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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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ショッピングはいつもマスカレイド

 衣装室ではサユキが着付けを行っていた。サユキはレイシェルのドレスを脱がした後、座ったままのレイシェルに紺色の長ズボンを履かせて、サスペンダーを両肩にかけた。

 上着も紺色で統一してあり、ブレザーを上半身に着せた。ツインテールを解き、長い後ろ髪を後頭部でお団子状にしてつばの深い男子向けの帽子をその上にかぶせた。更に顔には暗い色のサングラスをかけた。

 まだレイシェルは武家にとっての公式デビューとなる初陣を踏んでいないため、街人にその容姿は知られていなかった。

 だが、万が一の時のために外出時はこうやって男装した上であちこち隠すのだ。彼女はいい意味でも悪い意味でもかなり存在感のあるルックスをしているので、派手な赤い髪や瞳は隠しておくに越したことはない。

 着付けを終えたサユキは自身も着替えを始めた。サユキもサユキでエキゾチックな和服やお団子頭など独特の風貌しているため、外出時は洋服に着替え、髪型も変えるようにしている。

 彼女は何度も演習や模擬合戦などで活躍しているのでウルラディール家の中でも屈指の人気を誇る。

 特に男性からの支持は厚い。落ち着きがあり、主君に尽くすというイメージからお嫁さんにしたい女性No1の地位を揺るがないものにしている。

 侍女兼、乳母ということで、経歴だけしか知らない人からは三十路あたりの年齢だろうと思われている。

 だが彼女がレイシェルの面倒を見始めたのは彼女が弱冠15歳の時であった。そのため、彼女はまだ22歳である。歳の割には包容力のある、もの柔らかな性格をしており、クセのある武家の面々の間のクッション役をこなすことが多い。

 彼女も容姿が街人に知られているため、何らかの変装を必要とする。そういう時、決まって彼女は髪を下ろし、おさげを結ってメガネをかける。

 こうすると普段の彼女の凛とした雰囲気とはかけ離れた奥手であどけなく垢抜けない少女のような風貌になるからだ。

「っ…………まったく、いつ着てもこの”すかぁと”というのは着なれません。…………スースーしますわ……」

 ロングスカートの裾を掴んでヒラヒラと振りながらサユキはそうぼやいた。二人の準備が整ったので、さっそく正面玄関を抜け、ウォルテナの街に繰り出した。

 途中、パルフィーを全く見かけなかったので今頃、使用人達にこってりしぼられている頃だろうと二人は思った。

 パルフィーもパルフィーで非常に目立つ。人混みで歩けば真っ先に見つかるし、隠れるにしても大きなスペースを必要とする。

 パルフィーもまたサユキと同じく演習や模擬合戦で暴れまわっているので広く顔や見た目が知られている。

 そのため、変装が最も難しい……と思われがちだが、厚手のプレートアーマーを着せ、大剣でも背負わせれば割と自然に街中に溶けこむことが出来る。

 だが、実際のところ、わざわざ全身鎧のプレートアーマーを着せて偽装する必要はなかった。深い帽子をかぶったりして顔と尻尾か耳のどちらかを隠せばネコタイプかタヌキタイプの亜人として認識されるためだ。

 ネコの耳とタヌキの耳が同時に生えていなければロンテイルと特定することは不可能なのだ。

 とはいえ、彼女は3人の中でも特に素性を隠す必要があった。ロンテイルは絶滅したはずの幻の亜人と呼ばれるほど珍しい。

 初陣で大衆の前に姿を現した時はロンテイルが未だ絶滅せず存在していると国内に衝撃が走った程だ。うっかり研究者やハンターなどのその分野の詳しい人達に見つかると厄介事を避けるのは難しい。

 ウォルテナでは割と亜人に寛容だが、パルフィーが外出するときは単独でなく、いつも誰かしらの付き人がつくことになっている。

 これは主にサユキの役目なのだが。出かける際には必ずパルフィーに首輪をつけて、紐でつないで行動する事になっていた。

 パルフィーは種族の特性なのか個体の特性なのかわからないが、酷く方向音痴なのである。

 優れた鋭い嗅覚を持っており、染み付いた臭いで道などを判別しているらしい。

 屋敷の周りは知っている臭いが何度もつけられているので、はぐれても迷うこと無く屋敷に戻ってくる事が可能だが、都市などで一人迷子になると自力での合流はまず絶望的といった有様だ。

 いくら嗅覚が鋭いとはいえ、人通りの多い街中では他人の臭いが邪魔をして知っている臭いを追跡する事は出来ない。

 首輪にはもうひとつの意味があり、街人に恐怖感を与えないためという面もある。あんなに体の大きい亜人が街中を歩いていたら誰でもビックリするものである。

 そこで、首輪をつけることってその亜人が人間の管理、支配下におかれていて、ペットや奴隷としてしっかり制御されているというアピールをするのだ。

 パルフィーはその扱われ方をあまり快く思っていないようだが、道に迷って帰れなくなったり、厄介事に巻き込まれるのはもっと面倒なことなので渋々と自主的に首輪をつけるようにしている。

