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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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魔術師は死してなお現世に揺蕩う

 山の上は風が強く、雪が横なぶりに吹きつけていた。見通しが悪くなり、遠くの物は見えなくなった。そんな中、黒い影がこちらにやってくるのが見えた。

 体を波打たせ、地面を這うようにしながら何体か飢えた様子でモンスターらしきものが近づいてくる。この距離あれだけ大きいということは近くに来ればもっと大きいはずだ。

 レイシェルはすぐに後続の二人を遮るように手を出して吹雪でも聞こえるように大声でさけんだ。

「出たわね!! オオリクセイウチ!! 奴らは皆、私が殺るわ。アンタ達はくれぐれも手を出すんじゃないわよ!!」

 サユキとパルフィーは予想外の方向からの襲撃に備えて互いに背中を向けて、三角形のフォーメーションを組んだ。もっとも、結果的に形になっただけでレイシェルはフォーメーションを組む気など微塵もなかったのだが。

「ああー!! 吹雪がうっとおしい!! うっとおしいうっとおしい!! 炎竜の咆哮!! スカーレッド・ロアーッ!!」

 レイシェルは片手を空にかざして熱の火球を打ち上げた。火球は雲の合間に消えていったが、大きな爆風とともに部分的に雪雲が吹き飛んで雲に円形の穴を開け、あたりは晴天に変わった。すると迫ってくるモンスターの姿がハッキリ見えた。

「オオリクセイウチ4体? ほらほらかかってきなさいよ!! 茨の葬列!! ローゼン・コフィン!!」

 続けてレイシェルが唱えると深緑の刺のある蔓が地面から吹き出してセイウチ達をめった打ちにしたあと締め付け始めた。そのままギリギリと音を立ててセイウチ達を雪にめり込ませていく。

 暴れまわったセイウチ達は傷だらけになり、そこから血が流れ出てやがてその血が雪を鮮血に染めた。

 ローゼン・コフィンはかなり射程が長く、セイウチ達はかなり遠くでもがいていた。あちらの攻撃が届く様子は全くない。

 戦闘開始まもなくして勝負は決し、それはもはや対等な戦いでなく、一方的な拷問じみた攻撃となった。

「え? こんなんでもう終わりなの? つまんない。つまんない。……つまんない!! つまんないつまんないつまんないつまんないつまんなぁーーーーーーーい!! 煌きの一閃!! ブラズミック・ブレイドッ!!」

 レイシェルが呪文を詠唱し、指をスッと一文字に引くと強烈な電撃を帯びた斬撃が一閃し、セイウチ達を襲い、真っ黒焦げになってセイウチ達は息絶えた。

 レイシェルは早くも息が上がって、膝に手を付いて前かがみになっていた。額には汗が浮かんている。

「お嬢様、無益な殺生は……」

 レイシェルは振り向いてそう言ったサユキを睨みつけた。

「サユキィ……またそれ? 弱いものは死んで当然なのよ? さっきの連中だって、ここで死ぬべくして生まれてきたの。わからない?」

 サユキを睨むんだ目はすっかり据わっていた。彼女は生き物をなぶったり、殺したりすることでしか、ストレスを発散することが出来ないのだ。戦うことでしか自己表現ができないとも言える。

 物心つく頃には母親がおらず、父親からはスパルタ教育を受け、更に世継ぎというプレッシャーも受けてきた。

 おまけに友人と呼べる者はいないし、彼女の中では誰一人として理解者もいない。そんな歪んだ環境が彼女を無益な殺生へと駆り立てているのだ。

 この事実を知っているのは屋敷でもごくごく一部の者に限られている。妙なところで世渡りが上手く、屋敷では彼女が本性を表すことはない。

 肝心の当事者である父、ラルディンさえ彼女の本性を知らない。父にとって彼女は「非常によく出来た愛娘」以外の何者でもないのだ。それが余計、彼女の首を真綿で締めるような結果になっているとも知らずに。

