挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

54/181

こんな呪文で死ぬならば

 サユキが思いついたのがアレンダを投げて前線から離脱させるというこの作戦というわけだ。

 見る見るアレンダの悲鳴は小さくなっていき、丘の向こう側へと消えた。動力源の無くなったほろ馬車は峠の中腹に放置される形となった。

 残されたパルフィーとレイシェルは馬車の外に殺気を感じ取った。その殺伐とした雰囲気を心地良く思ったらしく、レイシェルが待ちきれないといった様子でつぶやいた。

「今度こそ本当のメン・ハントね。でいらいだかなんだか知らないけど、そんな下衆の首なんてあっさり討ち取ってやるわ……」

 サユキはというと丘の上で目をつぶって精神を研ぎ澄ませていた。

 中腹の強い気配から別の気配が飛んでくるのを感じてすぐに目を開け、感じ取った飛来物の落下予測地点を割り出してそこへめがけて走った。

 滅多には使わないが、肉体をフルエンチャントして障害物を避けながら高速で駆け抜ける。

 飛んできたアレンダが木にでもぶつかると厄介だと思い、サユキは優雅に和服をはためかせながら高く宙に跳んだ。

 空中で前向きから姿勢を翻し、そのまま飛んできたアレンダをお姫様抱っこの形で上手くキャッチした。

 その後、樹木を回避しながら音も立てずに静かに雪上に着地した。恐怖のあまり、目を閉じてガクガクと震えているアレンダに声をかける。

「……ンダ!! アレンダ!! しっかりしなさい。峠中腹からの離脱は成功よ。いいわね、今朝打ち合わせしたとおり、敵の動きを分析するのよ。さぁ、このマギ・テレスコープで!!」

 サユキはまたもやどこに仕舞ってあったのかわからないマジックアイテムを取り出し、未だに目を閉じているアレンダの手に握らせた。

 その直後、サユキは振り返った。ダッザ峠の方から複数の気配が近寄ってくるのが感じ取れたからだ。目を閉じて精神を集中すると人間とはまた違った波長の何かが5~6体近づいてくる。

「来たわね泥木偶共。アレンダ!! アレンダ!! いい?聞こえているわね? これからは息を殺すのよ。急な動きや、荒れた呼吸をしていては駄目。まずは息を整えなさい」

 アレンダは我に返って目を見開き、かすかに頷き、深呼吸しはじめた。呼吸が穏やかになっていくのを確認したサユキが呪文の詠唱を始めた。

「我、八足魚の如き姿を倣おうとすべし者也。我が魔によって我を取り巻く森羅万象へと呼びかける。我の姿、常に汝らと共に有らん、と。 八足模擬の術!!」

 サユキがそう唱え終わると彼女とアレンダは丘の表面の雪の色や、立木の茶色に溶け込んだ。

 アレンダは思わず自分の掌を見た。単なる迷彩色というよりは完全に溶け込んでいるように見える。ゆっくり手を動かすと手の色が背景と同じ色に移り変わっていく。

 その様子を観察していてアレンダはすぐにミミクリー・サラウンディングスと同じタイプの擬態魔法だと悟った。

(いいわね、ここは丘のてっぺんから少し下に下った峠の反対側よ。今、数体の泥人形が私達を狙って接近してきているわ。お嬢様たちの援護と、敵の分析のためにまずは丘の頂上を目指しましょう。忍び足で進めば敵に察知されないはずよ。さぁ、行くわよ!!)

 サユキは慣れた足取りでそろり、そろりと前進し始めた。完璧に息を殺していて、なおかつ素早い。すぐに距離が開いたため、後ろを振り返って彼女はアレンダをフォローした。

(これほど速く前進しなくていいわ。今のは発見ギリギリレベルの動き。これの7割くらいの速度を意識して歩いて頂戴。私と付かず離れずの速度で歩けばちょうどいいはずよ。注意して欲しいのはできるだけ私の真後ろを歩くこと。いくら擬態しているとはいえ、広がって歩けば発見される確率も二倍に上がるわ)

 そう言うサユキの姿は背景に溶け込んでいてほとんど見えなかったが時折、擬態した部分にノイズやひずみのようなものが生じるため、だいたいどこにいるのかがわかった。

 だがそれは近距離でかつ居場所がわかっているから認識できるわけであって、注意点さえ守れば敵に発見されることはまずないとアレンダは分析し、慎重に歩みを進めた。

 レイシェルとパルフィーは奇襲を受けてほろ馬車ごと攻撃されるのを防ぐため、敵を迎撃すべく一気に馬車の外へと躍り出た。

 峠の道はなだらかで広く、戦闘する地形としてはまずまずのコンディションだった。すぐにパルフィーが耳のイヤリングに向けて報告した。

「こちらパルフィー。馬車外で応戦開始。敵総戦力は不明。弓兵有り。とりあえず片っ端から殲滅してみる」
「わかったわ。おそらくアレンダの落下地点であるこちらにも泥人形が差し向けられるでしょう。これ以降の通信は小声でする事。いいわね」
「了解」

