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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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一触即発エンプレス

 そうこうしているうちに一行はレンガ調の大きな屋敷の門の前についた。ウルラディール邸に比べると明らかに小さいがそれでも一般人からすれば住むことが叶わぬほど立派な屋敷ではある。

 屋敷の門番はほろ馬車を一旦止めたが、馬車内部を確認するとすぐに親善試合の一行だとわかったようで、敬礼してから門を開けた。中庭はかなり広く、ほろ馬車が乗り入れても余裕があった。

 一行が馬車から降りるとバウンズ家の召使いや使用人などが左右に並び、まるで花道のように屋敷への道を作った。

 4人がその間を歩いて行くと順々に左右の人達が「いらっしゃいませ」というかけ声と共に深くお辞儀をしていく。長い人の列の間を抜けて屋敷の入口までたどり着くと、バウンズ家の後継者が姿を現した。

 20歳くらいのすらっとして身長の高い黒髪の青年で、なぜか常に目をつむっている。それがにっこり笑っているように見えて、優男風の印象を一行は受けた。

 隣にはレイシェルくらいの歳の少女も立っていた。見るからに元気いっぱいで、笑顔が魅力的な少女だ。まだあどけない顔をしているが、顔立ちは整っていて美人になりそうな雰囲気を醸しだしていた。髪型は編んだ髪を結んでいていかにもお嬢様といったところである。

「ウルラディール家の皆さん、遠路はるばるお越しいただいてありがとうございます。私がバウンズ家次期当主、ランカース・アルファネア・リズ・バウンズです。そして隣にいるのは……」

 そうランカースが言いかけると少女も威勢よく名乗った。

「あたしはその妹、クラリアです。よろしくお願いしますね!!」

 少女は屈託のない満面の笑みを浮かべた。2人の挨拶を受けてサユキがすぐに頭を深く下げてお辞儀した。その様子を見て他の3人も続くように深く頭を下げた。各々が軽く名を名乗って自己紹介するとランカースとクラリアは微笑み返した。

「まぁまぁ、堅苦しいのは抜きにしてフランクにやりましょう。お互いにあまりお行儀よくし過ぎるとせっかく全力でぶつかる事の出来る親善試合の意味がなくなってしまいますからね。楽にしてください」

 それを聞いたパルフィーは真っ先に肩肘張っていた姿勢を崩し、腰に手を当ててラフな仕草になった。

 その時、思わずランカースは笑った。そして横に向けて手を招くと執事がやってきて、杖のような棒を彼に手渡した。それを受け取ったランカースはトントンと地面を棒でつつき始めた。

 レイシェル達は彼が全くまぶたを開けないことからして、もしかして彼は盲目なのではという疑問を抱いていたが、どうやらそれは的中したようだった。思わずサユキが失礼に当たらぬよう慎重に言葉を選んで尋ねてみた。

「ランカース様、貴殿、もしかして目がお見えでは……」
「ん? ああ、これですか。お見苦しいところをお見せしましたね。お察しの通り私は目が見えないのです。厳密に言えば全く見えないということも無いのですが……。例えば先ほど私に質問をしたサユキ殿……でしたか。貴女はそちらの方々の中では2番目に背が高いのでは?」

 ランカースの問いにウルラディール家の面々は驚いた。確かにサユキはパルフィーに次いでメンバーの中では背が高い。見事にランカースはそれを言い当てていた。

 同時に本当に彼は盲目なのだろうかという疑問をサユキ達は抱いた。どうやって彼がこちらの情報を把握しているのかさっぱりわからぬまま各々が考え込んでいるとランカースが口を開いた。

「ハハ……流石に驚きましたか? さきほど、楽にしていいと私が発言した直後にぎこちなく緊張した姿勢を崩して大きく変えた方は一番背の高い方ですね。パルフィー殿……でしたかな? かなり立派な体躯をお持ちのようで」

 そうやって彼はまたもや的確に個人を特定してきた。名指しされたパルフィーはピクッっと耳を揺らしてまた強張った姿勢に戻った。アレンダとサユキは何やら推測をしているようで小声でやりとりをしていた。ランカースはその様子も把握したようで声をかけた。

「いえ、何も私の能力を秘密にしようというわけではありません。ただ、玄関で立ち話するのも如何なものかと思いましてね。おそらくそちらのお2人方は何故このような事が出来るのかおおかた予想がついているようですが、それは親善試合の際に軽く触れましょう。ささ、まずは父上が待っています。当主の間へいらしてください」

 そういうとランカースは先頭を切って当主の間へと歩き出した。床に向けて杖はついているものの、壁や柱には全くぶつかることがない。

 たとえ屋敷の構造を完全に記憶しているとしても目が見えないのならばこれほど柔軟な移動は出来ないとウルラディール家の誰もが思った。

 レイシェル達の各々が考えを巡らせているうちに、当主の間へと通された。レイシェル達はバウンズ家の当主、ジーベスに挨拶してから父、ラルディンから受け取っていた友好の書簡を手渡した。

 既にここにもウルラディールの後継者が泥儡のアーヴェンジェを討ち取ったという話は伝わっていた。話には聞いていたとは言っても、ジーベスは後継者が年端もいかない少女であることを実際に間近で見て驚いている様子だった。

 自分の娘であるクラリアと同年代とは到底思えぬ貫禄、強烈なカリスマ性、そして優雅さをレイシェルは兼ね備えていた。当主への近況報告や世間話、雑談を終えると昼食の時間も近くなり一行は食堂に案内された。

 白いレース入りのテーブルクロスが敷かれた長いテーブルの上には所狭しと多くの料理が山盛りに並んでいた。

 普通ならばその場の人数で食べきれそうにない量だったが、一人だけ規格外の食欲を持つパルフィーがいるため食べ残しの心配は無さそうだった。むしろこの程度では足りないとサユキ達は思った。