 ウルラディール家の使用人達の一部が彼女をペット扱いしているのはこういった点が大きく影響していると言えた。

 二人は雪が降り続くサレヂナ・ストリートを歩いていた。こう雪ばかり降っていると2~3m程まで積雪するように思えるが、ノットラントの気候には降雪日を挟んで必ず晴れ間が差す日があるために、積雪はいつも一定の深さに達してとどまる事が多い。

 それでも歩くのには邪魔なので、雪かきを行っている家もあるがこれは割と原始的な手段だ。

 サレヂナ・ストリートには雪を溶かす事を主眼としたバルネア草がそこらに植えてあり、ほとんど雪が積もっていない。家畜の飼料としても使われるが、それはあくまで副次的な用途にすぎない。

 ウルラディール家の庭にも植えてあり、通路などの頻繁に移動する箇所には雪がほとんど積もっていない。

 バルネア草はナーゼン・B・バルネアという大昔の植物研究家が品種改良を行って完成させた人工の多年草である。

 ナーゼンは他にも食用を含めた優秀な改良品種を多数生み出しており、栄穣えいじょうのナーゼンという二つ名を持つ伝説とも言える植物研究家だ。

 ノットラントではナーゼンの名を知らないものはいない。ライネンテでもモッチ麦の3段階目の改良種を広めたとされており、ノットラントの人物ながらかなりの知名度を持つ。農業と魔術をかけ合わせることに挑戦したパイオニアだ。

 二人は寒風にそよぐバルネア草を脇目に見ながら目的の店を目指した。準備をするとは言ったものの、買うものは毎回だいたい同じものと決まっているので、二人は目的の店をまっすぐ目指した。

 どの店もサレヂナ・ストリートに面しているため、屋敷から真っすぐ歩けばどの店にも寄ることができる。

 まず、二人はミリタリーグッズの店、「漢の浪漫」に入った。ここはライネンテやラマダンザなどの海外の軍隊で使用されている道具類や装備、マジックアイテムなどを輸入している店だ。

 一応ノットラントで使われているものも扱ってはいるが、武家の使う諸々の道具は家によってかなり異なるため、共通の必需品や装備があまり無いのだ。そのため、自然と品揃えは海外の軍隊の支給品に絞られてくる。

 実際、今回メンバーに選ばれた面々は皆、この店に売っているアイテムのほとんどを必要とはしていない。

 身を守る装備などは屋敷が特注しているエンチャントされたり、ブレス(祝福)をかけられた物のほうが遥かに耐久力が高い。

 道具類も似たような能力を持ったマジックアイテムが揃っているので必要がない。マジックアイテムに関しては言うまでもないといったところだ。

 それなのに彼女たちがわざわざここを訪れた理由、それは「ライネンテ海軍のレーション」を買うためだけである。

 ライネンテでは食材店や雑貨品店にもこの応急食糧は流通しているのだが、ノットラントでは限られた店しか入荷してない。それがこのミリタリーショップというわけだ。

 このレーションは味こそ最悪なものの、日持ちする上に少量かじるだけでも満腹感を得られるという非常に優秀な食料だ。

 栄養分も申し分なく、生命機能維持のバイタリティガンや人体のマナ生成を促すΩ-マナリンバウムが配合されている。値段は高めだが、冒険者必携のマジックアイテムである。

 だがレイシェルもサユキもこんなマズいレーションを食べる気は毛頭なかった。無論、緊急時には食べることになるだろうが、今回の外出ではまず食べる事はないと断言できた。

 これは全て、パルフィーの分である。彼女は怪力を始めとした凄まじい戦闘能力を有しているが、気を使ってやらないと空腹でダウンしてしまうほど腹持ちが悪い。言うまでもなく、彼女の食費は法外に高額となる。

 もし、普通のレストランなどで食事をすれば店の在庫の食材が尽きるほど料理を食べ尽くしてしまうことだろう。

 それにともなってかかる多額の食費はウルラディール家にとっては大したことはない。しかし、やはりこれも目立つのだ。

 村の食糧状況は旅人にとって重要な情報なため、頻繁にやりとりされる。そのため、どこを自分たちが移動しているか筒抜けになってしまうのだ。

 一応、リカー・コリッキ輸送のほろ馬車を装って奇襲をかけるという作戦があるため、そんな調子では奇襲にならない。

 サユキは少しだけパルフィーを気の毒に思ったが、それもやむなしだろうと割り切った。買ったレーションをサユキが腋に挟んで2箱抱えた。少し大きな箱ではあるが中身は特に重いものでもないので難なく持ち運べた。

