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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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R.I.P.なんて言えないけれど

 翌日の昼、村の中央広場に村中の人が集まってレンツの葬儀が行われた。

 村人たちは日常では殆ど着る機会のない不似合いな礼服を一様に身につけて、故人の冥福を祈った。

 レンツは独身だったので身内が葬式に参加することはなかった。他の親類に連絡しようにも村人は彼の親類の住所までは把握していなかった。

 その辺りへの連絡は派遣元のルーンティア教会に頼むことにした。一応、教会宛に訃報を出したが、なにせ亡くなったのが昨晩のことである。そのため上司などの関係者も参列していなかった。

 昨晩の出来事を聞かされただけ者も葬儀に参列し、レンツの死に際を見とれなかったことを後悔しながら粛々と葬儀の手順を踏んでいった。

 その中でも特に子どもたちの有りさまは非常にむごたらしいものであり、すべての生徒が在りし日の恩師の姿を思い浮かべていながら顔を真っ赤にして嗚咽を漏らしていた。

 アシェリィもハンナと肩を抱き合いながら互いに泣きじゃくっていた。二人ともちょっとやそっとの事ではへこたれないメンタルの持ち主だったが、さすがに今回の事件はあまりにも酷であった。

 火元の張本人であるダンは自分のやったことの重大性を嫌というほど感じていた。

 故意の放火で無い以上は彼を必要以上に攻め立ててもしょうがない上に、平和なこの村には罪人を処罰する決まりもない。

 そのため特に罰を受けることは無かったが、本人は放火殺人犯という大きな十字架を背負うことになってしまった。罰せられはしないものの、おそらく近いうちに家族揃って村を出て行かざるをえなくなるだろう。

 学校の焼け跡の前にはルーンティア教徒が葬儀の際に使う青い棺が急ごしらえで用意された。

 レンツの遺体は丘犬が回収していってしまったので中身は空っぽだ。参列者一人一人が用意された青い棺の上に黄色く小ぶりな花を咲かせるランサージュの花を置いていった。

 ランサージュは生物の死骸の成分を好む花で、土葬式の墓地によく生える。野原などでランサージュが揺れていた場合は何らかの生物がそこで土に還ったという事実を証明付ける事になる。

 肥料の配合によっては人工的に殖やすことも可能だ。葬式でこの花を使うのはアンデッドとして蘇らずに自然の流れに乗って土へ還っていけるようにという思いが込められている。

 村人たちが一斉に空っぽの棺に向けて頭を下げ、お別れの挨拶をしようとしていた時だった。不意に藪の中から丘犬が飛び出してきた。

 巨体がいきなり飛び出して来たのでその場に居た全員がうろたえた。ある者は驚きの声をあげ、ある者は悲鳴を上げた。

 しばらくその場は渾沌としたが、飛び出してきたのが丘犬だと気づくと村人は冷静さを取り戻した。しかし、どよめきは治まる気配がない。

 丘犬は葬儀に集まった人の集団から少し距離を取り、広場の中央へと移動した。青灰色の美しい毛並みをなびかせ、威風堂々と四本の脚で大地を踏み鳴らした。

 よく見ると、口になにやら大きな人形のような物を咥えている。昨晩、現場に居た村人達の血の気が一斉に引いた。まさかまさかと互いに顔を見合わせた。ある村人が恐怖に耐え切れず叫んだ。

「う、うわぁぁぁぁ!! レンツ先生の死体だーーーーーーーーッ!!」

 その叫びを聞いて丘犬は耳障りだと言わんばかりに耳をパタパタと振った。そのまま頭を横に振り上げながら、レンツを村人めがけて放り投げた。

 蜘蛛の巣を散らすように参列者たちはレンツを避けた。気のせいか、着地した時に埋めき声が聞こえたような気がする。

「う、う、ううう~~~ん……」

 村人が不気味がっているとなんと死んだはずのレンツがうつ伏せの状態から両腕を地面に立てて唸り声を上げながら立ち上がり始めた。これを見た村人達は我を忘れて完全に錯乱状態に陥った。

「ぎゃあああああ!! ゾンビだーーー!! レンツ先生がーーー!!」
「あああ……お願いしますからどうか安らかにお眠り下さい!!」
「聖水!! 聖水の用意をするんだよォ!!」

