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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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都市伝説はお好きかね?

 アイネが早めの眠りについた頃、逆にファイセルは目を覚ました。昼の3時頃眠りについてしまったのだ。目が覚めるのも無理はない。

 時間をつぶそうと制服を着て、マントを羽織り、剣を差して村の酒場に向かった。あたりは冷たい空気に覆われていた。昼間は暖かくて気づかなかったが、このあたりはもう冬季が近づいているらしい。

 白い息を吐きながら酒場へ向かう。ヨーグの森が解放された今、酒場の客はまばらだった。ファイセルはカウンター席に座り、マスターに頼む。

「古酒以外のソフトドリンク、置いてあります?」

 マスターは眉を吊り上げ、怪訝な表情で聞いてきた。

「ボウズ、まさかミルクを頼むとかいうんじゃねぇだろうなぁ? ここはガキの来る店じゃねぇぜ。おめえのおかげでこちとら商売あがったりなんだ」

 厄介な事になりそうだとファイセルが思っていると隣のカウンター席の男がマスターにチップのコインを投げた。

「まぁまぁマスター。彼は英雄だよ? 彼に一杯ミルクを奢ってやってくれないか」

 ミルク一杯にしては高めのチップにいきなりマスターは媚を売り始めた。

「へえへえ。こりゃあ……申し訳ねぇです。そちらのお客さんも先ほどは粗相があって申し訳ありません」

 人が変わったように飲み物を用意し始める。全く金の力というのは恐ろしい物だなとファイセルはマスターを見て思った。

「さすがに酒場ですしミルクはおいてねぇんでさぁ。ぶどうジュースで我慢してくだせぇ」

 アルコールの飛んだぶどう汁が目の前に置かれる。ファイセルは隣の紳士に会釈しながらお礼を言った。

「すいません。ありがとうございます。いただかせてもらいます」

 紳士は軽く手を振って答えた。良く見るとかなり身なりの良い男性だ。年齢は20代後半といったところだろうか。細目でシュッとした輪郭からはまるでキツネのような優雅な印象を受ける。

 赤茶色のとんがり帽子にローブを羽織っていて腰には銀色に光るレイピアを差していて、冒険者ながら気品を感じさせる振舞いや出で立ちをしていた。

 垢抜けているのでおそらく都会から来たのだろう。何にせよこんな辺鄙な場所の酒場には似つかわしくない風貌だ。それは自分にも言える事なのだが。

「時に少年、君はミナレートから来たのかね? おっと聞く前にまずは私から名乗るべきかな。私は王都ライネンテから来たコフォル・ヴィーネンバッハだ」

 やはり都会から来た人だった。それを聞いてすぐにファイセルも名乗り返す。

「リジャントブイル魔法学院のファイセル・サプレです。御察しの通り、ミナレートからきました」

 名乗らなくても見れば一目瞭然だとでも言わんばかりの態度でコフォルは話題を振った。

「ところで君、いきなりだがオウガーホテルの都市伝説を聞いたことがあるかい?」

 ファイセルはいい大人が大真面目に都市伝説を語るので少し拍子抜けしたが、一応オウガーホテルの都市伝説の概要を確認した

「辺境の地には老人だけで切り盛りされている宿がいくつもあるので、それを乗っ取って泊まりに来る客を食べる食人鬼がいるっていう話でしたっけ?」

 コフォルは首を縦に振り、マスターに聞いた。

「この村の宿屋を経営してるお方は?」

 マスターは少し考え込んでいたが徐々に顔がこわばっていく。

「つ、つい最近まで老夫婦が経営してたんですが、なんでも孫娘が手伝いに来たって話で、手伝ってもらってる間、老夫婦は旅行に出るとその孫娘は言ってました。なので最近は夫妻の姿はみかけません……」

 またコフォルはファイセルの方を向き直って尋ねた。

「ファイセル君、オウガーの特徴は?」

 ファイセルもコフォルが何を言おうとしているのか察し、顔がこわばりはじめていた。

「う、噂によればオウガーは美人な妙齢の女性の姿に化けている……と」

 鬼のような形相でファイセルをまくし立てていた宿屋のお姉さんが頭に思い浮かぶ。

「おや? いい歳をした大人が都市伝説を語るのは滑稽という顔だね」

 コフォルは今更、人を喰った態度で話を蒸し返した。

「いや、気を悪くしないでくれ。私はね、ライネンテ方面からオウガーを追ってきたんだよ。道中は年寄りの経営する宿もいくつかあったが、村の規模が小さすぎて住み着くにはやや都合が悪かったわけだ。そこで、人の流れが滞ってよそ者が集まったこの村ならばどさくさに紛れて人を喰らう事も可能だったというわけサ。どうだいファイセル君、宿に入ってみて心当たりはなかったかね?」

 あのお姉さんは客足が減って儲けが減ったことに怒っていたのではなく、人肉を食べるチャンスが減った事にイライラしていたと考えれば考えるほどしっくりくる。

「言われてみればいくつか思い当たる節があります。もしかしてオウガーは臭いに敏感だったりします?」

「御明察」

 コフォルは軽く拍手を送った。乾いた音が酒場に響く。周りで飲んでいた地元の人々はファイセル達の会話に聞き耳を立てて、話の内容に釘付けになっていた。

「オウガーはモンスターの癖してグルメでね。変なにおいがする肉は当然、食べたくないわけだ。今日の昼の一件で旅路が開け、今晩は例の宿屋には君しか泊まっていない。チャンスはいくらでもあったのに、君が今まで襲われなかったのはその擬態香水の染み付いた臭いのせいだ。ラッキーだったな。どうせ何度も風呂に入るようにとでも言われただろう」

