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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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熱い渦の中へ

 考えこむアシェリィを見てレンツはアドバイスを始めた。

「ははは。どうやったらオルバ様に会えるかという顔をしているね。知っての通り、オルバ様の隠れるテクニックは半端じゃない。魔法局の上層部とか、さっきダグナスが言っていた教会の枢機卿クラスでもなければ彼の住処を直に訪ねることは不可能でしょう。彼は住処を知られるのを神経質なまでに嫌っているからね。そのため、実際のところは彼を直接見つけるというよりは、彼に認められるような活動をして向こうから出向いてもらうというのが”オルバ様探し”と言えるんだ」

 アシェリィの身の回りでは全くそういったやりとりが全く行われていなかったため、完全な盲点だった。だが、アシェリィは話を聞くに連れ徐々に”オルバ探し”のイメージをつかみ始めていた。

 きっと今頃、シリルの街ではオルバを探す少年少女達の熾烈な衝突や情報戦、妨害合戦が繰り広げられているだろうということはすぐに想像できた。

 アシェリィは少し考えこんで難しげな顔をしたが、すぐに真剣な眼差しでレンツを見つめ返した。

「どうだい? 面倒くさいと思ったかい? それともワクワクしてきたかな? いや、愚問だったかな。君の事だ、今すぐにでもその渦の中に飛び込んで行きたいだろう。そのマナボード……オルバ様から見込みがあると思われていたとしても、会えるかどうかは別問題です。それでも君には挑戦してみる価値がある……と私は思う。あと数日の準備期間の後、屋外ではありますが学校は再開します。ですが、君にはあえてオルバ様探しの課題を出します。学校の授業より、そちらを優先しなさい。いいね?」

 アシェリィの眼差しに返すようにレンツも真剣な表情で首をコクリと縦に振った。それに合わせて彼女も深く首を縦に振った。彼女のその表情からは真剣さと共に心が弾んでいる様子が見て取れた。

 同時にレンツは彼女の美しい蒼い瞳の奥に決意を垣間見た気がした。その脇でダグナスは「ふむふむ」などと言いながらボードをひっくり返したりしていじくり回していた。それを無視してレンツのアドバイスは続いた。

「まずはシリルの街の町長さんに会うことだね。彼が一番オルバ様に近いとされています。噂によれば丘犬様とも日常的にやりとりしているらしいんだ。彼に聞くのが始まり……とは言われているんだけど、人によって与えられる情報が全く違うと聞きます。つまり、どの情報がオルバ様に会う近道なのかは町長さんにしかわからない。結局のところ、町長さんもオルバ様の隠遁生活に協力していて、会わせる気なんて端から無いんじゃないかとまで言われているそうです」

 アシェリィはそれを聞いてまたもや目をつぶって考え込んだ。それではまるで”なぞなぞのなぞかけ”のようである。いや、それどころか下手をすればその答えさえ用意されていないという可能性もある。

 1人でこうやってあれこれ考えているだけでも謎は深まっていくばかりなのだから、シリルではもっと情報が複雑に絡み合っているはずだ。

「だから、結局はかたっぱしから情報を集めて試してみるしか無いんだ。一応、過去の”成功例”は押さえておくべきだと言われていますが、それは私よりシリルの人たちのほうが詳しいでしょう。あとは挑戦あるのみ。村長からの手紙で連絡がありましたが、君なら付き添いがなくてもアルマからシリル間の行き来が可能なはずです。これもいきなりのチャレンジになりますが、さほど危険な街道ではないので慣れさえすればどうということはないでしょう。この後、君のご両親にもこの話を伝えておきます。村の代表として、堂々と挑んできなさい」

 レンツがそう言い終えるとダグナスがアシェリィに近づいて言ってボードを手渡した。そしてすぐに険しい表情で鋭い目つきをして靴先から頭のてっぺんまでアシェリィを舐めるように観察し始めた。

 突然のダグナスの行動にレンツもアシェリィも反応に困って思わず固まった。その間もダグナスは空気を読まずに右、正面、左、後ろと彼女の周囲を回りながらアシェリィを眺めた。そしておもむろに口を開いた。

