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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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騒奏双槍の戦乙女

 曇天の元、戦闘用にあれこれと細工がされた中庭があらわになった。観客は皆、屋敷の中から中庭の簡易闘技場を見守っていた。

 バウンズ家は次期当主のランカース、選ばれたメンバー2人に加え、3人のアナリスト(分析官)が中庭に用意されたベンチエリアに腰掛けていた。

 当主であるジーベスとその妻は中庭まで出てこなかった。夫人に関しては結局一度も姿を現さなかった。だが、誰もそのことを無愛想だと気にかける者は居なかった。

 会食での様子などからしてあくまで今回の親善試合はランカースが主体となって進めていると迎えられた側は認識していたからだ。

 それに、武家同士の付き合いは貴族のそれと似ているようで微妙に異なる。形式や格式、儀礼を重んじる貴族に対して、武家はそこまで堅苦しくない。

 もちろん武士として礼節を重んじるのは言うまでもない事だが、武家では拳を交えて互いに競うという行為に重きが置かれる。それ故に戦いに水を指すような堅苦しい振る舞いは自然と淘汰されたり、簡略化されていくのだ。

 両家の現当主が積極的に前面に出てこないのもこのしきたりの簡略化に当たる。身も蓋も無い言い方をすれば誰が出席していようがいまいが、親善試合がつつがなく終わればそれで良いという事だ。

 ジーベスや夫人の他にクラリアも姿が見えないが、おそらく両親と一緒にどこかで観戦しているのだろう。ランカースが中庭の中央にいるレイシー達に近づいて話しかけてきた。

「こんな簡素な会場ですまないね。一応、屋内の訓練場もあるのだけれど両家の精鋭が全力でぶつかり合えば我家の訓練場では損壊を免れないんだ。それに恥ずかしながら訓練場は狭い。ならば中庭でやったらどうかと企画したんだ。屋敷の壁にもベンチにも魔法障壁を張っておいたので屋敷が壊れるのを心配して手加減する必要はない。思いっきり戦おうじゃないか」

 レイシー達は頷いて、バウンズ家のベンチエリアの向かい側にあるもう一つのベンチエリアに座った。ベンチエリアは広さに余裕があり、見えない障壁が施されているようだった。

 戦闘のとばっちりを受けることが無いよう設計されているが、どの程度の強度なのかはわからなかった。中庭を挟んで両家が向き合う形となり、徐々に場がピリピリとした空気へと変わっていった。

 基本的に親善試合には審判がつかない。だが武士同士の「武士たるもの常に正々堂々真剣勝負」という思想をもとに試合が行われるため、自ずと公正な試合運びになる。

 ただ、これは何も卑怯な戦法を戒めるルールというわけではなく、あくまで後ろめたい手段を使って勝利することを良しとしないという旨の標語に過ぎない。

「ではまずは一人目の試合を開始しよう。選手は両者揃って中庭の中央へ!!」
「うっし!!」

 ランカースがこちらにも聞こえるように大きな声を出しつつ前に出るようにジェスチャーした。それを聞いたパルフィーはバチンと掌に握りこぶしを打ち付けて立ち上がった。

 さきほどあれだけ大量に料理を食べたにもかかわらず、彼女のウエストはもうほっそりしていた。体に入れたものがどこかで消滅しているのではないかと疑うレベルだ。

 彼女はウルラディール側のベンチを振り向いてニコッっと笑い、親指を立ててサムズアップを決めて尻尾を振りながら堂々と中庭の中央へと出向いていった。

 対する相手はというとU字の二股に分かれた大きな槍を二本両腕に持った女性だった。体の割には非常に大きな槍で、まるで槍が歩いているようだ。

 彼女自身、それなりの身長はあるように見えたが、槍やパルフィーが並ぶとひどく小さく見える。軽々と重量級の槍を扱っているためパワータイプのようだった。

 クルクルっと手に持った暗くて落ち着いた青色の槍を回してウォーミングアップを始めた。槍は二股に分かれた先以外に、反対側の柄の先端も尖っていた。

 パルフィーも演武の型をいくつかとって体を慣らしはじめた。その途端にバウンズ家のアナリスト達がざわめいた。月日輪廻、しかもロンテイルの演武を間近で見られる機会などそうそうあるものではない。

 彼らはパルフィーの挙動をじっくり観察しながら流派の特徴をああだこうだ言い合いながら記録していった。基礎的な型を決め終わったのを見計らったのか、対戦相手が近づいてきた。

 対戦相手も女性で、濃い褐色の肌に真っ白なルージュ、そして青いアイメイクと非常に個性的な容姿をしていた。服装も同様で上半身は露出度の高いキャミソール状の服で下半身はかなり長いロングスカートだった。ガムをクチャクチャと噛みながらパルフィーに向けて声をかけてきた。

