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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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名家の後継者たるべき姿

「ちょっと!! アンタ達!! 早く引っ張りだしなさいよ!! うわ臭っ!!」

 後方に吹っ飛んでいったレイシェルはピリエーのふさふさした体にもみくちゃにされながら声を上げた。

 アレンダは確かにレイシェルをキャッチする”人”はいないと言ったが、キャッチ出来ないとは一言も言っていなかった。

 作戦決定直後、レイシェルが飛んで来る頃には彼女の高度はかなり落ちていて横から木に当たるだろうとアレンダは予測していた。

 その対策としてアレンダは持参したピリエーズ・ペーストをレイシェルの落下予測地点付近の木に塗りたくりまくったのだ。

 そしてその香りを嗅ぎつけた大量の野良ピリエーがサユキの背後に殺到し、ワラワラと集まった状態となっていた。馬車を引いていたララとレレも戻ってきていた。

 このピリエーの群れがレイシェルを衝撃と樹木への激突から守ったのだ。彼らはコーンを追う時と同じく、またもや一心不乱といった様子でアレンダ特製ペーストを舐め回していた。

「ちょっと!! ちょっと聞いてるの!? うわっぷ!! アタシを舐めるんじゃないわよ~!!」

 サユキとアレンダは思わず声を上げて笑った。すぐにアレンダがポケットに入っていたおおぶりなコーンの粒をばらまくと、ピリエーはそちらに気を取られてペーストの塗ってあったレイシェルの周りから離れて、今度は落ちているコーンに夢中になった。

「アレンダァ……アンタねぇ、こんなケモノに私のキャッチを委ねたワケ? サユキもうそうだけどアンタらほんっっっとうにありえないわ!! お父様に事細かに今回の件を報告してやるんだから!!」

 レイシェルがそう言って全身の白い毛を払いながら立ち上がった。

 レイシェルは味方に気に食わない言動を取られると「お父様に報告する」と毎度のように宣言していた。

 だが、彼女の父のラルディンは勝利を収めるためには時に荒っぽい手段も辞さないという思想の持ち主なのでレイシェルが毎度のようにあれこれ報告したとしても誰かが事情聴取されたり罰せられることは全くなかった。

 愛娘とて生き残るためには相当、手荒な目にあってもしかたがないと経験則から彼は悟っていた。

 3人で今回の戦いについて反省会を開いていると茂みの中から耳がのぞき、パルフィーが姿をあらわした。片手には氷塊と化したアーヴェンジェが美しい蒼色をたたえて輝いていた。

 パルフィーは掌を上にして片手で持ち上げていたその氷塊を3人の目の前にドサッっと置いた。

「うわ~。冷て~。ほれ。拾ってきたよ。色は綺麗だけどばあさんの氷漬けなんて悪趣味だな~。あ、ちなみに馬車はだめだ。流されて粉々になっちゃったよ」

 サユキとアレンダがパルフィーの活躍を労って声をかけた。彼女は今回のMVPとも言える活躍を見せた。

 アレンダは特にその戦いっぷりに感服していたようだが、サユキとパルフィーから自分の分析の鋭さについて評価されると照れくさそうにはにかんだ。

「ちょっとアンタら、なんで私抜きで盛り上がってんのよ。初の対外戦にしては上出来だったでしょう? かなり多くの敵を蹴散らしたの、見てたでしょ!? アーヴェンジェも私が決め手だったんだから!!」

 それを聞いた3人は揃って含み笑いを浮かべてながらレイシェルを見た。何やら振り返って面白げにこちらを見ている。

 その中でサユキだけはとうとう彼女が自分たちと同じ人を殺める道を歩み始めてしまったことに後ろめたさを感じていた。

 しかしかつての自分のように遅かれ早かれ通る道で、それは仕方のないことだと割りきって気分を切り替えようとレイシェルを茶化した。

「ええ。確かに、初の対外戦にも関わらず立派に見事に戦い抜いてくださいました。ですが、あの叫び声はレディのものとは到底……」
「叫び声と言い、飛んでく様子からしてオタケビ・ムササビみたいだったな」

