておいて聞き流せというのが無理な話である。持ち前の正義感と責任感が彼女の後ろ髪を強く、強く引いた。

 確かに、盗まれて所在不明になったり、破損したりして取り返しがつかないのなら街から逃げ出すのもやむを得ないことだろう。だが、今回の場合は完全に紛失したとは言い切れない。

 誰も探しに行かないだけで、もしかするとひと目で分かるところに落ちているのかもしれない。見つかりさえすれば街を棄てずにすむかもしれないのである。彼女はついついそう考えてしまうのだった。

 白く輝く建物が並ぶこの美しい街がゴーストタウン、いや、アンデッドの巣窟になるかと思うと非常に悲しく、また悔しくもあった。

 結局、上の空のまま、その日の郵便業務は終わった。気づくとアシェリィは郵便局前の集会場所に1人で立ちすくんでいた。いつの間にかミーティングは終わり、シーポスの面々は解散したようだ。

 声をかけられた気はするが、相槌を打つ程度で他に何も言うことは出来なかった。例の”掟”のせいでもし彼らに珠玉の事を話せば、彼らはすぐに散り散りになって逃げていくだろう。

 そしたら彼らにもう二度と会えないかもしれない。身勝手だがそんな思いから例の話を彼らに伝えられなかった。

 郵便局前の通りは相変わらず人通りが多かったが、特に混乱などは起きていないようだ。もっとも、もう既にどこかで情報が拡散し始めているのかもしれないが、少なくとも今現在はその様子はなかった。

 もし、この中にゾンビ感染症のキャリアが混ざっているとしたらと思うと彼女はゾッとした。同時にシリルに伝わる掟の内容は合理的であると思った。「ゾンビ感染症のキャリア」と聞いて彼女は本で読んだ内容を思い出した。

 アンデッド感染症とは主にゾンビなどに噛まれたり、引っかかれたりして出来た外傷から感染するウイルスにより引き起こされる症状だ。ゾンビから人間へと感染力する確率はそれほど高くないのだが、人間から人間への感染力は非常に高い。

 その症状は感染してしまうと徐々に理性を失い、やがてゾンビになってしまうという恐ろしいものである。始めに会話などが不自然になっていき、やがて人間の生き血や生肉の臭いに敏感になる。

 すると人間を獲物とみなしてかじりつくようになる。最終段階に入ると体のあちこちが腐敗し始め、朽ちる体の成分を補うために積極的に生きている人間を追い求め喰らうようになるという。

 潜伏期間は短く、傷を受けてすぐに言語障害が起こり始める。そのため、感染者本人がゾンビに襲われた旨を他人に伝えられないケースも多く、二次被害に繋がりやすい。

 対処法が全くないかといえばそうとも言い切れない。早期段階かつ皮膚や臓器など生命維持に必要な器官が腐敗していなければ、浄化系の魔法や薬物投与による治療が可能である。

 ただし、治療が有効な期間は長く見ても感染から48時間以内というリミットが設けられていたように記憶している。時間が経過するにがつれて感染者が暴れまわったり、人を襲ったりするので、時間内であっても段階が進行してしまった患者を治療するのは至難の業である。

 それに、薬物治療を施すことが可能なのは都市部に限られているという現状もある。故に、田舎で感染者が出てしまった場合は教会などでイグゾーシス(除霊術)に長けた神父などが治療に当たることになる。

 しかし、ゾンビ感染症を完全に浄化する魔法は割と高度な呪文なため、ゾンビ化の進行を遅らせるのが精一杯という神父も多い。

 感染症という事で、人口の多い都市部などでの危険性がより高そうに思われている。だが、そういった事情もあって、実際は僻地で発生した場合のほうがが遥かに厄介だと言われている。

 では田舎で発生した場合はどうするのか。シリルの街の掟にあった”身内でも散り散りになって”というのはそれの答えとなる先人の知恵である。

 散り散りに逃げ出したとすると感染していない者は容易に街の出口に辿り着けるが、感染者はウイルスによる言語障害、思考能力や判断力の低下で街の外まで逃げ切れない。

 そうすると街に残るのは自然とウイルスキャリアだけとなる。つまるところ感染者をふるいにかけ、切り捨てるのだ。治療や救助を顧みない非人道的な対処法だが、感染や二次被害を防ぐという意味では理にかなっている。

 しばらく郵便局の前であれこれと考えていたが、自分自身にできることはないと悟ったアシェリィは真っ直ぐ家に帰った。

 帰り道で彼女は何度も「街を見捨てていいのか」という自問自答を繰り返した。そのたびに、「見捨てていいわけがないだろう」と心のなかの自分から即答が帰ってきた。

 しかし、もしゾンビから攻撃を喰らえばただでは済まない。それこそ自分がゾンビになってしまう可能性だってある。

 やがて珠玉を探しに行く人が本当に自分しか居ないのかと他力本願な考えにもなったが、教会での2人の会話を聞くに今のところ自分だけだ。

 話の感じからして珠玉紛失の噂は街人に広め始めるつもりらしいが、回収しに行く算段は全く立っていないようだった。あと数日もすれば少しずつ街から人気が減っていくのだろう。

 幸い、まだアンデッドと街人の接触は起こっていないようだったので、うまくいけば被害なく街人全員が逃げられるだろう。だが、一度アンデッドが街に溢れかえってしまうと一体いつ復旧できるかはわからない。

 教会が全力を尽くしてもそうすぐには沈静化できないだろう。住人も流浪の民になってしまう。行く宛のない人達だって数えきれないほどいるはずだ。あと数日で全てが動き出す。

 アシェリィは村に帰っても上の空だった。村の誰かに助けを求めても解決には繋がらないことはすぐにわかった。どうせ長老に話してもレンツ先生に話しても騒ぎになるだけに決まっている。

 彼らに話したとしてもすぐにシリルにその情報を伝えようとするだろう。そうなると結局、シリルで言いふらしたのと同じ流れになり、街人達の避難が始まってしまうだろう。それに他の街の問題をわざわざ平和な村に持ち込むのもどうかと思えた。

その日、アシェリィは家に帰ってから何気なくいつもと同じようにライラマを摘み、いつもと同じように家族と夕食を食べ、いつもと同じようにベッドへ入った。

 もし、噂が広まったら、シリルの人々はほんの数日の間にこのようないつもどおりで当たり前だった生活が送れなくなってしまうのだ。やはりそんなのはおかしいと彼女はやるせない気持ちになった。

 唯一隣接ている街がシリルであるアルマ村にとっても大きな影響が出る。恐らく、様々な生活物資の調達が困難になるだろう。貧しい村なりに自給自足はやっていけそうだし、流石にアルマ村にまでゾンビはやってこないはずだ。

 そのため、どこかへ逃げるといった必要は無さそうだった。しかしどう考えても最悪のケースに陥った場合、失われるものが多すぎる。そんな事をベッドの中で考えるうち、彼女はどうにかならないかという心配とは裏腹に気疲れからうとうととした。
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