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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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願わくば美しき花のように

静寂が村全体を包んでいく。12時を回った頃だろうか。ドアの鍵がガチャリと外側から開けられる音が確かにした。床がギィギィ音を立てて誰かがベッドのそばに近づいてくるのがわかる。

「ッシャァアアアアア!!」

 突然の叫び声とともにファイセルの寝ている布団に大きな牛刀が突き立てられた。ファイセルは素早く横に回転して包丁をかわした。

「うわああああ!! ああ……これはどういう事なんですか!!」

 ファイセルは素早く半身を起して手をついて後ずさる。

「お前が、全部お前が、お前がお前がお前がお前が全部悪いんじゃぁ!! エモノは逃すし、臭いわで最悪じゃぁ!!」

 お姉さんは今度はファイセルの足を刺そうとさらにベッドに包丁を突き立てる。これを後ろに飛びのいて更にかわす。

 刺さりどころが悪かったのか包丁が抜けないらしく、お姉さんはウンウン言いながら包丁を引き抜こうとしている。

 その隙に部屋のランプをつけると彼女の顔が露わになり、美人だったのが嘘のようにとても醜い化け物の顔に変貌していた。肌の色は真っ青で青筋が立っている。まるでゾンビのようだった。

 長い牙と角も生えていて吸血鬼のようにも見える。それなのに体は華奢な女性のままだ。不気味なアンバランスさにファイセルは嫌悪感を抱いた。

「これが……オウガーか!!」

 お姉さんの姿をしていたモノは包丁をベッドから抜くとファイセルを壁際に追いやった。

「お前も他の連中と同じに喰ってやるよォ。クッセぇが、腹の足しにゃあなるだろうよォ。あたしゃ今とっても肉がくいてぇんだよォ!!」

 オウガーが本音を漏らした瞬間、窓からコフォルが飛び込んできてレイピアを素早く抜いた。

 ――速い。いつ抜刀したのかわからないくらいだ。オウガーが突然の乱入者に気を取られた隙にファイセルはオークスに命令した。

(オウガーに突っ込んで磔にしてやれ!!)

 フワッと制服の上着がハンガーから浮き上がり、オウガーめがけて一直線に飛んで行き上半身と両腕を思いっきり壁に押し付けて磔にした。

「でかしたぞファイセル君!!」

 コフォルは剣をしならせながら先端をオウガーの首元に当てた。オウガーは泡を吹きながら暴れている。我を忘れていて、剣を恐れる様子は微塵もない。

「グアァッ、ゴアッ!! 離せ~!! は~~~な~~せ~~!!」

 オウガーは激しく身をよじるがオークスがピッタリ貼りついていて身動きが取れない。

「ふぅ、もうちょっと早く助けてくれても良かったんじゃないですか?」

 ファイセルは額の汗を拭いながらコフォルの方を見た。

「待たせて悪かったね。ほらコレ。レコーディング・ジェムだよ。一応これで人を喰ったって発言を拾っておかないと、オウガーかどうかの確証が得られないからね。でも生け捕りにしてくれるとは思わなかった。嬉しい誤算だよ」

