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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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●夜遊びを咎めるのは誰?

 満月クラゲの月の12日、学校が焼失してからおよそ半月が経ったが、シリルの大工ギルドが動く気配は全くなく、学校の焼け跡は空き地になっていた。

 たとえ校舎がなくともその気になれば青空の元、授業を行うことも不可能ではなさそうである。しかし、肝心の教師であるレンツが用事で村を離れていたのだ。

 突然にレンツの訃報が届いたかと思えば蘇生したという情報までもが入り混じってルーンティア教会本部はこの件について大混乱していた。そのため、レンツに対し教会本部への召喚指令が下されたのだ。

 ルーンティア教会本部は王都ライネンテの西南方向に位置するセント・モルニティア島という小島に位置している。

 周辺の海域は複雑な潮の満干をしており、朝日とともに島へとつながる地続きの道のような砂浜が出現し、夕方には満潮が始まり、やがて夜には大陸と陸続きではなくなる。

 カルティ・ランツァ・ローレンという太古の城塞都市を本部として活用していて、海からかなり距離のある王都からでも南西の海を見ればこの先端の尖った城のような建物を望む事ができる。

 かつてはルーンティア教も秩序維持のため強大な武力をもっていた時代があったが、その城塞都市はその時の名残なのだ。今となっては自衛が主な目的である神殿守護騎士テンプル・ナイトという最低限の騎士団しか武力を持たないのだが。

 レンツはそのカルティ・ランツァ・ローレンに出向くべく、最寄りの街で最もドラゴン・バッケージ便の近い街、セーシルを目指して徒歩で出かけていったのだ。

 おそらく肉体エンチャントを得意としないレンツの足では王都に着くまで早くとも片道一週間以上はかかることだろう。

 それに加え、本部での報告や始末書などを書いて帰ってくるとなると少なくとも一ヶ月半、下手をすれば二ヶ月程度は帰ってこないことになる。

 事件の後すぐにレンツは出かけていったが、半月経っても全く帰ってこなさそうな雰囲気だった。

 急に学校という日課が無くなってしまった子どもたちは皆退屈そうにしていた。2~3人で集まって遊ぶことはあっても以前のように7人が賑やかに揃うことは無かった。

 たとえ何のことのない低レベルな授業だったとしてもそれが生徒たちに与えている影響は実のところ大きかったのだ。村人皆が学校の再建とレンツの帰還を待ち望んでいた。

 そんな中、アーシェリィーは今日が13歳の誕生日だった。ハンナが家に来てアシェリィの両親とともに祝ってくれた。

 とても楽しい一時を過ごしてあっという間にハンナが帰る時間になり、彼女は帰っていった。学校に通い始めてからは毎年学校のクラスメイトや村人皆から祝われていたので親友の来訪に喜びつつも、今年は少し寂しさを感じていた。

 その日の夜遅く、彼女は家をこっそり抜けだして、いつもライラマを摘んでいる丘へとやってきた。草の上に座るとぼんやりとティラレ月を眺めていた。

 ライネンテで用いられる表裏季獣の表裏はこのティラレ月の色合いによって付けられたと言われている。表の月ではティラレ月が暖色のオレンジ色に輝くが、裏の月は寒色の真っ青に輝く。

 つまり、一定周期で月の色が変化するのだ。今は表の満月クラゲの月なので、月は暖かな色合いである橙の光をほのかに放っていた。

 アシェリィは時々こうやって夜中に家を出ては裏の丘で物思いにふける事があった。夜間は獣が徘徊するとは言われているが、彼女は慣れたもので家の周辺のどこらへんに獣が徘徊するのかを完全に把握していた。

 万が一のために綺麗なライラック色をしたローブも着てきている。語弊があるかもしれないが彼女は"夜遊び常習犯"だったのだ。

 それには全く理由が無いわけではなく、こうして月を見ているとかつて病弱で外出できなかった彼女に会いに来てくれた年上のお姉さんとの思い出が蘇ってくるからだ。

 彼女は必ず夜にやってきて名前さえ名乗らず、一週間程度しか姿を見せなかった。それでも決まってアシェリィの部屋の窓枠に腰掛けて、彼女は楽しそうにたくさん色々な冒険や旅の話をしてくれた。

