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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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魔田を抉る

 レイシーはもがくランカースを指をさして見下すように言い放った。

「もうわかってると思うけど、カーズ・スペルの一種よ。その火はそう簡単には消えないわ。ワタシが解呪の意思を示さない限りは当分燃え続けるでしょう。どう? 辛ければ降参してもよくってよ?」

 レイシーは強気な態度をしていたが大量のマナを一気に消費したため、息を荒らげて汗をかいていた。

 相手が痛みに苦しみ、隙ができたのを確認すると素早く腰にぶら下げた小袋からマナ・サプライ・ジェムを2粒取り出して指の間に挟んで顔の前に掲げた。

 すると宝石が石ころになると同時に彼女がかいていた汗は引込み、倦怠感がスーッと抜けて爽快感を感じた。

「呪いの術紋か……!! ならばこうするしかあるまい!!」

 ランカースは大きく息を吸うと再び抜刀し、刃で自分の背中の表面に切れ目を入れ始めて紋様を破壊しはじめた。

 呪いの紋様の火にあぶられると苦痛のあまり行動を制限されるとはいえ、これはずいぶんと思い切った判断である。レイシーはまさかの対応に少し驚いたが、すぐに我に返って次の手を打った。

「なんとまぁ自虐的な事!! させるもんですか!! 瞬きのつぶて!! スリリング・スリングショット!!」

 レイシーは腕にスナップを効かせて振り切り、用済みになったかと思われた指の間の石ころ2つを高速で打ち出した。通常ならば予想外を突く奇襲攻撃となるところだが、ランカース相手にはこの変則的な動きが読まれていた。

 彼はすばやく鞘で飛んできた2つの石ころを弾いた。感触からして直撃すれば肉体の貫通は免れない威力だと彼は悟り、思わず冷や汗をかいた。発動できないレベルまで呪いの紋様を切り裂いたランカースがすかさず反撃に出た。

「勝負は『根性』と『退かぬ勇気』、そして『諦めぬ心ッ』!!」

 ランカースはそう叫びながら仕込み刀を逆手に構え、柄の端に手を当て、再びレイシーの方向へ距離を詰めていった。この一撃もレイシーはサイドステップで回避した。

 彼女が回避行動をとったと判断した直後、ランカースは素早く抜刀し、右手に持った鞘をレイシーが回避した右後方へと思い切り振りぬいた。この時、レイシーはまだ滞空しており、大振りな彼の二連撃を避ける事が出来なかった。

「くッッ!! 緩衝の魔壁!! バッファー・バフ・ゾーン!!」

 彼女はすぐに物理防御の魔法を張ったが、ここぞとばかりに全力で放たれたランカースの一撃は恐ろしく早く、強烈で完全に防ぐことは出来なかった。

 脇腹に一撃を食らって、レイシーはバランスを崩したまま砂煙をあげつつランカースの後方へと吹っ飛んだ。一方、勝敗をかけたこの一撃に確かな手応えを感じたランカースは刀を鞘に納めた。金属と木のぶつかる音が中庭中に響く。

 打撃を加えた脇腹のあたりは「魔田までん」と呼ばれるツボで、普段、人間がマナを練る時に使用していると言われている。そこを突けばこれ以上、呪文の詠唱は出来ないだろうと彼は狙ったのだった。

 今回の親善試合の旅で彼女が攻撃をまともに受けたのはこれが初めてだった。あのアーヴェンジェを相手にしてさえ、直撃は受けなかったのにも関わらずだ。

 それを見ていたウルラディール家の面々はパルフィーを除き、まずいことになったと深刻な顔をしていた。

 おそらくランカース相手ならばダメージを受けずに完封勝利できるだろうと思っていただけにこの状況はかなりまずかった。彼女たちが心配したのはレイシーの具合ではなく、ランカースのこの先についてだった。

「あー、これはお嬢様、きっと酷くお怒りになりますね……。こうなったら、あとは全力で衝突し合うだけです」
「ええ……間違いなく今の一撃は逆鱗に触れたわね……。ランカース殿が程々で降参してくだされば良いのだけれど、彼の辛抱強い”諦めぬ心”がこんな形で裏目に出てしまうとは皮肉なものね……」

 ランカースは吹っ飛んだレイシーの気配を背中越しに探った。魔田への攻撃は有効だったようで、彼女から発せられるマナの色が変化しているのを感じ取れた。

 彼女の体は全体的に暗い色をしている。特に脇腹の部分は真っ黒に染まってマナを発していない。

 相手が抵抗する手段を持たないのにこれ以上、いたぶるような攻撃を続けるのはいかがなものかと彼は思い、次は気絶させるツボを突くつもりでレイシーに向けて振り向いた。その瞬間、彼は激しいプレッシャーを感じて思わず立ちすくんだ。