 サユキとパルフィーはイヤリングを介して状況報告をし合った。サユキがこのイヤリングをパルフィーに託したのは理由がある。

 レイシェルは戦いにのめり込むと頭に血が上って作戦どころではなくなってしまうのだ。そのため、レイシェルに現状報告や通信をやらせるのは無茶と言える。

 それに対し、一見して思慮の浅いように思えるパルフィーは意外と戦闘に関しては狡猾で、現状分析や咄嗟の判断力が高い。

 そうこうしているうちに、二人の頭上から雨のように大量の矢が降ってきた。

 パルフィーは持ち前の運動神経で前後左右へとステップを踏み、まるで踊るようにこれを華麗に回避した。

 運動神経がいいようには見えないレイシェルだが、彼女も全く無駄のない動きでひらりひらりと矢の雨を回避した。

 二人とも紙一重で矢を回避したように見えたがまだだいぶ余裕があった。

 矢の攻撃がやんで気づくと周りを山賊たちに囲まれていた。今度こそ正真正銘、ドール・エンハンサーズの構成員だ。

 パルフィーには目もくれずに、レイシェルを取り囲んで各々の武器で斬りつけた。

 レイシェルは正面から突っ込んできた2人の山賊の攻撃をふわりと浮くようなサイドステップであっさりとかわした。

 その直後、彼女の完全な死角である背後から山賊が剣を片手に突撃してきた。それを見ていたパルフィーは特に声をかけるでもなく、彼女の周りに集まり始めた山賊と見合っていた。

レイシェルは黙ったまま突進してきた背後からの賊の突きをひと目も見ること無く、まるで背中に目が付いているようにふわりと横っ飛びしてかわした。

 どうみても確実に剣が刺さるはずの状況だっただけに山賊たちは驚いた。さらに追加の矢が飛んできたが、彼女はそれも難なく回避していく。

 いくらなんでも攻撃を避け過ぎだと彼女を狙う全員が思った。

「……何? この程度でドール・エンハンサーズとか名乗っちゃってるワケ? とんでもないお笑い草ね……」

 今日の彼女は前回の野狩りの時のように怒り狂っておらず、だいぶ冷静に思えた。初めての実戦でむしろ機嫌がいいようにも見える。

 だが、パルフィーはレイシェルがイラつき始めたのを確かに感じ取り、戦闘態勢を解いてすぐに迅速な対応が取れるような姿勢へと切り替えた。

「雑魚はとっとと目の前から消えるといいわ!! 私が戦いたいのはもっと腕の立つ奴よ!! 死にたくなかったら今すぐ尻尾を巻いて逃げることね!!」

 その宣告を聞いて周囲の山賊は言葉を失って立ち尽くした。だが、いまさら逃げ出そうという者はおらず、誰も臨戦態勢を崩さなかった。

「馬鹿な奴ら!! そんなに死にたいワケ!? つくづく救えない奴らだわ!!」

 そう言い放つとレイシェルは片手を銀色に輝かせ始めた。襲い来る山賊や矢をよけつつ、呪文を唱え始めた。それを見ていたパルフィーは猛ダッシュでレイシェルに近づいて、彼女にピッタリと体を密着させた。

「フン。来たわね。行くわよ!! 白銀の騒雨!! オージェンタイン・スコール!!」

 レイシェルは片手で光っていた光の塊を頭上に向けて放り投げた。

 上空で「ギンッ」っという鈍い金属音のような音がしたかと思うとキラキラと光る無数の光の筋が上向きに弧を描いてから地上めがけて暴雨の様に降り注いだ。

 その”豪雨”は周囲の山賊たちの体をグサグサと貫通して風穴を開けて四方八方に散った。

 地面に着弾しても勢いを殺すこと無く、雫は弾けて高くバウンドし、山賊たちに逃げる隙を与えずに追い打ちをかけた。

 山賊たちは張り裂けるような悲鳴を上げながら痛みに悶えて転げ回った。峠の斜面を転がり落ちていく者も居た。

 レイシェルの呪文詠唱と同時にその場は一瞬で阿鼻叫喚の様相を呈した。その様子をみて、彼女は血沸き肉踊り、たまらないといった感じで武者震いしていた。

 さきほど放った呪文は術者を包むように散る攻撃範囲をしているため、術者自身には雨が当たらないような構造になっている。

 故に、術者と密着していれば白銀の豪雨は当たらないのだが、パルフィーのように仲間同士が意識して密着でもしない限りはまずこの死角に潜り込む事はできない。

 雨が降り注いでいる間は外部からの攻撃は通らないので周りへの被害を考慮しなければ攻防一体の非常に優秀な呪文であると言える。

「ふ~~~っ。相変わらずお嬢は容赦ないな。アタシだってこんなんに巻き込まれたらただじゃすまないっての」

 パルフィーがやれやれと言った感じで肩をすくめた。彼女と背中というか腰をくっつけあったままのレイシェルが横目でパルフィーの方を見て言い放った。

「何言ってるのよ。これくらい避けてもらわないと困るわ。こんな呪文に巻き込まれて死ぬなら所詮その程度の実力だったてコト。どのみち死ぬ運命だわ」

 ドライな態度でパルフィーにそう言い放つレイシェルを見て、やはり戦闘態勢を解いておいて正解だったなと彼女は思った。

 レイシェルは仲間を顧みない射程や効果範囲をもつ呪文を何の予告も無しに唱える事がしばしばあった。これに巻き込まれないためには彼女が発する”殺気”に敏感である必要がある。

