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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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幸せのシャンパン・タワー

 アシェリィがシリルの街へ着く頃には朝8時頃になっており、街はすっかり朝の活気に包まれていた。

 シリルは南部から進入すると平坦な道のりだが、北部から南下する形で街を目指すと丘の上に位置している。アルマ村とシリルは南部の中でも少し標高の高い位置にあるのだ。

 彼女は急ぎの用事があるわけでもなかったので休憩をちょこちょことはさみながら街道を進んできた。それでも2時間半もかからなかったので、だいぶ小慣れてきた感はあった。

 街道を行き来するペースを掴みつつあったのだ。これなら滞在しているうちに回復する分のマナからして、帰り道にバテて困ることは無さそうである。

 彼女は朝のシリルへ来るのはこれが初めてだったので、朝日に反射するパルム鉱の含まれた建物の光を見て思わず手で光を遮った。街を行く人々は全くそれを意に介さないと言った様子で道を行き来していた。

 徐々に光に目が慣れてくると美しく白く光る美しい街並みが目に入ってきた。何をするでもなく、その光景にしばらく見とれていた。そして訪れる時間帯だけでこうも街は変わるものなのだなと感動した。

 まるで全く知らない街、それこそ本当の新天地へやってきたようだった。彼女は新たなる”冒険の匂い”に釣られて街を散策しはじめた。

 実際のところ、彼女はシリルの町長に会ったことさえなければ、住んでいる場所さえ知らなかった。シリルはド田舎であるアルマ村の隣とは思えないほどには規模の大きい街だった。逆にアルマ村が外れすぎているといえばそれまでなのだが。

 そのため、自力で町長の家を探そうものなら半日以上かかりそうだった。アシェリィは通行人に声をかけようと思ったが、よくよく考えれば声をかけた相手が土地勘のない旅人であるという可能性もある。

 シリルは交易路のルート上にあるし、確実に道を聞くならば地元のお店が最適だろうと彼女は思った。

 大抵、規模の大きい街にはチップを渡すことによって探している店や住居、物品などを案内してくれる案内屋さんがあちこちに点在しているのだが、田舎者のアシェリィはそんな事を知るはずもなかった。

 幸い、親切な露天のおじさんに町長の家を教えてもらうことに成功した。チップの代わりに買ったコショウアリまぶしのアイスクリームを舐めながら町長の家のある住所へてくてくと歩いて向かった。

 町長の家を見てアシェリィは思わず棒立ちになり、視線を玄関から屋上へと見上げた。家の面積的には長老の家といい勝負だが、三階建てで壁はキラキラと輝いている。

 純度の高いパルム鉱で作られているのが一目瞭然だった。これならば火事程度ではびくともしないだろう。扉は両開きになっていて、重厚な雰囲気を放っておりとても民家の造りには見えなかった。

 アシェリィは一呼吸置くと両開きのドアを両腕で思いっきり引いて開けた。鈍い音を立てながら扉が開くと、掃除をしていた老婦人と目があった。

「おやおや、ずいぶん可愛らしいお客さんだこと。あなたのようなお嬢さんがこんなところに何か用でして?」

 老婦人からは品の良さが見て取れた。おそらく、町長夫人ではないかとアシェリィは思い、簡潔に用件を伝えた。

「えっと、はじめまして。アルマ村からやってきたア-シェリィー・クレメンツと言う者です。急な訪問で申し訳ないのですが、町長さんにお会いできないでしょうか……」

 そういえばアポイントメントをとらずに訪ねてしまったのは失礼にあたるのではないかと今頃になって彼女は気付き、少し慌てた。しかも、紹介状や推薦状などの類も持ちあわせていない。

 果たして町長さんがこんなどこの馬の骨かもわからぬ余所者に面会してくれるのだろうかと急に不安になってきた。その様子を察してか、老婆はニッコリ笑った。

「ああ、貴女もきっと、オルバ様探しね。そうでしょう? ちょうどいいわ。主人は応接間で仕事をしているはずです。特別忙しいような雰囲気ではなかったから、応対してくれるはず……。そこの正面のドアが応接室へのドアよ。行ってみなさいな」