「ウルラディール家にはやたらと量を食べるすごい食欲の人がいるって噂になっていてね。なんでも街丸々1つ分の食材を食べつくすとか、つくさないとか。そこまでとはいかないけれど、特別に量を多く用意したんですよ。遠慮無く召し上がってください」

 ダッザニアを発ってから再び野宿でレーション食続きだったパルフィーは瞳を輝かせてにこやかな笑みを浮かべた。そのままだと彼女は今にもどっかりと椅子に座ってムシャムシャと料理を食べ始めそうだ。

 すぐにサユキは軽く肘でパルフィーをつついて牽制した。すると思わずよだれを少し垂らしていたパルフィーは我に帰り、腕でよだれを拭って畏まった態度になった。それを見たランカースはまたもや笑いながら声をかけた。

「ハハハ……何、さきほども言ったように遠慮する事はありません。この後、親善試合も控えている事ですし、心置きなく過ごして頂いてベストを尽くせる状態にしておいてください」

 それを聞いたパルフィーはすぐにでも椅子に座りたさげにしていたが、さすがに他所の屋敷では最低限のマナーを守れと屋敷中の者から口うるさく言われていた。

 そのため、あと少しだとこらえているように見えた。会食に参加するバウンズ家の者達が席に着くとウルラディール家も後に続いて席についた。すると使用人達が目の前の空のグラスに透き通った小麦色の飲み物を注いでいった。

「親善試合がありますので残念ながらお酒は出せませんが、厳選されたラーフの葉で淹れた特製のお茶を用意しました。では、乾杯しましょう。乾杯!!」

 それぞれが向かい側の家の者とグラスをぶつけあって乾杯した。会食が始まると同時にパルフィーが一気にガツガツと料理を食べだした。

 屋敷の者の忠告も虚しく、もはやマナーの悪さを取り繕う事は出来ずに完全に化けの皮が剥がれる形となった。こうなるともう誰にも彼女を止めることは出来ないのでウルラディール家の者達は諦めたようにそれを無視してバウンズ家の者と談笑しながら食事を味わった。

 その間も背後でメイドたちがざわめきながらキッチンと会食場を行き来して料理の確保に追われていた。

 レイシェルが洗練されたテーブルマナーで静かにランチを味わっていると向かい側に座っていたバウンズ家の次女、クラリアが食事もほどほどに声をかけてきた。

 兄も変わっているが妹もどこか変わっていて、来た時から肩にタオルをかけており頻繁に汗を拭っていた。屋敷は適温に保たれているし、彼女は特別太っているわけでもないのだが。

「あたしはクラリア。クラリア・アルファネア・リズ・バウンズっていいます。貴女はなんてお名前だったかしら?」

 レイシェルは目を閉じて口元を拭きながら名乗った後にどうやってめんどうな会話を避けるか考えていた。いつも大人ばかりを相手にしている彼女は同年代との交流が少ない。

 故に中々同年代とは話題が合わずに大抵、軽くあしらって会話を終えてしまう癖がついていた。どうせ同年代と出来る会話なぞたかが知れていると彼女は思っていた。

「……私はレイシェルハウト・エッセンデル・ディン・ウルラディール16世よ」
「ん~、人のことは言えないけれど、長いお名前ですね~。どこがファーストネームなんですか?」
「レイシェルハウトがファーストネーム、エッセンデルが母方のファミリーネーム、ディンがミドルネーム、そしてウルラディールが父方のファミリーネームよ」

 それを聞いたクラリアはタオルで額を拭いながら首をかしげながら軽く唸った。

「う~ん、レイシェルハウトちゃんかぁ。皆からはなんて呼ばれているの?」
「れっ、レイシェルハウトちゃん……?」

 今まで呼ばれたことのない呼び方をされてレイシェルは困惑し、完全にペースを崩された。それに、彼女をレイシェルハウトと呼ぶのは父と爺やだけだったので他人にファーストネームを呼ばれるのは初めてだった。

 軽くあしらうつもりだったが相手が無邪気なだけに余計にやりにくく、逆に足元をすくわれる形となった。

 質問に答えようと自分がどう呼ばれているか思い返したが”レイシェルハウト”、”お嬢様”、”お嬢”くらいしか思い浮かばなかった。その他にはたまに父がレイシェルと縮めて呼ぶこともあった気がするくらいだ。

「ん~、レイシェルハウトちゃんじゃ長いなぁ~。レイシェルちゃんとかでもいいけど、いっそシンプルに”レイシーちゃん”とかでいいんじゃないかなぁ?」
「れ、レイシー……?」

 クラリアの礼儀と身分をを弁えない、良く言えば自由奔放な反応にレイシェルは思わず目を白黒させた。今まで彼女に興味を持って話しかけてきた同じ年代の少年少女は何人か居た。

 だがそのうちの誰もがすぐにレイシェルとの身分の違いを察して距離を置いたため、このように突っ込んだ態度をした者は居なかったからだ。

 その会話に聞き耳を立てていたサユキは内心、レイシェルが怒り出すのではないかとヒヤヒヤした。だがその表情を窺うと怒りというよりは口を半開きにして呆れきった顔をしており、クラリアのペースに完全に乗せられている様に見えた。

 もし自分よりはるか身分の者にこんな態度を取られていたらレイシェルが怒り心頭に発する事は想像に難くない。だが今回のケースでは相手もそれなりの名家であり、クラリアも立派な令嬢だと言える。

 おまけに両家間の交流も兼ねて訪ねているのだから、この程度の事で怒りを爆発させるほどレイシェルは迂闊ではない。そう信じながらサユキは手に汗をにじませながら2人の話の続きを聞いた。
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