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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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クラスのアイドル二人組と、ある夏の日

 裏赤山猫の月の28日、ラーシェは自室でとうとうグリモア5冊精読の課題を完遂した。

 最後は自力で終わらせたので達成感はあったものの、休暇を丸々一ヶ月も課題に費やしてしまった事に苛立っていた。部屋の隅に吊るしてあるゲルバッグをパンチしたり蹴ったりして八つ当たりする。

「課題が!! 終わったのは!! いいけど!! もう半分!! 過ぎちゃったじゃないッ!!」

アクアカラーで透明なゲルを詰めたバッグは衝撃を吸収しながらプヨプヨ揺れている。

「大体ね!! 解読してみれば何のグリモアかわかるって先生言ってたけど!! あたしが使えない魔法ばっかじゃないのッ!!」

 しばらくバッグをタコ殴りしていると、イライラ感が収まり、過ぎたことより先のことを考えようとベッドの上に大の字に寝転んだ。とりあえず何をしようか考える。

「あっ、そうだ、せっかくの休暇だし、アイネ誘ってスイーツパーラーにでも行こう!!」

 思い立ったが吉日とばかりにラーシェは出かける準備を始めた。真夏であるこの時期は日焼け止めオイルが欠かせない。

 外出用のバッグを肩にかけてつばの広い白い帽子をかぶり、明るい水色のブラウスと短めの丈のスカートを着てすっかり夏っぽい服装で女子寮を出た。明るめの服装に金髪のきれいなポニーテールが映える。

 アイネの家までは寮から徒歩15分といったところだ。屋外は直射日光が降り注ぎ、うだるような暑さだが街は開放感に溢れ、心地良さを感じる。

 もっとも夏が苦手な人にとってはこれが半年も続くとあってはたまったものではないとは思うのだが。学院では特に雪国出身の生徒はこの暑さにくるしめられると聞く。

 ラーシェは足早にルーネス通りを横切り、閑静な住宅街に入った。町並みを見ながらふと思う。

(何気にアイネもお嬢様よね~。ミナレートで一軒家持ちだし)

 アイネの家のドアをノックすると母親がドアを開けた。元気よく挨拶する。

「おばさんこんにちは。今日も暑いですね」
「あら、ラーシェちゃんじゃない。いらっしゃい。今日も暑いわね~。 アイネにご用? 玄関じゃあれだから、上がって行きなさいな」
「すいません。お邪魔しまーす」

 ラーシェはアイネの母親に招かれ、客間の大きなソファーを勧められた。壁には剥製がかけられ、床には頭付き大きな毛皮が、壁際には大きな時計が置かれていた。

 いつ見てもこれらの家具は見慣れない。初めてラーシェがアイネの家を訪ねたのはチームが決まって間もなくだった。

 女子間の雑談でアイネの実家がミナレートにあることが話題にのぼり、その時ラーシェとリーリンカはアイネに招かれて遊びに行ったのだった。2人揃ってアイネの客間の家具には仰天したものだ。

 それももう4年近く前の出来事だ。月日が経つのは早いものである。

「あ、ラーシェさんいらっしゃい。今日はなにか用事ですか?」

 アイネが夏らしいゆったりとしたノンスリーブのワンピースを着て客間に入ってきた。

「アイネ、やっと課題が終わったよ!! 憂さ晴らしにスイーツパーラーに行こうよ!!」

 それは名案だとばかりにアイネは即答した。

「いきましょうか。こう暑いとアイスクリームなんかが美味しいんじゃないですかね。早速準備してきますね」

 いつものようにだいぶ待たされてから準備を終えたアイネがやってきた。セミロングの明るい栗色の髪で、毛先のウェーブがなんともお嬢様っぽい。2人はアイネの母親に挨拶をしてから街へと繰り出した。

 ルーネス通りには女性に大人気のスイーツパーラー、『素逸庵すいつあん』という店がある。港町であるミナレートの地理を活かし、あちこちの地方のスイーツを集結させた”甘味のデパート”である。

 2階建てで、オーシャンビューを見ながらスイーツが食べられるとてもオシャレな店だ。オーナーは極東の小さな島国出身で”アンコ”など他のスイーツ店にはない独特な食材を使うことでも有名だ。

 ほとんど地元の名産のように思われている爆裂海藻ヨウカンの製造元も実はこの店であり、本来はヨウカンも海外の甘味らしい。休暇中ということもあって、ここも学院生で溢れていた。

 観光客も多く訪れる店なので余計にごった返している。本店舗はもう満員だったので、一階の店外に置かれたパラソル付きのテーブルに2人は座った。ラーシェが帽子を脱ぎながら得意げな笑みを浮かべた。

「あ、今日は全額アタシのオゴりでいいわ」

 アイネはポカーンとして不思議そうな顔をしている。

「あ、あの……何かいいことでもありました?」

 ラーシェは深く椅子に腰掛けて学生証をテーブルの上にすべらせた。出入金の履歴が表示される。

“ラーシェ・ロブスレー 25,800シエール コロシアム ウンエイヨリ ニュウキン”

 「ふふん。この間のインヴィテーション・マッチでザティスに3000シエール賭けたら8.6倍で25,800シエールのリターンよ!!」

 なるほどと言った具合にアイネが首を縦に振った。

「あー、あー、あの時の! ザティスさんに賭けてたんですね~。私、アンナベリーさんにもお世話になってたのでどっちを応援したらいいかわからなくて」

 ラーシェはスッキリしないような表情であの試合を振り返った。

「いやぁ、さすがに勝てるとはおもってなかったんだけどね……。あの試合はすごかった。エルダー2年に勝つとか。でもさ、あいつ結局その後に7か8連勝でミドルのウィザードに完封負けしちゃったんだよね。おとといの事だっけかな。だからきっとまだ静養中だね」