 アシェリィは深く夫人にお辞儀をするとドアの前に立った。一体、町長はどんな人なのだろうと思考を巡らせた。緊張で思わず手を握っていた。

 汗ばんだ手を服で軽く拭ってドアをノックした。直後、中から返事があったのでドアノブを握り、応接間へと入った。

「おー、おぅ、これまた随分若いモンがきたのォ……。ささ、まずはそう縮こまっとらんで座るがえェや。お~い、母さんお茶ァ~!!」

 町長がいかつい人だったらどうしようと思っていたアシェリィは拍子抜けした。非常に力の抜ける、悪く言えば間の抜けたしゃべり方をする老人である。

 その姿はどこかアルマ村の長老を彷彿とさせた。町長は事務仕事用のメガネをクイッと持ち上げて書類を書く手を止めた。

「あァ~、で、お嬢さん、何の御用ですかなァ?」

「わ、私、アーシェリィー、アーシェリィー・クレメンツって言います。アルマ村からオルバ様探しの話を聞いてやってきました。なんでも町長さんが知っておいでだとかで……」

 長老はそれを聞くと目を細めて注意深くアシェリィの顔を眺めた。しげしげと観察したあと何回か頷いて話を始めた。

「あー、ほォ~、道理で見かけぬお嬢さんだと思ったわい。シリルの外からオルバ様探しに来るものは珍しいのォ。特に、アルマ村出身者は近年では記憶に無い。で、お主の能力はどんなモンなんじゃェ?」

 アシェリィは軽く自分とその能力を自己紹介し、ここに来ることになった経緯や、学校焼失についての詳細、ダグナス神父の訪問などの世間話を町長とやりとりした。

 普段、中々得ることの出来ないアルマ村に関する詳細な情報を得ることの出来た町長は満足そうだった。そろそろアシェリィが本題に入ろうとした時、町長が語り始めた。

「お前さんの話はよくわかった。アルマの長老殿によろしく頼むぞェ。さて、よく今まで焦らずに話をしてくれたのォ。すこしばかり関心したぞェ。最近の若いものは1にオルバ様、2にオルバ様、3,4が無くて5にオルバ様じゃわい。嘆かわしいもんじゃて……」

 長老はソファーから立ち上がると背を向けて窓際へと歩き出した。そして、窓から差し込む日光を眩しそうに手で遮りながら外の様子を眺めた。そして、いよいよ本題について語り始めた。

「オルバ様に会う一番の近道、それは”身の回りの人達を少しでもいいから幸せにする”という事じゃェ。オルバ様は常に皆の行動を全て把握なさっておられるゥんじゃ。人に尽くし、身の回りの人達の幸せを積んだ者の前だけにオルバ様は姿をお現しになるといわれておる。それが、一番の近道じゃ」

 アシェリィはそのヒントにキョトンとした。オルバ様に会うためにやるべきことのおおよその想像はついたが、あまりにも活動内容が漠然としすぎている。難しげな顔をするアシェリィに町長はくだけた態度で言った。

「なぁに、実に簡単な事じゃてェ。祝い事でたまにシャンパン・タワーってあるじゃろォ? あれは最初、自分のグラスしか満たさぬェ。だが、それを繰り返しているとやがて自分の周りのグラスも自然と満たされていく。それと同じで身の回りを幸せにすれば次々と幸せが広がっていくという事じゃェ。まずは自分のすぐそばの家族を幸せにする。そしたら友を幸せにしてやる。そうしていくうちにどんどん幸せは広がる。そこまで行けばもうオルバ様に会ったも同然じゃてェ。どうじゃ。わかったかェ?」

 そう聞くだけならばとても簡単な事に思えるが実行するのは大変なことだ。しかし、丘犬様が自分のことを気にかけていたように、オルバ様が皆の行動を把握しているというのは確かな事だろうとアシェリィは思った。

 つまり、地道に人助けや善行を積めばいずれオルバ様が会いに来てくれるということなのだろう。彼女はシリルの町長に深くお辞儀をしてお礼を言うと、立てかけておいたボードを拾い上げて邸宅を出た。

 村長の家を出てすぐに、彼女はガラの悪そうな3人の少年に取り囲まれた。自分と同い年くらいだろうか。いかにもワルガキ集団といった風貌だ。そのうちのリーダー格と思われる少年が一歩前に出てアシェリィに対して凄んできた。

「みかけねぇ女だな。おい、お前もオルバ探しだろ? あのクソ町長はなんて言ってやがった!? 大人しく話せば手荒なマネはしねーでおいてやるぞ」

 アシェリィはしょっちゅうダンに絡まれていたのでワルガキにあまり恐怖を感じなかった。気づけば残りの2人が彼女の背後に回りこんで逃げ道を塞いでいて、すっかり囲まれてしまっていた。

