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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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天翔ける勇気を君に

「あ! オルバ様の妖精さんですか? いつもウチの息子がお世話になっています」

 応じたのはファイセルの母だった。サプレ家はファイセルをオルバの修練に通って以来、しばしばオルバと妖精を介して近況報告などを聞いたりしている。

 そのため、いきなり妖精が現れてもさほど驚く様子もない。すぐにリーネが安定した水源に移され、テーブルか何かの上に置かれるのを確認できた。

 こうやってオルバとやりとりするのはシリルの町長とサプレ家くらいのものである。

「おひさしぶりです。お元気でお過ごしでしょうか。ファイセル君が街に戻ったという報告は聞きましたか?」

 こちら側では男性の師匠が水面に向けて声をかけているが、多分向こうで可愛らしい姿をした妖精が幼気のある少女の声で喋っているはずだ。

「ええ、こちらはおかげさまで。オルバ様も元気そうで何よりです。ファイセルの話は聞きましたが、妖精さんの近くにいるのですか?」

 リーネはうなづいた。今はリーネ固有の人格は通信モードのためオフになっていて、会話に加わったりして影響を与えることはない。

「はい。今回はファイセル君から話があるそうです」

 リーネはそう伝えてニッコリしながらファイセルの母をみつめた。

「いつ見ても可愛らしい妖精だこと。今日は見たことのない妖精さんですね。新しい子なのかしら」

 その直後、部屋の扉が開く音がした。

「おかーさん? そろそろおひる……って誰と話してるの?」
「ああ、オルバ様の妖精とお話しているの。お兄ちゃんが伝えたいことがあるらしいわよ?」

 そう聞こえてきたのでオルバはタイミングを見計らってファイセルと位置を変わって話しかけるように合図した。

「やあ、母さん、ミルミテール。久しぶり。元気でやってるかい? 今夏休みだから今回、二年ぶりに帰省してのんびりするつもりだったんだけど、急な課外実習が入っちゃってね。師匠に報告したらすぐ帰る予定だったんだけど、どうもこのまま、また旅に出なきゃいけないみたいなんだ」

 少しの沈黙の後、ファイセルの母がぼやくようにつぶやいた。

「全く、あなたも父さんに似たのね。無事に帰ってくれば私達は何も言うことはないわ。気をつけて行ってらっしゃい。帰ってきたらまだ好物の森林スパゲッティー、作ってあげるわよ」

 続けて妹のミルミテールが声をかけてくる。

「お兄ちゃんお兄ちゃん! 私、このままの成績でいけば王都のアイロニア学園の試験に挑戦できそうなの!! 私はお兄ちゃんみたいにうまく魔法を使いこなせないから頭脳で勝負していくつもりだよ!!」

 ミルミテールは無邪気にそう伝えた。アイロニア学園といえば知恵の大樹とも呼ばれ、数多くの頭脳派の秀才を世に輩出している名門校で、知のアイロニア、武のリジャントブイルと言われるほどである。

 卒業生は国政に携わったり、魔法局にも就職したりして様々な局面でブレインを務めている。

「アイロニアか!! すごいじゃないか。周りのみんながびっくりしてるんじゃないか?」

 ファイセルの母がそれを聞いて会話に割って入った。

「全く、この子まで神童扱いよ。身近に見てるとそんなに凄いとは感じないから私としては二人とも普通の子なんだけどねぇ……。二人も神童を生んで、お宅はどういう教育をしてるの? とか、さぞ誇りに思えるでしょうねとか言われるんだけど、反応に困るわ」

 それを聞いてファイセルは苦笑いした。妹も苦笑いしながら語りだした。

「いや~、実際に神童とか言われると恥ずかしくて恥ずかしくて。母さんが言うように、そんな大層なものじゃないのにね。最近になってお兄ちゃんがそう呼ばれてどう思ってたのかわかってきた気がするよ」

 ファイセルは頷いてそれに同意した。

「やっぱり過大評価されてる感じは否めないね。街の人達はちょっと才能があるだけで神童と祭りあげてる気がするよ。行く先行く先でありがたがれるし、時には拝まれるんだからね。司祭様じゃないんだからさ……」

 その発言を聞いたオルバは釈然としない表情をした。逆に兄妹揃って自分の実力を過小評価しているなと感じたようだった。

 もっとも、自分が神童神童言われた時も似たようなことを考えていたのでそれも無理の無い事なのかもしれないと腑に落とす事にしたのだが。

「まぁ、そういうわけで実家に帰るのはまたの機会にするよ。こっちの方にも用事が残ってるし、そう遠くはないうちに帰れるはずさ」

 話に一段落ついたようだったのでオルバが通信を変わって最後に話をまとめた。

「……以上がファイセル君からの連絡です。今後も責任をもって彼をバックアップしていくとオルバ様はおっしゃっておりますので、ご安心ください。ではまた」

 結局、通信の最後までオルバは使い魔のふりをして喋っており、自分の口調で語ることはなかった。こういうところは徹底された秘密主義である。オルバはリーネを通信モードから解除して幻魔界を経由して手元のビンに帰還させた。

