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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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勝者は血反吐を吐きて闘技場に立つ

 ザティスはあわや大剣に激突するかというところで呪文を詠唱した。

「アクセラレイト・クォーター!!」

 そう唱えた途端、雑音が一切消え、周りの全てが静止したように感じる。ザティスには爆発しそうに激しく響く心臓の音しか聞こえない。

 通常のアクセラレイトは発動後、少し鼓動に余裕が有るのだが、それに対してクォーターはほんの一瞬だけしか時間の猶予がないため、発動直後から激しい動悸に襲われることになる。

 ザティスは一旦、突撃するのを止め、ゆっくりと左側から迫ってくる刃を体の重心を右に傾けてかわした。そのままアンナベリーが身構えていない方向へと交差した腕を突き出して方向を定めた。

 ほんの数秒の出来事だったが、ザティスにとっては十分な時間だった。限界を感じ、アクセラレイトの呪文を解き放つと時間の流れが元に戻った感覚を感じる。

「うおおおおおおらあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 ザティスとアンナベリーが刺し違う形でぶつかった様に観客席からは見えた。だが実際はうまくザティスが剣戟をやり過ごし、猛スピードのカウンタータックルを炸裂させた。

 空中に跳ね上げないようにアンナベリーの上半身を押しこむような形で腕を押し当て、どんどんコロシアムの端へと追いやっていく。このとっさの動きにアンナベリーはついていけず、胸に強烈な体当たりと大やけどしそうな熱気を食らった。

「今の高速な動作、出たーーーーーーーーーッ!! ザティス選手十八番の加速魔法、アクセラレイトだーーーーーー!! あっという間に大剣をかわしつつ突っ込んだーーーーーッ!!」
「しかもこれはクォーターですね。なかなか狙って時間を調節するのが難しい魔法なのですが、ザティス選手、器用に調整してきました!! ですがアクセラレイトは短時間の発動でも間違いなく負荷がかかります。両者ともにここを耐えきれるかどうかがカギですね」

 予想外の方向からの炎の熱気を帯びたタックルを受けて思わずひるんだアンナベリーはぐらりと姿勢を崩したまま壁際へと追いやられていった。

 すぐさま攻撃の体勢に転じようとしたが、大剣を持ったほうの右手はタックルで押し込まれて動かせない。

 そのため、突撃を続けるザティスの胸部に隙を見つけ、そこをめがけて左手でアッパーを放った。ザティスの腕の下に覗く胸元は炎に包まれている以外は無防備で、左手の一撃はクリティカルヒットした。

「良い技ッス!! だけど、残念ながらエルダーは“こっから”なんッスよ!!」

 気合を入れ直してパンチを打ち込んだものの、手が激しい熱気に包まれ、思わずアンナベリーの表情が一瞬、歪んだ。

 にもかかわらず熱気にひるまずに3発程、素早くアッパーをザティスの胸に打ち込むとザティスはダメージによってそれ以上の進撃が困難になり、アンナベリーを弾き飛ばして距離をとった。

 コロシアムはハイレベルな戦いに釘付けになり、長いこと異様なまでの静寂に包まれている。

「ザティス選手、壁際まで追い込んで一気に炎で炙って押しつぶす気だったようですが、アンナベリー選手の素手の攻撃により進路がズレました!! 2人の状態はどうでしょうか!?」

 アンナベリーは突進を食らった右胸を押さえながら立ち上がった。重症といえる傷は無いが、ところどころ深めの火傷をしているようだった。特にパンチを打ち込んだ左手の火傷は目に見えてわかる。

 しかし、決死の突撃を食らった割にはケロっとしていて、息も上がっていない。一方のザティスは余った勢いで炎と砂煙を上げながらコロシアムを滑走し、離れた位置でアンナベリーの方を向き直った。

 こちらはパンチを食らった胸を押さえ、息が上がっている。攻撃を仕掛けた側なのに追い込まれているようだった。

「これは……アンナベリー選手、うまく捨て身のタックルが完全に決まるのを阻止しました。直撃を受けたのにまだ余裕が見て取れます。かなりタフですね。一方のザティス選手、またもや内臓を突かれました。おまけにアクセラレイトの反動からか、かなり苦しそうです」

 アンナベリーは胸に手を当てたまま目をつむり、気持ちを落ち着かせて自己治癒呪文の詠唱を始めた。

「これがコロシアムッスか……やっぱ対人はやりにくいッスね。……オウンヒー…………ぐぐっ!! い……いきがっ!!」

 アンナベリーが突如、呪文の詠唱を止めて大剣を地面に突き立て、それに寄りかかるようにしがみついた。ザティスも全身に激痛を感じて片膝をついていたが、不敵な笑みを浮かべた。

