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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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シリル郵便局右斜め前の入り口上り階段前

 ちょうど、街の地図上の5時の方向のポストを回収した辺りでバッグに変化が出始めた。手紙の飲み込みが鈍くなり、頻繁にゲップをするようになったのだ。

 素人目に見てもこれはバッグの中身が一杯になりつつあるのがわかった。恐る恐る中身を覗いてみると手紙が積み重なっているのが見えた。今まで真っ暗だったのに中身が見えるということはやはり限界が近いのだろう。

「ゴォフッ……ゲェェフッ!!」

 またもや激しくバッグがゲップを吐いた。ぼちぼち街中を行き来する人が増えて来る中、この音はかなり目立った。誰もがアシェリィの方を見るので彼女は思わず恥ずかしくなってきた。

 ゲップをするカバンの口を押さえながら、郵便局へとマナボードを飛ばした。ウェイストがこちらの姿を確認して手を振ってきた。

「やあやあ。調子はどう……。どしたのそんなにバッグの口塞いで。溢れでもしたのかい?」

「いや、だって、まるで私がゲップしてるみたいで……なんていうかその、すごい恥ずかしくてですね……」

 それを聞いたウェイストはすかさず指を揃えた手のひらを前に突き出して止まれのジェスチャーをした。アシェリィは彼が何を言わんとしているのかわからなかったが、とりあえずピッタリと息を止めて静止した。

「説明しなかった僕が悪いんだけど、グラトニーズ・バッグがゲップを吐くのはごくごく当たり前の事なんだ。君の村ではそんなものあるわけないんだからびっくりするだろう。でも、他の都市じゃバッグがゲップをするのは珍しいことじゃないんだ。問題はここから。そのゲップはバッグの中身の空気を抜いて収納用のスペースを確保する機能がある。だから、ゲップを無理に止め続けると……逆流する」

「逆……流……?」

 アシェリィは血の気が引いていくのを感じた。あれだけの量を入れたものが一気に逆流、噴出でもしたらただでは済まないのはすぐ予想できた。

 ましてやこれだけ人通りの多い町中で逆流でもしようものなら余計にである。思わずアシェリィのバッグの口を握る力が強くなった。

「ゴォフ……ガァエフッ!!」

「まぁまぁ落ち着いて。別に郵便物自体に悪影響はないから。この樽の底めがけてバッグの口を向けて、手を一気に離すんだ。いいね、くれぐれもバッグの向きだけには気をつけてね。吐いてる途中は樽の中から飛び出さないように押さえつけていないとだからね」

 そう言うとウェイストは郵便局の入り口脇にある大きな木の樽を指さした。アシェリィはそれを聞くと小走りで樽に駆け寄った。

 びくびくしながら自分の腰ぐらいの高さにある樽の縁にバッグの口を下向きにしておもいきり押さえつけた。するとウェイストもバッグを押さえつけるのを手伝ってくれた。

「よし、じゃあ合図と同時に手を離して!! いくよ……3,2,1!!」
「ゴォハッ!! ガァハァ!! ゴロロロロロロロロロ~~~~、ギョケギョケギョケ!! ケフンケフン!! ドゥロロロロロロォォォ!! ゲエエェェェ!! …………ゴォフッ」

 アシェリィが口から手を離す同時にすさまじい爆音を立ててバッグは中身の郵便物を樽の中ぶちまけた。割と大きい樽だったのだが、一気に8分目まで郵便物で満たされた。

 この下品な嘔吐の爆音は郵便局の前を行き交う人達の視線を完全に釘付けにした。アシェリィはもはや恥ずかしさのメーターが振り切れて放心状態だった。こんな事になるならばゲップ程度ですんでいる方がよっぽどマシだったと彼女は痛感させられた。

「ふぅ……。回収自体は上手くいってるみたいだね。というわけでバッグの口は無闇に塞がないということで……。えっと、今は……8時か。飛行系のスキル無しで開始1時間で半分回収……いいね。このペースなら残り半分の回収は9時前後に終わるだろうから、夜間回収分もスムーズに配達できそうだ。引き続き、回収を頼むよ」