 サユキはそれを重々承知していた上で、徐々に、確実に狂気を帯びていく彼女を食い止められない自分が歯がゆくてしょうがなかった。

 今日も今日とて強い悔恨の念を抱き、思わず唇を噛みしめる。唇からは一筋の血が滴ったが、その心の涙とも形容できる一滴は彼女の眼中には入らなかった。

「あ~あ、もったいない。オオリクセイウチの肉はウマいのに……。こんな真っ黒焦げじゃ食えそうにないなぁ……」

 パルフィーは殺伐とした空気を一切読まず、肉がこげてしまったことに対してのみ深い落胆を感じていた。

「なぁお嬢。次は真っ黒焦げじゃなくてウェルダン止まりで頼むよ!!」

 セイウチの死骸を観察していたパルフィーが満面の笑みを浮かべ振り向いた。彼女も彼女で非常に複雑な経歴を持つので、殺生に対する抵抗が殆ど無い。

 また、戦闘によって自己表現するという点ではレイシェルと似通ったようなところがあり、皮肉なことに彼女を一番案じているサユキよりもウマが合っていると言える。

 ただし、それは軽くシンパシーを感じる程度のもので理解者と呼ぶには程遠い。この二人もなんだかんだで大きくすれ違っている事もサユキは把握していた。

「ハァ……ハァ……ウェルダン? 面白い課題ね。生き物の焼けた臭いに誘われてそろそろアイツが来る頃よね。オーダーはそいつのウェルダンって事で!!」

 レイシェルの息はなかなか整わない。一気にマナを消費しすぎたためだ。彼女の使う呪文はどれも強力なものばかりだが、故に燃費が悪くバテやすいという欠点がある。

 おまけに彼女自身のマナ(魔力)の限界値も多い方ではない。それでもそれを補って有り余るくらいの魔法のセンスが彼女にはあった。

 もっとも唱える呪文など戦い方を工夫すればマナのスタミナを切らさず戦うことも可能ではあるのだが。

 彼女は一息ついて腰にぶら下げた小袋からジェムを2つ取り出して指の間に挟んだ。高速で彼女の体にマナが補給されていく。代わりに指に挟まれた色鮮やかな宝石は石ころへと変貌してその効力を失った。

 クイック・マナサプリ・ジェムと呼ばれるこの宝石は内在するマナを触れた者に対して一気に送る能力を持つ。

 術者が触れればマナが枯渇した状態からでも一瞬で回復できるとても便利なマジックアイテムだ。ただ、消耗品にしてはかなり高額である為、彼女のように無闇やたらに消費するような使い方は普通出来ない。

 指の間から石を落とすと雪面に落ちた石がコロコロと小さく揺れた。地面が振動しているのが感じられる。森の向こうで鳥達がギャーギャーと鳴き声を上げて飛び立った。

 間もなく、大地を揺るがすような大きな足音が迫ってきた。山に棲む巨大恐竜、ノッテンサウラの足音だとその場にいた三人はすぐにわかった。

「いいわねアンタ達、余計な手は出すんじゃないわよ!! あああ~、野狩りってのはやっぱこうでなくっちゃ!!」

 ジェムによって勢いを取り戻したレイシェルは恍惚とした笑みを浮かべながら迫り来るノッテンサウラの襲撃に備えた。

 少し遠くに見える森をなぎ倒しながら10mを優に超える巨大な恐竜が姿を現した。ウロコは全身真っ白で雪山に擬態しているが、あまりに大きく、しかも動いているとなればそのカモフラージュは全く意味をなさなかった。

 それもそのはずでノッテンサウラは普段は森の中でじっとしていて、飛んでくる鳥の群れなどを一気飲みしたり、屍肉をあさったりするのが主な恐竜で積極的に獲物を追いかけるタイプではない。