 だが、月が今日のように暖かな色で光っていたある夜、彼女は突然新たな旅に出る事をアシェリィに告げた。それを聞いたアシェリィは泣いて悲しんだ。

 少女は泣いているアシェリィに背を向けながら「もし、貴女に”勇気”があるなら、世界中を巡ってどちらが多くのお宝を集められるか私と競争しよう。私はいつもアナタと共に……」と言いながら、森の奥へと消えていった。

 それ以来、彼女がアシェリィを訪ねてくる事は二度と無かったが、アシェリィは毎日夜が来るたび彼女の事を思い出さずにはいられないのだった。

 今日はだいぶ長居してしまったかなと立ち上がって尻についた草を払っている時だった。森の中からガサガサと音がしだした。

 今までアシェリィが経験したことが無いほど物音は大きく、広い範囲にわたって丘の脇に生える森が揺れている。かなり大きい物が近づいてくる気配を感じてアシェリィは血の気が引いた。

 この近辺にそんな大きな獣が出るなんて聞いたことがない。今更になって彼女は夜の散歩を後悔したが、もはや後の祭りだと思って絶望に暮れた。

 しかし、森から出てきたのは見覚えのあるシルエットをした大きな狼だった。ヒタヒタとゆっくり歩きながら森から抜けて全身を現し、丘の斜面に半身を起こしたまま座り込んでこちらの方を見つめた。

 えもいわれぬ美しさと迫力を兼ね備えた姿をしている。アシェリィは思わず振り返った。

「えっ……あっ……。お、丘犬様……? な、なんでこんなところに……」

 彼女は恐怖を感じつつ後ずさりした。そして、搾り出すように思わずそう声に出した。しばらくその場を静寂が包んだ。アシェリィは強い危機感を感じて全身に冷や汗をかいていた。すると丘犬から予想外の反応があった。

「夜遊びですか。感心しませんね。……大丈夫ですよ。捕って喰ったりはしません」
「しゃ、喋った!?」

 アシェリィは驚きのあまり腰が抜けそうだった。隣町のシリルでは丘犬が人語を介することはそれなりに知られていた。

 だが、あまり丘犬が訪れることのないアルマ村ではそれを知る者は殆ど居なかった。長老が知っているかどうかというところだろう。

「おや? 驚きましたか? 狼が人の言葉をしゃべるのはおかしな事ですか?」

 アシェリィは狼が人の言葉を話すなんてそんな馬鹿な事があるわけがないだろうと内心思ったが、そんな事を当人の前で口にできるわけもなく、首を思いっきり横に振った。それを見た丘犬は話が早いといった様子で頷き、話を続けた。

「ならいいのですが。本題に入りましょう。まずはアーシェリィー・クレメンツ。13歳の誕生日、おめでとうございます」

 思わぬ人、いや獣からの祝福にアシェリィは度肝を抜かれて口をあんぐり開けたまま、目をパチクリさせた。

 しばらくの間、彼女は混乱して放心状態に陥り、何も言えなかったが、少しして我に返ると頭を軽く左右に振ってから焦りつつも返事を返した。

「あ、ああ……あ、ありがとうございます。で、でも、何で丘犬様は私の誕生日なんぞご存知なんでしょうか……」

 アシェリィが畏まって素朴な疑問を丘犬にすると、丘犬は優しげな目をして天を仰ぎ、ティラレ月を見つめながら語りだした。

「私は普段、こうやって人の前に出て直接、誕生日を祝う事こそありませんが、私はあらゆる人の生死を見ています。どこでいつ誰が産まれたのか、あるいはその逆も……。そう言われてみれば貴女の誕生日を私が知っているのも納得がいくのではないでしょうか?」

 レイシェルは難しげな顔をして、いまいち納得がいかない言った様子だったが今は素直に祝福の言葉を受け取ろうと細かい疑問などは考えないことにした。全身の汗は引いていき、彼女はようやく冷静を取り戻し始めた。

「さてアシェリィ、突然ですがあなたは自分が”エンプ”だと思っていますね? しかしそれは実は間違いなのです。貴女にも確かに魔法は使えるのですよ」

 それを聞いてアシェリィは再び驚いて目を見開いた。そのにわかには信じ難い言葉を聞いて彼女の鼓動は一気に高鳴り、心臓がドキドキと激しく波打つのを感じた。再び取り乱さないようにあくまで落ち着いた態度を装って聞き返した。

