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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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ナマケ=アホ=エテモンキーでさえ乗れるのに

 村の中央広場への道を歩きながらアシェリィは感動冷めやらぬといった様子で、昨日の丘犬の勇姿を振り返っていた。

「あぁ~、丘犬様、カッコよかったなぁ。淡い青色の綺麗な毛並みに凛々しい顔、足も早いし、大きくて迫力あるし……」

 父はそれを聞いて笑いながら答えた。

「実はアシェリィもお世話になった事があるんだよ。ちょっとやそっとじゃないね。他の人より人一倍、面倒を見てもらってきたかもしれないね」

 アシェリィは全く心当たりがなく、首を傾げて記憶の海を漁ったがやはり思い当たりがない。思わずいつ、どこで世話してもらったのかを父に聞き返した。

 父はかつて教えた事があったような気がしていたが、アシェリィが何も知らない素振りだったので感慨深そうに思い出しながら述懐した。

「アシェリィがまだバイル熱で苦しんでいる時、何回か死んでしまうほどの高熱を出すことがあってね。今度こそダメかって母さんと父さんは何度も思ったんだ。でも、そのたびにまるで様子をうかがっていたかのようなタイミングで丘犬様が家の前までやってきて不思議な丸薬の入った袋を咥えてきてくれたんだよ。いやー、最初来たときはビックリしたね。心臓が止まるかとおもったよ。これはダメだ。一家揃って食べられるって」

 バルドーレは遠い目をしながら苦笑いした。そして、思いついたようにアシェリィの方を向いて指を立てて微笑みながらつぶやいた。

「案外、今でも側で見守っててくれたりしてね!!」

 アシェリィはさすがにそれは無いだろうと思ったが、もしそうだとしたらもっと丘犬と親しくなりたいと思うのだった。

 二人はのんびり歩いて行ったが、1時間とかからない内に、村の中央広場についた。学校の向かい側にある学校と同程度の大きさの家が長老の家である。バルドーレは扉に付けられた龍の装飾のついた金具を叩き、ノックした。

 すぐに長老の奥さんに招き入れられ、二人は屋敷の中へと入った。平屋だが、天井は高く、割としっかりした造りである。

 他の家では見ないような奇妙で怪しげな像、人形、仮面などのアンティークがそこらに飾られているが、どうやらこれは長老の趣味ではないらしい。

 噂話で先祖から伝わる由緒ある品な為、うかつに捨てられずに居るとアシェリィは聞いたことがあった。アンティークに目を取られていると長老が声をかけてきた。

「おはようバルドーレ。ほぉ、アシェリィも連れて行くのかの」

 すぐにアシェリィは長老に会釈を返した。バルドーレも挨拶を返し、今日の予定を確認した。

「長老、おはようございます。昨日立てた予定の通り、ローブの出荷がてら、シリルへ学校の再建を依頼してきます。ウィールネールの使用許可をもらえますか?」

 長老はウィールネールの借用に関して快諾したが、大工への依頼書を忘れていたらしく、せわしく机に座り、老眼鏡を掛けた。万年筆にインクをつけて契約書類のスタンダードである用紙、”魔紙”に書類を書き始める。

「ちょっとまて、酒の飲み過ぎでうっかり忘れておったわい。今、大工への書類を書く。これを持っていけば後払いでも大丈夫じゃろう」

 書面をひと通り書き上げると村長は歯で指先をすこし切ってにじみ出た血で指印を押した。

「これでよしっと。二人とも、気をつけていってくるんじゃよ」

 長老はメガネを外して机から立ち上がり、夫妻揃って軒先まで見送りに来た。それに会釈を返し、クレメンツ親子はウィールネールの係留場へと向かった。

 中央広場を向けて村の北端に係留場は位置していた。遠目に横幅の大きいウィールネールを覆うように立てられた小屋が見えた。

 大きなナメクジのような動物が二体、草を一心不乱にモシャモシャと食べていた。

 これはウィールネールと呼ばれる地面を這って進む大人しい動物で、これに乗りものを結んでひかせるという馬のような役割を果たす生き物だ。

 かなり大食らいのようだったが、植物の葉なら好き嫌いせず大抵なんでも食べるので森のなかにあるこの村でウィールネールの飼料に困ることはなかった。

「あ、村長さんの依頼状ですね。ウィールネール、使っていいですよ。」

 小屋のそばで草をむしっていた村人がエサ入れに葉を入れながら言った。彼の名はリッテン。村で一番ウィールネールの扱いに長けており、ウィールネールも彼によくなついている。

 一見して知能の低いように思えるウィールネールだが案外賢く、自分の飼われている小屋などに自力で戻ったり、目的地への道を覚えていたり、飼い主を判別することもできるようだ。