 今回もセイウチの焦げた臭いに釣られてきたに過ぎず、レイシェル達を狙って迫ってきているわけではない。

 それでも眼前に小動物がいて、飲み込める状態になれば食らいついてくるのが自然なわけで、体の割には大きな顎を大きく開いてセイウチごとレイシェル達を飲み込む気でいるらしい。

 まだ距離があるのに口をガバッと開き、地面を掬うような姿勢で突っ込んできた。

「ふふふ……そう。さぁ……楽しませてせてちょうだい!! 蒼の連弾!! スクォート・キーン・ピストルズ!!」

 レイシェルが呪文を詠唱して腕を突き出すと円形の魔法陣が彼女の目の前に出現して高速で回転し始めた。

 その紙のように薄い魔法陣から強烈な圧力で無数の水滴が放出された。目にも止まらぬ早さで、数えきれない程の糸のように細い水流が吹き出す。これが貫通弾の様になってノッテンラントサウラに無数の風穴を開けた。その痛みにノッテンサウラは大きな咆哮を上げた。

「グゴア!! グゴアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」

「もう心臓は穴だらけでしょ。だけどまだ生きてる。確かご注文はウェルダンだったかしら? 新鮮な内に血抜きをしないと良い肉にはならないわね。ってことで、リリース・ウォルタからのからの鮮血のメイルシュトローム!!」

 彼女が放出していた液体は一旦その勢いを止め、ノッテンサウラの血液を吸って奪いつつ、今度はノッテンサウラの周りを水滴が高速回転し始め、渦巻状になった。

 真っ白だったノッテンサウラが外部ダメージによる出血と体内から吸い出される血でどんどん赤く染まっていく。渦巻きはうまい具合に肉を避けて、表面のウロコを剥いでいった。

 その様はさきほどのセイウチに対する戦いと同じようにまるで拷問のようだった。いや、拷問そのものだった。

「そろそろ頃合いかしら。やっぱりこいつらは図体がデカイだけで狩っていても大して面白く無いわ。獰猛なスクリーム・ゴートのほうがよっぽど面白いのに。もう死んじゃえ」

 レイシェルは両手を広げて思いっきりノッテンサウラめがけて振りぬきつつ呪文を詠唱した。

「熱波の洗礼!! レッド・ホット・ホット・カーテン!!」

 そう唱えるとレイシェル前方に大きな熱波が展開し、そここの雪を溶かしながらノッテンサウラを焼いた。じわじわと温度が上がっていき、ノッテンサウラは蒸し焼きになった。

 あたりの景色も一変し、積もっていた雪が溶け地表があらわになった。レイシェル達が居る空間だけ、ウォルテナに訪れるはずのない春のような光景になった。

「チッ。こんなものなの? つまんない。サユキ、次の狩場の選定をしといて。私はもう屋敷に帰るわ。後は好き勝手にすればいいわ」

 それを聞いてすぐにパルフィーがいい具合に焼けたノッテンサウラに全力疾走で駆け寄っていった。

「うわぁ!! やったね。久しぶりのノッテンサウラの肉じゃん!! よーし、たらふく食べるぞ~!!」

 レイシェルが屋敷に向けて歩き出す頃には日が暮れ始めていた。彼女の魔法によって散った雪雲も元に戻り始め、ちらほら小雪が降り始めていた。サユキは肉を貪っているパルフィーの方を向いて大きな声で伝えた。

「パルフィー!! ディナーの時間までには屋敷に戻るのよー!!」
「へーい了解。なんとかディナーまでには食べきって帰るよ~!!」

 サユキの声にパルフィーは手を振って答えた。夕飯までにあの巨体を食べきるとは本気で言っているのかどうかわからない。だがパルフィーならやりかねない。

 彼女の食欲はものすごく、屋敷の食費が彼女一人のために数倍に膨れ上がっているという現実がある。きっと散々肉を食べた上で、帰ってくる頃にはまた「腹が減った」とでも言うに違いない。

