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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter2:Bloody tears & Rising smile

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父と娘とウルラディールと

 そして東部の武家の中で頂点に君臨するのがこの屋敷を拠点とするウルラディール家で、当主はラルディン・ヴェルチ・ディン・ウルラディール15世である。

 代々続く、名家中の名家で、その実力は東部の他の家より頭抜けている。東部の武家たちを牽引する東部のリーダー格と言っても過言ではない。

 ここ、ウォルテナの都市もウルラディール家の庇護のもと、屋敷から南北に伸びるサレヂナ・ストリートを中心として発展してきた。

 ウルラディール家は昔から堅実な運営に定評があり、市民からの支持率も高い。市民からすればお家騒動などの不安要素が殆ど無い、盤石な体制を維持する武家であると思われていた。

 しかし、そんな名家に跡継ぎ問題で暗雲が立ち込めていた。代々、ウルラディール家は男子の系統が当主を務めてきたが、16代目にして男子に恵まれなかったのだ。

 ラルディンは良家の令嬢、マーネを嫁にしたが、マーネは病弱で出産時の負荷に耐え切れず、赤子を産んで間もなく命を落としてしまった。そのとき産まれたのがレイシェルであった。

 その後も周囲から新たな花嫁を貰って男子の系統を絶やさぬようにとラルディンは説得されたが、マーネに対する愛を忘れることは出来ず、頑なに再婚せずに人生を送ってきた。

 結局、ラルディンはレイシェルに妻の面影を見出して彼女を”完璧”にするため酷と言えるまでの英才教育を施してきた。

 彼はそれを愛娘に対する愛と考えていたが、当の本人はその期待に答える事こそが自分の生きる意味だと考えるようになってしまい、歳の割にはスレていて、歪な少女になってしまった。

 そうして”完成した”のが次期当主候補、『レイシェルハウト・エッセンデル・ディン・ウルラディール16世』なのだった。

 そんな彼女の噂はしばしば市民の話題に上がったが産まれて以降、特に表には露出しなかったため、誰しもがウルラディール家は跡継となる男子の出生を待ち望んでいるものばかりと思い込んでいた。

 そんなある日の事だった。レイシェルは一人、当主の間に呼び出されて重い扉を開いた。

 当主の間は天井が高く、大きな椅子の裏にはヒラヒラした尾を持つ魚をかたどったステンドグラスとそれを描いた旗が左右からかかっていた。この”ノットラント・ベタ”がウルラディール家の家紋である。

――ノットラント・ベタ
 オス同士を合わせると死ぬまで攻撃しあうという攻撃的な魚であり、闘魚とも呼ばれる。その中でもノットラント・ベタは頂点に君臨する強さとされている。

 体から放電し水中に電気を流し、相手を感電死させるという脅威の特性を持つのだ。もちろんノットラント・ベタ自身のウロコは耐電機能があるので自身は感電しない。

 獅子や龍の家紋は多く見かけるが魚を家紋にした武家はなかなか世界的にも珍しい。しかし、ノットラントの人からすればこの家紋は勇猛でかつ優雅であるイメージからしてウルラディール家にはぴったりなのだ。

「して、お父様、どのようなご用事でしょうか」

 レイシェルは片膝を付いてしゃがみ、頭を深く下げた。赤いツインテールがゆらりと揺れた。頭の上に飛び跳ねた癖っ毛が揺れる。

 ツインテールに触覚のような癖っ毛。そして真紅の瞳に雪のように白い肌。どこにいても目立つ見た目である。レイシェルは低めの階段の上にある当主の椅子に座っている父、ラルディンの方を見た。

「今日呼び出したのは今後の話についてだ。先月の裏亀竜の月の下旬に誕生日を迎えたばかりだが、お前も来年には14歳になる。少し早いかもしれないが、14になる前に東部の武家で行う定例大規模合同演習で初陣に出ておくべきだと思うのだ。だがお前はまだ実戦経験が足りない。そこでだ、いくつか下積みをこなして、民にお前の存在と実力をアピールしてもらおうと思う。そして国内で初陣を果たしてから、さらに修練を積むため、海を渡りライネンテへ赴き、リジャントブイル魔法学院へ留学するのだ」