 バッグの扱いに関するちょっとしたトラブルはあったが、それ以外は順調に回収作業は続き、南部から時計回りにぐるりと北端まで回収を終えた。ゲップを豪快に吐き続けるバッグを無視してアシェリィは全てのポストを巡り、無事に郵便局本部に辿り着いた。

 シリルまで2時間、郵便回収で街中を2時間のマナボード乗りっぱなしは流石にアシェリィのマナの持久力の限界に近かった。

 久しぶりに全力を出し切った爽快感と同時に強い倦怠感を感じて郵便局前の階段に座り込んだ。汗が吹き出すように出てくる。その様子を見てウェイストは満足気だった。

「はいOK~。バッチリだよ。まだ早いけど、とりあえず今日はここまでで。初日が終わったけどどうかな?」

「ハァ……ハァ……。今日は、限界近くマナを消費してしまいましたが、慣れで、なんとかなると思います……」

 それを聞いてウェイストは郵便物の入っていた箱の脇に置かれたクーラーボックスからジュースのようなものを取り出してアシェリィに手渡した。

 遠くから見るとジュースのように思えたが手元に取るとただのジュースではないのが一目で分かった。細長い瓶の中で血液のように真っ赤な色をした液体がキラキラ光っている。量はかなり少なく、一気飲みしたら一瞬で飲み干してしまいそうである。

「それは水薬、ポーション、pot。通称『ポット』さ。飲んだことあるかい? まぁそんな高いもの飲んだことある人の方が珍しいと思うんだけど。国の郵便課からマナを多く必要とする配達員達に支給されているんだよ。飲んでごらん」

 アシェリィは不思議そうな顔をしてコルクのフタを引き抜き、水薬を口にした。新鮮な果物が舌の上でとろけるような甘みを感じた。今まで経験したことのない文字通り疲れが吹き飛ぶようなおいしさだった。

 同時に汗が一気に引込み、体からスーッっと倦怠感が抜けていく。5分としないうちに、再びマナボードに乗れそうな状態にもどった。

「あ、ポットは飲むと一瞬でマナが回復したような感覚になるけど、実際は少しずつ回復する物がほとんどだから、飲んでしばらく休憩していたほうが効率的に回復を図ることができるんだ。覚えておくといいよ。で、今日の出来だけど、回収時間については全く問題ないね。むしろ早過ぎるくらい。ペース配分を意識して、毎日続けてもバテないように回収を終える事が大事だね」

 回収を終えた彼女は使命感から開放されてゆったりと階段に座って深呼吸した。朝の空気が胸いっぱいに広がる。どうやらポットのおかげか、呼吸するたびに大気中に溶け込んでいるマナが体に取り込まれているようだ。すがすがしい空気というよりは雑踏による活気というのが正しいだろうか。

 8時も終わり頃に差し掛かった郵便局の通りは住民や旅人たちで賑わっていた。郵便局も8時から営業を開始しており、郵便物を預けに来る人などが多く足を運んでいた。

 そんな中、なぜかアシェリィ達の居る郵便局右斜め前の入り口上り階段前は人気が少なかった。というか人が避けて通っているようにも感じられる。

「さて、今後の予定だけど、いつもは9時半前後で一旦配達は終わり。この後、みんなで手分けして昨晩から今朝の分の配達物を回収して、分配して、それを全部配達した後に終わりのミーティングなんだ。だからいつもは11時近くなるのも珍しくはない。でもなんと今日は君が回収作業を手伝ってくれたから、順調に行けばなんと今日は9時台のうちには終わりそうだ。君自身は大したことはしてないと思うかもしれないけど、これだけの時間短縮はすごい事だよ。きっとみんな喜ぶと思うよ」

