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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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●雲の賢人からの挑戦状

 鼠閣下の月に入ってから一週間経った頃、レンツ先生が教会から派遣された同行者を連れてアルマ村へと帰ってきた。

 火事騒動が首長蛙の月の下旬に起きて以来、満月クラゲの月、巨大怪鳥の月、そして鼠閣下の月と暦は流れていった。かれこれ2ヶ月弱の間、レンツは村を留守にしていたことになる。

 村人たちはそんな彼を総出で出迎えた。年少の子供達は思わずレンツに駆け寄った。彼は職務と長旅からかくたびれきった顔をしていたが、子供たちを見て笑顔を見せた。

「レンツ、かなり強行軍で来てしまったが大丈夫なのか? 貴様の肉体エンチャントの限界を超えていると思うのだが……」

 レンツの隣に立っていた背の高い黒人の男性が彼を気遣ってそう話しかけた。肌の色と教会の真っ白なローブとのコントラストが際立っている。

 子供たちはその同行人を見上げると、見慣れぬ風貌に怯えたようで、レンツの後ろに隠れた。それを見たレンツは振り向いて子供たちを諭した。

「こらこら。見た目で人を判断してはいけないよ。この人はカルティ・ランツァ・ローレンからはるばる来てくださったダグナス神父さんだよ。焼けてしまった学校の状態を調査して、ルーンティア教会本部に連絡してくれる係の人なんだよ」

 レンツがそう言うと子供たちはぺこりと頭を下げて素直にダグナスに謝罪の意を示した。それを見たダグナスは腕を組みながらやれやれといった表情で子供たちを見た。

 本人は意識していないのかもしれないが、いかにも子供の扱いが得意でないといった威圧的な姿勢だ。まるで睨まれているように思ったからか、子供たちは揃ってうつむいた。

「まぁいつものことだな……。それに、南部では黒人は珍しいだろうから余計に仕方あるまい。それにこの図体ではな。怯えられても無理は無い。しかし、レンツよ。見た目で判断してはいけないというのは如何なものか。もっと上手い言いようがあるだろう」

「ああ、悪い悪い……」

 アシェリィも両親と共に2人を迎える村人の中に混じっていた。見る限りではダグナス神父の方が上司のようだったが、レンツとのやりとりを聞くにかなり親しげな様子だった。

 普段、レンツが村人には見せないような態度で彼に接するので村人たちはその姿がとても新鮮に見えた。村人やアシェリィ達から見ればとても落ち着いたように見えるが、レンツはまだ30歳そこそこである。親しい者と話をすれば若々しい面が顔を出してもおかしくはない。

 それにしても、2人が対等な立場で会話をしているのには違和感があった。本部から派遣されて来ているからにはダグナス神父のほうがかなり偉いのではと思ったからだ。

 そんな疑問を抱いたのはアシェリィだけではなかったようで、長老が皆の疑問を代弁するかのように尋ねた。

「ダグナス殿、ようこそこんな辺鄙な村においでくださいました。ところで、お2人はずいぶん親しいご様子ですが、ダグナス殿が上司ではないのですか?」

 それを聞いたダグナスとレンツは顔を見合わせて声を上げて苦笑いを浮かべた。そして改めてダグナスがお辞儀をして自己紹介を始めた。

「ご挨拶が遅れて大変申し訳ありません。私はダグナス・カンデオです。カルティ・ランツァ・ローレン本部所属のルーンティア教会神父です。レンツと私の関係は確かに上司と部下なのですが、同期でして。違いは本部所属か、そうでないかの違いだけです。彼、レンツは別に出来が悪くて田舎に左遷されたわけではなく、最後まで欠員が埋まらなかったこの村に率先してやってきたのですよ。つい本部にしがみついてしまった私は我ながら恥ずかしくなってしまいました。故に内心、彼のことは尊敬しているのです」

「おだてても何も出ないぞ」

 レンツはダグナスにそう釘を刺したが、村人たちの視線が一気にこちらに集中しているのを横目で気づいた。しばらく横顔でこちらを眺めていたが照れくさそうに笑いつつ、後頭部に手を当ててペコペコお辞儀をした。思わず村人の間から笑い声が上がった。ダグナスも満足気に微笑んでいた。