「わ、私に魔法が……? ど、どういう事ですか?」

 彼女は緊張と期待が入り混じって無意識のうちに両手を握ってわずかに上下に振って居た。それを見た丘犬は落ち着けと言わんばかりに沈黙の間を開けた。

 自分が熱くなりすぎていた事に気づいて、アシェリィは詰め寄るような姿勢を崩して、立ったまま体の片方に重心を移してリラックスの姿勢をとった。

「いいでしょう。続けますよ。貴女は自力によってマナを体外へ伝導や放出させる事、内部で循環させる事、呪文を発動させることは基本的にできません。ですが、決してマナ自体がないわけではなく、貴女にも他の魔法が使える者と同じようにマナは存在するのです。貴女のような人は世間ではほぼ”エンプ”として扱われますが、実際はその3割程は生命活動以外に自由に使える分の潜在的なマナを有していると言われます」

 アシェリィはそれを聞きながら相槌を打ってはいたが、かといって自分が魔法を使えるようになるという話に関しては半信半疑で、不安要素ばかりがつのっていった。知らず知らずのうちに自然と丘犬を懐疑的な眼差しで見ていた。

「おや? 自分が魔法が使えるなんて信じられないという顔をしていますね。……まぁ生まれてこの方使えたことがないのですから、そう思うのも無理の無いことです。前置きが長くなりましたね。あなたがどうやって魔法を使うかについてですが……さぁ、手を差し出しなさい」

 そういうと丘犬はこちらにゆっくりと歩きながら近づいてきた。敵意がないとはわかっていてものっしのっしと近づく巨体と迫力に思わずアシェリィは腰が引けた。

 背の高さはアシェリィの身長の二倍以上あるだろうか。彼女が恐る恐る両手を差し出すと、丘犬がどこに咥えていたのか、粘土のような物を彼女の掌の上に2つ置いた。

「それは、マジックアイテムの一つ、マナ・コンダクター・ガム。通称”マナガム”です。これは触れているもの同士でマナのやりとりが出来るという代物です。つまり、マナガムを貼り付けて、その部分にマナを集中させれば、他の物質にマナを伝導させる事ができます。こんな物、なんの役に立つのかと思うかもしれませんが色々試してみると面白いでしょう。そしてその一例として今晩は貴女にもう一つ誕生日プレゼントを持ってきました。私の体に括りつけてある板を受け取ってください」

 それを聞いてアシェリィは恐る恐る丘犬の横に回り込んだ。木の板が胴体に紐でくくられていた。丘犬の体の作りからして自身の手で取り付けられたものとは思えない。

 だれが結んだのだろうと疑問に感じつつ、アシェリィは丘犬の体に括りつけてあった紐を解き、板を受け取った。縦の長さはスケートボードほどだが、横幅はだいぶ広いように見える。

「それは、ただの木の板のように見えますが、立派なマナボードです。近頃、街で流行っているものは最新型でマナガムを介さずとも遊ぶことが可能ですが、それは昔流行った旧式のものです。マナガムによって足からボードへと魔力を伝達、供給して動くシステムになっています。靴の裏にマナガムを貼り付けて地面に置いたボードの上に乗ってみなさい。靴程度の厚さなら魔力は遮られないはずです」

 アシェリィはそれを聞いて早速、薄い青い色をした拳よりだいぶ小さい粘着質の2つのガムを両足の靴裏にそれぞれくっつけた。貼り付ける前は柔らかめの粘土のような感触だった。

 マナガムは足の裏につけるとモチモチと鳥もちのような感触に変化した。そのまま、ゆっくりと木の板の上に乗った。不思議と地面の草や泥はマナガムにくっつかなかった。

 板にのった直後、わずかに浮いたような感触があったが、ツルッっと滑るようにアシェリィは仰向けにすっ転んでしまった。

 腰と尻を強打したが、ローブが衝撃を和らげてくれたため、痛みを感じずに済んだ。マナガムとは言っても物理的な粘着力は殆どないようだった。

「マナの制御を実践するのは産まれて始めてでしょう。十中八九うまくいかないと思っていましたが、焦ったり悲観することはありません。ゆっくり乗りこなせるようになればいいのです。マナ使いとしての貴女はまだ産まれたばかりなのですから……」