 アイネは残念そうな顔をしたが、思いついたように言った。

「これでまたザティスさんのウィザードに対する鬱憤がたまっていってしまいますね」

 ラーシェは腕を組んで首をかしげた。

「う~ん、アイツ遠距離魔法全く使えないのに意地張って魔術師専攻とって留年してたみたいだからなぁ。正当な理由というよりやっぱり八つ当たりだよ八つ当たり」

 話しながら店のウェイターを呼んで注文する。

「私は冷やしアズキパフェで」
「私は~、武士コオロギアイスタワーでお願いします」

 2人のたわいのないトークは続く。

「リーリンカが居ないと寂しいね。もう帰郷してるころだろうね。でもなんだろう、すごい嫌な予感がするんだよね」

 その発言を打ち消す気があったかなかったは定かではないが、アイネが真面目な顔でゆっくり語りだした。

「リーリンカさんといえば、私、一週間くらい前にリーリンカさんが結婚式をあげてる夢をみました」

 所詮、夢の話だと普通は流されるところだが、聞き捨てならないとばかりにラーシェはアイネを指さした。

「アイネの夢って良く正夢になるんだよね。予知夢……ってやつかな? 夢でアタシが男を振りまくってたって話を聞いたら、本当に1日に3人にもナンパされた事があったしね……で、肝心の相手は誰だった?」

 アイネは目を閉じて記憶をたどるように思い出しているようだったが、少し間を置いて口を開いた。

「それがですねー、結婚相手はマフラーみたいな、マスクみたいな服装で顔がよくわからなかったんですよ~」

 ラーシェはそれを聞いて思わずずっこけた。

「なんじゃそりゃ。でもなんかその夢が私の嫌な予感とリンクしてないことを祈るわ」

 今度はアイネから話題を振った。

「ファイセルさんも帰郷組でしたね。でも徒歩だって言ってましたし、多分一番苦労してるんじゃないでしょうか?」

 ラーシェはテーブルの上に投げ出されていた学生証をしまいながら答えた。

「ちょっと細めで貧弱っぽいなりをしながら実は結構腕利きだからね。心配すること無いんじゃない? そんな事よりファイセル君といえばあの鈍感なとこはどうかしたほうがいいよね~。リーリンカが可哀想だわ。もうすぐこのチームの解散も近いし、なんとかしてあげたいとこなんだけどね~」

 アイネは腑に落ちないといった感じでラーシェに問いかけた。

「でも、あんなに女子からの評判のいいファイセルさんがラブレターをもらったり、告白されないのはどうしてなんでしょうか……?」

 ラーシェはテーブルに頬杖を付きながらなぜだろうと考えたが、それらしい理由が全く思いつかない。

「ん~、幸薄そうなとこはあるっちゃあるよね……あとは少し優柔不断なとこがあるね~。でもどっちも言うほど目立つ欠点じゃないしなぁ」

 その後もスイーツを食べながら2人で議論を重ねたが、一向にそれらしい結論は出なかった。まさか自分たちに原因があるとは思いもせずに話は続いた。

「しかしさ~、なんだかんだでウチの男子連中はモテるよね~。ファイセル君はルックスと優男風の性格、対照的にザティスは男らしくてワイルドな性格でさ」

 それを聞いてアイネが口に手を添えて質問してきた。

「うふふふっ。ちなみにラーシェさんはどちらかとお付き合いしたいと思った事はあるんですか?」

 それを聞いて思わずラーシェはなんて事を聞くんだとばかりに逆に聞き返してきた。

「そ、そういうのは人に聞く前に自分が答えるべきでしょ!!」

 アイネは目線を泳がせながらしばらく迷っているようだったが、決まったとばかりに回答した。

「どちらかと言えば、ファイセルさんですかね~。ちょっと頼りないけどやっぱり優しいですし、一緒にいるとこちらも優しい気持ちになります」

 ラーシェはやや恥ずかしそうだったが、アイネの選択を聞いてそれに乗っかる形で答えた。

「アタシもアイネと同じような理由でファイセル君かな。恋人としてはちょっと物足りないとこあるけど。ザティスの方もかっこいいにははいいんだけど、何かと荒いしコロシアムとか見てると破壊願望があるとしか思えないんだよね~」

 すかさずアイネが質問を重ねた。

「じゃあどんなタイプの人が好みなんですか? 結構男性に声をかけられているみたいですが、なぜ全部つっぱねてしまうんですか?」

 ラーシェはまたもや恥ずかしそうな顔色を見せた。

「実はファイセル君の事も、ザティスの事も結構気にいっててさ。でもどっちもいまひとつじゃん? かゆいところに手が届かないというか。だから理想を言えばファイセル君とザティスを足して2で割った感じの人ならいいかななんて。逆にそんな感じじゃないと納得できないというか」

 アイネが苦笑いしながら首を横に振った。

「それはハードル高すぎですね~。どっちかが売り切れてしまう前に決めたほうがいいんじゃないですか~?」

 そっくりそのままその言葉を返さんとばかりにラーシェは言い放った。

「ハードル高いのはアイネもでしょ~。大体、何人振ってんのよ~。それにファイセル君は予約入ってるじゃん」

 お互いにモテル女しかわからない苦労話が続く。散々他愛のない話を語り合ってから2人はひとまず満足した。会計を宣言通りラーシェが払い、店先を後にしようとした時だった。通りの奥から叫び声や悲鳴が聞こえてきた。

 徐々にその音は近づいてきてルーネス通りの人々が通り脇の店や小道に急いで逃げ込んでいるのが見えた。

「何事?!」

 ラーシェは背伸びして騒ぎがある方を見つめた。
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