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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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▲陰の残留思念

 レイシェル達が夕暮れで薄暗くなった森の街道をピリエー馬車で進んでいる時だった。突如、何者かが馬車の行方を塞いだ。アレンダがコーンを高く吊り上げるとピリエーが足を止めた。

 何が起こったのかとサユキとパルフィーが顔を見合わせた。すると聞き覚えのある男の声が馬車の中にまで響くように聞こえてきた。

「皆さん、お久しぶりです……。泥儡のアーヴェンジェの討伐、お見事でございました」

 サユキが嫌悪感を露わにして顔を歪めつつ声の主の名を叫んだ。

「クレイントスか!! 貴様、なぜここに!!」
「フフフ……いやぁ……こんな素晴らしい”素体”を手に入れる機会をみすみす逃す手はないと思いましてね……ヴァルー山からわざわざ遠出した甲斐があったというものです」
「”素体”!? 貴様、何のことを……まさか!!」

 次の刹那、前方の運転席に居たアレンダがどこからもなく飛んできた弓矢の集中放火を喰らった。彼女は突然の攻撃に為す術もなく攻撃を全身に浴びてだらりと頭と腕を垂れた。

 あまりにも呆気無く、彼女は命を落とした。その様子を見ていた3人は騒然とした。

「アレンダッ!! くっ、このままでは私達もただの的になってしまうわ。パルフィー!! 外に出て応戦するわよ!!」
「わかってる!!」

 サユキはそう言うとパルフィーとともに馬車の外へとレイシェルを置いて飛び出していった。残されたレイシェルに語りかけるようにクレイントスが馬車の前の入口から覗きこみつつ声をかけてきた。

 相変わらずローブの中の表情は相変わらず窺い知ることは出来ない。いや、そもそも顔の肉さえないはずだ。それでも声の調子などから彼の何やら嬉しげな様子が伝わってきた。

「何の素体かって? そりゃアンデッドに決まっているでしょう? あなた方の殺した泥の傀儡の魔女、アーヴェンジェが馬車の外でお待ちですよ……。さぁ、おいでなさい……」

 レイシェルは2人を追うように馬車の外へと身を乗り出した。馬車の後部には確かに殺したはずのドール・エンハンサーズの構成員、峠で戦ったものより小ぶりの泥のゴーレム、そしてアーヴェンジェが待ち受けていた。

「おやぁ、やっとお嬢様の登場かい。よくも氷漬けなんて惨めな殺し方をしてくれたねェ……あたしゃ本当にこのクレイントス様に感謝してるんだよォ……。アンタをなぶり殺しにするチャンスを再び与えてくれたこの御方にねェ!!」

 上半身だけの泥の巨人は地団駄を踏むように左腕の掌で地面をめった打ちにしていた。パルフィーがその下敷きになっているのが目に入った。一方の右手もブンブンと振り回しており、拳の中にはサユキが握り締められていた。

 これほどの手練れである2人があっという間にねじ伏せられてしまっているとはレイシェルにはにわかに信じ難く、現実感が持てなかった。

「ッハ!! ッハッハッハ!! ヒッヒッヒッヒッ!! ヒーーーーーヒヒィ!! クレイントス様!! あなたのお力はなんと素晴らしいのでしょう!! 貴方様のお力をお借りして新たに練り直したこの泥の魔神をもってすれば小賢しかった小娘共もこのザマよ!!」

「ぐっ、お嬢様……き、来てはだ……ぎっ、ぐっ、がああああああ!!」

 サユキの体中あちこちの骨や間接がバキボキと音を立てて折れていくのがはっきりとレイシェルにもわかった。内臓も潰されているからだろうか、力なくだらりと手足をぶら下げて大量に口から吐血している。泥の巨人はその後も容赦なく彼女を万力のように締め上げ続けていった。

 もう一方のパルフィーはうつ伏せの状態から腕をがくがくと震わせながら上体を起こそうとしていたが、まるで釘を打ちつけるように泥の巨人の掌が彼女を叩きつけた。

 決して地面は柔らかくないはずだが、パルフィーは地面にめり込んでいた。たたきつけられる度に血反吐を吐き、苦痛に満ちたうめき声を上げている。

「ぐっ、げほっ、ごほっ……ぐぐっ……」

 またもやパルフィー諦めずにが起き上がろうと両腕に力を入れると今度は泥の巨人は拳を握ってピンポイントで地面を殴りつけた。

 なかなか力尽きないパルフィーに業を煮やした様子でこれでもかと言わんばかりに更に力を込めて連打した。彼女の反応はどんどん薄くなっていき、確実に物言わぬ肉塊と化していく様が見て取れた。