 パルフィーはいつも欲望に忠実だなと半ば呆れながらレイシェルの方を見るとに彼女が立ち止まっていた。背中越しに前方を見ると見慣れたローブを着た者が行く手を阻んでいた。

「こんにちは。いえ、こんばんは? お嬢様とご一行様、御機嫌よう」

 頭からすっぽりフードを被ったローブの者がそう挨拶してきた。よく見ると全身を覆う漆黒のローブは宙に浮いており、中にあるはずの人体が無いように見える。

 ローブには黄緑色の蛍光色の術式がびっしりと書き込まれており、薄暗がりの中、ホタルの明かりのようにぼんやりと光っていた。

 サユキはすぐにそのローブの正体が屋敷の裏山に隠れ住んでいるリッチー、『悦殺えっさつのクレイントス』だと判別し、レイシェルをかばうように前に出た。

――リッチーとは
 人間が死後に転生した高位のアンデッド。不死者ながらに高等な知能を持ち、人間に匹敵、または凌駕する知能を有する。ゾンビが激しい魂の劣化だとすればリッチーは次の段階へと進んだ魂と捉えることもできる。

 寿命ある肉体の束縛からも開放され、死という概念が無くなっている。ただし、1つ、ないしは複数の”生前の形見”を破壊されると存在が消滅してしまうという脆弱さもあるのだが。

 リッチーに転生した後は自身の形見に触れることは不可能になるため、形見がいかなるもなのかによって存在の安定度が左右される。

 転生する原理はまだ詳しくは解明されていない。生前に術式など特別な用意しておかずとも転生する可能性はあるというのが有力説だ。

 転生する者の傾向は割とはっきりしており、生前に高度な知能や魔法技術を持っていた者、その中でも特に大量に生物を殺めたり、物体を破壊した経験を持つ者、転生術であるリーインカーネーションの研究をしていた者などがリッチーに転生する確率が高いとされている。

 生前の知識、能力にかかわらずネクロマンシー(死霊使い)の技術を転生した時点で得ているというのも大きな特徴だ。

 逆に聖職者や一般市民はまず転生しないと言われている。少なくとも名の通っているリッチーの中にそういった者はいないからだ。

 大量殺人鬼などは一部条件を満たしているが、ただのシリアルキラーがリッチーに生まれ変わったという話も全く無い。

 ”崇高なる魂の選別”をくぐり抜けたものだけが転生できる選ばれし存在と一部の研究者が半ばカルト的に定義付けたりしているが、生者とは相いれぬアンデッドである事に変わりはない。

 この『悦殺のクレイントス』は約100年前の第三次ノットラント内戦ので優れた知謀をもってして、幾千の戦場を駆け、数えきれぬほどの敵兵を倒したと伝えられている魔術師だ。

 彼の活躍は東軍の勝利の一端を担うほどで、英雄の一人とされるはずだった。しかし、何を思ったのか戦争終結直後、彼は思わず自分の所属していた武家の者を一夜の内に一人でほとんど皆殺しにしてしまったと伝えられている。

 それも奇襲をかけたり、寝首を掻いたりせず、小隊の必死の抵抗を物ともせず、惨殺していったという。

 命からがら逃げ出した者の証言では満面の笑みを浮かべ、まるで殺しに快楽を覚えているようだったと話が伝わっている。その様から、彼には悦殺えっさつという至極不名誉な二つ名がつけられた。当然といえば当然なのだが。

 彼はその後、軍法会議を経て72歳で処刑されたと記録には残っているが、その後リッチーに転生した事を知っているものは殆どいない。

 一度姿を現せば死してなお大罪人としてチャーチガーディアンなどに追い回されることになるだろう。そのため彼はかつて山頂付近に小さな集落があったこの山にラボラトリーを構え、密かに隠れ住んでいるのだ。一応ハーミット・ワイズマンと称することもできる。

 レイシェルはひどく不愉快そうな表情を浮かべ、腕を横に振り下ろしつつ、クレイントスを突っぱねた。
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