「アンタでけーなぁ。しかも白ェし。せっかくいいガタイしてんのにヒヨワに見えんよ? あたいはバウネ。バウネ・クラペッタ。見たとおり槍推しでね。西部の槍使いの中じゃ五本の指に入るとか言われてけっどさ。あんたも修羅場くぐってるならわかっだろうけど、そんな評判なんて全くアテにならないんさ。名家がどうとか言われる事もあっけど、勝負は根性が全て。しまいに根性入ってたほうが勝ツンだよ。アンタの根性、見せてもらうで」

 パッっと見ただけでインパクトとアクの強い強烈なキャラだが、自ずと溢れ出る闘気は実力者のもののそれに違いなかった。パルフィーは相手に不足はないと手をズボンで拭ってから差し出して名乗った。

「アタシはパルフィー!! 根性勝負なら負けないぜ!! 面白い勝負になりそうだな!!」
「ん」

 バウネはコクリと首を縦に振った。そして空中に左手の槍を軽々と放り投げてから左手でパルフィーの手を握り返して握手した。パルフィーは握手を終えると思わず頭上を見上げて槍の行方を追った。

 一方のバウネは投げた槍に目線をやることなく、槍を持ったままの右手を自分の正面の頭上高くに横向きにして掲げた。宙に飛んだ槍は尖った方を下にして落ちてきた。

 そして、彼女の構えた槍のU字部分と落ちてきた槍のU字部分が垂直に噛み合って衝突した。強くぶつかり合った2つの槍は共鳴しながら、ガラスを弾いたような透き通った高音を立てた。

 すぐには音は止まず、槍は反響しながら何度か波のように音程を変化させながら音色を響かせ続けた。レイシー達はその美しい音を聞いてまるで楽器か何かのようだと思った。

 だがパルフィーにはそう聞こえないらしく、槍の衝突と同時に両猫耳を上から押さえつけて耳と目を塞いだ。そのまましばらくは耳から手を離さなかった。

 それを見たサユキとアレンダは見事といえるほどピンポイントに弱点を突いた人選に感心した。同時にアレンダはさらさらとバウネのページに追記事項を記入していった。

「おそらくあれは音叉の材料などに使われるキリルカンテ石を加工した槍ですね。えっと……対戦相手はバウネ・クラペッタ。西部では巨大双槍の使い手として有名です。音波系のエンチャントが出来るという情報は載っていないですね。あ、ちなみにクラペッタ家は名家で、彼女はその家の令嬢で箱入り娘……だそうです。あれでと言ったら失礼ですが……本当ですかね?」

「名家ってのはともかく、箱入り娘なんて情報必要あって? まったく、情報部も力を入れるところを間違っている気がするわね……。豪傑というか、あの良くも悪くもふてぶてしい感じの態度はパルフィーに似ていると言えるかもしれないわね……」

 しばらく2人は無言でバウネを観察していたが、2人ともそのアクの強すぎる風貌から到底良家のお嬢様とは思えなかった。

割と確実な分析に定評のある情報部も時には情報を誤ることもあるのだなぁなどと2人揃って勝手に思っていた。もっとも、情報の誤差は戦闘能力に関してのものでは無かったのでご愛嬌で流せる程度の事ではあったが。

「いくら聴覚が敏感とはいえ、単に大きい音や不快感の高い音ではパルフィーを牽制する事は出来ません。でも”音をエンチャント”できたり、相手の苦手な音程を出せたり、超音波の類が出せる場合は話が違ってきますね。今回の対戦相手は狙って仕掛けているから音のエンチャントが出来る可能性が高いでしょう。おまけに波のように揺れる音程。その中から一番効果の高い音程を探っているはず。どちらか片方なら無視して突破出来るでしょうけど、両方を組み合わされると……」

 アレンダは小難しい表情をして中庭を眺めた。中庭の中央ではバウネとパルフィーが対峙している。ようやく音が治まったからか、パルフィーが片目を開きつつ、耳に当てていた手を耳から離した。

 噛み合った槍を同時に動かして器用に解き、バウネはパルフィーの様子を見ながら槍同士を何度かぶつけあった。少しずつ音程を高くしたり、低くしたりしている。それに対してパルフィーはたまらないとばかりに表情を歪ませて目を思いっきりつむった。

「お? どーしたネコミミ娘。まだ試合、始まってねーんだけど。もしかして、アンタ、ガッコの音楽の成績悪かったっしょ? こんなキレーな音の良さがわからねーようじゃ、たかがしれてるわな」

 バウネは余裕しゃくしゃくといった様子で噛んでいたピンクのガムをふくらませた。このまま試合開始の合図をせず放っておくとバウンズ家側に有利になる悪質な引き伸ばしになりかねない。