「おやおや、その2人も貴重な素体なのですから、傷をつけるのはほどほどにしておいていただきたいですねぇ……。後で修復するのが大変じゃないですか……」

 クレイントスはそう言いながらほろ馬車の後ろの入り口で立ち尽くしているレイシェルの背中を押して、馬車の外へと誘うように連れ出した。

 レイシェルは惨たらしく屋敷の者が殺されていくのを見ていられず、思わず目を背けた。だが、背後から迫り寄って来たクレイントスが彼女の頭を後ろから抱えて正面に向けさせた。

「おい、お嬢様よぉ……何も恨み苦しみを抱いてるのはアーヴェンジェだけじゃねぇ。見ろよこの体を。穴ぼこだらけだぜ。これじゃまるで蜂の巣か蓮の実みてぇじゃねぇか……。オメェの魔法のおかげだぜ。あの銀色の雨のな。体中の血という血が抜けちまったじゃねぇか……」

そう言いながら山賊がヨロヨロとレイシェルに歩み寄った。頭の天辺から足まで小さな穴だらけでところどころ向こうが透けて見える。

 脳も、心臓も間違いなく貫かれていて、絶対に死んでいるはずなのに山賊は真っ青な顔をしてレイシェルの近くで立ち止まった。力無くゆらゆらと体を揺らしながら残っている片目だけでレイシェルを睨みつけた。

「おめぇはまだマシだろ。見ろよ。俺なんてまるで綺麗に向かれたリンゴの皮だ」

 そう言いながらレイシェルに向けてシュルシュルとヒラヒラした物が近づいてきた。その大部分は赤色で、部分的に肌色が混ざっていた。よく見ると肌色の部分は皮膚で、赤色の部分は肉の赤だった。

 しばらくしてそれは人間がズタズタに切り裂かれた末ものであるとレイシェルは気づいた。こちらに至ってはもはや確かな骨格さえなく、どうやって動いたり喋ったりているかは全くわからなかった。

「あのタツマキ、痛かったぜぇ。一瞬でこのザマよ。あちこちふっとばされちまった。でも俺は肉体に執着したからこんな姿で存在してるってわけだ。にしてもてめぇ、よくもまぁそうも虫を殺すかの様に人を簡単に殺してくれるよな? 殺される側としてはたまったもんじゃねェんだがなァ……」

 レイシェルが殺した構成員達が四方からじわりじわりと集まってにじり寄ってきた。誰一人として五体満足な者はおらず、ズタボロの亡者達がレイシェルを取り囲み、舐めるように視線を送った。

 レイシェルは呪文を詠唱して吹き飛ばしてやろうとしたが、声を出せなかった。各々の構成員が武器を手にとってレイシェルを袋叩きにしようとした時だった。後ろでアーヴェンジェが叫んだ。

「お前ら!! 手出しは無用だよ。ザコはすっこんでな!! リーダーのあたしに殺らせなァッ!!」

 その言葉を聞いてメンバーは渋々道を開けた。こちらにアーヴェンジェがゆっくり歩いてくる。レイシェルは醜い老婆の背後で確かにサユキパルフィーの2人が息絶えているのを確認してまたもや目を背けた。

 それとほぼ同時にアーヴェンジェはレイシェルの首を思いっきり両手で締め上げ始めた。抵抗して魔法を詠唱しようにも声が出ない。やがて締めあげられたレイシェルのつま先は地面から浮いた。

 とても老婆の力とは思えない力でレイシェルを持ち上げ、きつく首を締め上げてくる。たまらずレイシェルはその腕を掴み返して怒り、憎しみ、悔しみ、後悔、悲しみ、苦しみ、困惑の入り混じった悲鳴を上げた。

「うわああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

「お嬢様、お嬢様!! お気を確かに!!」

 レイシェルは全身にじっとりと冷や汗をかきながら跳ね起きる様に上半身を起こした。ふと声をかけてきた誰かがレイシェルの背中をさすってくれているのに気づいた。

 顔を見るとそれは死んだはずのサユキだった。レイシェルは一気に血の気が引いて、思いっきりサユキの手を振り払った。

 レイシェルは馬車の面々を舐めるように観察した。パルフィーもアレンダも寝ていたようだったが、レイシェルの叫びで目を覚ましたようでこちらを見ている。

 彼女はその場の全員が確かに生きていることを確認した。それにクレイントスも、構成員、それに泥の魔神とアーヴェンジェも居なかった。自分が悪夢を見ていたことに気づいて、後味の悪さをぶつけるかのように馬車の床を力一杯ドンと殴りつけた。

