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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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激突! 宇家と羽家の次期当主

 連日の睡眠不足からかレイシーの目の下にクマが出来ているのが家の者からははっきりわかった。ベストコンディションとは言い難かったが、それでも彼女は自信ありげに屋敷の者たちを見下ろした。

 皆、一様に彼女に向けて勝利を確信した期待の眼差しを向けた。レイシーは照れ隠しに3人に背を向けて前に出つつ、手をひらひらと振った。ランカースと向かい合うと彼は皆に聞こえる声で語り始めた。

「私は隠し事が嫌いでして。敵に塩を送る事になりかねませんが、いくつか私の情報を明かしておきます。もちろん全部明かすわけではありませんがね」

 レイシーはこの言動に敏感に反応した。隠していればいいものを、わざわざ伝えてくるとはこちらを見くびって馬鹿にしているのかと思ったのだ。ランカースは無意識ではあるが、レイシーを煽る形になった。

 これは色々な意味で不穏な事になりかねないと屋敷の者達はうっすら危惧し始めていた。しばらく2人は無言で向い合っていたが、ランカースが先に口を開いた。

「レイシェルお嬢様、今、もしかしてお怒りになっていますね? 何か失礼があったらお許し下さい」
「!?」

 彼の予想外の洞察にレイシーは驚いた。驚きよりも感情を見透かされている不快感が上回り、ますますイライラを募らせていった。表情は徐々に険しくなり、ランカースを見上げて睨みつけた。

 彼はその視線も感じ取ったらしく、彼女の苛立ちも把握しているような素振りだった。これ以上、話を長引かせると導火線に火を付けかねないと感じたのかランカースは解説に入った。

「私は確かに盲目です。当然、杖がないと自由な歩行は難しいのです。しかし真っ暗で何も見えないかと言えば、そういうわけではなく物体や生物の発する”マナの色”を感じることが出来るのです。さきほどお嬢様がお怒りになったのは貴女のマナの色が変わったのを読み取ったからです。マギ・テレスコープというマジックアイテムのようなものかと家の者に聞かれますが、私はマナの濃さはわかりません。ですが微妙な色の変化は読み取れますね」

 アレンダはそれを聞いてペンを走らせてデーターリストに追記していった。今までバウンズ家の次期後継者は盲目だという程度の情報しか東部には入ってこなかったので話を聞けるのは貴重な機会であった。

 東部では盲目という噂だけが広まって、軽視されている節があった。だが、これはもしかするととんだダークホースかもしれないとアレンダは緊張した。メモを書き込んでいるとまたランカースが語り始めた。

「私の視界、”マナの色”についてはおわかりになったかと思います。もう一つ、これを明かさないのはやはり卑怯ですので」

 そう言うとランカースは持っていた杖を両手で持ち、胸の前で横向きに持ち上げた。そしてゆっくり右手を引いていくと杖の合間からキラリと刃が光った。

 そのまま鞘と刃の擦り合う音を立てながら、刃が姿を現した。彼が持っていたのはただの杖ではなく、仕込み刀だったのだ。

「ふふふ……バラさなければ不意打ちに使えたのにとでも言いたげな顔の色をしていますね。抜刀するという可能性もありますので、後で卑怯者呼ばわりされるのも家の名誉に関わりますからね。それに、基本的に私は剣を使わないのです。剣術家ではなく半棒術を嗜んでいますので。武家の次期当主が何を言うかと言われそうですが、私は殺生を好みませんしね」

 ランカースは取り出した刃を乾いた金属音を立てて鞘に収めた。今まで注目していなかったが、改めて観察すると杖は普通の突き杖とは少し異なっていた。

 よく見ればそのフォルムは刀のそれであり、実は刀を杖代わりにしていたのだった。きっとレイシー達はまさかこれを物騒な刃のある剣などとは思っていないだろうと彼は思っていた。その状態で戦うのはやはりフェアではないと彼は思い、レイシーにそう伝えたのだった。

「さて、前置きが長くなりましたね。申し訳ない。では、はじめましょうか。バウネ、合図を!!」

 相手のベンチで気だるそうにガムを噛みながらふんぞり返っていた彼女だが、突然に指名を受けて慌てて立ち上がった。彼女は少し考え込んでいるような表情をした。

 それを見てランカースはきっとお嬢様の本名を覚えていないのだなと思った。失礼な態度をとったらまずいなと思っていたが、バウネは特に支障なく事を進めた。

「ん。んじゃ、ウルラディールのお嬢様、対、ランカース様の試合、始めっぞ……いや、始めます。 3・2・1、はじめ~ッ!!」

 ランカースはレイシーの足元が黄緑の草原のように波打つのを感じた。おそらくこれはウルラディール秘伝のグリモアの一つを解読した魔法だ。ランカースは小手調べに突きをレイシーに打ち込んだ。彼女はそれを特に肉体エンチャントする事もなく、軽いサイドステップでかわした。

