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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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エンゲージ・チョーカーの行方は

「ではこの『エンゲージ・チョーカー』をお互いの首につけ、永遠の愛を誓っていただきます!!」

 司会者も式のクライマックスに向けて熱を帯びてくる。神官が大きめの箱を開けると男性用と女性用の漆黒の首飾りが1つずつ用意されていた。

 この後、チョーカー交換から誓いのキスに移り、退場で式は終了する。潰しを挟むタイミングはチョーカーをつける前、新郎新婦が向かい合う今まさにその時だった。厳かな雰囲気で静まり返った会場に怒号のような名乗りが響き渡った。

「待たれよ!! 我の名はカルバッジア!! その娘、気に入った。私が買おう!!」

 大声を上げながら立ち上がったファイセルに広場中の注目が一点に集まった。

「あにぃ?!」

 ラーレンズは苦虫を噛み潰したような顔で睨みつけてきた。

「聞こえなかったのか? その娘を私が買うと言っているのだ!!」

 真っ先に式場の女性陣から黄色い声援が飛んだ。ファイセルはそのまま胸を張ってカーペットの敷かれた通路の真ん中を歩き、舞台へ迫った。

 ボディーガードがすかさず行く手を阻むが、”潰しに来た”と告げると大人しく引き下がった。突然の出来事に式場は騒然としたが、すぐに状況を把握したのか会場中から大音量の歓声と煽るような叫び声が聞こえてきた。
舞台に上がってラーレンズと対峙する。

「小僧~、ふざけるなよ。貴様、どこの者だ」

 ファイセルは自信を持って返した。

「北部の祖父の遺産を元手に、こちらで実業家をやっている。始めて間もないので貴君が知らないのも無理は無い」

 そのまま一気に畳み掛ける。

「それにしても貴君にはデリカシーというものは無いのかね? 自分の紹介ばかりで肝心の花嫁の紹介が全くない。レディに敬意も払えないのかね?」

 どんどんラーレンズの顔が険しくなっていく。

「それに、来客を追い払うとはどういうことだ。食事は皆で楽しく食べるものではないのかね? 見返りのない者とは食事できないのかね?」

 ラーレンズは今度は顔を真っ赤にして怒り始めた。

「大体、私はこの家業を始めてから、貴君に関していい噂を聞いたことがない。なんでもかんでも金で動かせると思っているならそれは大きな間違いだ!! 特に「人の心」は金では買えないッ!!」

 普段威張ってばかりのラーレンズがここまで徹底的にこき下ろされる様を見て式場全体が地響きするような歓声や叫び声やらで包まれた。リーリンカの顔色を伺うとあんぐりあいた口に手を当ててひどく驚いているようだった。

(ふふふ、これ僕だって気づかれてないんだろうなぁ。そりゃ驚くよな)

 ファイセルは思わず意地悪な笑みを浮かべたが、ノダールの下の表情が覗かれることはない。

「おい、銀行屋呼べやぁ。買うっていうからにゃ大層な額払ってくれんだろうな? アァン!?」

 ラーレンズが顔を近づけてガンを飛ばしてきた。すごみながら脅しをかけてくる。

「てめぇ、よくも散々泥ぉ塗ってくれたな。当然、俺を誰だとわかっててツブしかけてきやがったんだよなぁ?! タダじゃすまねぇと思え。末代まで俺にツブし仕掛けた事を後悔させてやるよ!!」

 しばらくするとラーレンズのガードマンに銀行員のお姉さんが引っ張られてきた。

「ちょちょっ、出張業務はしますからどうかお手柔らかに……」

 ファイセルは銀行員に近づいてガードマンの手を払いのけた。

「痛そうにしてるじゃないか。手を退けるんだ」

 ガードマンは注意されると不満そうな顔をして離れていった。それを確認して銀行員に本名の口座を伝え、偽名を使うように頼んだ。ファイセルとラーレンズの間に銀行員が立ち、婚潰しがいよいよ始まった。

(さて、いよいよ本番だ。あとはこいつが1000万以下の請求をしてくるのを願うしか無いな)

