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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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怒りの導火線

 レイシーはさきほどと同じ魔法を詠唱した。

「スペル・リブート!!  猛追の鬼火!! ファントム・レイ・チェイサー・トゥワイス!!」

 前回よりかなり早くファントム・レイ・チェイサーが発動した。しかも前のものより光弾は明るく、そして大きく見えた。

 同じ呪文を時間を開けずに再度リブート(再起動)すると詠唱速度が早まり、威力が高まるという高度な術法が存在する。効果のバレた同じ魔法を使う事になるということもあり、あまりレイシーはこの戦法を好まないのだが。

 レイシーは呪文を放ち終わると、自分の腕越しにランカースのほうを窺った。この気温ならば常人ならば呼吸さえままならず、意識を失うはずだ。

 だが、その程度では彼にトドメに刺すことは出来ないとわかりきっていたので、レイシーは手を抜かず、注意深く相手の出方を観察した。視界を奪われているはずの彼は接近してきた光弾を切り落としたり、弾いたりして見事に退けた。

 魔法を同時発動することによってわずかだが、魔力が分散して差し込む光が陰ったためにランカースは光弾を察知することができたようである。

「チッ!! こんなことなら一発強烈なのをお見舞いしてやるんだったわ!!」

 高威力の魔法を維持しているために、再びレイシェルは額に汗をかきはじめた。ランカースもランカースであまりの高温で汗だくになっていた。

 口で大きく息を吸うと喉を焼かれかねないので彼は冷静を保ちながら鼻呼吸でゆっくり、ゆっくりと呼吸していた。

 彼はこれだけの不利な状況、そして異常な環境下に置かれながら恐れおののいたり、パニックに陥らなかった。耐え忍ぶ力もまた彼の強みだった。

 レイシーはこれだけ強烈な呪文を連発しているにも関わらず、思うように相手をねじ伏せられないことをもどかしく感じた。感情の波がぶり返してきていて、イライラしはじめていた。

 相手の実力を認めざるをえないようなこの状況も酷くシャクに障る。屋敷で模擬戦闘してきた相手でこれほど苦戦したのは熟練の魔術師やサユキ、パルフィー程度だった。

 井の中の蛙とはまさにこういうことなのだが、レイシー本人もまた恐れを知らず全く萎縮することがなかった。本人に自覚があろうがなかろうが、名家の名を背負うとはつまりそういう覚悟を持つということでもある。

 そうしているうちに彼女のマナは尽きてきて、橙色の雲の輝きが一層鈍くなった。その場の全員が周囲の温度が少しずつ下がっていくのを感じた。

 ランカースはここで仕掛ける事も出来た。だがあえて攻撃はせずにぬるい空気を大きく吸って深呼吸し、レイシーを観察しなおした。

(流石はウルラディールの次期当主……繰り出される呪文はどれも質が高い。親の、いや、一族の七光ではないようだ。彼女自身の戦闘センスもとても洗練されている。これで13歳とは末恐ろしい。クラリアと同い歳か? 全く恐れ入る。だが戦略やペース配分、そして自己を律するといった面ではまだまだ稚拙。もっとも、それを有り余る才能で補っている。天賦の才、ギフテッドか? いや違うな。先ほどの魔田の事といい、柄に合わず泥臭い修練を積んできた可能性もある)

 レイシーは荒っぽく腰の小袋に手を突っ込み、再びジェムを3粒取り出して指の間に挟んだ。

 ランカースは呪いの紋様の対応に追われてさきほどはジェムでの回復を見ている余裕が無かったが、今度はレイシーが腰のあたりから石を取り出すのを確認することが出来た。

 てっきり今まであめ玉か何かと思っていた腰のあたりのカラフルな粒はマナ・サプライ・ジェムであると今になって彼は気づいた。

 本来はもっと早く気づくべきだったのだが、そんなに高価な物を腰の袋にジャラジャラ入れているとは予想できなかった。彼は改めてウルラディール家の強大さを思い知った。

(この戦闘に入ってそう時間が経たない内に腰のジェムがかなり減ったように思える。残りは6粒……か。これはもし呪文を避けるか、耐えるかしてもう少し戦いを引き伸ばせば勝機が見えてくるかもしれない。警戒されているだろうから、さきほどのような連撃はもはや通用しないだろう。相手が今の状態を維持している限りは有効打は与えられそうにない。ジェムの袋を奪うのもまず不可能だろう)