 オウガーはだんだん自分が置かれている状況を理解し始めたようで、恐怖の表情を浮かべ始めた。

「や、やめろ。剣先をこっちに向けるのはやめろ!!」

 コフォルはオウガーの首筋にレイピアを突きつけつつ、空いた方の手でとんがり帽子を傾けた。

「なんだか拷問みたいで悪趣味だが、仕方あるまい。で、何人喰ったんだ?」

 オウガーは再び暴れだしたが、オークスの束縛を跳ね除ける力はなかった。

「何人喰っただってぇ!? そんなの覚えてるわけねぇだろ糞ったれがァァァ!!」

 真っ青な皮膚には血管が浮き出ていて、膨らんだ筋肉で服が破けてゴツゴツした体格が露わになっていく。もはや体まで人間の女性の原型をとどめていない状態になった。

「オウガーは怪力で知られているんだけど、この制服はすごい拘束力だね。まだ余裕はあるかい?」

 コフォルは暴れるオウガーに覆いかぶさって壁に張り付いているオークスを見つめファイセルに聞いた。

「これが全力だとしたらまだ余裕があります。こっちも布ながら力には自信がありますから」
「ほほう」

 コフォルは関心したようにオークスを観察してからオウガーへの尋問を続けた。

「で、どこで何人喰ったんだ? 吐けば魂を救ってやる」

 オウガーはそれを聞いてすぐさま暴れるのをやめ、思い出すようにしながら自分が食べた人間のことを話し始めた。

「王都を出て、しばらくは賑やかで不都合だったから夜に街道を通る旅人を何人か食いながら南下した」

 急に大人しくなったオウガーの語り方は普通の人間と差がなかった。日常生活でそばにいたとしても何ら違和感のない喋り方だった。

 きっと本性を現す前の美貌をいかして話巧みに旅人を誘い、人通りの少ない場所まで誘い出して肉を喰らっていたのだろう。

「アルー街道とソラル街道での捜索願が出ている数名だな……続け給え」

 散々暴れたからか、オウガーは気力が抜けたようだった。

「そのまま、だんだん腹が減ってきてこの村を見つけた。宿屋の主も年寄りで乗っ取るのは簡単だった……」

 追求するコフォルの目つきが鋭く、険しくなった。

「で、宿の主はどうした?」

 ファイセルはあまりの緊張感と最悪の結末を覚悟し、息を呑んだ。

「殺して、喰った。それ以降は村の混乱に乗じて喰い放題だった。一人旅の客ばかり狙った。飯に薬を混ぜてな!! 一人で旅してるやつなんかいつどこで居なくなろうが、だっれも気づきやしないんだぜ!!」

 オウガーは不気味に薄ら笑いを浮かべながらそう言い放った。

 この言葉に一人旅をしていたファイセルは戦慄した。もし、ヨーグの森を通過する前にこの宿に泊まっていたらと想像したからだ。

「喰った人の骨はどうした?」

 コフォルの尋問は続く。

「食い残しの事か? そんなもん台所の瓶にぶち込んである。あんなもんうまくもなんともないんでな。もういいだろ? 離してくれよ!! 人間の肉はもう喰わねぇからよォ!!」

 ファイセルにもコフォルにも同情の感情はなかった。明らかにオウガーがその場限りの反省をしているのが丸わかりだったからだ。その時、突如廊下の暗闇から長髪の女性が現れた。

「コフォル、骨は確認したわ。人肉の干し肉と燻製肉も確認したわ。それでも満足しないということは、アナタ本当に生肉が好きなのね」

 妖艶な女性は長い髪を優雅に振り乱しながら二人に近づいた。

「了解だ。ルルシィ。これを持って、オウガーの問題を解決とする。」

 オウガーが歓喜の表情に変わり、自分に調子のいいことを言い始めた。

「解決? 終わったんだな!? 救ってやるって言ったよなぁ!? 無罪放免が希望なんだけどどうだよ? それが叶わないにしても刑期を終えれば自由の身なんだよな? なぁ!?」

 コフォルは再びとんがり帽子をいじった。これは彼のクセなのだろうとファイセルは見ていたが、かぶる位置をひたすら神経質に調整している。かなり苛立っているようだった。

「私が救ってやるといったのは”魂”だ。その不浄な魂をこの剣で解き放ってやる。せめて来世では美しい花のようになることを祈れ。まぁ今よりは少なからずマシになるだろうがね」

 オウガーの表情は崖から落とされたかのような恐怖の表情に急転した。

「ファイセル君!! 制服が汚れる。いますぐ剥がしたまえ!!」

 すかさずオークスの束縛を解くと案の定オウガーが最後のあがきでコフォルに突撃していった。包丁とレイピアで刺し違えたように見えた。

 だが実際はコフォルがひらりと包丁をかわし、音速の刺突をオウガー一方的に浴びせた。オウガーはまるで蜂の巣のように傷穴だらけなり、倒れこんだ。

「これにて本当の任務完了だ。ファイセル君、協力を感謝するよ」

 そういいながら男女二人がファイセルに向けて頭を下げた。ファイセルはいきなり入ってきた女性のことがよくわからなかったので聞いてみた。

「あの……そちらの女性は?」

 ルルシィと呼ばれた女性は顔を上げて答えた。

「私はルルシィ・オーネ。私もコフォルと同じく魔術局タスクフォースの一員なんだけれど、ラウスで自然ダムが決壊しそうだった件があったでしょ? あれを解決するために私は派遣されていたの」