 ファイセルは思わず拳を握った。手にはじんわりと汗をかいていた。

「んじゃ、まず一番カネがかかってるとこから行くか。花嫁の一族にくれてやった分が400万はあるぜ」

 ファイセルは涼しい顔をして400万振り込んだ。

「えー、ええっと。カルバッジア様からラーレンズ様に400万振り込みました」

 銀行員のお姉さんは一見紙のノートのように見えるマジックアイテムを触り、口座のデータを入力した。学院のコロシアムで使われている入金システムと良く似ているものだ。

「あ、アァン!?」

ラーレンズは思わず目をパチクリさせて口座を確認した。心なしか動揺しているようにみえる。

「つ、次にだなぁ、結婚式場の設営や、街の装飾に300万はかかってんな。どうだ? もう払えねぇだろ!?」

 ファイセルは少し焦ったが、ここで弱みを見せると負けると思い、またもや何食わぬ顔で300万振り込むよう宣言した。銀行員は入力後、ノートをひっくり返してラーレンズに見せた。

 “―ラーレンズ・ジッパ サマ 300,000シエール カルバッジア サマ ヨリ ニュウキン”

「ほ……ホントに振り込まれてやがる。こいつ、狂ってやがるぜ……」

 ラーレンズの勢いに明らかに陰りが見えたが、これならどうだと言わんばかりに請求を続けてきた。

「まだだ。最高級のエンゲージ・チョーカーは200万はしたぞ!!」

 ファイセルはラーレンズを睨みつけた。

「それで、最後か? 振り込んでくれたまえ!!」

 再度、銀行員は操作入力をしてからノートをひっくり返した。ラーレンズの口座に合計900万シエールが振り込まれていた。

「畜生!! てめぇ、ホントにイカれてやがる!! そんな乳臭いガキに900万も払うなんて正気じゃねぇ!! へ、へへへ。だがよ、元手は十分もらったからな。そんなガキくれてやる!! 好き勝手にしろ!!」

 ラーレンズはそう捨て台詞を残して式場から逃げるように立ち去った。大金を手にしたものの、大衆の前でこんな大恥を晒して、ラーレンズはもはや今までの暴君のような生活は送れないだろうと誰もが思った。

「失礼ですがガルバッジア様、振込手数料の方が27万シエールとなります」

 ファイセルはサインして手数料を振り込んだ。ギリギリのところで資金が間に合ったため、思わず胸をなでおろす。ノダールの中身は冷や汗でぐっしょりと湿っていた。

 まだ緊張のせいで心臓がドキドキしている。これで婚潰しも一段落ついたろうと一安心していると背後の神父から声がかかった。

「あー、えー、では。気を取り直して、エンゲージ・チョーカーの交換です。新新郎の方は新婦と向い合ってください」

 振り向く顔が引きつる。ファイセルは今頃になって婚つぶしというものは結婚式ごと丸々買い取ってしまう行為だったということを思いだした。リーリンカを解放することに必死になっていて、大事なことをすっかり忘れていた。

(えっ!? って事はこれは僕とリーリンカの結婚式になるのか!? ちょっとちょっと……それは……)

「あの……新郎さん? 早く向い合ってくれませんかね?」

 振り向くとそこにはぎこちなく力の入ったリーリンカが立っていた。向い合ってすぐに素性を伝えればリーリンカが止めに入るだろうとファイセルは踏んで大人しく定位置についた。

「リーリンカ、僕だよ僕!! わかるだろ!? 僕だよファイセルだよ!!」

 そう声に出すとリーリンカがさきほど以上に驚いた様子で見つめてくる。聞き慣れた声にすぐにノダールの中身がファイセルだと気づいたようだった。

「ファイセル……? お前、ファイセルなのか!!」

 驚きのあまり彼女の目が見開かれた。そしてすぐに涙をこぼし始めた。彼女は思わず流れるその涙を指で拭った。しばらくして、落ち着いたのかあふれんばかりの笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっと、リーリンカ? いや、だから買ったのは結婚式だけど、これは結婚式ではなくて、ラーレンズの結婚式を……」

 ファイセルは焦ってしどろもどろになってよくわからない事を言った。

「わ……私は……私はまんざらでもないんだけどな」

 リーリンカはチョーカーを手に取り、背伸びをしてファイセルの首に迷いなくはめた。

「え? えええええええ!?」

 いきなり首に婚姻の証であるチョーカーをつけられてファイセルは頭が真っ白になった。

「レ……レディに恥をかかせないでくれよ……」

 リーリンカは今まで見たこともないような女の子らしい仕草でモジモジしている。ファイセルは完全に狼狽していたが、とりあえずこの場だけは取り繕っておかないと婚潰しが成立しないと思い、震える手でチョーカーを受け取り、下を向きながらリーリンカの首にはめた。