 似たような用途で活躍する馬より賢いとされている。ただ、止めておくのにスペースが必要なことと、燃費がやや悪いのが欠点だ。

 体がヌメヌメしているため、専用の鞍がなければ直接乗ることはできないため騎乗には適せず、どちらかといえば物を引かせる作業に向いている。

 もっとも括りつける綱も専用のものを使用しないと滑ってひっかける事が出来ないのだが。這って進むのとは裏腹にかなり高速で移動する。

 リッテンはウィールネールを撫でながらヌメヌメヌルヌルした体に器用に綱をかけていく。リッテンの掌はネチネチと糸を引いた。後ろには二人分の座席と積み荷がギリギリ乗るくらいの木製の台車がついている。

「私、いつみてもこの子はちょっと苦手だな・・・。」
「ほら、台車にのりなさい。乗らないと置いていっちゃうよ」

 父が背中の積み荷を荷台におろした後、アシェリィの手を引いて台車に引き上げた。

 シリルの街まではアシェリィの足で4時間、ウィールネールに乗れば2時間にならない程度で着く距離だ。故に、アシェリィ一人では到底、隣町までは行くことが出来ない。今日はその珍しい機会と言うわけだ。

 風を切ってウィールネールと台車は進む。街道は森に囲まれていながらもある程度は整備されていて、大きな台車でも通ることができる。ただし、岩などがそこらに転がっているし、出っ張りやへこみなどの起伏も激しく、台車は激しく揺れた。

「わー! やっぱりはやいねー!」

 父ははしゃぐ娘をほほえましく思いながらたづなを握った。風切音の中、聞こえるように大声で会話した。

「今日の予定は?」
「まずは大工さんへの依頼かな。次にローブを服屋さんとお土産屋さんに買い取ってもらって、最後にアシェリィの行きたがっていた図書館へ行くよ」

 アシェリィはそれを聞いてうなづいた。次はどんな本を借りようかとワクワクしながらシリルへと向かっていった。

「ほら、あれが丘犬様が守護しているとされるポカプエル丘への道さ。山頂にはポカプエル湖っていう塩湖が……って、アシェリィは確か遠足で行ったことがあったね。オルバ様も住んでいるとか聞くけど、村の人は誰もその姿を見た人はいないんだってさ」
「え? どこどこ!?」

 アシェリィはすぐに反応して進路後方を振り返った。あっという間に通り過ぎて行ったが、確かに街道の脇にもう一つ森が開けた道があるのが見えた。

 一応、文字のかすれた古ぼけた看板も立っている。アシェリィは何度かポカプエル湖に行ったことがあるが、のどかで水の綺麗ないい湖だった。

 時々、湖で背中から潮を吹き出す恐竜や、優しそうな女神様を見かけることがあったが、遠足に行った皆が何の反応もしなかったことからいつものアレだろうと思い、スルーしたのを思い出す。

 もっとも、恐竜の方は幻の塩湖怪獣「ポエッシー」などと呼ばれ、少数だが目撃情報があがっていたりするのだが。

 あれは妖精よりも遥かに大きく、しかも動物に近かった。あれらは一体、何だったのだろうとぼんやり考えていると森の向こうにシリルの街が見えてきた。

 街の外れにある車庫にウィールネールを預け、父は荷台の荷物を降ろして背負い、街に歩いていった。小さい街ながら、交易路の途中にある街なので人通りは多い。

 街に入ってまず目に入ったのはそれぞれ色とりどりに塗られた板に乗って滑るように街中を移動する少年少女の姿だった。よく観察すると板の下には車輪が付いておらず、文字通りただの板だ。

 それなのに奇妙なことに街の石畳の上を滑っている。目を凝らしてみるとそれらの板は少し空中に浮いていた。アシェリィがそれに見とれているとバルドーレが声をかけてきた。

「へぇ~、今、シリルじゃあれが流行ってんだ。さて、まずは大工さんのところへいくよ」

 二人はにぎわうメインストリートを抜けてすこし中心街から外れた大工ギルドの事務所にやってきた。村では見られないほどの大きさの立派な邸宅だ。

 大きな扉を開けて中に入ると受付カウンターが目に入った。バルドーレが要件を伝えると、カウンター脇の客間に通された。

 かくかくしかじかとバルドーレが事の次第を説明し、依頼書を見せると大工ギルドの棟梁が声を荒らげた。

「何ぃ?! 学校が燃えただぁ?! そりゃてえへんだ!! で、早いとこ直してくれという話なんだな?」

 人のよさそうな棟梁だが、その依頼を聞いて押し黙ってしまった。村が貧乏で金払いが悪い為、おいそれとは依頼を受けられないという事情が幼いアシェリィにも察することができた。

(・・・壁が少し光ってる?)

