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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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少女達の受難

 男性が叫びながら横を駆け抜けていった。

「大変だ~!! 移動サーカスのキメイラが檻をやぶってで逃げ出したぞ!! みんな脇にそれろ~!!」

 その叫びを聞いてラーシェ達の周りの人達もざわめき始めた。やがてドドスンドドスンという重量感のある足音が聞こえてきた。

「アイネ!! 今の聞いた!? そいつはここで食い止めるよ!! ここには学院生がいっぱいいるからここで足止めすれば皆助けてくれるはず!!」

 アイネもすぐにそれを了承してラーシェの10mほど後方に位置どった。

「ラーシェさん、ヒットアンドヒーリング、BtoBで!!」

 ラーシェは親指を立てて後方のアイネにサインを送った。ラーシェは腰を深く落として格闘の構えをとったが、履いていたミュールのせいで力がこもらない。

 おまけにスカートだったのでなんだか足を開いて構えるのが恥ずかしい。

「あ~あ~、お気に入りのミュールだったんだけどなぁ!!」

 裸足で真夏の舗装の上に立つわけにも行かず、ラーシェは吹っ切れた様子で左右のミュールのヒールをボキボキッっと折って思いっきり踏みなめした。ミュールはかかとがつぶれてサンダルのようになった。

 暴れているキメイラは熊、トカゲ、羊の姿をした3つの頭に獅子の胴体、猛禽類のような脚が4本に大蛇のしっぽを持つ怪物だった。大きさは大人三人分程度あり、かなり大きい。

 その姿は珍妙奇天烈で、サーカスの見世物としてはうってつけのように思えた。こんなキメイラは図鑑か何かでしか見たことがない。

「んも~!! こんなやつ手なづけられるわけないじゃない!! サーカス団は何考えてんの!!」

 どうやら歪に神経が繋がっているからか直進するしか脳がないらしく、ルーネス通りに沿って走って来たようだ。幸い、人や建物の被害は殆ど無さそうだ。

 行く手を阻むようにラーシェをが真正面に立つと、ようやく視界に障害物があると認識したのか飛びかかるように襲いかかってきた。

 ラーシェは鋭い前足の爪の一撃を横っ飛びでかわし、すれ違いざまに熊の頭に思いっきり拳を打ち込んだ。強烈なパンチに熊の頭が怯む。だが全てのパーツが別の神経を持っているらしく、この攻撃では熊しか怯まなかった。

 それに気付かなかったラーシェは横に生えているトカゲの顔が吐き出した青白い炎をよけきれず、火傷を負った。

「あちちちっ!! うわ~、痛覚が部位別なの!?」

 不意打ちで炎を浴びたラーシェの火傷は軽くはなかった。すぐに猛ダッシュでアイネの元に戻り、抱きしめあって体を密着させた。抱き合っている間、どんどん火傷の傷と痛みが癒えていく。

 10秒ほどで戦闘に支障がない状態まで回復した。既に学院生たちが加勢し、接近戦でキメイラを食い止めに入った。キメイラ近くの建物の2階からも弓やら魔法やらの遠距離攻撃の援護が始まる。

 攻撃を受けてあちこちの部位が滅茶苦茶に暴れている。バラバラな動きで統率もとれておらず、あまり知能は高くないようだった。だが、逆に各部位が別々に動くため、攻撃の予測を立てるのが難しかった。

 更に大蛇が口から猛毒の霧を吹いているようで、学院生達は攻めあぐねていた。次の瞬間、羊も白い煙を吐き出した。前衛がバタバタと倒れていく。

「何アレ!? まさか即死系のガスじゃないよね?」

 アイネは冷静に分析した。

「多分、催眠ガスだと思います。キメイラの中にはそういった能力を持つものも居ると教会で聞いたことが有ります」

 ラーシェは安心した。意を決して大きく息を吸ってから息を止めたまま唯一の前衛としてキメイラに再度突っ込んだ。

 遠距離魔法の援護でだいぶキメイラは弱っていたが激しく暴れている。これ以上侵攻されると、援護してくれているアイネや後衛が危ないと思い、正面からぶつかっていった。次にどこを狙うかラーシェは迅速な判断を迫られた。

(見た感じ熊の頭は本当に接近攻撃しか出来ないみたい。なら、火炎が厄介なトカゲと、催眠攻撃の羊を潰すべきかな!!)