「へへっ、呪いの次は毒とかどうだい? まだまだ”こっから”なんだろ?」

 アンナベリーにかかった毒は本人が気づかないうちにジワジワと体を蝕んでいた。症状を自覚した頃にはもう遅く、解毒呪文を唱えようにも集中力はかき乱されている上に、呼吸が確保できずにとてもコンセントレーションできそうな様子ではない。

「ぐっ……ぎぅ……ど、毒ッ!! あのとときの葉っがっ!!」

 アンナベリーは苦しそうに解毒を試みているようだったが、呼吸を確保するのが精一杯に見える。

「アンタが背中を見せた時、あれくらいのチャンスならもっと強烈な魔法を使うのがセオリーだろ。そこをあえてあの中途半端な葉っぱを飛ばしたのはこのためさ。チャーチ・ガーディアンじゃこんな汚ねぇ戦法使う奴いねーだろうからな!!」

 そう言いながらザティスは片膝に手をついて立ち上がり、堂々とファイティングポーズをとった。顔は苦痛にゆがんでいるが、してやったりという表情をしている。会場は沸騰しそうなほどヒートアップした。

「呪いにまさかの毒攻撃!! さすが狂犬!! 汚い、汚いぞ~~~!! チャーチ・ガーディアンをおちょくっているとしか思えない!!」

 アンナベリーに賭けた生徒や、ファンの生徒やらから大ブーイングがあがる。これにはさすがにラーシェもアイネも呆れた。

「観客の方々、確認しておきますがどんな卑怯な手を使おうとコロシアムでは基本なんでもありです!! そういう狡猾さも”強さ”ではありますので!!」

 アナウンサーは好試合に恵まれたからか楽しそうに笑いながらアナウンスしている。

「それにしてもさりげなく仕込んできました~~~!! どのタイミングで毒属性をしかけたのでしょうか?!」
「多分、足元に陣を張って追加変化詠唱をかけた辺りではないですかね? 陣の上からは一歩も動いてませんでしたし、クリムゾン・リーブズ・ダーツを放ったのも同じ位置でしたからね。毒の特性はよくわかりませんが、アンナベリー選手が大きく呼吸を乱していることから、ピンポイントに呼吸器官を狙った麻痺毒の可能性が高いかと思われます。あれでは解毒呪文の詠唱は絶望的ですね。解毒薬も携行していないようですし、これはまずいです」

 観客から飲み物のビンやら何やらがコロシアムに投げ込まれるが、全て見えないバリアに弾かれた。

「あー!! 危険なので物を投げないでください。ご存知とは思いますがコロシアム観覧席と試合会場は魔術障壁によって隔離されています。安全に試合を観戦するためのものですのでご了承ください。っていうか物を投げないでーーーー!!」

 アナウンサーが大声を上げて制止するとあまりのうるささに騒ぎが沈静化した。解説役が何事も無かったかのように分析を始める。

「えー、アンナベリー選手はザティス選手をはるかに上回る実力を持っているのは誰の目にも明らかではあります。しかし、データによると彼女はコロシアムでの実戦経験が全くありません。おそらくコロシアムでの戦いに馴染みが無かったのでしょう。かたやザティス選手は殴り殴られコロシアムの常連です。そこら辺が実力差をひっくり返している大きな要因だと思われます」

 そう解説担当が話していると突如アンナベリーが地面から大剣を抜き放った。目を閉じて瞑想しているようにも見える。ザティスはそれを見て最後の激突が起こることを予測した。

(恐らく、残った最後のスタミナを全てリミッターを外した攻撃に回してくるだろう。通常なら十数分は無呼吸で活動できるだろうが、毒が効いてるから意識を失うまでは後3分程度っつーとこか。こっちもアクセラレイトはもう使えねぇ上に体中は痛ぇし、すっかりバテちまってる。あと3分も耐えることができんのか……?)

 アンナベリーはもう何も喋れなくなっていたが、大剣の切っ先をザティスに向けて威圧感とはじけるような殺気を放っていた。

 先ほどまで苦しげにもがいていたが、今は完全に研ぎ澄まされていて乾坤一擲といったところだ。瞬く間に両腕で大剣の柄を握り、切りかかってきた。

「スラッシュ・アブソーブ!! アンチショック!! スラッシュ・パームテイション・ショック!! トリプルレイズッ!!」

 回避不可能と悟ったザティスは斬撃に備え、かたっぱしから呪文を唱えながら防御姿勢に入った。後ろに飛び退きながら大剣の連撃に備える。

さすがに本気で斬りつけられれば一撃で致命傷を免れないのでザティスは斬撃で狭い範囲にかかる負荷を衝撃として分散する呪文を使った。最初の攻撃が嘘かと思えるくらいに素早く、強烈な斬撃が続く。

(……バレン先生の時を思い出せ……こうやってボコスカやられて最後は情けねぇKO負けだ。今回はなんとしても勝ってやんよ!!)