「少女よ、アシェリィと言ったか。君からは極めて不吉で不穏な気配が漂っている。きっとそれにつられて近づいてくる者がいる。いいか、『出会う者全てに警戒したまえ』と忠告しておく。誰かが徐々にだが確実に君を薄暗い場所へと引きずり込んでくるだろう。己を疑い、そして他を疑うべし。しっかり覚えておくのだぞ」
「……は、はい」

 思わずアシェリィは頷いたが抽象的な内容でレンツ先生の話より更にわかりにくい。それに出会う者全てに警戒するなんて無理な話だ。

 大体、引きずり込むとはどういう事なのだろうか? 己を疑うとは? 単にダグナスが変わり者なのではないかと思ったアシェリィはレンツの方に視線を送って意見を待った。

「……まずいな。ダグナスの観察眼はよく当たるんだ。この助言は無視できない。重大な問題に発展しないように警戒するしか無いですね。これはあくまで予測だけど、アシェリィは以前、『人には見えない精霊みたいなものが見える』と言ったことがあるね。多分、ダグナスの言う”者”の中には人間以外の精霊も含まれているはず。それらとの接触に警戒すべきって事なのではないかな……。我々神官はそのあたりの気配には敏感ですから」

 アシェリィはレンツの予測を含めてもダグナスが何を言わんとしているのか具体的にはわからなかった。だが煙のないところに火は立たないと言うし、彼の助言は心に留めておくべきだなと彼女は思った。

 強いて思い当たることを挙げるとすれば、頻繁に夜遊びしていた頃、暗がりを好む精霊をしょっちゅう見かけていたという事くらいだろうか。しかし、夜遊びがバレてしまうのでそんなことをレンツやダグナスの前で白状するわけにはいかなかった。

「ふむ。さて、これにてアルマ村の校舎焼失事件についての調査は完了、だな。もう昼か。レンツの家で昼飯でも食べてから今日のうちに帰路へと就くか」

 話によるとダグナスはかなり肉体エンチャントが出来るそうで、レンツの半分程度の2日程で最寄りのドラゴン・バッゲージ便のある街、セーシルまで到着できるらしい。レンツが王都まで1週間かかるのに対し、彼ならばドラゴン便には乗るものの3~4日で王都まで行けるということになる。

 まったく肉体エンチャントが出来ないというのは不便なものであるとレンツとアシェリィは話を聞いていて思った。とはいえ、肉体エンチャントが苦手な者は何かしら他に得意な能力があるので必ずしも肉体エンチャントが有利に働かない事や、逆に不利になるケースも多々あるのだが。

 それでもやはり徒歩で長距離旅行したり、力仕事などの体力勝負の分野ならばやはり重要であるといえる。

 ダグナスが長老たちに別れの挨拶をしようとして声をかけようとすると、いつのまにか背後に回り込んだ長老が彼の腰をポンポンと叩いた。肩を叩こうとしたようだったが長老の身長では彼の肩まで手が届かなかったようだ。そのまま上機嫌に声をかけてきた。

「いや~、ダグナスさん。今回の件は本当に感謝しております。よろしければこれから一杯どうですかな? ここに揃っている村人たちも是非、ダグナス殿と盃を交わしたいと申しております」

 それを聞いてダグナスは一瞬、面倒だなとでも言いたげな気乗りしない雰囲気をあらわにした。しかし、それに気づいたのはレンツとアシェリィだけだった。ダグナスは頬を軽く掻きながら目線を若干逸らしながら長老に返事をした。

「お気持ちは有難いのですが、本部への学校焼失の報告は急を要します。それに、私が帰還するのが遅れれば当然、学校の再建も……」
「ささっ!! ダグナス殿、こちらへどうぞ。先日、家財を整理しましたので、わしの家でも一杯やれそうですからな」

 長老は全く聞く耳を持たずにダグナスの歓迎会の算段を始めた。決して彼の言葉を無視したわけでは無さそうだったが、とにかくもてなさずには居られないといった態度だ。

 結局、ダグナスは村人たちに言いくるめられて、皆と一緒に村長の家に引っ張られていった。時折、彼はちらちらとレンツの方を振り向いて助け舟を期待したが、何がめでたいことがあると村人たちが祭り上げるのはいつもの事である。そのためレンツは諦めるように彼に向けてアイコンタクトをとった。