ルルシィはコフォルの隣に歩み寄ってから並んで立った。

「オウガーの調査も兼ねてミナレートから歩いて出発していたわ。ラウスに着く前にあなたには既に出会っていたんだけれど。カルツであなたの出品したアクアマリーネの真贋を見極めて報告する必要もあったからね」

 ファイセルはルルシィに全く見覚えがなく、今始めて見た顔だなと思った。同じ旅路を行けばたとえ後ろを歩いていたとしてもどこかで気づくと思うのだが。

 それにラウスの決壊に向けて派遣されたのなら解決したあの時点でそばにいたはずだ。

「ははは、驚くのも無理は無い。彼女は周囲に溶け込む呪文、ミミクリー・サラウンディングスという魔法の使い手でね。普段は景色に擬態して潜伏しているんだよ。森や岩場では特に効果があるね」

コフォルが指をパチンと鳴らすとルルシィの姿が彼女の背後の部屋の風景に溶け込んだ。近距離で目を凝らしていれば室内ということもあって何とか姿を捉えられるが、屋外の風景に溶け込めばまずわからないだろう。

「我々の能力や手の内を明かすのも本当は考えものなんだが、君を黙って尾行していた点もあるし、今回命をかけさえてしまった落ち度もある。これでその分はチャラといったところかな。それにこれくらいの魔法はリジャントブイル生なら知ってるだろうしね」

 ファイセルは納得したようにコフォルの方を見た。道理で見かけるわけがないわけだ。

「アクアマリーネの取引は多くの人に目撃されていたわ。もしかして大金を手にしたアナタが野党か何かに脅される可能性もゼロではないと踏んで、ラウスに向かうついでに見守らせてもらっていたの。まぁ尾行と言ってしまえばそれまでなのだけれど」

 魔法を解いて姿を現したルルシィは軽く憂いるような仕草を見せて続けた。

「それにしてもラウスの件、見事だったわ。私が協力する前に片付けてしまうとはね。まさかあそこまで濁流を抑えきれるとは思わなかったわ。でも、見た感じあの妖精さんはアナタの幻魔ではないわね。まぁ深くは詮索しないけど、いい妖精さんみたいだったから大事にしてあげるのよ?」

 ファイセルはうなづいてビンの水を見た。今はまだ休眠中でただの水にしか見えないが、確かにそこには彼女の気配があった。

「さて、我々はしばらく宿を調べて、証拠の回収や隠滅をした後、混乱が起きない夜中のうちに村を出るよ。きっと明日には大騒ぎになるに違いない。君も早めに村を離れたほうがいいだろう」

 リーネが復帰するまで村に滞在しようとしていたが、これは計画が狂った。酒場でコフォルとの会話は地元住民に聞かれているし、ものけの殻になった宿に1人泊まっているのもおかしなものだ。

「はい。わかりました。僕もすこし前倒しになりますが、今夜中に旅立とうと思います」

 コフォルとルルシィはうなづいた。

「おっと。そうだ。報奨金を渡すよ。小切手小切手……いや、田舎ではこんなもの紙切れに過ぎんな。現金支給にしよう。命を賭けた囮役だったのだから金額に変えられる活躍ではないのだが、ひとまずここは50万シエール程度で勘弁してはもらえないだろうか?」

 ファイセルは首を横に振りながら遠慮しがちに言った。

「いえいえ、こちらこそ大したことも出来ずに50万とは十分すぎるくらいです」

 コフォルは笑いながら自分の所持金とルルシィの持っていた分の所持金を合わせてファイセルに手渡した。

「はは、君は謙遜し過ぎな気がするぞ。もっと自信を持ちたまえ」

 ルルシィも笑いながら賞賛の言葉をかけた。

「リジャントブイル魔法学院にお宅のファイセル・サプレさんがダム決壊阻止、アテラサウルス討伐、オウガー退治などのM.D.T.Fの活動に大いに助力したって連絡しといてあげるわよ」

 あの精鋭集団であるM.D.T.Fに評価されるとは思わず、ファイセルは照れずにはいられなかった。今回の冒険ではお金だけではなく、学院の成績にまでいい影響を与えそうだった。

「では、僕は一足先に村を出ます。コフォルさん、ルルシィさんもお元気で!」

 3人はお互いの健勝を祈り、解散した。二人は宿屋のあちこちを調査しはじめているようだった。部屋に1人残されたファイセルはオウガーの死体を脇目に旅の準備を整え、日をまたぐ頃に村を出た。
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