 目にも留まらぬ高速な剣さばきを喰らって見る見るザティスがズタボロになっていく。観客達は大きな声を上げて盛り上がった。ちらほら立ち見する人も出始めた。

「あああああああ!! アンナベリー選手、鬼神の如き怒涛の斬撃!! とても大剣を振り回している速度とは思えないーーーー!! さすがにザティス選手もこれには防戦一方だーーーー!!」
「ああっ、これは防ぎ切れてないです!! 間違いなく大ダメージです!! しかし、アンナベリー選手も、もういつ気を失ってもおかしくありません!! 今度はアンナベリー選手が捨て身の攻撃に出ました!!」

 アナウンサーの絶叫が遠くに聞こえる。アクセラレイトを使っても居ないのにザティスには剣の動きがスローに見えていた。しかし、自分も同じくゆっくりとした動きで剣を回避できるような状態ではない。

 目の前で剣を振りまくるアンナベリーは額に大汗を浮かべ、片目をつむり苦痛に満ちた表情だった。その状態でこちらは上下左右から滅多打ちにされている。

 同時に自分の意識が遠のいていくのも感じたが、一か八かの勝機にかけて歯を食いしばり、閉じかけた目を見開いた。

「リリース・アンチショック!!」

 次の斬撃からくる衝撃でザティスは空中に吹っ飛び、大きくアンナベリーと距離を開けてコロシアム端の壁に激突した。そのままズルズルと壁沿いに落ちてうつ伏せに倒れこんだ。

「ああああっ!? ザティス選手、耐衝撃魔法を解除しました!! こーれーはー痛い。しかしなぜこのタイミングで解除したのでしょう? まだ攻撃が続くのはわかっていたはず!!」
「いや、ちょっと待って下さい!! アンナベリー選手も両膝をつきました!! 大剣が手から離れます!!」

 アンナベリーの持っていた大剣がするりと力ない手から抜けてガランガランと音を立てて地面に落ちた。

 先ほどの一撃でザティスが吹っ飛んだせいで距離が離れたために、もはやアンナベリーには追撃する余裕は無さそうだった。両膝をついた後、前のめりに倒れて四つん這いの体勢になる。

「ああーーーーーーー!! アンナベリー選手、地を舐めたーーーーーー!! こらえる!! こらえるが今にも崩れ落ちそうだ~~~~!!」

 アナウンサーが実況すると同時にアンナベリーも音を立ててうつ伏せに倒れこんだ。

「これは僅差ですが、最後まで立っていたアンナベリー選手の勝…………あっ!!」

 観客がアンナベリーに注目している最中、うつ伏せにベッタリと地面に伏していたザティスの腕が動いた。そのまま地を押して重たそうに胴体を持ち上げる。

「ザティス選手!! なんとまだ動ける!! さきほどの魔法解除は相手と距離をとるためにあえてとった行動のようです!! この状況を狙ったのでしょうか?! もしこのまま戦意を見せればザティス選手の勝利となります!!」

 ザティスの愛用しているローブはもうボロボロで、破けた制服から覗く肌は痣だらけだった。

「ゴホッ……グッ!!」

 最後の無防備な状態で喰らった一撃が相当効いたらしく、ザティスは大量の血反吐を吐いて再び地に手をついた。それでも彼は立ち上がろうとするのを止めない。地面を握りしめて上体を起こし、膝で立った。

「グッ、ゲホッ、ゴホッ!!」

更に苦しそうに多くの血反吐を吐く。彼の前には血だまりができていた。口についた血をローブの裾でおもいっきり拭い、立ち上がる素振りを見せる。

 ザティスの狂気じみた根性にコロシアムは静まり返った。興奮する者、驚く者、不快感を示す者、怯える者、皆一様に沈黙を保ち、試合会場を見つめている。

 ザティスは一気に膝を立てて手をつき、立ち上がった。上体をフラフラさせながらだったが、両腕を勇ましく突き出し、戦意を示した。

「ザティス選手の勝利ッーーーー!! 大金星です!! 見習いとはいえ、チャーチ・ガーディアンを撃破しましたーーーーーーーーッ!!」

 すぐに救護班が2人をコロシアムから運び出した。観客席は皆スタンディング・オベーションでヤジなんだか歓声なんだかわからないものが飛び交っている。

 おまけに色々な物も飛び交っていて迂闊に頭を上げると何かしらの飛来物に頭をぶつけかねない。

「はいはい!!物を投げるのはやーめーてーくーだーさーいー!!」

 アナウンサーが注意を促すがなかなか事態は収束しそうにない。というか更に混乱は度合いを増すばかりだった。

「はい。ここで担当の先生方からインタビューを……」

 ラーシェとアイネはそれぞれ混乱する観客席を抜けてすぐに医務室に向かった。
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