 ランカースはレイシーがマナを供給する僅かな時間であれやこれやと状況の打開策を考えた。勝算をわずかに見出したものの、彼の受けているダメージは相当大きく、持久戦を耐えぬく体力が持つかは全くわからなかった。

 ここからは危険を伴う運任せの賭けになるだろうと彼もまた覚悟を決めた。元から格上相手の戦いであるし、運任せであるという点は試合開始時点から変わりはしなかったが。

(こちらも、もはやそう長くは持たない。幸い戦闘に支障はないが、感電で体のあちこちの感覚がないし、高温で全身を火傷している。はっきりいってボロボロだ。どんな魔法が来るかわからないのは恐ろしいところだが、ここは一か八か相手を挑発して消耗の激しい魔法を連続で誘発させてみるか)

 ランカースはやはりレイシーがジェムを使いきってマナ切れを起こす以外に勝利のチャンスは無いと意を決した。そして、息を整え終わると恐怖を押し殺しながら彼女を煽った。

 彼女がこちらにしたように今度はランカースがレイシーに向けて肩をすくめて両手を広げるジェスチャーをしつつ煽り返した。あまりにもリスキーな挑発はまるで一面に広がった油の上で火遊びするような感覚だった。

「おやおやお嬢様~?、殺す気でかかってこないと再起不能にされてしまうのではなかったのですか~? 私はご覧のとおりピンピンしていますよ~? 大変失礼ですが、お嬢様こそ私を殺す気でかかってこないと再起不能になってしまうのではないですか~?」

 それを聞いたレイシーは黙り込んだ。彼はその様子を見て手応えを感じてしめたと思った。きっとこの一言が今までくすぶっていた彼女の怒りの導火線に確実に火をつけることになるだろう。ランカースは彼女が我を忘れてマナを浪費する事を期待した。

「……リーブト・スペル!!  炎獄の灼光!! インフェルノ・クラウディ・ブリリアンス!!」
(来た!!)

 彼がレイシーを煽った直後、彼女は再びワンドを天高く掲げて呪文をリブートした。散らばりかけていた橙色の雲が再び屋敷の中庭に蓋をするように集結して覆い、気温が急激に上昇し始めた。

 ランカースの見える世界も光の影響を受けてどんどん白く染まっていった。またもや眩い光線が雲間から差し込んで地面に焦げを作りながらランカースを狙った。

「捕らえた!! 鏡面刀身!! リフレクティング・ブレード!!」

 ランカースは自分を狙って降り注いで来た光線を横に構えた刀の刃で反射し、レイシーに打ち返した。彼女の目にめがけて一直線に光線は反射した。

 彼女は彼が光線を反射してくる事を予想していなかったが、ウィン・ダ・ボイドが反応してそれこそ高速で迫る光線をサイドステップでひらりと回避した。

「ぬぐっ!! これだからリブートは!! ふっざけんじゃないわよ!!」

 レイシーのなびいた髪の毛が数本焼き切れた。ランカースは光線を反射したまま角度を変えてレイシーを追うように反射させた。今度は自分の使っている呪文にも関わらず逆にレイシーが追われる身となった。

(いくらなんでも続けて明るくされれば”目”も慣れるというもの!! それに、こんな単純な子供だましの戦術が通用するとは予想外だ。いいぞ、このまま消耗していってくれ!!)