 丘犬は慈悲に満ちた目でアシェリィが必至にマナボードを制御しようと奮闘しているのをしばらく見つめていた。彼女は満面の笑みを浮かべ、額に大汗を浮かべながらマナを消費するという未知の感覚に感動しているようだった。それを見ていた丘犬が思い出したかのように忠告を付け加えた。

「ああ、そうです。くれぐれも今日の出来事と、私からマナボードを貰ったという事は他の人には秘密にしてください。今回、貴女にマナガムとボードをプレゼントしたのは皆を平等に愛するという私の本来の信条を破る行為なのです。あなたがマナを使えず日々苦しみ、塞ぎこんでいるのを見かねて、やむを得ないと思った末の決断ですので。あとは誰かを傷つけるような使い方もしないと約束してください。……本当はもっと早く渡して上げられればよかったのですが、この約束を守れる年齢になるまでは渡すつもりはありませんでした」

 アシェリィはむやみやたらに人に自慢したりする性格ではないし、マナボードで誰かを傷つけようにもわざと体当たりでもしない限りは問題ないだろうと思った。そのため、この2つに関しては約束して問題ないだろうと思っていたが、心配に思うことがあって聞き返した。

「その約束は必ず守ります。でも、それじゃあこうやって夜にこっそり練習したりする事しかできないんでしょうか?」

 それを聞いた丘犬は心配することは無いといったふうに首を横に振った。獣なのに首を縦横に振って意思を伝えるなんて、なんと人間臭いのだろうとアシェリィは密かに思った。

 だがきっとこういった高位の獣達は人間と感覚に大きな差がないのだろうな、などと思いながら返事に聞き入った。

「いいえ。何の事はありません。『貴女のマナが突如覚醒した』という事にして、自力で使えるようになったフリをして堂々としていればいいのです。そうですね……風属性の能力に目覚めたと言っておけばそれらしく見えるでしょう。そのマナボードは旧式ゆえ、自動マナ吸収機能がなく、マナガムを持っている者しか操縦できません」

 丘犬はそういいながら鼻先でボードとガムの方向を指しながら解説を続けた。アシェリィはというとガムとボードを観察していた。ガムはそれこそ粘土にしか見えないし、ボードに至ってはシリルで流行っていたものとは全く別物と言い切れるほどただの木の板にしか見えなかった。

「昔のブーム時にこの地方まではマナガムは流行らなかったため、ガムについてもバレないでしょう。他人から見れば自力で木の板に魔力を注いで乗りこなしているように見えるはずです。まずは貴女の家の庭から始めて行動範囲を徐々に広げていけばいいかと」

 アシェリィの表情が一気に明るくなったのを見て丘犬は満足気に頷いた。その後も細かい使い方やコツなどを教わりつつ、暫くの間ではあったが丘犬のレッスンは続いた。そうしているうちに月の高さはまもなくてっぺんを迎えようとしていた。それを見た丘犬はアシェリィに声をかけた。

「もうこんな時間ですか。今日はもう家にお帰りなさい。それとこれ以降、くれぐれも夜遊びはやめることですね。懲りずに夜遊びしていたらマナボードとガムは没収です」

 アシェリィは少し口惜しいとばかりに頬をふくらませ、しばらく不満そうにしていたが、丘犬様直々に説得されているわけだし、背に腹は変えられぬとすぐに割りきり、この約束もしっかり守ることにした。

「本音を言えば手取り足取り乗り方を指導してあげたいのですが、やはり貴女だけをえこひいきするわけには行きません。もし、また私に会いたいなら自力でポカプエル湖まで来ることです。マナボードに乗って。まぁまず湖までたどりつけないとは思いますが、一応そう約束しておきましょう。さて、そろそろ時間です。貴女にマナの祝福があらんことを……」

 そうつぶやくと丘犬は元来た道を戻っていってガサガサと音を立てながら雑木林の中に溶けこむように消えていった。アシェリィはそれを見届けると、板を脇にかかえてガムを持ったまま丘を下り、自分の部屋の窓からひっそりと家の中に入った。

 なんだか強烈な疲労感と眠気に襲われてベッドに横になると着替えもせずに彼女はそのまま寝てしまった。
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