 自己紹介が終わると、すぐに学校の状況についての調査が始まった。火事の日に消火に当たった大人達と、学校の生徒も一応は当事者であるので調査に協力した。

 村の広場から直接見える学校の跡地へと一行は向かった。ダグナス神父は見慣れない見た目の紙とペンを使って、レポートを作成していった。火事の原因、当時の状況、丘犬様のことなどを村人の証言と照らし合わせてまとめていった。

 学校の跡地は既に綺麗に片付けられ、ススの跡や黒ずんだ箇所はなかった。今は一面緑で雑草が生い茂る広い空き地となっていた。証人が詳しく説明しなければそこに建物があったかどうかさえ定かではない。

 だが、そこにあるのが当たり前だった学校が無くなってしまい、村人や子供たちはこの一角の前を通るたびに物哀しい気持ちを抱いていた。

「ふむふむ。ウワサには聞いていたが、創雲のオルバ殿の使い魔……いや失敬。”丘犬様”のおかげで火事の拡大を防ぎ、鎮火することができた……と。レンツの報告を聞くからに彼が関係していることは予測がついたが、またもや彼か」

 ダグナスはいかにもオルバに心あたりがあるような発言をした。オルバが関連しているという情報を掘り下げて、更に見慣れない用紙にサラサラと記入しているようだった。

 なぜ、遠方から派遣されてきた彼がオルバの事を知っているのだろうかと村人たちは再び不思議そうな顔をした。それに気づいたレンツは補足を加えた。

「ルーンティア教会には福祉や慈善活動に尽力した人物を教皇様が表彰して晩餐会に招く”クレティア功労会”というものが年に何回かあるんです。この会に呼ばれるのは大変名誉なことでして、価値のある事なのです。実はですね、オルバ様はその功労会に毎回招待されていまして……南部の環境整備、治安維持、住民の健康状態の管理、作物育成増進など様々な点を評価されています。ですが、一度も功労会に参加されたことがないんですよ。表彰者は個別に担当者が迎えに行くので、参加するのにさほど手間は要らないはずなのですが……。そのためいつも毎回、彼は名前だけが表彰者の一覧に載るのです」

 ダグナスは少し不満そうな表情をした。せっかくの教皇様直々のお誘いをはぐらかし続けているとあれば神父としてはいい印象を持てというほうが無理な話である。

 そんな彼が予想以上に地元で信仰されているのを見ると、それでもやはり彼の実力というか手腕を認めざるをえないと思うのだった。

「ハーミット・ワイズマン……か。全く、どうしてこう天才というのは変わり者が多いのだろうな。担当の者がコンタクトを取ろうとしても住んでいる場所がわからんのではな。一応教会でも入念な調査をして彼の住処を訪ねようとしたことがあったのだが、近くまでは行けても、住居は見つからなかったのだ。恐らく、枢機卿クラスが訪ねて行って見つかるかどうかというレベルだろうな……」

 そうぼやきながらダグナスは完成した事故調査レポートをバインダーに挟み、カバンへとしまった。そして、改まって姿勢を正し、村人たちに深くお辞儀をした。

 彼は一見すると本部から派遣されているということもあり、態度が大きくて傲慢なように思えた。その全てを取り繕う事は出来ていなかったが、流石に神父というだけはあって礼儀正しく、自分の成すべき振る舞いについては自覚しているようだった。

「アルマ村の皆さん、調査にご協力して下さりありがとうございました。本部から聞いている補償金の額の話に移ります。焼失の程度にもよりけりですが、相当アルマ村の校舎は古いという事もありまして『今回は無償で校舎を再建すべき』との案が多数を占め、会議で通りましたので教会が新校舎建設費の全てを支払います。教会としてもオルバ様には大きな借りがありますからね。正直、校舎の立て直し程度では謝意を示しきれないほどです。どうぞオルバ様にも感謝なされるよう」

 ダグナスがそう報告すると村人たちは大きな声を上げて歓喜の声を掛け合った。まるで今にも祭りが始まりかねないという勢いだ。村人たちが喜びに湧く中、こっそりとレンツがこちらにむけて手招きしているのをアシェリィは気づいた。

 熱狂する人々をよそにそろそろりと人の輪から抜けだしてアシェリィはレンツの前まで辿り着いた。

「アシェリィ、話は長老から手紙で聞いているよ。魔法が使えるようになったんだって? それが話に聞くボードだね。ちょっと見せてくれますか?」

 レンツの口調は畏まった時のものと、ざっくばらんな時のものが入り混じって、なんだかぎこちなく聞こえた。すぐに本題に意識を戻し、脇に抱えていたボードを見た。

 そして特に断る理由もないので、アシェリィはレンツにただの木の板にしか見えないマナボードを手渡した。レンツが板を観察し始めると気になったのがダグナスも一緒にじろじろと板を眺めていた。