サユキとパルフィーは痛いところをチクチクつつくようにレイシェルに突っ込みをいれた。それを指摘されたレイシェルは顔を真っ赤にしてつぶやいた。

「あ、あれは……あれは……アンタらねぇ……!!」

 それ以上、つっつくと爆発しそうだったので、サユキが場の空気を読んで戦いの終了を宣言し、その場を締めた。

「我々は歴戦の魔女、泥儡のアーヴェンジェ討伐に成功しました。お嬢様、勝どきを!!」

 レイシェルも打って変わって真剣な表情になって叫んだ。その表情は幼いながら一人前の武士の顔をしていた。

「我らがウルラディール家は我らが望む限り永久に栄えるであろう!! 初代ウルラディール家の当主の名を借りてここに勝利を宣言する!! ヴァッセ!!」
「ヴァッセ!!」「ヴァッセ!!」「ヴァッセ!!」

 レイシェル以外の3人は後を追うように片腕を天高く突き上げて勝どきを上げた。その直後、ワラワラとコーンに群がっているピリエーに今更気づいたパルフィーが声を上げた。

「うわっ。なんでこんなにいるのさ。どれも殆ど真っ白だし、これじゃどれが連れてきたピリエーかわかんないじゃん。こんなに連れてく必要もないし」

 それを聞いたアレンダは殆ど見た目に差のないピリエーから二匹を指さした。

「えっと、あっちがララで、こっちがレレです。この2匹はいいご飯食べてるし、手入れも行き届いてるから野良ピリエーと比べたら毛並みで一目瞭然だと思うんだけどなぁ……」

 アレンダ以外には全くその差が分からず、3人は無言のままそろって首をかしげた。しかし、どうやってこの群れの中から2匹を引っ張りだすのかもわからず、更に3人は考え込んだ。

 するとアレンダが走りだして1体のピリエーの毛を掴んで背中にしがみついた。ピリエーは暴れて抵抗したが、アレンダは器用に振り落とされずに背中までよじ登って騎乗した。

 その後、丁寧に撫ででやるとピエリーは落ち着きを取り戻し、暴れるのをやめた。

「嘘……鞍無しで!? なんて無茶を……」

サユキはひどく驚いたがピエリーの背にまたがったアレンダはニッコリ微笑んでこちらを振り向いた。

「いやぁ、こんなの馴れですよ馴れ。あれ、これサユキ様みたことありませんでしたっけ。演習で鞍なしで乗ったことは何回かありますよ。これでですね、ピリエーはオツムは良くないんですが、仲間意識は割と強くって。だからこうやってレレだけ群れから孤立させると……」

 アレンダの騎乗したピリエーは彼女が投げたコーンの粒を追って群れから離れた。すると、もう一体のピリエーがあとからついてくるように群れから離れた。そのままアレンダのまたがるレレの近くに寄ってきて鼻をすりあわせた。

「この子がララです。確かにさきほどの集団も群れではありましたが、同じ釜の飯を食っている仲間の方を重視する傾向にあるというのはわかっているので、2匹を選別するのはそんなに難しいことではないんですよ。さぁ、早く麓の街に行きましょう」

 アレンダは手綱をララにくくりつけて、レレに騎乗したまま丘を下り始めた。それに続いて一行も丘を下った。

 戦闘を終えた頃には昼時になっていた。馬車が破壊されてしまったため3人は徒歩でダッザニアの街に入った。

 街は峠を越えようとしていた人でごった返していたが、ひときわ目立つ4人組と2匹のピリエー、そして人間の入った氷塊が街に入ってくるのを見てザワザワと集まり始めた。

 人波を割るようにして広いスペースのある街の公園まで歩いた。ここは特に武家の庇護下にはないので文句を言う者もおらず、割と融通がきいた。

 野次馬達は次々とその後をついていったため、公園はいつのまにか旅人や住人で一杯になっていた。

 パルフィーは持っていた氷塊をズシンと地面に放り投げた。一方、サユキはダッザニアで賞金首回収のために待機していたウルラディール家の者からノットラント・ベタの紋章の描かれた大きな旗を受け取り、それを地面に突き立てつつ掲げた。そしてレイシェルが前に出て堂々と語り始めた。

「諸君!! 我はお初にお目にかかるウルラディール家16代目次期当主、『レイシェルハウト・エッセンデル・ディン・ウルラディール16世』である!!」

 そう名乗りを上げただけで公園の人々は大きくざわめいた。大きなどよめきが治まるのを待ってからレイシェルは続けた。

「諸君らも気づいていただろうが、我々は今朝、峠を占拠していた賞金首である無法者、泥儡のアーヴェンジェと交戦し、これを討ち取った!! この氷漬けになって息絶えた老婆がアーヴェンジェ当人である!!」