 レイシーはランカースの術中にハマったように見えた。少しの間、光線をステップでかわすとすぐに魔法の構成を変えて詠唱しなおした。

 光線はすぐに消えて、橙色だった雲の色が憂鬱になるような重たい雰囲気のねずみ色に変色した。気温も一気に下がり、寒々しくなった。レイシーは呪文を唱えながらワンドを振り下ろした。

「雲海の堅牢!! クラウディ・J・プリズム!!」

 曇天の上空の雲が塊となってポロポロと降りてきて、雲の形状を維持したままランカースにペタリペタリとトリモチのように張り付きだした。どこかで死角をついたらしく、ランカースは初撃をかわすことが出来なかった。

 この雲は粘着質なだけでなく、ひとかたまりでもずしりと重い。すぐに魔法の雲によって彼はどんどん行動を制限されていった。

 ほとんどランカースの全身が雲に包まれた時だった。雲の隙間から彼の剣の光がキラキラと反射して見えた。徐々に彼を包んでいた雲が刀によって細切れにされて分散していく。

 全ての雲を振り払うとランカースは大汗をかきながら膝に手をついた。さきほどの呪文はただ張り付くだけでなく、スタミナを奪う効果がある。粘着質な雲の中で無闇にもがけばもがくほど体力を吸い取られるというわけだ。

 怒り狂って高威力の攻撃系呪文を唱えてくると身構えていたランカースはアテが外れて拍子抜けした。ここにきてレイシーがまた毛色が違う妨害呪文を唱えてくるとは思っても見なかったのだ。激昂していると思いきや、したたかにこちらの反応を窺っているらしい。

 レイシーは普段、あまり深く考えて策を練ることをしない。悪く言えば場当たり的ともいえる。それでも彼女が連戦連勝を収めているのは戦いにおける”勘”が非常に優れているからだった。

 それがランカースが戦ってみて感じた戦闘センスというものである。なんとなく戦っているようでいて、実際は相手の嫌がる弱点などを直感的に嗅ぎつけているのだ。

 しかも怒っていたとしても、それは別問題とばかりにここ一番では手堅く決めてくる。かなり歪な戦い方でセンスありきと言えるバトルスタイルだ。

 故に一見直情型の攻撃特化型に思えるが、実際はどのような手を打ってくるかが非常に予想しにくい。

 レイシーはクラウディ・J・プリズムを放った後のランカースの反応から何かを悟ったらしく、自信ありげに笑った。そしてにんまりとしながらワンドをポンポンと手に当てて体の重心を移動し、余裕の姿勢をとった。

 これは慢心による隙以外の何物でも無かったが、ランカースは態勢を整えるのに精一杯でとても仕掛けられるような状態になかった。その様子を見てレイシーは腰の小袋を軽く叩いた。中身のジェムがチャリチャリと音を立てる。

「アナタ、杖を使わなきゃいけないって事はやっぱり死角があるのね。光源魔法の類はもう”目”が慣れたかしら? どうせ、私のジェムの残りが少ないから煽って持久戦に持ち込もうとしたんでしょうケド? ナメられたもんね」

 それを聞いていたウルラディール家の面々は予想外の展開に唖然とした。特にサユキとアレンダは普段と一味違うレイシーの戦いぶりに意表を突かれた。

 てっきりさきほどの挑発ですぐに怒りのバロメーターが振りきれると2人とも思っていたのだが、レイシーの振る舞いを見るに、激昂したフリをしていたようである。そうでなければここまで器用に呪文の性質を変えて揺さぶる事は出来ないはずだ。

 それだけならまだしも、自分の残りのジェムまで把握していることが余計に2人を驚かせた。今までの模擬戦闘などで彼女はジェムを無計画に使いきってしょっちゅうバテていたからだ。

 何が彼女をそこまで成長させたのかと2人は各々で考えたが、やはり屋敷から出て外部との実戦経験を積んだ事が大きな理由だと思われた。

 特にアーヴェンジェ戦で得たものは大きかったようだ。あの戦いでは否が応でも残りのジェムの数を意識することを迫られただろう。

 今回の戦闘ではお世辞にも唱える呪文のペース配分が出来ていたとは言い難いが、それでもジェムの残量はしっかり把握出来ていた。彼女の戦闘のセンスの中に僅かながら節制という言葉が刻まれたのだ。

 更に評価すべきは怒りを堪えて相手の隙を狙った点である。きっとこれもおそらくアーヴェンジェ戦で学んだことなのだろう。

 泥の魔女の最期はとにかく狂った怒りに満ちており、醜悪極まりなかった。今までは怒りに身を任せがちで、泥の魔女と大差の無かったレイシーも「ああはなりたくない」と心の底で思ったのかもしれない。
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