 それを聞いてレイシェルは戸惑った。殆どの武士は初陣後、国内で演習や模擬合戦をこなしてキャリアを積んでいくのが王道であるためだ。

 自分もどこか国内の名門校に通いつつ実績を築き上げる事になるかと思っていたのだが、海外に留学とは予想外だった。

 父からはずっと「時期を見て私が進学校は決定する」と言われ続けてきた為、突然の宣告に対しても何の疑問も抱かなかった。

 ウルラディール家は代々ライネンテとは深い縁があり、先代にもリジャントブイルに留学したものも多い。かくいうラルディンもリジャントブイルの卒業生である。

 しばしば父から学院の話は聞いていたため、このような進路も無くはないだろうとレイシェルは自分に言い聞かせた。

「どうした? 不服そうな顔をしているな」

 ラルディンが腕を組んでレイシェルを見下ろした。厳しい表情はしていないのだが、威厳から来る威圧感でレイシェルは思わず縮こまった。それでも一応は進学校を海外にした理由を聞こうと声を振り絞った。

「あ……あの、なぜ国外の学校なのですか? 武士というものは産まれた土地で、育まれた領土や家、人達に尽くして大成するのが筋だと思っているのですが……」

 珍しくラルディンが柔和な表情を見せて組んだ腕の上でトントンと指を叩き始めた。色々と物思いにふけっているようで少し沈黙を置いた後、語りだした。

「その考えは武士の基本ではある。しかし、”狭い”のだよ。お前はまだこの館の中の事しか知らない。そして少し大きな池である東部を知り、やがて湖であるノットラントを知ることになるだろう。しかし、それでは大河に乗り、海に漕ぎだすことは出来んのだ。世界にはお前の想像する以上の事柄や出来事がある。それを知ることが、かえって家を繁栄させる近道となるのだ。それにな、しがらみのない学生生活というものはいいものだ」

 レイシェルはそれを聞いてなんとなく納得したが、学生生活の楽しみという点においては全く合点が行かなかった。それも無理の無い事で、彼女の周りには同年代の友人が皆無だったからだ。学校生活と聞いてもルーブ爺との退屈な授業もどきしか想像できなかった。

 レイシェルが当主の間を出る頃には午後三時を回っていた。今日も今日とて雪がシンシンと降っている。ノットラント全域は年がら年中、冬の気候である極寒の土地である。

 スプリングスポットと呼ばれる春の気候の土地が猫の額程度の規模でポツポツと点在している以外は常に雪で覆われていると言っても過言ではない。

 一見、植物が育たない不毛の土地のように思えるが、寒さをエネルギーに変えて発芽、生育、そして実をつけるタフな植物や作物が多々あるので厚い雪の積もる雪国にもかかわらず、食料自給率は高い。

 代表的なものとしてはライネンテ北部の寒冷地でも育つモッチ麦がノットラントでも重宝されている。雪の上に撒くと雪解け水に乗って種が地表に到達し、そのまま雪に含まれるマナの力を吸って、穂の部分が地表に露出するという強靭な耐寒性を持つ。

 それと、ウォルテナ周辺の名産品としてはコリッキ・ツリーと呼ばれる最大3m程度の丈の木がこぶし大のオレンジ色をした甘い実をつける。

 外見はオレンジ色だが、中の実は黒く、その果汁はまるでインクのようだ。寒ければ寒いほど糖度があがり、そのまま食べてもおいしいが、パンに練り込んだり、お菓子にしたり、熟成させると酒になったりもする。

 特にコリッキから作られた真っ黒な色をしたリカー・コリッキはウォルテナの名産品である。

 家畜の飼料となるバルネア草は根が熱を帯びる植物で、一度地表に根付けば雪を溶かしつつ、それを自身の養分としていく変わった植物だ。いくら万年雪の降る地域とはいえ、街中の歩道に雪が積もらないのはこのバルネア草を計画的に植えているからである。