 パルフィーやサユキなどは殺気を読むセンスに長けているので、突然の呪文にも反応することが出来るが、そのあたりに鈍感な者はレイシェルの攻撃に巻き込まれてしまう。

 確かにレイシェルは絶大な火力を持つが、扱いに難があるのだ。冷静な状態であっても味方を巻き込む呪文を唱えかねないところに彼女の危うい本質が見てとれる。

 よって彼女といつも組まされるのは殺気を巧みに感じられる者や、発動確認後でもすぐさま呪文を回避できる俊敏な者に限られてくる。

 彼女の呪文に耐え切れる者も選択肢には上がるが、一度直撃を受ければたとえ重装備であってもダメージ量は耐久力の半分以上をごっそりと削っていく。

 そのため、レイシェルを含む場合は必然的に軽装備のチームになる傾向があった。

「そんな事より、今の呪文で周囲に居たザコを10人弱くらい殺ったつもりだったけど、半分は手応えが無かったわ。多分、これが噂に聞く泥人形ね」

 二人の視界には数人のドール・エンハンサーズ構成員の死体が血を流して転がっていたが、それ以外にドロドロに溶けた泥の塊が幾つか地面にあるのを確認することができた。

 レイシェルとパルフィーは背中を離し、再びそれぞれ戦闘態勢に入った。

 すると、地面から人の腕の形をした泥の塊が這い上がるようにして地上に姿を表した。溶けてダウンしていた泥の塊も再び人間の形に姿を戻し始めた。

「お嬢、まだ弓兵が上に残ってる。 アタシは近くの泥人間を撃破していくからお嬢は崖の上の連中を狙ってよ」
「わかってるわよ!! 私に指図するんじゃないわ!!」

 レイシェルはヒステリックに声を荒らげて次の呪文を唱えた。

「細断の颶風!! リッパーズ・トーネードー!!」

 蛇行して登っていく構造の峠の一段上に陣取っている弓兵達へと地面から巻き上がった旋風が襲いかかった。

 山の持つ土属性と風属性の呪文が強く反発して呪文の威力が跳ね上がり、山は大気の振動でぐらぐらと揺れた。

 レイシェルもパルフィーもまるで地震の様に足元の山が揺れているのを感じた。

 旋風はものすごい勢いで敵を巻き上げ、人間か人外かの区別なしに粉々に切り刻みながら空高く吹き飛ばしていった。

「ほいじゃ、アタシもッ!! 突明衝!!(とつみょうしょう)」

 パルフィーは両手の腕を曲げて両手の掌を額に重ねた。そのまま思いっき入り地面を蹴って人の姿をした泥人形向けて突っ込んだ。

 距離を詰めたあと、全力で掌を前に押し出してそれを泥人形に叩き込んだ。

 これを喰らった泥人形は全身に強烈な振動と衝撃ダメージを受け、「ベチャベチャッ」という鈍い音を立てながら内側から爆散した。

 打ち込んだ相手を撃破したのを確認するとパルフィーは再び額の前に掌を構え、体をひねりながら次のターゲット向けて突進していった。

 同じように攻撃を喰らった泥人形もまた飛び散った。とりあえず難なく二体倒したが、まだ数体蠢いている。

 これではらちが明かないとパルフィーは繰り出す技を切り替えた。

「轍圧闇!! (てつあつあん)」

 連撃は更に続いた。高くジャンプしつつ、空中で体を捻り方向転換し、側転と前転、バク転を繰り返してクルクルと車輪のような華麗な軌道を描きながら残りの泥人形を片っ端から落下の勢いにまかせてひねりを加えつつ踏みつけていった。

 基本的にパルフィーの脚技は打撃の効果を持たないが、思いっきり踏みつければ話は別である。

 つま先による貫通、かかとによる切断、そしてアレンダの知らなかった足の裏や膝による衝撃、衝撃伝達と実のところ彼女の脚技は3種類の効果を持っていた。ただし、拳のほうが威力は高いので使い分けが重要となる。

 キレのある踏みつけを頭から喰らった泥人形は耐久力を遥かに上回るダメージを受け、次々と爆ぜていった。

 二人はあっという間に周囲の山賊や泥人形をねじ伏せた。だが、尽きること無く新しい泥人形が地面から這い出してくる。

 突然に一体の泥人形が老婆の形に変形し喋り始めた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