 レイシーの体のあちこちから泡のようなものが体を巡り始めており、まるで沸騰する熱湯のようにくつくつと煮立っているように彼には見えた。オレンジ色の気泡のようなオーラがせわしなく沸き上がり、徐々に体が真っ赤に変色し始めた。

 魔田の部分だけは相変わらず抉り取ったように黒いのでマナを練ることはできていないのではないかと彼は思った。だが、徐々に魔田にも泡が行き届き始めた。

 確かに機能停止させたはずのツボは真っ黒な色から徐々に明るさを取り戻していった。そしてあっという間に魔田を含めた全身が真っ赤に燃えたつように輝いた。

「痛ったい……痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたいいたい!! よくも一発くれてくれたわね!! 許さない、許さない許さない許さない許さない……許さない許さないッッッ絶ッ対許さないわァァァーーーーーーーーーーッッッ!!」

 突然のレイシーの逆上にバウンズ家のベンチは騒然となった。中庭中を揺さぶるような怒号と同時にレイシーは腰のホルダーからワンドを抜き取ってクルクルと回したり、指揮棒のように宙で振ったりして印を刻んだ。

 彼女から溢れ出るマナの勢いは凄まじく、軽い地鳴りが起こり、大気が振動しているような錯覚を受けた。ベンチでさえそれを感じ取れるのだから、ランカースが精神的な重圧に苛まれるのも無理はなかった。

 ようやく自分に活を入れてプレッシャーをはねのけたランカースは迫り来る呪文に向けて備えた。彼はかなり早く姿勢と呼吸を整えたつもりだったが、彼が構えるかどうかといったところで既に呪文が飛んできた。

「荒れ狂う雷神の轟きは激しく流るる水龍の奔流と均し!! 互い、蛇蝎の如く厭忌せしを取りなすは我!! 霹靂へきれき碧玉へきぎょく!! レイヂ・ミルキーウェイズ・ティアーズ!!」

 レイシーが両腕の先の指を突き出すと無数の小さな水滴が発射された。よく見ると水滴一つ一つがスパークし、キラキラと輝いている。ランカースはそれに反応して抜刀し、十数粒ほど弾き飛ばしたが、とてもではないが体に当たる全ての水滴を弾き飛ばせなかった。

 徐々に体の機能が電撃で痺れて麻痺するのを感じながらも彼は粘った。ジャンプすれば一時的に水滴をやり過ごすことは出来ても、下から一気に襲撃されれば足元が留守になるので彼は迂闊に垂直方向の回避をとれずに居た。

 水滴はレイシーの周りを避けつつ、屋敷の壁に反射してどんどん数を増やしていった。この宙を漂う電気を帯びた小さな水滴は互いのベンチの障壁にも衝突し、バチバチと音を立てて障壁を揺らした。

 バウンズ家側のベンチは無数に障壁にぶつかる強力な呪文に蜂の巣をつついたような状況になった。まるでパチンコで打ち出された小石がぶつかるかのように障壁へ次からら次へと水滴がぶつかった。

 ぶつかると同時に水滴は弾けてバリバリと電撃を放った。バウネは目をまんまるにしてガムを破裂させて口の周りにつけたまま驚き、バンディカの治療をしている救護班たちも恐れおののいた。

 アナリストたちは冷静に分析を続けようとはしていたが、予想以上の秘術にパニック状態に陥っていた。

「なんだあの呪文は?!」
「水属性と雷属性のミックス・ジュースだ!!」
「バカな!! 1人で2属性を同時に放つなんて器用なマネが出来るわけがないだろう!!」
「実現できてるのが見えんのか!! おそらく、水滴と混ぜることによって電撃が人体を駆け巡る仕組みなのだ!!」
「どういう事だ!! あの歳にして既に4つは高等上級呪文を使ってるぞ!! バケモノか!!」

 ランカースは更に汗を浮かべながらベンチの混乱を余所に懸命に電流の走る水滴を剣の鞘と刃の両腕を使って弾き続けていた。

 致命的な箇所への直撃はかろうじて全て弾いてきたつもりだったが全身に痺れを感じる。体の血液という血液に電撃が流れているような感触を感じていた。

 言うまでもなく反撃に転じる余裕はなく、防戦一方だった。まだ彼に余力があるのを確認したレイシーはにんまりと笑った。

「あははっ!! この程度じゃまだまだよねぇ!? ふざけた手加減であの一撃を当て身にしたのは大きな間違いだったわね!! な~にが”マギ・パディ”よ!! こちとら何回つっつかれて育ってきたと思ってるわけ!?」
「ば、バカな!! ツボを突かれた場合のリカバリーの訓練を積んできたとでも!? よっぽど過酷な訓練でもしない限りはそんなことは……!!」 

