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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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▲またパルフィーか!!

 裏亀竜の月のある中旬、レイシェルは当主の間の椅子の前でひざまづいて父から今後の計画について聞かされていた。

「先日話した”下積み”の件だが、順を追って説明する。まず主な目的は西部の武家の中でも屈指の実力を誇る『バウンズ家』と親善試合をしてもらう事だ。先方とこちらの事情をすり合わせた結果、当主後継者1名を含んだ3名での個人戦という事に決定した。我が家からのメンバーはレイシェルハウト、サイオンジ=サユキ、パルフィーの3名だ」

 一般的にノットラントの東部と西部の武家の間には敵対関係とも言える非常に深い溝があるが、実のところ有力な武家であれば少なからず相手側の武家と内通しているケースが多い。

 今回行われる”親善試合”もその一つで、互いの武家が選りすぐった代表選手を決め、互いに武を競うというものだ。

 ただ、この親善試合は単なる力試しの模擬戦闘の場ではない。参加した選手は試合中に必ず戦闘データーを採られ、アナリストによって警戒すべき攻撃や特技、弱点などが分析され、入念に対処法や戦法が研究されるのだ。

 そうなると当然、試合をした相手の弱点は丸わかりだが、逆に相手側もこちらの弱点を熟知しているという状況が発生する。

 この状況下で模擬合戦を行う際、互いに攻撃しあうのは共倒れになる可能性が高く、愚策中の愚策である。

 そのため、親善試合を行うということは事実上、模擬合戦において対戦相手の自家との間に不戦条約を結ぶ事を意味する。入手した個人情報の取扱は自由だが、外部に漏らすことは武家の美徳に著しく反するものでご法度とされる。

 試合をするならば出来るだけ有力な武家と交渉するのが好ましいが、格下に情報を明かすメリットはないので基本的に同レベルの武家間でしか行われない。

 また試合を行うのは多くとも2家を相手にする程度で、親善試合の根回しだけで模擬合戦において有利な立ち位置に立つのはまず不可能だ。

 今回、レイシェルとサユキ、そしてパルフィーが選ばれた。その理由は彼女らがウルラディール家の若手ホープ3人組だからだ。

 総合力や部分的な能力では彼女たちよりも優れている者も居ないわけではないのだが、強固に守られた相手陣地に一気に攻め込んで落とす強襲のバトルスタイルを主眼として組まれたのがこのチームだからだ。

 強襲と電撃戦を両立させる事から家の中では「ブリッツァンド・サルト」という通名で呼ばれている。

「それと、もう1つ。お前の名を上げるために”山賊討伐”をやってもらいたい」

 ラルディンはオールバックにした美しい銀髪を整えながらハの字に揃えられた白銀の髭を軽く触った。これはラルディンのクセだった。

 ラルディンはそれほど歳をとっているわけではなかったが、若くして髪の色は銀に近い白になってしまったらしい。

 一説には先代の厳しい修行によるものだと言われているが、先代が病死した今では真相は誰も知らない。

「聞いては居ると思うが、最近になってリカー・コリッキを積んだほろ馬車がもう3台は襲撃されている。場所はノットラント中央部東寄りのダッザの峠だ。連中は"ドール・エンハンサーズ"と名乗り、略奪の限りを尽くしている。規模はわかっていないようだが諜報部の予測では二十数人と見込まれている。これを戦闘員3名で殲滅してもらう」

外部の者が聞けば明らかに多勢に無勢であり、とてつもなく無茶な事を言っているようにも聞こえる。しかし、レイシェルは顔色一つ変えずに首を縦に振った。その3人ならば大した使い手でもない限り、二十数人を蹴散らすのは朝飯前なのだ。

「だが、注意しておくべき点がある。山賊なのにドール・エンハンサーズとは違和感が無いか?」

 ラルディンはレイシェルが考え込んでいるのをしばらく見つめていた。恐らく、彼女にも心当たりがあるのだろうといった態度だ。レイシェルが人形と聞いて思いつくのはとある賞金首の魔術師についてであった。

「……ドール……人形……もしかして、主犯格はかなり高齢なのでは……?」

 ラルディンは言わんとしていた特徴を言い当てたレイシェルの言葉に満足したように大きく頷き椅子の背もたれに深く座り直した。

「そうだ。よく勉強しているじゃないか。結構な事だ。ドール・エンハンサーズを率いているのは泥儡でいらいのアーヴェンジェという魔女だ。警戒せねばならないのはこやつだ。第三次ノットラント紛争で活躍した東軍のハーボルト家に所属していた泥の傀儡使いで、戦場で活躍したのが確か16、17歳程度だったらしい。ということは今や120歳近い高齢になっているはずだ」