 アザリ茶とお茶菓子を持ってきた受付嬢のお姉さんが声をかけてきた。

「あら、属性加工が珍しいの? この建物は木造だけれど、素材屋で炎属性にエンチャントしてもらってるから火事にはならないの。ま、ちょっと値が張るんだけどネ」

 そういいながらお姉さんはトレイに乗せたお茶を話し込んでいる二人の元へ運んでいった。アシェリィが飽きた頃に話は終わった。邸宅を出たバルドーレは肩を落とした。

「一応、受けてはくれるそうだけど、いつになるかはわからない……だってさ。長老は1ヶ月もあれば学校は再建できるだろうって言ってたけど、さすがにそれは楽観的すぎるよね。まだ細かいツケも残っているわけだし」

 バルドーレはこの状況をどう村の人に伝えるべきか悩んでいるようだったが、すぐに気持ちを切り替えた。

「まぁ、考えていても仕方がない。今日のところは引き上げよう。いざとなったら長老直々頼みに来るだろうし。じゃあ次に行こうか。服屋さんとお土産やさんだよ」

 クレメンツ家で作られたローブは地元の服店と、旅人や観光客目当ての土産屋に出品されている。服屋では普段着として、土産屋ではマジックアイテムとしてそれぞれ扱いが異なる。店頭で売れた場合にバルドーレ側が料金を受け取るシステムとなっている。

 土産屋のほうがローブを高く売ってくれる。しかし旅人や観光客といった水物の購買層を狙っているため、売れ残って濃い紫色になるまで劣化してしまう事も多々ある。

 一方の地元の服屋では売値は安いものの、常に一定の需要があるため完全な赤字になることは殆ど無い。ただし、服屋のみとローブの取引をしていると売値の安さから収入不足を避ける事が出来ない。

 毎回、ローブを出荷するとき、どちらに何着振り分けるかという絶妙なバランス調整を迫られる。どちらかといえば妻、アキネの方が蓄財など金銭面で手腕を発揮していることから、このバランスは彼女に一任されている。

 ここ最近はラーグ領の外は冬の気候である地域が多いため、バカンスに来る観光客が多いと踏んで、彼女はここ数ヶ月、土産屋へ多めにローブを並べるよう指示していた。

 その予測が的中したからか、ここ数ヶ月は気持ち収入が多くなったように感じられていた。

 また、最近になって土産屋が販路の拡大に成功したらしく、なんとミナレートにまで到達しているという話も聞いた。

 もしかしたらボーナスが出るかもしれないと聞かされ、学校再建の件で気の滅入っていたクレメンツ親子は喜びひとしおだった。ついでなので土産屋の中を見物していくと街に来た直後に見た板が並べられていた。

改めてカラフルな色やかっこよかったり、可愛らしかったりするデザインにアシェリィは魅入った。それを見た店のおばさんがアシェリィの横に顔を並べ、板を指さし始めた。

「コレ。最近王都ライネンテで流行ってる『マナボード』ってんだよ。魔力を供給すると少しだけ板が宙に浮いて、マナを調整すると滑るように滑空するのさ。ただ乗るだけじゃなくて、高くジャンプしてトリックを決めたり、王都では競技大会なんかも開かれてるそうだよ」

 バルドーレもそれを聞いてマナボードの前に寄ってきて眺めた。

「おばさん、これ昔、僕らが子供の頃に流行らなかったっけ? 昔はさ、こんな綺麗な飾りとかなくって、本当にただの木の板でさ。乗ってると30秒もしない内にバテちゃってさ」
「あぁ、懐かしいねェ。今になってまた流行るとは思わなかったよ。こういうのを流行りは一巡するっていうのかね……」

 土産屋を出る頃には午後三時を過ぎていた。今回も無事ローブを出荷できてバルドーレはひと安心していた。

 次は最後の用事のある図書館だったが、毎回アシェリィが借りる本を選ぶには時間がかかる。そのため、今日も帰る頃には夕方になるだろうとバルドーレは予想しながら図書館に入った。だが、今日は一味違った。

 アシェリィはなにか気になった本が目に入ったようですぐそれを手に取り、受付カウンターに持っていった。アシェリィが即決するとはどんな本だろうとバルドーレは興味津々だった。

 胸に大事そうに本を抱えたままアシェリィは父と共に街の出口へと向かっていた。

「あ~、疲れた。こりゃ今日はよく眠れるぞ……。で、今日アシェリィは何の本を借りたのかな?」

アシェリィはしばらく恥ずかしそうにモジモジしていたが、手に持った表紙を父に向けた。

『ナマケ=アホ=エテモンキーにも乗れる!! マナボード入門』

 表紙にはそう書いてあった。彼女は自力でボードに送れるマナが無いため、どうやってもマナボードに乗れないことはわかりきっていた。

 それでも同年代の少年少女達が楽しそうにマナボードに乗っている様を見て思わずこの本を借りずにはいられなかった。普段借りる冒険譚を差し置いてでも。

 そんな自分がマナボードの本を借りていいものかと恥じらいの中に戸惑いが混じっていた。

 そのあまりのいじらしさに思わずバルドーレは涙をこぼしそうになったが、ぐっとこらえて少しの間、天を仰いだ。すぐに笑顔を浮かべ、アシェリィの頭をなでた。

「きっと、きっとアシェリィも魔法が使えるようになるさ。そしたらマナボードを買ってあげるって約束だな!!」

 アシェリィはその言葉に笑顔で返し、照れくさそうに本をまた大切そうに抱えた。日はまだ高かったが、二人はウィールネールに乗り、家路についた。
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