 そう判断したランカースは大きな声で2人に向けて叫んだ。両者のベンチが一気に緊迫感に包まれた。

「これよりパルフィー様、対、バウネの試合を開始するッ!! 両者、一旦距離をとってから見合ってー……」

 パルフィーは片目をつむったまま型をとって臨戦態勢に入った。一方のバウネもしなやかに腰をひねりながら双槍の先端を突き出して構えた。

 普通なら不快な音を食らったパルフィーは相手に対して少なからず殺気を放つはずだが、その姿からは全く敵意が感じられなかった。

 まるで、猫が遊びながら獲物をなぶり殺すような気配である。バウネはこれを非常に不気味に、そして不快に思い寒気を感じて警戒した。

「試合開始―ッ!!!!」

 ランカースが叫ぶと同時にパルフィーが一気に前傾姿勢で駆け出した。巨体に似合わない素早い動きに思わずバウネは反射神経的に槍を交差させて守りの姿勢に入った。

「うおっ、はえェぇーーーーーッ!!」
「月海潮ッ!!(げっかいちょう)」

 パルフィーは鋭く切断する蹴り上げを放ち、その軌道が高く頂点に達すると今度は同じようにかかと落としのように蹴り下ろして槍に向けて強烈な二連斬を与えた。

 蹴りはパルフィーの左側から右側へと急な上向きの弧を描いた。その蹴りを槍でモロに食らったバウネはショックでスカートをはためかせながら後ろへ吹っ飛んだ。

 斬撃を受けた槍が大きな音を立てたが、バウネと共に急激に遠ざかっため、パルフィーはさほど音の影響を受けなかった。

「はーい。この音程じゃナーシ。ってか、ムボーな事すんなー。音叉の原料のキリルカンテっしょ? アンタの蹴りはスゲぇけど、さすがにキリルカンテ相手じゃなぁ……」

 パルフィーは驚きに目を見開いた。今までパルフィーが打ち込んできた切断蹴りはほとんどの武器や防具に有効で、程度の差こそあれある程度はダメージを与えることが出来ていた。

 だが、バウネの持つ槍は蹴りを食らった部分が少しくぼんだ程度で損傷が少なかった。彼女は吹っ飛びはしたものの、ほとんどダメージを受けずに態勢を整えた。

「ほれほれ!!」

 不意打ちを食らったが、距離を取ることに成功したバウネは思いっきり槍同士を強打して庭中に響くような音を立てた。あまりの反響音に屋敷の窓ガラスが微振動した。

 今まで綺麗な音色くらいにしか思っていなかったレイシー達だったが、さすがにこれだけ打ち鳴らされれば耳に響く不快な騒音へと変わる。

 バウネはまたもや高い音程から低い音程へと音程を変えながら探るように打ち鳴らしていった。パルフィーはというと槍が打ち鳴らされてからは手が出せずに苦悶の色を浮かべて耳を上から塞いでいた。しかし、耳を塞いでいるにも関わらず音を遮ることはほとんどできていなかった。

「んー、中々弱点を見せんね。もしこらえてるんだとすりゃたいしたモンだよ」

 彼女はそう呟きながら槍同士を騒々しくぶつけながら少しずつパルフィーへと近づいていった。ベンチから観戦していたレイシー達も思わず軽く耳を押さえた。

 パルフィーにいたっては距離が近いこともあり、とうとう頭痛やめまいを感じ始めた。このまま弱点の音程を探られると下手すれば行動不能になると判断したパルフィーは次の動作に移った。再びバウネとの距離を詰めて、技を打ち込んだ。

「針宵押踏夜!!(しんしょう・おうとうや)」

 パルフィーは貫通する蹴りを右足で打ち込みまくった。それに対してバウネはまたもや槍を目の前で交差させ、守りの姿勢に入った。

 やはり槍は恐ろしく強度が高く、いくら蹴っても軽くへこんで表面に小さな凹凸を作る程度だった。しかも槍のサイズからして交差して構えられると、まるで大きな盾を装備しているかのように相手の体がすっぽり覆われ、ダメージを与えられる部位が上手く隠されていた。

「前ばっかに気を取られてるとッ!!」

 続けてパルフィーは流れるような繋ぎで連続技を放った。足の裏の平たい部分で思いっきりバウネを突き飛ばすように蹴り飛ばした。

 一方のバウネは槍を交差させて攻撃自体は防いだが、強烈な蹴りで体が浮き上がった。さきほどの月海潮とは違い、押踏夜は相手を吹き飛ばすことを目的とした技であり、パルフィーの怪力をもってすれば重い槍を2つ持って踏ん張っているバウネをも吹き飛ばす威力があった。

 パルフィーは針宵嵐で相手を防御に集中させた後、すぐに不意を突くように押踏夜に技をつないだ。今回の遠征では初めて放つ連続技だ。連続技が決まったと確かな手応えを感じたパルフィーは駆け出す姿勢をとって追撃の構えをとった。
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