 避けられたのを確認した直後、空中で杖を一瞬手放し、すぐに逆手に持ち替えたランカースはバックステップを踏みながらぐるりと杖を回転させた。そしてレイシーの背後の完全な死角を狙った。

 ランカースは後ろを向きながら二撃目の突きを放った。このツボを突けば呼吸困難は必至だが、おそらく空振りに終わるだろうと彼は悟った。背中を相手に向けたままの突きというかなりトリッキーな攻撃だ。

 しかし、レイシーは真後ろからしかけられたにも関わらず、ふわりと柔らかな挙動でまたもや横っ飛びで突きをかわした。

「……これが噂に聞く回避魔法"ウィン・ダ・ボイド"ですか。素晴らしいですね。まるで背中に目でもついているかのようだ。しかしどうしたものか、攻撃が当たらないのでは困りましたねぇ……」

 レイシーの発動させているウィン・ダ・ボイドは風属性の上級高等魔法で、体に触れそうになった相手の攻撃や魔法を反射的にかわすという効果を持つ。

 お世辞にも肉体エンチャントが得意とはいえない彼女が今まで戦ってきた中で俊敏な回避行動をとれたのはこの呪文のおかげである。見えない背後からの攻撃や、降り注ぐ矢をかわすなど常人離れした反応も可能だ。

 おまけに展開に詠唱がいらず、すぐに臨戦態勢に入れるのも強みだ。通常は隠されて発動されているので視認する事が出来ず、存在を知ることが出来ない。しかしランカース相手の場合は事情が違った。

 こちらの魔法の特性は読まれていると思ったレイシーは振り向きざまに相手の突きへの応酬を放った。ランカースはレイシーが動くことによって生じるマナの移り変わりと、手中に光る電撃を見逃さなかった。

「煌きの一閃!! ブラズミック・ブレイドッ!!」

振り向きながら雷の刃でランカースめがけて斬りつけた。今度は逆に彼の背中を取ることに成功したが、魔法が当たるすんでのところで彼は宙高くジャンプした。呪文の詠唱速度は一瞬の間だった。

 こちらの様子が気取られてでもいない限り、ブラズミック・ブレイドの回避は出来ないはずだ。これは当たるだろうと思っていたレイシーは驚きつつ上空を見上げて迎撃体制に入った。

「チッ! 背後が見えてるっての!?」
「どうやら、背後を読むというのは貴女の専売特許では無いようですね!!」

 ランカースは空中でひねりを加えながら後ろに跳び、レイシーの頭上を越えて一気に背後に回りこんだ。そのまま落下速度にまかせて杖を振り下ろし、彼女の後頭部を狙った。

 だがそれも彼女の回避魔法の前には無力で、レイシーは軽く前へ跳んで後頭部への攻撃の直撃をかわした。その直後、ランカースは諦めずに前方へ大きく杖を振りぬいた。またもや彼女はこれを横っ飛びでかわしたが、あわや攻撃が当たりそうな距離まで杖が迫った。

「ほほう。読めましたよ。”絶対回避”と名高いウィン・ダ・ボイドとは言え、無敵ではないのですね。特に、貴女との相性はあまりよろしくない。次は当てますよ」

 戦いを観戦していたアレンダは徐々にまずい状況になりつつあると分析していた。ランカースの戦闘能力のメモを追記していく。サユキもあまり芳しくないといった表情で試合会場を見つめていた。

 パルフィーだけは楽天的に捉えているからか、険しい顔をせず手を後頭部で組みながら試合を見物していた。そうしている間にアレンダとサユキは小声であれこれとやりとりをかわした。

「お嬢様のウィン・ダ・ボイドの弱点……。それは攻撃を回避する際に一度にステップ出来る距離が術者自身の跳躍力を上回ることが出来ないという事です。これは大人や肉体エンチャントの出来る者にとってはさほど障害になりませんが、お嬢様の場合は非常に小柄なために広範囲に及ぶ攻撃を避けきれませんね……」

「ええ、それも厄介だけれどもっと厄介な事に、ランカース殿はある程度、魔法の先読みが出来るようね。割と発動速度の早いプラズミック・ブレイドを避けるのは並大抵の反射神経では無理だわ。この点についてはお嬢様も予想はしていたでしょう。しかし、背後の気配まで察知できるとは思っていなかったはず。もしかしてランカース殿は背後の気配も”見えている”のでは……?」

 アレンダとサユキが話していると向かい合った2人の間で再び衝突が起こった。レイシーが先手をとって呪文を詠唱した。背後をとっても攻撃が通らないのはお互い様だと判断した彼女は少し呪文の方向性を変えた。