――泥儡(でいらい)のアーヴェンジェ
 悦殺のクレイントスと同じ時期に活躍した魔術師で、二つ名を持ち一流の腕をもつとされる魔術の使い手である。話によれば大小様々な泥人形を操り、東軍の防衛戦を任されていたという。

 その若さと美しい容姿から国内ではかなりの有名人で、敵対する西にまでファンクラブが存在したほどらしい。使う魔法の特性から待ちぶせ戦法を特に得意とし、敵を迎え撃つ事に長けている。

 条件が揃えばその実力は一騎当千とされており、一人で多数を相手にする事も多々あったという。

 彼女が終戦まで防衛ラインを守り切れたのはゴポポ沼という泥沼を拠点として非常に有利な地形で戦うことが出来たためであると分析されている。

 とはいえ、泥沼が無くとも土があればどこでも泥人形は生成できる為、十分に戦闘が可能だ。


「ハーボルト家は不運にも近年になって血筋が絶えてしまったのだ。武家という住処から放り出された彼女は戦士ギルドなどで依頼をこなしたりしていたそうだが、お世辞にも近頃の戦士ギルドの景気は良くない。そのためとうとう業を煮やして山賊家業なんぞを始めたようだ。盗賊団と同数の戦力を送った武家もあったが返り討ちにあったらしい。ただの山賊に彼らが敗れるとは思えん。おそらく殆どはアーヴェンジェの手によるものだろう。やれやれ。老いてなおますますさかんと言ったところだろうか。まるで紛争が生んだ亡霊だな。やはり、一度血の味を味わうと平穏には生きられぬのだな」

 ラルディンは目をつむりながら眉をハの字にして憂鬱な表情を浮かべたようにつぶやいた。救いようがないといった様子で大きくため息をつきながら、すぐにより深く椅子に腰掛けなおして姿勢を整えてからレイシェルの方を向いた。

「というわけだ。これから準備を始め、早速ダッザ峠に向かってもらう。屋敷からならピリエーの引くほろ馬車に乗るのだ。峠まで2日程度、そこからバウンズ家の屋敷までは4日程度でいけるだろう。お前を打ち負かせる者は存在しないと私は確信している。相手が百戦錬磨の魔術師であろうと勝って当たり前なのだ。いい報せを待っているぞ」

「はい。お父様……」

レイシェルはその場で立ち上がって炎のような赤い瞳で父を見上げた。当主の椅子との距離と彼女の間はさほど離れていないように思える。しかし、この親子間の距離は大きく離れていた。

 レイシェルは父親に甘えた経験がなかった。あまりの威厳というか威圧感にいつも縮こまってしまうのだ。

 気づくと自分の意見や感情を伝える前に、ラルディンは話を終えてしまう。彼はひどく事務的な態度でしかレイシェルに接することがなかった。

 心の奥底では愛した妻の姿を面影を彼女に見出し、愛おしく思っている。しかし、彼にとっての愛情とは優しく接したり、愛でることではなく、武家の当主として胸を張ってやっていけるようにと厳しく教育する事だった。

 女子の当主は珍しいため、その事に関する世間の風当たりの強さがスパルタに拍車をかけることとなっていた。

 前髪の強烈なクセ毛とツインテールを揺らしながらレイシェルは父に背を向けた。当主の間の扉を開けて外にでるとサユキとパルフィーが待機していた。すぐにサユキが深く礼をしたまま報告しだした。

「レイシェルハウトお嬢様、話は私達もお伺いしております。ご当主から軍資金である150万シエールを受け取っております。本日は食料や消耗品、必需品などをウォルテナ市街地に赴いて調達致しましょう。峠の山賊討伐は急を要します。急かしてしまって申し訳ないのですが、明朝には屋敷を出ましょう」

 150万シエールもの大金があっさりと支給されたが、ウルラディール家にとってはその程度の額は雀の涙と言い切れるほどだった。それどころか下手をすれば家の総資産は小国の総資産に匹敵するほどだ。

 その気になれば小国を買収することもさほど難しくないだろう。あらゆる面でスケールが庶民とかけ離れていた。

 今回はシエールが支給されたが、ノットラントには3つの通貨が混在している。島の東部は主にライネンテの影響からシエールが広く流れており、西はラマダンザの通貨、ヴァルデが主流である。

それに加えて、ノットラント古来のラント・ラントという通貨がある。現在のレートとしてはシエールがもっとも高く、次いでヴァルデと続き、ラント・ラントは相対的な価値が一番低い。そのため海外に持って行っても、"ローカルな通貨"程度にしか認識さないこともしばしばある。