 無闇に抵抗してまで聞いた情報を隠す意味はないと彼女は判断した。そのため、ワルガキ集団にさきほど町長に言われたことをそのまま伝えた。するとすぐに彼らは臨戦態勢を解き、呆れたような表情になった。

「お前、そんな話を信じるのかよ。とんだお人好しというか、マヌケなアマだぜ。お前が聞かされた話はオルバ探しの中でも最も役に立たねぇ部類のクズ情報だ。思わず同情してこうやってペラペラ喋っちまうほど役に立たねぇ情報さ。あ~、くだらねぇ。おい、おめーら、いくぞ。とんだ時間の無駄だったぜ」

 そう吐き捨てるように言うとリーダー格の少年はつばを吐き、彼女に背を向けて歩き出した。それを追いかけるようにアシェリィの周りを囲んでいた少年たちも彼の後を追うように走り寄っていった。去り際に3人の会話が耳に入ってくる。

「昆虫標本を完成させて図書館に寄付しろってのもガセだったな」
「何が老人の畑仕事を手伝えだよ。いくら無賃で手伝ってもオルバは出てきやしねーじゃねぇかクソッタレが!!」
「俺なんかもう今月の小遣い全部募金に使っちまったよ~」

 風貌や、振る舞い、やっている事はワルガキそのものだが、その会話を聞いてアシェリィは思わずクスっと笑ってしまった。その後も続けて耳に入ってくる会話から、根は善良な少年達であるというのが伝わってくる。

 確かにこういうはぐらかし方なら悪くもないかなと彼女は思った。だが、同時に自分も上手くはぐらかされたのだという事を認識して、笑いもほどほどに途方に暮れた。

 そういえばレンツ先生は過去の”成功例”を押さえておくべきだと言っていたのを彼女は思い出した。数が少ないとはいえ、オルバ様に会えた者が全く居ないというわけではない。

 その者達が一体どうやってオルバ様に会うことが出来たのかを知るのは重要な事である。もっとも、彼らと同じ方法で会えるとは限らない。

 むしろ同じ手段の後追いではオルバ様には会えないという可能性もある。それでも町長のような漠然としたヒントよりは遥かに参考になると彼女は思った。

 アシェリィはどこで聞き込みするかを考えた。町長はあんな調子だったのであまり期待できない。とりあえず前例については語ってくれるかもしれないが、踏み込んだ質問に対しては、はぐらかしてくるだろう。

 一番理想的なのはオルバ探しを行っている人数の絶対数が多いシリルの学校なのだが、部外者がウロウロするのは難しそうだ。それに、ヘタに悪目立ちすると生徒達からライバルであると認識される可能性がある。

 そうなると聞ける情報も聞けなくなってしまうので、迂闊にシリルの学校に近づくのはやめようと決めた。

 そうなると選択肢は自然と老若男女が集まる場所になる。活気や情報の量で言えばマーケットが一番だったが、聞き込みに旅人がひっかかる可能性は当然高くなる。

 それではあまり効率的ではないように思えた。また考えこんでいるとシリルにはこじんまりとした公園があるのを彼女は思い出した。以前、ライラマのローブの出荷でシリルへ来た時に父に連れられて来て遊んだ公園だ。

 あそこならば交易路とは関係ない場所にあるので地元民だけが集まっているに違いない。彼女は公園に目星をつけた。

だが彼女は公園の場所を全く覚えていなかった。おまけに今自分が居る位置もよくわからなくなっていた。そのため、町長の家を目指した時と同じようにお店で食べ物や土産物を買うのと引き換えに公園の情報を教えてもらい、なんとか辿り着いた。

 平日の朝ということもあって、同い年くらいの子供たちの姿は無かった。だが、人が少ないというわけでもなく親子連れや老人たちが談笑している。それなりに賑わっている様子が見て取れた。

 公園に立ち入ると彼女は公園の人々から刺さるような視線を集めているのに気がついた。よくよく考えればこの時間帯に学校に通っているはずの年頃の少女が公園をふらふらしているというのはおかしな事だ。

 しかも余所者であるし、怪訝な顔をされても仕方がなかった。非常に気まずい空気になってしまったが、気を取り直して住人に声をかけてみることにした。
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