「さて、ファイセル君、最後にしっかりとした作戦を練ろう。富豪に成りきって、手際よく婚潰しをするのは正直言ってよそ者の君にはかなりハードルが高い。じっくり作戦を練ってからでも遅くはないはずだ。大したものはないけど、お昼を食べながら総仕上げといこうじゃないか」

 ラーグ領ではポピュラーな草だんごとアザリ茶を味わいながら二人は最後のまとめに入った。

「あっ、そういえばおみやげに爆裂海藻ヨウカンを買ってきたのを忘れてました。一緒に食べましょうか」

 草だんごを口に運ぶオルバの手が止まった。

「爆裂海藻ヨウカン……爆裂海藻ヨウカンねぇ……懐かしいなぁ」

 前に渡した時のようにリアクションがいまいちだったが、とりあえず封を切って2人で食べてみることにする。

「う~ん、海藻のダシと甘い味付けがうまくマッチして……あ、いててて」

 口の中でヨウカンがシュワシュワパチパチと弾ける。まるで濃い炭酸飲料を一気飲みしたかのような感触が喉を襲う。オルバはヨウカンを無表情で頬張ってムシャムシャしていた。

「そうそうこれこれ……懐かしいなぁ」

 人によって好き嫌いがきっぱり別れる食べ物と言われるが、どうもオルバは青春時代のほろ苦さと結びつけて味わっているようで、それ自体の味や食感はあまり好みでは無さそうだった。

(次は別のおみやげにしよう……)

 ファイセルは内心、そう思った。

 計画がまとまり切る頃には午後3時を回っていた。

「よし、これなら今日のうちに出発できるだろう。ファイセル君、荷物をまとめたまえ」

 ファイセルはお金の入った袋をリーリンカのカバンに押し込んでチャックをし、自分のバッグと交差してかけた。空中で解けないようにぐるぐる巻にする。

「剣は置いていったほうがいいかな。普通、富豪は武装してないし。あとはアルマ染めのマント。それも素性がバレる可能性がある。それに、もうその色じゃあんまり効果もないだろう。一応預かっておくよ。あと、言わずもがな到着次第、制服を着替えるんだよ?」

 オルバのチェックをうけて準備が整った。その時、ずっと難しそうな顔をしていたリーネが声を上げた。

「私も行きます!! 連れて行ってください!!」

 それをオルバが止めた。

「君には水質チェックの結果報告と分析をやってもらわなければならない。それに、東部の土地勘の全くない君ではファイセル君のサポートは務まらない。もう記憶しておける水源の数も限界に近いし、今すぐに東部で君が水質チェックを続けることも不可能だしね。ちょっと酷だが、君には君の、ファイセル君にはファイセル君の成すべきことがあるのさ」

 リーネはしょぼくれたように身を縮めたが、オルバの説得には何も言い返せず、己の実力の無さを思い知っているようだった。

「リーネ、気持ちだけは受け取っておくよ。大丈夫、必ずやり遂げてみせるから!!」

 リーネは俯いていた顔を上げて無言で微笑み返した。たとえ微笑んでも寂しさを隠すことはできていなかったが。

「よーし、じゃあ家の外に出たまえ」

そうオルバが指示すると窓からガタガタゴトゴトと音がする。アルルケンがまだ窓枠にハマってもがいていた。オルバは呆れた。

「もう……何やってんの……」

 オルバはさきほどのファイセルと同じようにアルルケンの鼻頭に体を当てておもいっきり押し込んだが、首が抜けない。

 すぐにオルバの背中をファイセルが押して、押し出すのを手伝うとようやく首が窓枠から抜けてアルルケンが飛び退いた。首を振りながら首筋を後ろ足で掻いた。

「おまえらもっと早く助てくれよ……」

 気分を仕切りなおして2人は木の家の外に出た。オルバが小さな袋から種の様なものを取り出した。

「これ、コーマの種っていうんだけど、飲むとしばらくの間、生物を深い昏睡状態にする種なんだ。おそらく、打ちだされた君には強力なGと身体ダメージがかかる。それを意識を保ちながら乗り切るのは大変な苦痛だ。さらに飛行中にお腹が空いたり、排泄などの問題も出てくるだろう。でもこれを飲めばそこら辺はオールクリアだね」