 ウェイストが賞賛の言葉をアシェリィにかけていると急に通りの奥がガヤガヤと騒がしくなった。人波が割れるように左右へと避けて行く。その奥に見えるのは猛スピードで突っ込んでくる例のウサギだった。

「ごめんごめん、ちょいとごめんよ~!!」

 カレンヌとガッツ君は人混みを突っ切って郵便局へと向かって来た。遠くから見るとよく分かるのだが、一直線に突撃しているように見えて、実は器用に1人1人通行人をかわしている。

 時折行く手に現れるイレギュラーな動きをする旅人をもうまい具合に手綱を操ってすんでのところで避けている。あれならばジャンプでウィールネールの荷車なども飛び越すことが出来そうだ。

 そんな事を考えているうちに、彼女らはあっという間に郵便局の階段前に土煙を上げて滑り込んで来た。

 道理でシリル郵便局右斜め前の入り口上り階段前は人気がないわけだとアシェリィはこの様子を見て納得した。住民たちはこのスペースが彼らの集会場であることを知っているのだ。

 業務を邪魔しないという配慮もあるのだろうが、それ以上に下手にここにたむろしていたら彼らのドタバタに巻き込まれかねないのはアシェリィにもすぐわかった。

 そんなドタバタを街の中で繰り広げつつも、街行く人々の多くはウェイスト達に律儀に会釈をして通り過ぎて行く。数が多すぎるために配達員たちは返事を返せないが、それでもほとんどの住民たちが頭を下げつつ通り過ぎて行くのだ。

 このチームは住人からかなり信頼されていて、同時に感謝されているようだった。やがてガッツ君へのグルーミングを終えたカレンヌがこちらにやってきた。

「おし、んじゃこれから夜から朝の分の手紙を回収しにいくかね」

「カレンヌ、待った。今日はアーシェリィーさんが夜間分の郵便物を回収してきてくれたんだ。今、僕が集配別エリアに区分けしてるから手伝ってくれ」

 それを聞いたカレンヌは驚いた様子で目を見開いた。そしてすぐに内股で階段に腰掛けて一息ついているアシェリィと階段の手すりに立てかけてあるボードを見た。ウェイストの仕分けの手伝いに入りつつ、彼女はつぶやいた。

「マナボードなんかで街中巡って来れるとかマジか。どんだけマナのスタミナとか、燃費がいいんだよ。もしかしたらクラッカスといい勝負かもしれないじゃん」

 そうカレンヌが話していると今度は反対側の通りをオレンジ色のカバンをぶら下げた男性が走って来た。巨体に似合わぬ俊敏さで彼も障害物や人をひょいひょいっと避けながらあっという間に階段前へ合流した。

 近くに来ると予測以上に大きい。身長2mはあろうかという巨漢だった。ただ大きいだけではなく、肩幅もとても広くて全身がガッチリしていた。

「ウス。お初ッス。押忍」

 巨漢はそう一言ぽつりとアシェリィに声をかけ、腕を交差させて引きながらお辞儀をした。その挨拶から体の大きさの割には小さくまとまった人物であるような印象を受けた。すぐにウェイストが補うように紹介を付け加えた。

「彼は配達員の1人、クラッカス。肉体エンチャントがとても得意でね。信じられないかもしれないけど、自分の足で走って配達先を回ってもらってる」

 アシェリィはそれを聞いて思わず開いた口が塞がらなかった。先ほど地図を見ながら行動していた限り、各配達員の位置を示すマーカーの速度には大して差がなかったからだ。

 つまり、マナボードやランページ・ラビットに匹敵する速度で街中を体一つで駆け抜けていた事になる。肉体強化ももうここまで来ると何でもアリだなと思えてきた。

 集まった3人が仕分け作業に集中し始めてから数分後、どこからか女性の声がした。これはもしやと思い、アシェリィは空を仰いだ。先ほど見た風船のような物が遠くに見えた。

 先程は眩しくて確認することが出来なかったが、郵便局カラーのオレンジ色をしている。しかもよく見れば、風船の下に小さなゴンドラが付いている。”ききゅう”という布の内部の空気を熱気で温めて浮かせるという技術の事を本で読んだ事があるのを思い出した。