 口座に金額が振り込まれているのを確認しているサユキの隣でパルフィーがコリッキの実をかじっていた。口の周りを果汁で髭のように黒く汚しながら、食べながら喋っていた。

「んぐんぐ、んでぇ、確認すると山賊狩りと親善試合がぁ、モグモグ……目的なんだな? 西部に行くのは久しぶ……ムシャ。ゴクッ!! んじゃ西部のウマいもんが食えるかもしれないンだな!!」

 非常に見苦しく、行儀が悪い。とても屋敷の住人とはいえないほど彼女はマナーに関して無頓着だった。戦闘要員の一員として屋敷に受け入れられて入るが、彼女を屋敷のペット程度に考えている者も少なくない。

「コラーッ!! パルフィー!! またつまみ食いしてーッ!! 半月で30回以上、つまみ食いしたって私はしっかり帳簿につけてるんだぞー!! どれだけ食材費を追加申請してると思ってるんだ!! 私は胃に穴が開きそうだぞ!!」

 キッチンの方から包丁を片手に持ったコック長が走り迫ってきた。

「パァルフィィィィ!! あれほど庭の木の実を食べるんじゃぁないと何度言ったら!! あれは食えないこともないが装飾用であって食いもんではない!! しかも熟れたのを見計らって手を出しおってぇ!!」

 反対側の廊下から箒を振りかざした庭師までもが駆け寄って来た。どうやらパルフィーはキッチンでつまみ食いした後、庭のコリッキの実に手を出したらしい。

 サユキが窓の外に目をやるとさきほどまで実っていた果実が殆ど無くなっていた。虚しく深緑色のツリーだけが立っている。

 そうこうしているうちに左右対称な廊下からコック長と庭師がパルフィーを挟んで迫ってくる。そのゴタゴタに巻き込まれるのを避けるようにレイシェルとサユキは当主の間の扉の前の窪んだ空間に後ずさった。

 二人の職人は今にもパルフィーを袋叩きにせんとする勢いだ。コック長は包丁片手に拳を突き出し、庭師は箒でパルフィーを突こうとした。その刹那、パルフィーはふわっと浮くように垂直方向に跳躍した。そのまま大きくて頑丈な鎖で吊られたシャンデリアの上に乗った。

 天井はかなり高く、大人の男性二人分以上の高さがある。にも関わらず、彼女はまるで低い荷台の上に飛び乗るような感じでひょいっとシャンデリアの上に乗った。

 巨体の割には恐ろしく敏捷性が高い。揺れるシャンデリアの上からコック長と庭師を見下ろしてパルフィーが大声を上げた。

「ごめんごめん!! アタシが悪かったよ。もうやらないって。約束するする!!」

 それを聞いたコック長と庭師が同時に声を荒らげた。

「お前、それ一体何度目の約束だ!? こればっかりは破られた回数が多すぎて帳簿にはつけきれん!!」
「またお前はー!! そうやって心にもないような約束を平気で口にしおって!!」

 パルフィーは自分に都合が悪くなる度にこういったその場限りのはぐらかしを繰り返しているが、嘘つきでも、不誠実なわけでもなかった。

 単に自分にかかる火の粉をとりあえず振り払えればいいという極めて単純な動機から来るもので、それは無邪気な子供のそれそのもだった。

 レイシェルとサユキはこれを見ていて、いつもの事だと何の感慨もなく、外出の準備をするべく衣装室の方へ向かった。

 一方のパルフィーはシャンデリアにぶら下がったはいいものの、コック長と庭師が下に待ち構えて降りるに降りられなくなってしまった。更にそこからジャンプして逃げてもいいのだが、さすがにそれではシャンデリアが壊れる。

 それでは追手の人数をますます増やすだけだとパルフィーはまごついた。もしかしたら助け舟を出してくれるのではと思わずパルフィーはレイシェル達に大声で呼びかけた。

 しかし、無情にも二人は廊下の奥へと歩いて行ってしまった。なんだか騒がしくなったのに気づいてパルフィーが下を見下ろすと人が増えている。

 いつのまにか顔を真赤にしたメイド長加わり、怒り心頭の様子でこちらを睨みつけてきた。

「あちゃ~、この間の足跡の……」

手段さえ問わなければパルフィーがこの状況を突破するのは容易かったが、下手に抵抗すると終いには食事抜きの罰を受ける。

 彼女にとってそれは拷問に等しい罰だったのでそれだけは回避しようとシャンデリアから大人しく降りた。これからみっちり仕置が待っていること覚悟して廊下にあぐらをかいて座り込んだ。
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