 野次馬たちは背伸びしたり、肩車したりして氷塊を観察していたが、誰もがその氷塊の中の老婆がアーヴェンジェであると確認した。

 彼女が山賊行為を始めてから活動拠点にしていた街だけあって、この街では広く顔が割れているからだった。

「未だに100年前の内戦を引きずっていた実に未練がましい老婆であった。このような戦に囚われた老人が世を作っていくべきなのだろうか? 否!! 我々のような平和を愛する若き血潮がノットラントを動かしていくべきである!! 我はアーヴェンジェ、すなわち内戦という過去との決別を胸に抱き、ダッザ峠の解放をここに宣言するッ!!」

 レイシェルが手慣れた身振り手振りを交えながらそう宣言した。公園中は突如、彗星の様に現れたニューフェイスに驚きつつもそれを歓迎し、ヒートアップした大歓声がその場を包んだ。

 人々は寒風になびく真紅の髪やそれと同じ色をして威厳を湛えた瞳、そして雪のように白い肌に見惚れた。かなり幼く見えつつも貫禄があり、短いながらインパクトの有る演説に多くの人々がカリスマを感じた。

 市民が一段落して解散し始めるとウルラディール家の使いが敬礼した後、レイシェル達に声をかけてきた。その背後では早くも使用人が二人がかりでアーヴェンジェの氷塊をピリエーのひく馬車に積み込んでいる。

「お嬢様、ご立派でございました。私、いたく感動いたしまして、つい涙が……おっと、失礼しました……。アーヴェンジェの死亡は間違いなく確認いたしました。マナの生体反応が既にありません。万が一という事もありまして我家の戦闘員の随伴の元、このまま賞金首の掲載主であるトラディッショナル派の本部へと、この死体を運搬いたします。なお賞金金額は900万シエールとのことです。たった今、討伐完了の連絡を使い魔で送りましたので数日経たないうちにお嬢様の口座に振り込まれるかと。ご自由にお使いください」

 そういうと再び家の者は敬礼して、アーヴェンジェ輸送の監督をし始めた。

 900万シエールといえば、一般市民が共働きで5年間働き続けた時の収入とほぼ同じだが、レイシェルにとっては誕生日のプレゼントレベルの金額だった。

 それに、自分で買い物が出来ないレイシェルに現金を与えるのは猫に小判と言っても過言ではなかった。当然、一人では銀行からお金を引き落とすこともままならない。

 そのため、レイシェルの口座は側近でもっとも身分の高いサユキに一任されていた。何かの機会につけて振り込まれた現金をサユキはレイシェル向けの高価な装備類やマジックアイテムに当てて、レイシェルの身を守ることのみに資金を傾けてきた。

 その縁の下の力持ち的な努力もあって、今回レイシェルは大した傷を追うこともなく、無事初の対外戦を終えることが出来たのだった。

 そして、この小演説の模様は瞬く間にノットラント全土に伝播した。まだ年端もいかない少女が百戦錬磨かつ2つ名持ちであるアーヴェンジェを討ち取った事に誰もが驚き、武家の間にも衝撃が走った。

 事態はラルディンの思惑通りに展開していった。さすがにはるか格上の魔術師を潰したとあらば「ウルラディールの跡取りは所詮女子である」と馬鹿にすることが誰にも出来なくなっていたからだ。

 レイシェル達はダッザニアで市民たちの手厚い歓迎を受けて、2日ほど滞在していた。スムーズに新しい馬車の調達が出来て、峠の応急整備も早めに終わった。

 ダッザニアの食糧という食糧を食い尽くしてから、再びピリエーに馬車を引かせてレイシェル達はダッザニアを発った。

 ダッザ峠は中腹よりだいぶ下のあたりまで削られており、軽く坂を登るとマッディ・ゴーレムの陣取っていた山の頂上の跡地が広大な平地と化していた。

 これはもはや峠ではなく、小さい丘である。レイシェル達を乗せた馬車は泥儡の魔女の墓標の上を踏みにじるようにしてバウンズ家の屋敷に向けて進んでいった。
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