「猛追の鬼火!! ファントム・レイ・チェイサー!!」

 そう唱えながらレイシーは青白く光る光弾を掌で作り出し、投げつけるように何発もランカースにめがけて打ち込んだ。打ち込まれた光弾はゆらゆらと青い光の尾を引きながらかなりの速度で彼を捉えた。

「くっ!! 出が早い!! さきほどのもだが、詠唱短縮と省略を組み合わせた詠唱圧縮か!! そしてこの光弾は……」

 光弾の発射と同時にランカースは走りだした。全力で肉体エンチャントしているために、何とか光弾に追いつかれずに距離を保っている。全力疾走で走るとあっという間に中庭の端についた。

 ランカースは速度を緩めずに屋敷の壁沿いに曲がりつつ駆け抜けた。一方の光弾はというと屋敷の壁にぶつからずに器用に曲がって彼の後を追った。

(あれだけの詠唱でこの性能!! これらがウルラディール家の秘術!!)

 ランカースは後ろを全く振り向かなかったが、自身が何者かに追われているのはしっかりと理解しているようだった。レイシーは逃げ惑う彼を見て、案外あっけないものだなと高みの見物を始めた。

 ランカースはその油断の気配を見逃さずに、鋭角に曲がりながらレイシーめがけて突っ込んできた。

「何? ワタシに当てようとか考えてるワケ? バカね……」

 レイシーは突っ込んできたランカースを軽いステップでかわした。その直後に彼がすぐ脇を駆け抜けていく。

 彼を追いかけていた光弾がレイシーに迫ったが光弾はゆらゆらと揺れながら軌道をずらして全ての弾がレイシーを避けて行った。ランカースはまたもや追いかけられる形となってしまった。再び壁際に追い込まれた。

「ならばこれなら!!」

 ランカースは壁に足を着くと全力で肉体エンチャントをして何と壁を駆け上がり始めた。壁走りが出来るほど敏捷性の高い魔術師は中々いない。アレンダはこれを見て驚きつつデータを急いで追記した。

 身体能力的にビックリ超人に分類されるパルフィーでさえこれには驚いて目を丸くした。

「うわすっげー!! アタシ数歩しか走れねーや!!」

 驚くウルラディール家の面々を他所に、必至にランカースは壁をまっすぐ駆け上がっていった。彼を追う光弾も彼を見失うことなく壁添いに上昇し始めた。

 彼は垂直方向への揺さぶりをかければ追跡の手が鈍る事を期待していたが、まったくその様子はない。すぐに彼は屋敷の屋上の高さへと近づいて試合会場から出そうになった。

 そこまでひきつけて彼は壁を蹴り、追跡してくる光弾と入れ違いでギリギリにすれ違った。そして中庭めがけて頭から飛び降りた。それを見たレイシーはすぐに右手のひらの指を自分側に軽く握るように曲げて左手を右腕にあてがい、力を込めた。

「ヘイトレッド!! モア・ヘイトレッ・モア!!」

 レイシーが力を込めてそう追加命令するとターゲットを見失いかけていた光弾達は再びランカースに狙いを定めて落下する彼に速度を上げて迫った。光弾の大きさも一回り大きくなり、メラメラと燃え盛るように勢いを増してさながら火球の様に形状を変化させた。

 このままでは地面に着地する前に火球に襲われると彼は確信したが、為す術なく2発の火球を背中に受けてしまった。2発目を受けた直後に地面に接触し、土煙を上げた。

「南無三ッ!! 魔断斬!! スペル・エリミネイト!!」

 その叫び声と共に土煙の中でランカースの刃がキラキラと怪しく輝いて見えた。レイシーは残りの4発の火球が全て斬撃でかき消されたのを察知して舌打ちした。

 土煙が晴れると抜刀したランカースが目を開いた状態で立っていたが、すぐに再び納刀してまぶたを閉じた。彼は強敵相手に戦いを楽しんでいると言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。殺生は嫌いだといいつつ、彼はこういった緊迫感のある戦いはやぶさかではないらしい。

「チッ。そうやって笑ってられるのも今のうちよ。ヘイトレッ!! ヘイトレッド・モア!!エン・モア!!」

 レイシーがそうつぶやくとたちまちランカースの顔が苦痛に歪んだ。彼は先ほど火球を浴びた背中を触った。レイシーからは見えなかったが、相手チームのアナリストたちがざわめいた。ウルラディール側のベンチからもそれは確認できた。

 火球を受けたランカースの背中に紋様が浮きだしてそこから青白い火がくすぶっていたのだ。彼は残り火を手で払いのけたりしているが、その火は不思議と消える事がない。ランカースは思わず少しの間、もがいた。
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