「両者、夫婦の契りのチョーカーを交換しました。それでは、誓いのキスを」

 神父が声をかけるとリーリンカは瞳を閉じた。ファイセルは意を決してノダールの口元を引き上げて、身長が低いリーリンカに合わせてかがみ、やさしく口づけした。

始めてのキスだったので不器用さが丸出しだった。キスが終わるとリーリンカが目をうるわせて嬉し泣きなのか涙を浮かべてこちらを見つめながらささやいてきた。

「ずっと前から好きだったのに……気付かなかったお前が悪いんだぞ……でもまさか、こんな事が起こるなんてな。私は夢でもみているのかもしれないな……」

 そう告白されても今のファイセルはひどく混乱していて全く状況についていけていなかった。普通ならこんな美少女を嫁にもらって喜ぶところなのだが。そのまま腕を組んで舞台の階段を降りる。

 階段を降りた直後、ファイセルは男性陣に、リーリンカは女性陣にそれぞれ歓迎を受けた。ファイセルは引っ張られるように男性陣に引き込まれ、わけもわからぬまま何回も胴上げされた。

 親族だけでなく、参加していた富豪や貴族からもよくぞラーレンズを叩きのめしたと賞賛の声が雨あられとかけられた。

 一方のリーリンカの方は彼女の両親らしき2人がラーレンズから解放された事に喜び、おいおいと泣き声を上げながら喜びあっていた。他の親族や友人たちも安堵感からかリーリンカと抱き合いながら泣いているものも何人も居た。

 皆、リーリンカが買われていくことにやるせない無力感と良心の呵責があったのだろう。舞台上でのやりとりから新たな自分とリーリンカは知り合いだと既に伺い知ることが出来ていたようで、解放の喜びと同時に結婚の祝福もされているようだった。

 その様子を見て、ファイセルは結婚のどうこうは置いておくとしてなんだかんだでここまでやった甲斐があったなと実感した。これで協力してくれた師匠やアッジル夫妻に報いることも出来たなと思える。自分はというと気づけばテーブルに座らされていて食事やら酒やらを目の前に置かれた。

「新郎、カルバッジア殿に栄光あれ!! まずは軽く一杯!! 最高級のロロの実の酒です!!」

 見知らぬ貴族にコップいっぱい酒を注がれた。口にしてみると喉が焼けるような感覚に襲われた。

(きっつ~!! こっ、これはバリバリの古酒じゃないか!! しかもかなり度数が高い!!)

 東部はアルコールに強い人が多いとは噂に聞いていたが、まさかこれほどの度数の酒をコップ一杯も飲むなんて考えられなかった。

「申し訳ない、私、下戸でして」

 そう宣告するとすぐに別の飲み物が出てきた。

「あ~、じゃ甘いのとかはどうです?」

 こちらはジュースのような甘さで、新酒のようだった。一杯ぐいっと飲むと周りの男性陣から大きな歓声が上がった。

「おお!! これはプルッシェ・ティッシアというお酒です。全然下戸ではないですね!!」

 酒と言われたが、酔いも来ずただのジュースと変わらないので全く意識せず、食事片手にその酒を飲んでいた。しばらくすると物凄い眠気が襲ってきた。

 昨日は早寝したが、みっちり特訓していたし、昨夜もぐっすり眠れたかと思えばそうでもない。疲れから眠気が来たのだなと思っているといつの間にかテーブルに伏している自分に気づいた。

「――あー、つぶれてしまいましたな。ツブしにきたのにつぶれるなーんて」
「こういうところを見るとまだまだ酒の飲み方もしらんただの若造だな」
「下戸だと言ってるのに容赦がないですな」
「いや、プルッシェ・ティッシアなんてジュースみたいなものですし……」

 富豪や貴族の波をかき分けて男性が2人やってきた。

「婚潰しの英雄にその態度はあんまりではないですかな?」

 黒めのノダールに混じって紺色のノダールを巻いたアッジルがファイセルに寄り添いながらぼやいた。

「大変失礼ですが、酒で新郎を試すなどとは私もあまり趣味が良いとは思えません」

 リーリンカの父も不満な表情を浮かべながらファイセルの隣に立った。2人の抗議を受けて、貴族や富豪たちは動揺しながら深く頭を下げた。身分的に言えばこんな事はまずありえないが、富豪の関係者となれば話は別だった。

 アッジルとリーリンカの父は2人でファイセルの腕を支えてテーブルから立ち上がらせ、そのまま引きずるように目立たない裏口から退出した。
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