「あ~あ、あれじゃあ一晩、いや、状況が悪ければ2日くらいは出発が遅れるかなぁ……。ダグナスはね、ああ見えてもお酒にはあまり強くないんだよ。普段、新酒しか飲まないからコテコテの古酒のル・ジャビスなんて飲んだらタダでは済まないだろうね」

 レンツは肩をすくめてなんとも言えないといった態度をとった後、その場に残された子供たちの方へ向かって歩み寄り久しぶりの再会を喜び合った。

 アシェリィも後を追って、その輪に加わった。全生徒の7名が揃うのは本当に二ヶ月ぶりくらいである。ようやく皆が待ちに待った学校の再開が現実味を帯びてきた。

 スペースをとっていたアンティークを売り払ったことによって、長老の家でも授業は出来そうだった。しかし、一室あたりの広さには限界があるので、授業を今までどおりにやるならやはり面積の広い建物が必要だった。

 たとえ再開できるとしても、屋外で授業をするので黒板はないし、雨の日は休校になってしまう。その程度の事は止む終えないだろうとレンツや生徒たちは思った。

 幸いな事に南部の気候には雨季が無く、雨は程々に降る程度なので死活問題にはならないだろうとその点について彼らが深く気にかけることはなかった。

「さて、先生はダグナスのフォローをして来なければならないんだ。学校は雨がふらなければ明日、鼠閣下の月の8日から再開します。みんな勉強道具を持って学校跡地に集合するように。あと、アシェリィには別課題を出していますので通学は任意です。皆に会いたくなったらいつでも学校に来なさい」

 それを聞くと学校の生徒達は一斉にアシェリィを見つめた。急な話だったが誰も意外に思ったり、驚いたりはしなかった。ハンナとのレースを見れば一目で彼女の能力がずば抜けている事がわかっていたからだ。

 何より彼女の能力をこの村で持て余すべきではないというのは幼い児童でも薄々と理解していた。村の中では出来る部類に入るハンナでさえアシェリィは自分とは別格の才能があると痛感させらているほどだった。

「アシェリィ、あたしも負けてらんないわ。すぐ追い抜き返してやるんだからね。課題の内容はよく知らないけれど、あたしも絶対その段階まで到達してみせる。その時、また真剣勝負ね。油断としていると足元すくわれるわよ。お互い精進ね!」

 ハンナはそう声をかけると拳を握って胸の前に差し出した。アシェリィはニヤリと笑みを浮かべて拳を握ってそれに打ち付け返した。それを見ていた他の生徒達は2人の熱い誓いに心打たれた。

 少女のやりとりとしてはいささか不似合いであったが、勝ち気な2人の間でのやりとりという事もあってとても様になっていた。その場の生徒たちは皆、アシェリィやハンナのようなマナの使い手への憧れをより強めた。

 善は急げということで早速、次の日にアシェリィはシリルの街へと1人で出かけて行くことになった。玄関で両親が心配そうに見守っていたが心配ないと元気いっぱいに大きく手を振った。

 そして彼女はボードに乗って森の小道へと消えていった。後に残った2人はとても速いペースで娘が独り立ちを始めた気がして嬉しいやら寂しいやら複雑に思った。

 そんな親心を知ってか知らずか、アシェリィは小道をボードで駆け抜けて村の広場へと出た。地道なトレーニングを積んでいた成果か、マナのスタミナが更にアップした感覚があった。

 家から広場まで結構速度を出したが、息が乱れたりせず、汗もほとんどかいていなかった。このペースなら余裕でシリルまで走破できると彼女は確信した。

 朝早くに出たので村の広場には人気が無かった。もちろん学校跡にも人影はなかった。レンツ先生の退屈な授業もいざ受けなくなると思うと名残惜しく感じたが、待ち受ける新天地での挑戦がその心残りをかき消した。

 好奇心の塊であるアシェリィにとってこんなに面白そうな課題はそうそう無かったからだ。ボードを走らせながら振り返れるとどんどん村は小さくなっていく。彼女は臆すること無く”渦の中”へと飛び込んでいった。
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