 レイシーは余裕ありげに脇腹をポンポンと叩いた。確かにツボを突くのには成功したようだったが、防御呪文によって打撲などのダメージは負っていないようだった。

 痛みも無さそうで、結果的にランカースの入魂の一撃は防がれてしまった。彼女は両手を広げて肩をすくめるオーバーなジェスチャーを交えてランカースを煽った。

「だ~か~ら~、飽きるほど突っつかれたって言ってるじゃない!! にしても残念ね。なまじ手を抜いたばかりに。その剣で斬りつけていれば多少は変わっていたでしょうに。ワタシを殺す気でかかって来なければ当分の間、再起不能になるか運が悪ければ二度と戦えないようになるでしょうね!! さぁ、お楽しみはこれからよ!! ワタシを退屈させないで頂戴!!」

 レイシーはそう言いながら思いっきりワンドを持った方の手を振り上げた。すると試合会場中に舞う水滴がキラキラと輝きだした。ランカースはそれを弾くのに精一杯で彼女の次の手を妨害することが出来なかった。

 レイシーはワンドをバトンのようにクルクルと回してもてあそんだ。すぐに握り直すと追加詠唱をかけた。

「クラック・ドープン!!」

 宙に浮いている電撃を帯びた水滴は激しく発光して互いに連携し、電流をつなげ合った。そして凄まじい威力の電撃が中庭を埋め尽くした。ランカースはこれに直撃したかと思われた。

 だが、彼は水滴の位置が固定されるのを見過ごさず、これならば水滴は追撃してこないだろうと一瞬の隙をついて真上にジャンプして電撃をなんとか回避した。

 レイシーはこれを見て苦虫を噛み潰したように思いっきり顔をしかめた。すぐに右手にもったワンドを再び天高く掲げて空を仰いだ。彼女は精神を集中して容赦なく次の呪文の準備に入った。

 ランカースは次の呪文の詠唱の隙に再度攻撃をしかけようと思っていたが、こちらはまだ宙に居るし、そもそもレイシーの呪文の繋ぎにはまったく隙はなかった。十数秒、天に掲げた腕を振り下ろしつつ、彼女は詠唱した。

「天から来る灼熱の暴君よ!! 他の神々よりうけた抑制のたがを貫き、猛り狂う衝動によって等しく全てのものをその煌きの元に晒せ!! 炎獄の灼光!! インフェルノ・クラウディ・ブリリアンス!!」

 レイシーの詠唱とともに今度は中庭の上空がまるで蓋をするように橙色の雲に覆われ、まばゆく光りだした。そして中庭にはその隙間から漏れる光が射し込んできた。

 色合いはまるで綺麗な夕暮れのようだったが、差し込む光の強さは非常に強かった。どんどん中庭の気温が上昇していくのがベンチからでもわかる。気づけばベンチ内はもはやサウナのような熱さになっていた。

 湿気はあまり無かったのでサウナというよりは砂漠だろうか。障壁越しのベンチの中でもこうなのだから、試合会場はもっと熱いに違いない。レイシーは涼し気な顔をしているため、ランカースしか熱を受けていないようだ。

 そう時間が経たないうちに、天からキラキラとした陽光のような光が新たに射しこんできた。その光線は地面を高温で焦がしながら、地表を舐めるようにして着地したランカースに迫った。

 高温のせいだろうか、彼は灼熱の陽光を上手くかわすことが出来なかった。だが直撃してからすぐに反射的な回避行動をとったため、彼は左腕を軽く焼いた程度ですんだ。

 それを見ていたレイシーは今まで恐ろしいほどに魔法を回避してきた彼がここに来て魔法の軌道を予測する力が急激に反応が鈍ったのを見逃さなかった。

「……貴方、今はきっと”見えていない”のね? どうせこの眩しさじゃあ色を判別するどころじゃないものね。ま、マグレだったんだけど。ラッキーってとこかしらね。ここからが本番だと思っていたのに……ザ・ン・ネ・ンねッ!!」

 彼女はランカースの実力というか弱点が知れるとなんだか急に興ざめして怒りが引き、まともに戦うのが馬鹿馬鹿しく思えてきていた。確かに相手の俊敏さとトリッキーな攻撃には眼を見張るものがあったが、ともすると小手先だけに思える。

 彼女はこのままあと一発、強烈な呪文を打ち込んで終わりにしようかと考えた。しかし、もはや相手にその価値は無い。やりすぎても後々、面倒なことになると冷め切った感情で判断を下した。

 容赦なく差し込む陽光の強さを上げて、光度を維持しつつ、気温を更につりあげて次の呪文を選んで打ち込んだ。
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