 次に二人が来たのは宝石店「ジュエル・デザートからの贈り物」だ。中には色とりどりのクリスタル、オーブ、ジェムなど珍しい鉱石や貴金属が並べられていた。

 ここで買うのはレイシェル用の魔力回復のマジックアイテム「マナサプライ・ジェム」である。専用というわけではなく、場合によってはサユキやパルフィーも使う。

 これはリジャントブイルの学生などもよく使っているが、彼らが使用するのは基本的にはノーマル・タイプである。

 ノーマル・タイプのマナサプライ・ジェムは触れている間、徐々にマナを補給する。それに対してレイシェルが野狩りで使っていたのはクイック・タイプで一瞬でマナを回復できる高級品だ。

 彼女のように、火力の高い魔法を連続で詠唱していると普通のサプライ・ジェムではマナの回復がまず間に合わない。そのため、毎回クイック・タイプでマナを補給している。

 使用できる環境にあるならば常にクイック・タイプを使うのが理想だが、小石程のジェムは一粒で5万シエールもする。リジャントブイル生の大部分がノーマル・タイプを使っているのはそのためだ。

 もっともこれは学院生に限ったことではなく、贅沢にクイック・タイプばかりを使える人間の数はそう多くはない。緊急時用にいくつかクイックを温存しておいて、平時はノーマルでやりくりするというのが一般的である。

 サユキはこんもりと盛られたサプライ・ジェムの山から数を数えながら摘んでいった。様々な色があり、とてもカラフルだ。

 これはジェムに宿るマナが発している光で、使用済みになるとそのマナを失うため、鮮やかな発色は消えて小石のような色に変色してしまう。便利なマジックアイテムではあるが、使い捨てなのが悩ましいところではある。

 結局、サユキはジェムを15個程購入した。これだけでもう軍資金を半分使ってしまった。だが戦闘をする上でジェムの有無は命にも関わるため、出し惜しみするのは厳禁である。

 サユキは宝石を受け取ると、小さな赤い巾着袋に大切そうに入れ、レイシェルへと手渡した。

 渡されたレイシェルはというと自分の使うアイテムの購入に全く関与しようとしない。それもそのはずで彼女は着付けだけでなく、自分で何気ない買い物も出来ないほど世間知らずだった。

 いくら箱入り娘だからといって過保護がすぎるのではという声が使用人の間でも上がることがあった。しかし、自分が理想の教育をしていると思い込んでいる当主の前ではそんな事を指摘できる者は居なかった。

 最後に寄ったのはサユキ御用達の店で彼女の故郷である極東の小さな島国”ジパ”の服やアクセサリー、小物などを扱っている店「東屋あづまや」だ。

 レイシェルはこの店の品物には全く興味が無く、無言でサユキの後を付いて歩くだけだ。サユキはというと色々品定めをしていたが、いつの間にか何か買ったらしく、少し大きめの白い巾着袋を下げていた。

「お嬢様、おまたせしてしまって申し訳ございません。屋敷に帰るとしましょう」

 レイシェルはそれを聞いて大きくため息をついた。少年の服装に変装をするのはいつまで経っても慣れず、この姿でウロウロしているとかったるくなってくるのだ。

 さっさと帰るぞとばかりにサユキに背を向けてレイシェルは手を振りながら店を出た。

 屋敷に帰るとパルフィーが廊下を箒で掃いて掃除していた。あちこちでこき使われているようで、心なしが顔がやつれている。こちらに気づくと力ない笑顔を返してきた。掃除に戻り始めて間もなく厨房の方から怒号が響いた。

「パルフィーーー!! 何やってる!! 大型冷蔵庫を移動しろ!!」

 パルフィーは、掃除用具を置いて、厨房に行こうとしたが、今度はメイド長に呼び止められた。

「まだ掃除の途中じゃありませんか!! 早く箒をお握りなさい!!」

 パルフィーは大きくうなだれた。レイシェルは当然だとばかりに無言でその様子を眺めていた。一方のサユキは自業自得とは言え、見ていて流石に可哀想になってきた。思わずメイド長を止める。

「パルフィーは明日からお嬢様の護衛を務めることになっています。そろそろ勘弁してやってはもらえないでしょうか?」

 メイド長はそれを聞いて大慌てで深くお辞儀をして了解の意を示した。そしてすぐに小走りで厨房の方へと走っていった。おそらくコック長にこの旨を伝えてくれるのだろう。手間が省けたと振り返るとパルフィーが感謝のあまりペコペコ頭を下げていた。

「サユキ~、本当に助かったよ~。ありがと~。やっぱり持つべきものは仲間だよなぁ!! おまけに、お土産まで買ってきてくれちゃってさ!! で、その箱の中身は?」

「海軍レーション」「海軍レーション」

サユキとレイシェルは息ピッタリに即答した。出かけた時と同じ、情け容赦無い無慈悲な態度だ。それを聞くと同時に一気にパルフィーの表情が曇った。彼女はなんだか嫌な予感がして一応聞き返してみた。

「まさか、今回もアタシだけレーション……?」

レイシェルとサユキは黙ったまま同時に首を縦に振った。次の瞬間、パルフィーは落胆し、思わずその場にへたり込んだ。

 美味しい食事が原動力と言っても過言ではない彼女にとって毎日マズいレーションを食べさせられるのもまた拷問に等しかった。
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