 そうこうしているうちにレンツがゆらりと立ち上がった。いつも来ていた修道服はあちこちが焼けて破れ、ズタボロになっていた。

 首を左右に振ってゴキゴキ鳴らしながら一歩、また一歩とおぼつかない足取りで怯える村人たちににじりよってきた。

「あ……あ、……あの……」

 レンツが手を前に突き出してぶつぶつつぶやきだした。アルマ村にはアンデッドに対抗できる人材や手段が殆ど無い。聖水をふりかける程度が精一杯である。

 創雲のオルバの降らす雨のお陰でこの近辺の大地は浄化され、まず野生のゾンビなどは発生しない。そのため、対策が十分でないのもやむを得ない事だった。

 仮にゾンビが発生したとしてもオルバが撃退しているともっぱらの噂である。しかし今回は訳が違う。目の前で動く死体を見せられればさすがにそんな悠長なことは言っていられない。

 丘犬は手を貸してくれる様子を見せないし、自分たちでどうにかするしかない。村人たちが意を決して鎌や斧、農具でゾンビを袋叩きにしようとしていた時だった。

「ちょ、ちょっと待って下さい。どこかにゾンビが出たのですか!? それに……あれ……? 皆さん、これは誰のお葬式ですか?」

 レンツはハッキリとした発声で殺気に満ちた村人たちに問いかけた。周囲の人達は手に物騒なものを持ったまま、皆が驚きによって口を半開きにした。

 そのままレンツの死体……と思われたものをよく観察した。肌の色は血色のいい肌色をしているし、服はズタボロだが、そこから覗く肌に火傷の跡がない。あれだけ炎に包まれたにも関わらず、だ。

 しかも発声や発音はクリアで、アンデッドのそれとは違う。思考能力も通常の人間と同程度は維持しているらしい。

 最初はヨロヨロと緩慢な動きをしていたものの、すっかり調子を取り戻したかのようによろけること無く両足でまっすぐ立ち上がっている。

「レ、レンツ先生、アンタ、死んだんじゃないのか……?」

 恐る恐る中年の男性が尋ねるとレンツはハッっとしたように答えた。

「あぁ……これは私のお葬式だったのですね。死んだと思われている中、私が戻ってきたわけですか……。それは確かにゾンビだと疑われていてもしょうがないですね……」

 レンツは人差し指を立てて額に当てて考えこむような仕草を見せた。そしてすぐに複雑な表情を浮かべ、自分の記憶を思い出しているようだった。

「火事の中、意識はある程度残っていました。煙を吸うまいと低い姿勢で構えていたのですが、炎を避ける事は出来ずに背中に大やけどを負いました。痛みで遠のく意識の中、丘犬様がどこかに運んでいってくださったのを覚えています。そしてなんというかこう、温泉のような暖かい水の中に入ったまでは覚えているのですが、その後は記憶が全くありません。今、ちょうどその眠りから目覚めたところです」

 誰もが信じられないと言った様子でレンツをまじまじと見つめたが、少なくともゾンビ化はしていないようだった。真っ先にダンがレンツに駆け寄って土下座した。

「先生ッ!! 本当にすいません!! 俺、人を殺しちまったんじゃないかって一睡も出来なくって……。わざとじゃなかったとしても、俺がやった事は取り返しのつかない事だって思い知りました。こんなのいくら謝っても謝り足りないし、償えるものでもないのはわかってます。本当に、本当に申し訳ありません!!」

 頭を地面にこすりつけるように押し付けてダンは謝罪の言葉を呻くようにひねり出した。大粒の涙をボトボトと垂らし、その雫が地面を濡らした。

 普段のダンからは全く想像の出来ないこの態度を見て逆にレンツ戸惑っているようだったが、真っ直ぐにダンを見つめて優しく語りかけた。

「ダン。頭を上げなさい。人間、誰にでも間違いや失敗はある。ましてや子供の君達は間違いを犯して当然なんだよ。間違いを犯しても許されるというのは子供の特権なのさ。君がそう反省するならば私は今回の件は不問にしよう。だから、いつまでもこの事件を引きずるんじゃなく、これからどうやったら皆で楽しくやっていけるか、それを一緒に考えようじゃないか」