 乗っている女性が重りをゴンドラから垂らすと気球の高度が重みで下がってきた。やがてゴンドラは地面近くにとどまった。

 気球とゴンドラは1人乗りで思ったより幅をとらなかった。とはいえ、メンバー全員が揃うとやはり右斜め前の入り口上り階段前のスペースは完全に埋まった。ゴンドラから女性が身を乗り出した。

「どうも。初めまして。これまたずいぶん可愛らしい新人さんだこと。私はシェアラ。シェアラ・ザラザード。この中では一番の年長さんになるわ。よろしくお願いね」

 赤い長髪を編んだ大人びた女性はおしとやかな雰囲気で、ゴンドラの縁に腕をかけてにっこりアシェリィに向けて微笑みかけた。アシェリィもそれにお辞儀をして返した。見渡して全員が揃ったのを確認すると、ウェイストが声をかけた。

「今日はまだ試用期間だけど、このアーシェリィーさんが手伝ってくれたおかげで今朝までの分の回収は完了してる。あとは皆が残りを届けてくれれば今日は終わり。10時前に終わるのなんて滅多にないね。じゃあ皆、あと一息!」

 その号令にしたがって3人は分配された郵便物を受け取り、また街中に散り散りになっていった。その頃にはだいぶアシェリィのマナは回復していて、家に帰るには困らない程度には回復していた。

 ウェイストから待機指示が出ていたのでしばらくそのまま石の階段に座ったまま、メンバーが戻ってくるのを待った。その間、彼が話題を振ってくれたので退屈しないうちに全員が配達を終えて戻ってきた。

「よし、じゃあ我々シーポスの今日の仕事は終了!! 皆さんお疲れ様でした。日給が出るので並んでください。あ、アーシェリィーさんは試用期間だから額が少ないけど勘弁してね。実績を積めばすぐに昇給されると思うから、今後の頑張り次第だね」

 そう言うと彼はメンバーに封筒を手渡していった。列の一番最後に並んでアシェリィは封筒を受け取った。中身は後で見ようとカバンにしまおうとしたが、それを見たカレンヌがすれ違いざまに何気なく言った。

「おっと苦情言うなら今だぞ。額を確認しないとな」

 アシェリィは封筒をカバンから出した。同時に妙な視線を感じる。チラリと様子をうかがうとメンバー全員が何やらニヤけているのだ。

 それにどういう意味があるのかさっぱりわからなかったが、とりあえず中身を確認してみようと封筒の端を切って、中身を覗いた。

「さっ、3000シエールも!! ほ、ほんとに!?」

 アシェリィがあまりに予想通りのリアクションをしたのでメンバーたちはおかしくなって笑い出した。彼女自身は真剣に戸惑っているのだが、見ている側からすると、こうなるとわかっていただけに余計に面白くてしょうがないのである。

「ひひひ……あー、悪い悪い。あたしも最初はそんな反応だったよ。初任給3000シエールっていえば1ヶ月休みなく通えば大人の月給と数万違うだけだものな。月額の小遣いででさえ3000もらえてりゃ上出来だってのに、なんせ”日給”なわけだし。ちなみにあたしらは休みを挟んだとしても、王都の月収に匹敵する額をもらっていることになる……んだってさ。ま、こんな田舎だし、使い道も大してないんだけどな。それに、金儲けは二の次になってるところあるしな」

 カレンヌがなんだか照れくさげにそう言うとメンバーたちは笑顔でそれに同意して頷いた。業務自体はこれで終わり、あとは解散するだけだった。

 だが、まだ軽く触れただけで各々の自己紹介をしていなかったという話になり、シェアラの提案で早く終わった分の時間を顔合わせにしようという事になった。彼らは視線で軽くやり取りをするとすぐに自己紹介の順番を決めて、自己紹介を始めた。
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