 しばらくするとレンツは板をアシェリィに返した後、屈んで彼女に目線を合わせつつ、声をひそめて話し始めた。

「アシェリィ、これ、誰かに貰ったものだね? しかも村の人からじゃないでしょう。おまけにもらったのは板だけじゃない。そうだね?」

 まさかの図星を突かれてアシェリィは思わず慌てた。丘犬から「私が渡したものだとは誰かに話してはいけない」という約束をしていたのを思い出したからだ。

 村外出身のレンツ先生にバレる可能性を予測出来なかったのは迂闊だったと彼女は思ったが、もはや後の祭りだ。しかし、その様子を見ていたレンツは予想に反して穏やかに笑ってそのままヒソヒソ話を続けた。

「わかってるわかってる。誰から何を貰ったかなんて無粋な事を問いただす気はありません。ただ、君がこれを貰ったのは幸運なのか、不幸なのか今の時点ではわからないね。それは君自身が決めること。それはだけは覚えておきなさい。それと、急な話ではあるけれど、君がそれを受け取ったということは”次のステップ”に進む資格を与えられたとも言えるんだ」

 アシェリィは一度に色々な事を言われた上の突然の展開に理解が追いついていかなかった。それでもなんとか必至に理解しようとレンツ先生の話に集中した。

 今までの話を要約すれば結局のところはそれが与えられた物であったとしても、自分の運命は自分で決めることになるといったところだろうか。だが、今の彼女には言葉の真意を読むことは出来なかった。彼女は続けて語るレンツの話に耳を傾けた。

「次のステップ、それは”オルバ様探し”です。アルマ村ではほとんど誰も知らないけれど、シリルの街では才能のあるマナ使いは創雲のオルバ様を探す。そして見つけて彼と出会う事が魔術師としてのステップアップの定番とされているんだ。もちろんそれは容易な事ではない。10人出来のいい使い手が居たとしても実際にオルバ様に会えるのはその内に1人いるかどうかといったところです。恐らく、今頃シリルの街では20人前後の才能ある子供たちがオルバ様を血眼になって探しているはず。そして彼に出会えた者達は”神童”と呼ばれるんだよ。例外もいるけど」

 アシェリィはその話を聞いたがよくわからない点があった。オルバ様に会ってみたいという気持ちを誰しもが抱くのはわかるが、そこまで必死になって探すことに意味はあるのだろうかと思ったのだ。レンツの口ぶりからするとアシェリィもこの”オルバ様探し”に加わってみるべきだといった感じだが、いまいち釈然としなかった。

「あの……先生、皆がオルバ様に会いたがるのはわかるんですが、そこまでして隠れ住んでいる人を探し当てる必要があるんでしょうか……家の場所を探られてはオルバ様にご迷惑なのでは?」

 気まずそうに答えたアシェリィを見てレンツは優等生らしい謙虚な姿勢だと思い、感心した。同時に、その点についての心配は無用とばかりに首を横に振りながら人差し指を立てて解説をつけ加えた。

「確かに。本来隠れ住んでいるオルバ様を嗅ぎ回すのは失礼といえるでしょう。でも、さきほども言ったようにこれはあくまで魔術師としてのステップアップの試練であって、オルバ様が出した課題でもあるんだよ。それにオルバ様を見つけると言うことはただ会えるだけではなく、彼に弟子入り出来る可能性があります。だから少しでも見込みのある子供たちは必死になってオルバ様を探しているのさ」

 アシェリィはオルバを探すこと自体が弟子を取る試練であるという事を微塵も考えていなかったため、これを聞いて思わずなるほどと納得した。

 有望なマナ使いならば皆、ずば抜けた才能を持つオルバ様に稽古をつけてもらいたいに決まっている。彼に直接指導してもらえば飛躍的に能力が上がるはずだ。

 おままごとのマナ使いから魔術師へとランクアップ出来るのは明らかだとアシェリィは思ったし、おそらくオルバを探している子供たちも皆そう思っているに違いない。だが、どうやって彼を探せばいいのかという肝心の部分はアシェリィには皆目見当がつかなかった。
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