 レンツは何気なく言ったつもりだったが、村人はその反応に驚き、感嘆していた。すぐにレンツの周りを村人たちが囲んで歓喜の声を上げた。

 幼い子どもたちは泣きながらレンツに抱きつき、鼻水をたけていた。気づくと丘犬はいつの間にか姿を消していた。

「皆さん、褒め称えられるべきは私ではありません。丘犬様、そしてオルバ様です。きっと丘犬様がオルバ様の元へ重症の私を運び、治療を施してくれたのでしょう。皆で改めてオルバ様への感謝を」

 そう言いつつレンツは片膝を付いてオルバが住むとされるポカプエル湖の方角を向いて感謝の祈りを捧げた。村人たちもそれを見倣い、跪いて同じ方角めがけて祈った。

 しばらく祈りを捧げたあと、長老が嬉しそうに音頭をとりはじめた。

「皆の者!! 何が葬式の弔い宴会じゃ!! これより、レンツ先生の生還祝いを皆でやるぞい!! さぁ、料理の料理じゃ!! 酒も持ってこい!!」

 長老は腕を大きく上げて手をヒラヒラと振って村人を鼓舞し始めた。それに呼応して老若男女が拳を大きく天に向けて突き出し、まるで勝どきの様に喜びの雄叫びを上げた。

 男たちは机や椅子を運び始め、女性たちは料理や酒の準備に奔走し始めた。レンツの生還を祝う宴会は夜遅くまで続き、村人たちはオルバを祭る踊りを踊り続けた。

 次の日の朝、アシェリィの父、バルドーレが早起きして顔を洗っていた。寝ているうちから準備している音が聞こえていたのでアシェリィは父親がなにゃら支度をしていることに気づいていた。

「ああ、アシェリィ。おはよう。ん~~~昨日は飲み過ぎたな~。父さんあんまりお酒は強いほうじゃないんだけど。皆すっかり羽目を外して祭りでもないのに20年モノのル・ジャビスなんて開けちゃってさ。二日酔いで頭が痛いよ」

 そういいながらバルドーレはまた顔を洗った。ゆっくり頭を左右に頭を振っていかにも頭痛がしているといった仕草だ。いつもより早起きだったのでなにか用事があるのかと思い。アシェリィは尋ねてみた。

「早起きだね? 今日はなにか用事でもあるの?」

 父はタオルで顔を拭って、窓から注ぐ日光に目を細めた。

「いやぁ、急用で隣町のシリルへ行くことになったんだ。学校が焼けてしまっただろ? 立て直しの依頼を隣町の大工ギルドにしに行かなくちゃいけなくってね。この村には大工さんいないし。別に発注しにいくのは父さんじゃなくてもいいんだけど、丁度出荷する分のローブが出来上がってね。ついでに行ってきてくれないかって昨日長老さんに言われたんだよ」

 「シリルへ行く」と聞いて寝ぼけ眼だったアシェリィはすっかり目を覚まし、機敏に反応した。彼女は父のローブの出荷のたびにシリルへ付いて行って、町立図書館で読んだこと無い本を借りるのが何よりの楽しみだった。

「シリルへいくの!? ちょっとまって、私も行く!!」

 アシェリィは自室にもどってドタバタ音を立てながら慌てて準備し始めたようだった。一方のバルドーレは背中に背負うようにローブをたたんで荷造りを始めた。慌てているような物音を聞いた父は彼女に聞こえるように大きな声で伝えた。

「急ぎっていっても、アシェリィを連れて行くくらいの余裕はあるから、焦らずにおいで」

 二人は朝食であるネルパ山羊の角をかじりながら、家の前の獣道を村の広場に向けて歩き出した。

 ネルパ山羊は食糧難の緊急時に、仲間の群れの角をかじり合って空腹を満たす習性のある山羊だ。寒冷地では常に角をかじり合っているが、ラーグ領では食料の草が豊富である為、角は生えたままになる。

 それを食材として切り落としたものがネルパ山羊の角である。山羊の角の成長ペースはかなり早いため、食糧として成立するのだ。

 かなり固くて歯ごたえがありゴリゴリしているが、味はトウモロコシのそれに近くてなかなか美味である。栄養価がかなり高い割に安価なため、リーズナブルな庶民の強い味方である食材だ。

 アシェリィは今日は走ったり激しい運動をしないだろうと髪の毛を特に結ばずにとかしておろしたまま出かけてきていた。街に行くというのでちょっぴり意識したところはあった。背中の真ん中あたりまで達する丈の艶のある後ろ髪を揺らしながら小道を歩いていく。
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