 まさか二回もリーリンカに命の危機を救われるとは思っていなかった。これが普通の擬態香水だったら今頃、オウガーに寝込みを襲われ、食べられていたに違いない。

「それではオウガー退治と行こうじゃないか。申し訳ないが、ファイセル君には囮になってもらうよ。一応、今の宿屋の主がオウガーであるという現場を押さえなきゃならないからね。おそらく、人肉の味を占めているだろうから、今夜中に耐えきれなくなって臭いを無視して襲ってくるだろう。なぁに、怖がって怯えるふりをしてくれればそれでいい」

 気軽に言ってくれると襲われる身のファイセルは思ったが、コフォルからは妙な自信が感じられた。

「マスター、邪魔をしたな」

 コフォルはとんがり帽子を片手で押さえながら立ち上がり、帽子と同じ色の赤茶色のマントを羽織った。ファイセルも脱いでいた濃い紫色のマントを羽織り。2人で外に出た。

「簡単に退治と言ってしまったが、これが危険な計画であるという事は私も承知している。君は私が絶対に守ると約束しよう」

 コフォルは握手を求め手を差し出してきたのでファイセルはマントで手を拭ってからそれを握り返した。

「酒場では言えなかったが私は魔術局タスクフォース、通称M.D.T.Fの一員だ。リジャントブイル生なら知っているかもしれないが、国内の緊急性の高い問題に取り組んでいる国立の特殊部隊だ。私は王都から派遣されていてね、オウガーを追いつつ、ヨーグの森のアテラサウルスを退治する任務についている。もっとも後者は君が成し遂げてしまったがね。残る課題はオウガー狩りというわけだ」

 コフォルという男の素性を知って、ファイセルは今まで感じていた疑問が一気に解けた気がした。魔術局のタスクフォースの隊員になら安心して身を任せられると思い、囮役を引き受ける事にした。

「わかりました。僕が囮になりましょう。奇襲されるとわかっていればこちらでも応戦が可能なので、出来るだけ鎌をかけてみます」

 コフォルは満足そうに笑った。

「おっ、学院生は肝が据わってていいね~。話が早くて助かる。もしオウガーを討伐した暁には報奨金をあげるよ」

 また使いもしない貯金が増えるのかと欲のないファイセルは無感動に思った。田舎では大金を払うようなサービスも品もなく、出ていく金額が少ないため嗅覚だけでなく、金銭感覚もマヒしてしまっていた。

 今やファイセルの貯金は田舎の人の年収の3倍分もあり、都会に一軒家を立てられるレベルになっていたからだ。根っからの貯蓄家であるファイセルと次々と転がり込んでくる大金の相性はいささか悪かった。

「じゃあ、私は君の部屋にある窓の下で待機している。部屋に戻ったら窓のカギを開けておいてくれ。オウガーが本性を現したら助けに入る。本当は君が退治してしまってもいいのだが、本気で無抵抗で怯えてるフリをしないとオウガーが本性を現さないかもしれないからね」

 ファイセルはうなづいて宿屋前でコフォルと別れ宿に入った。例のお姉さんに声を張り上げてどやされる。

「あ~クッッッサッッッ!! あんた、今度は酒かい!! 料理を作っておいたのに外食なんかして! おまけに雑草臭い臭いも抜けてない!! また風呂に入りな!! さもないと部屋に入れないよ!!」

 まだ8時過ぎだというのにお姉さんは宿屋入口のドアの鍵を閉めた。コフォルから話を聞いた後はお姉さんに対する印象が一変した。

 ギリギリ取り繕えているが、ひどい顔をしている。もはや隠し通すのも限界といったところだ。作っておいたという夕飯にも何が入っているか分かった物ではない。

「はい。わかりました。お風呂に入ってきます」

 ファイセルは素直に従うフリをして風呂場に向かうも結局風呂には入らなかった。何か音がするので宿屋入口で耳を澄ませると奥のキッチンから刃物を研いでいるような音がする。

 夕飯の時刻はもう過ぎているのに、さっきからずっと台所で熱心に研いでいるようだった。気づかれないように部屋に帰り、窓のカギを開ける。

「コフォルさん、夕飯を用意していたようです。普通の宿屋なら当たり前といえば当たり前ですが、この宿の夕食は……。おまけに刃物を研いでる音がします」

 コフォルは窓枠からとんがり帽子だけひょっこり覗かせて状況を聞いた。

「思ったより飢えているみたいだな。夕飯に何か混ぜて寝込みを襲う気だったんだろうが、計画が狂ったおかけでもはやなにをしでかすかわからん。もうここも人喰いの拠点としては使えなくなった。最後に君を強引にでも喰って、真夜中のうちに村からずらかるつもりなのだろう」

 そう言いながら窓から覗く帽子が上下にヒョコヒョコ揺れた。

「やはり……この隙を逃す手はないな。まだ寝込みを襲うには時間が早い。寝込んだふりをして深夜まで待機してみてくれ。私もいつでも突入できる体勢で待機している」

 ファイセルは窓を閉め、ハンガーに群青色の制服の上着をかけ、それを壁のでっぱりにかけた。窓を長いこと開けていたので部屋が大分、冷え込んでしまった。

 コフォルも仕事とはいえ寒い中ご苦労なもんだと思いながら布団に入る。昼間に眠った上に緊張感があり、全く眠くならなかった。

 そのまま時計とにらめっこしながら夜の11時過ぎまで部屋のランプをつけておいた。そろそろ頃合いかなと思い、ランプを消して身構えつつ布団の中で待機した。
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