「ハァ、ハァッ、ゆ……め……あれは夢……? 何よ!! 毎晩毎晩くだらない夢ばかりだわ!! これで3日目じゃない!!」

 その後も何度もレイシェルは床を殴ったがサユキ以外の2人は何事も無かったかのように再び眠りについた。

 サユキは突っぱねられたのを気にせず、再びレイシェルに近寄って体を擦ったり、汗を拭ったり、水を差し出したりして彼女を介抱し落ち着かせるように務めた。

 毎晩悪夢にうなされてで絶叫するなどという状態は正常な精神状態とは言いがたくはあったが、レイシェル以外の3人は皆、絶叫のような悲鳴を聞きつつもそれがあたかも当たり前であるように振る舞った。それもそのはずで、3人共この悪夢に関して思い当たるフシがあったのだ。

 強力な魔術の使い手が死んだり、リッチーが滅びると必ずと言っていいほど”残留思念”が残る。残留思念とは死んだ人物の抱いていた実体の無い”強い思い”であり、それが生きている者の精神に干渉したりする事が多々あるのだ。

 今回はネガティブ要素の強い残留思念で、アーヴェンジェの怨霊が悪夢を見せるという形をとって影響が現れた。逆のケースもあり、中には能力や呪文を開放させるように働きかける残留思念も存在するらしい。

 つまるところ、サユキ、パルフィー、アレンダは実戦を積み始めてまもなく強力な術者を葬ってきているのでそれらが残していったネガティブの残留思念を既に経験してきているのだ。

 一度精神に巣食った残留思念をすぐに取り除くのは不可能だと言われており、こればかりは時間経過を経て残留思念が抜けて弱まっていくのを待つしか無い。

 レイシェルはようやく落ち着いて、バウンズ家との親善試合を明日に控えて野宿しているところであったという状況を再確認し、安堵した。そして、ゲッソリとした顔をしたまま馬車の壁にもたれかかった。

 このコンディションでは親善試合に影響が出る可能性が高いとサユキは懸念した。その反応を見たからか、レイシェルは目を閉じながら自信ありげに笑った。

「ふふふ……さぞかしバウンズ家の連中は楽しませてくれるんでしょうね? すぐ音を上げるようならわざわざこんな遠くまで出向いてやった意味が無いじゃない……明日はたっぷりと憂さ晴らしさせてもらうわ……」

 サユキはそれを聞いて頷いたが、レイシェルが無理をして強がりを言ってるようにも思えた。

 それでも彼女の笑みからは実力からくる自信が満ち溢れていたし、どんな相手かわからないにも関わらず負ける気がしないという覇気が感じてとれた。さすが名家の跡取り候補というだけはある貫禄だった。

 決して不安が残らないわけではないが、それを見てサユキは問題なく親善試合をやりきれるだろうと思い、レイシェルに再び眠るように促した。

 すっかり気持ちの落ち着いたレイシェルはここ数日、寝不足気味だったせいかすぐに寝息を立て始めた。サユキはレイシェルに優しく微笑みかけながら夜の見張りを続けた。

 翌日、バウンズ家がある西部の町、ティライザに一行は到着した。街の規模はウォルテナよりかなり小さい。戦術的に地の利は無いが小さいなりに強固な城壁が建てられている城塞都市である。

 レイシェルたちのほろ馬車は見張りの立った正面の大門を抜け、都市に入った。四方が壁に囲まれているため、街の作りなどにやや窮屈な印象を受けるがウォルテナがだだっ広いだけで、都市というのは得てしてこういうものである。

 街並みは規則正しく整備されており、設計時点から規則性を持って建物が建設されていったのが初めて訪れてもわかるほどだった。一定間隔で縦に伸びる通路と横に伸びる通路が交差していて、まるで網のように交通網が通っていた。

 この都市もサレヂナ・ストリートのようにバウンズ家から伸びる通りが大きく発展し、一回り広いメインストリートとなっていた。他のピリエー馬車や通行人とすれ違いながら一行は徐々に近づいてくる大きな屋敷へと向かった。

 ティライザとウォルテナとの大きな違いは積雪量だった。ウォルテナは降ってくる雪に対してあちこちにバルネア草を植えて対処している。それに対しティライザは都市の規模が狭いために、城塞に蓋をするように魔法を張っており積雪がほとんど無いのだ。

 ここはそこらに雪が積もっているウォルテナに比べると除雪に対する余計な手間がかからないと言える。ただ、気候制御魔法とまでは行かないのでノットラントの気候の例に漏れず、年がら年中とても寒冷な気候なのだが。
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