 オルバの掌の種は豆粒ほどの大きさの白い種がいくつか乗っている。それを掌で遊ばせながらオルバは時間の計算を始めた。

「ロンカ・ロンカ近郊まで届く時間を割り出したところ、空中強行軍でも2日半はかかる。……っと言うことは、3粒ばかり飲めば裏赤山猫の月の19日の早朝、着陸の6時間前から3時間前の間くらいには意識がもどるはずだ。目が覚めたら落ち着いて体のコンディションをチェックして、打ち合わせした方法で着地を試みてくれたまえ。ではそろそろ行くよ? 運天うんてん!!」

オルバが空に向かって呼びかけると上空からものすごい勢いて何かが突っ込んできた。それは雲の塊だった。地上近くに留まった雲の中から小柄な人型のタヌキのような顔をした幻魔が現れた。

 雲の上に乗ってあぐらをかきふわふわと浮いている。手には年季の入っていそうな杖を持ち、海外の賢者風のローブをまとっている。目を細め、片手で伸びた髭を撫でていた。

 これが普段、オルバが雲を送るのに使っている風属性の幻魔、運天だ。かなり位が高いらしく、色々な事ができるハイレベルな幻魔だ。

「フォッフォッフォッ。話は聞いておったぞい。小僧を雲弾で打ち出せばいいんじゃな? 生身の人間でやるなんて無茶なことを考えるものよの~。ま、可愛い子には危険な旅をさせよって言うしのぉ」

 オルバは心外だとばかりに抗議した。

「いやいや、”危険”はつかないから。そりゃ危険じゃないに越したことはないでしょう。苦肉の策なんだからしっかりしてくださいよ」

 運天は我関せずといったばかりの態度で接していたが、思いついたようにファイセルに問いかけた。

「小僧。急いでいるようじゃから口約束で構わんが、大怪我したり、命を落としても文句を言わないと儂と誓約せんと、飛ばしてはやらんぞ? 未練がましい亡者に付きまとわれるのは御免じゃからの」

 運天は頬杖をついてニヤリと笑いながら雲の上に寝そべってこちらを見ていた。

 ファイセルもその問いに答え、首を深く縦に振り、オルバからコーマの種を受け取った。それを見て運天は目を見開いてファイセルの勇気を讃えた。

「よろしい!! 男は度胸!! 死出の旅もなんのその!! ゆかば栄光の虹超えて、見ゆるは楽土、あるいは奈落。試してみねばわからぬ故、面白きかな面白きかな!!」

 運天は馬鹿にしたような態度を改め、雲の上に居直ってファイセルを見つめた。それに視線を返してからファイセルも意を決して目をぐっとつぶり、コーマの種を口に放り込んだ。

 種が口の中でとろけ、奇妙な甘みが口の中に広がっていく。オルバも最後の声をかけた。

「大丈夫だ。君ならやれるはずだと私は確信しているよ。道半ばで力尽きるようなヤワな弟子を育てた覚えはないからね。必ずガールフレンドを助けだすんだよ」

 すぐに強烈な目眩に襲われて、ファイセルはその場にへたり込むように座り込んだ。視界がぼやけ、オルバや運天の言葉が理解できなくなっていく。アルルケンとカッゾの声も聞こえているような気もする。

 視界がグルグル回ってノイズ音に包まれるようなとても後味の悪い感触を残しながら意識が遠のいていった。次の瞬間、ファイセルはガクリと頭を垂れた。

「それでは、ほいほいこうしてっと」

 運天が杖を振ると流線型をした独特のフォルムをした雲塊にファイセルが包まれた。

「じゃあいくぞい!! せーのッ!!」

 力一杯に運天が杖を振りかざすと雲の弾丸は緑を切り裂きながら北東方向に向けて物凄いスピードで吹っ飛んでいった。

「行ってしまったな。私にできるのは彼を信じることのみだ……お、もうこんな時間か。夕飯の準備をしなくては」

 オルバは家のドアの前でピタリと止まった。

「そういえば、お昼にファイセル君と食べた草だんご、あれが蓄えておいた最後の食料だったな……」

 アルルケンが不思議そうな顔をしている。

「どうした。買いに行けばいいじゃねぇか。どうせまたオレをパシるんだろうが」

 オルバは何も言わずに顎に手を当て、片足をトントンと足踏みし始めた。

「それがね、さっきファイセル君に全財産分譲ってしまったんだよ。サイフに1000シエールくらいしか残ってないや。譲ったのはいいが、少しとっておけばよかったな。仕方ない。日が暮れるまでに湖の魚でも釣ろう。しばらくは魚で食いつなぐしか無いな……」

「なにやってんだよ……」
「お前アホだろ」
「阿呆じゃな……」

 使い魔からここぞとばかりに罵られながらオルバはやれやれとばかりに軽く頭を掻いた。
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