 飼料として利用されているが、成熟すると小さなピンクの花をいくつか咲かせる。白一色で殺風景になりがちな世界に文字通り花を添える植物でもあるのだ。

 レイシェルは廊下に出た後、先程のラルディンの話を聞いてイライラしていた。自分の実力からすれば下積みなど必要なく、一気に初陣を踏めると思い込んでいたからだ。

 いくら父の判断だからといって未熟者扱いされたようになれば腹が立ってくる。普段は萎縮するところであったが、今日は苛立ちがそれを上回った。

 普通ならば突然の留学の指示の方にに動揺するところだが、それは彼女にとって大した関心事にはならなかった。レイシェルは近くに居たメイドにぶっきらぼうに声をかけた。

「サユキとパルフィーを呼んで頂戴。”野狩り”よ」

 それを聞いたメイドは慌てた様子で小走りしながら広く長い廊下を駆けていった。レイシェルはそれを見届ける気もなく踵を返し、衣装室に向かった。

 衣装室に入るといくつもの豪華な作りのクローゼットや衣装箪笥が並んでいる。この部屋はレイシェル専用で侍女以外が入ることは許されていない。レイシェルは衣装室に入って立ったまま腕を組み、イライラした様子で足を踏み鳴らした。

「チッ。サユキはまだかしら……」

 数分した後、サユキが慌ただしく衣装室に入ってきた。すぐにレイシェルに向けて深々と頭を下げる。

「お嬢様、遅れて申し訳ございません」
「遅いッ!! 遅いわ!! ほら、服!!」

 そういうとレイシェルは椅子に座ってじっとした。

「ではお嬢様、失礼します……」

 サユキはレイシェルのボタンや服の装飾の結び目、ベルトなどを外して、手際よく彼女の服を脱がせ、野狩り用の服に着せ替えていった。その間、レイシェルは腕の上げ下げ程度でほとんど動かなかった。

 これはいつもの事で、レイシェルは自分で服を着たり脱いだり、着替えたりを全くしない。というより産まれた時から任せっきりにしていたため、出来ないのだ。

 もちろん着付けが全く覚えられないというわけではない。そこをあえて自分以外にやらせることによって自分の地位と尊厳を保っているのだった。

「お嬢様、お疲れ様でした。着付けが完了しました」

 鏡に自分の姿が映る。今まで来ていた過剰なまでの装飾のあったヒラヒラした服から一転し、機能美を優先した服になった。

 肩からは家紋の刺繍の入った短めの肩掛けを纏い、その下に着たピンクのブラウス正面にはヒラヒラとした装飾が付いている。

 さらにその下にはブレスド・プレートと呼ばれる祝福された胸当てが装備されていて、胸全体を守る構造になっている。ブレッシング(祝福補助)とエンチャント(魔法強化)は似たようなものだが、重ねがけすることが出来る。おまけにブレッシング装備は程度の差こそあれ、聖属性を宿しているのだ。

 下半身は動きやすいように短めの青色のスカートを履き、黒いニーソックスと足には赤いショートブーツを履いていた。

 ブレスド・プレート以外はどれも普通の服に見えるが、この衣装部屋にある服は大抵が高度にエンチャントとブレッシングを重ねがけされたもので、普通の服とは比べ物にならない耐久性能を誇っている。

 今、レイシェルが着ている服も、とても軽装に見えるが全身鎧をまとった重戦士よりも頑丈だったりする。

「よし、さっさと行くわよ」

 レイシェルは礼の一言も言わず、衣装室を出て行った。サユキも脱いだ服を片付けて足早に彼女を追った。レイシェルはそのまま早足歩きで玄関へ向かい、大きな扉を開けた。入り口には既にパルフィーが待機していた。

「よっ! お嬢。今日は何狩るんだ?」
「裏山のオオリクセイウチとノッテンサウラ狩りよ。一応ついて来なさい」

 レイシェルは早足を緩めること無く、サユキを振り返ることもせずどんどんと歩みを早めて屋敷の門を抜けていった。それをサユキとパルフィーが追うようについていく。

 屋敷の壁沿いにぐるりと正門の反対側に移動していくと雪原がなだらかな斜面に変わっていった。

 そのまま進んでいくと傾斜角度が上がっていく。かなり深く雪が積もっているが、三人共雪の上で沈まないよう加工された履物を履いているので何の問題もなく雪の斜面を登っていく。

 やがて、屋敷を囲むヴァルー山の中腹の開けた場所に出た。周囲は森に囲まれているが、割と広い雪原が広がっている。

 屋敷はその左右と後方をヴァルー山に囲まれている。山自体はさほど標高も高くなく、越えるのは難しくない。しかし、凶暴な野生生物やモンスターが数多く生息しており、山の生態系や特性を知らずに踏み込むと命にかかわるほどのものだ。

 特に、並大抵の腕前では倒すことの出来ない巨大恐竜、ノッテンサウラが棲む山として知られ、恐れられている。
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