 スカート姿なのでまたもや少し戸惑ったがすぐに地を蹴ってサマーソルトキックをトカゲの横面に打ち込んだ。キック後の宙返りはきれいな弧を描いた。それなりの手応えがあって、トカゲが火炎を吐く頻度が明らかに落ちた。

 着地して更に別の頭に追撃しようとすぐにラーシェは高くジャンプした。スカートが鮮やかにはためく。体をしならせながら、熊の頭の攻撃をかわしつつ空中でひねりを加えて体の向きを変え、勢いをつけた。

 背を向けた状態からだったが、見事にかかと落としの強烈な一撃を羊の頭にお見舞いした。この一撃で羊の頭も舌を出してぐったりとのびた。だが、キメイラはとてつもなく打たれ強く、まだ暴れるのを止めない。

 ラーシェはダメージの通りにくさを感じて、より多くの援護が必要だと判断した。

(ガスの充満していない所にコイツを移動させない援護は受けられない。となると!!)

 ラーシェは熊の頭の攻撃をまたもやスライディングでやり過ごし、キメイラの胴体の下に潜り込み腕をついてそれをバネにして思いっきり蹴りあげた。

「てやああああぁぁぁ!!」

 ズドンと鈍い音がしてわずかにキメイラが宙に浮く。ラーシェは受け身を取りながら胴体の下から転げ出た。胴体が苦痛で地面をのたうち回っている隙に素早くキメイラの後ろに回り込み、尻尾の大蛇の根元を思いっきり掴んだ。

 蛇が苦しそうにして毒ガスを吐きまくったが、ラーシェは息を止めているので毒や催眠ガスを喰らわなかった。ただ、ガスがすこし目に染みる。

(せいやッ!!)

 そのまま、戦える前衛が待機している方向に向けて思いっきりキメイラを背負投げした。ガスのない通りに放り出されたキメイラは学院生達の一斉の猛攻撃を受けた。

 またもや毒ガスを吐いていたが、今度は風属性系の呪文が得意な生徒によって対策が練られ、霧は吹き飛ばされ、かききえていった。

 さすがに四方八方からの攻撃にキメイラは耐え切れず、すぐに息絶えた。

 結局、ラーシェをはじめとする学院生達は大きな被害を出すこと無く、キメイラを食い止めることに成功した。学院生からも街の人達からも安堵と喝采の声が上がる。ラーシェがとぼとぼとアイネのもとに戻ってきた。

「ただいま~。あ~、ブラウスが毒霧でドロドロ。ミュールもこんなだし、スライディングなんかしたもんだからスカートも、帽子もどっか飛んでっちゃうし……もう最ッ悪!!」

 ラーシェは寄りかかるようにアイネに抱きついた。アイネも抱き返してBtoBヒーリングでラーシェの身体に異変はないかスキャンしていく。

「あ~あ。インヴィテーション・マッチで儲けた分、全部スイーツ代と服代でパァだわ……」

 がっくりとラーシェはうなだれた。

「良かった。どうやら目に入った以外は毒には感染していないようですね。目の解毒と跡が残ると困るので、完全に火傷を直してしまいましょう。それにしてもよくあんなに激しく動いてたのに長いこと息を止めていられましたね?」

 ラーシェは意外そうな表情をした。

「あれ? 話したこと無かったっけ? 呪文詠唱無しで肉体エンチャント出来る人は肺活量を強化して消費量を減らすることもできるんだよ。私は激しく動いても15分くらいは息を止めていられるかな」

 なるほどとうなづいてアイネは無邪気に言った。

「じゃあ素潜りダイビングとか出来るんですね~。うらやましいなぁ~」

 なんだか間の抜けた反応に思わず力が抜ける。火傷の治療が完了し、2人は体を離した。

「あ~、こんなドロドロな服、もう着れないよ。銭湯でも寄って借り衣装で帰ろっと」

 よく見ると接触したせいでアイネの服もシミだらけだ。

「あっ……ごめん。アイネの服も汚れちゃったね」

 面目なさげにしているラーシェの肩をポンポンとアイネが叩いた。

「じゃあ、一緒にお風呂でも行きましょうか~」

 ラーシェはニコッっと笑って二つ返事した。

 キメイラ進撃阻止の言い出しっぺということもあり、その場にとどまっているとなんだか面倒なことになりそうだったのでラーシェとアイネは素早く人混みに紛れ込んだ。

 結局、その日は銭湯でも語り、帰る前に寄ったアイネの家でも話し込み、2人はほぼ一日中雑談していた。それでは飽きたらず、明日も、明後日もこのガールズトークは続く事になるのだが。
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