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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter4

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後ろは見るな。ひたすらに前を見て進め

とある召喚術師は湖底を模した空間で楽しい毎日を送っていた。

というのも、様々な幻魔と触れ合う機会があったからだ。

それに、当時は気づきさえしなかった無名下級ノーネームドの幻魔もここなら認識することが出来たのだ。

実際に人語を解する者は多くはなかったが、単純な構造の者ならば考えていることがなんとなくわかった。

そのため、こちらからコミュニケーションを取ることが出来た。

サモナーズ・ブックは”あちら”に置いてきてしまったので契約のたぐいは一切できなかったが、それでも手応があった。

ちゃんと話相手もおり、アルルケンやリーネが世間話の相手になってくれた。

ポカプエル一派には他にも対話が可能な幻魔が居るようだった。

彼らもちらほら見世物を覗くようにやってきていた。

だが、今回アシェリィに付き合ってくれているのは契約の当事者と代表者が中心で、主にアルルケンとリーネの二人だった。

今日も何度目かわからない愚痴じみた忠告を、人間の少女の姿とソックリな幻魔であるリーネから聞かされていた。

「アンタ、ほんとにウカツよね~。タチの悪い奴だとそのままお命持ってかれるところだわ。契約した犬っコロも犬っコロよ。まぁ、キチョーな精神エネルギーのおこぼれを貰ってるわけだし、あんまりモンク言えないんだけど……」

それをそばで寝そべって聞いていた大狼は鼻を鳴らした。彼は水の中だと周囲の色に同化してあまり目立たなかった。

「フン。だが、質はまずまずだろ? 俺が青田買いした理由、わかったはずだぜ」

少女の姿をした精霊は腕を組んだまま渋い顔で首を左右に振った。明るい栗毛色の長い髪がサラサラと揺れた。

彼女はおしゃれなのか、しょっちゅう髪の毛の色が変わっていた。気分で変えられるらしい。

「な~に言ってんの。この契約内容でもカッツカッツじゃない。第一、こんな出血大サービス、アンタでもないと受けないでしょ。位まで下げて、バッカじゃないの?」

聞き捨てならないとアルルケンは立ち上がって牙を向いた。

「なんだと?」

リーネは人差し指を突き出して蒼い狼の眉間にグリグリと押し当てた。凄まじい体格差だが、全く臆する事がない。

「なによ、”犬っコロ”」

すぐにアシェリィが間に割って入った。肉体が曖昧なのに、とても小さな少女の幻魔と大きな狼の幻魔を引き離す。

「まぁまぁ……」

互いにじゃれ合っていて本気でないのは伝わってくるのだが、こうやって二人の仲裁をするのがもはや召喚術師サモナーの役割になってしまった。

一応、契約主としてもてなされているはずなのだが、どうも怪しく感じられた。

いつもはここで解散となるところだったが、今日は様子が違った。

「お、そろそろ契約内容に応じた量のマナは回収完了だ。いつでも”あちら”に還れるぜ」

そうアルルケンが告げた。どれくらいの時間が経ったのだろうか。

長いようでもあるが、あっという間だった気もする。思わず、時を尋ねるのを忘れるほどだった。

それくらい幻魔界での、この湖底での生活は充実していた。

リーネが人差し指を振りながら語りかけてきた。

「あ~、アタシら、人間の時間感覚にはウトい……っていうかあんまりキョーミないんだよね~。向こうに居る間はイシキすんだけど。っつーわけで、どんだけ経ったかはぜんぜんわかんねーわ。ま、ジョーシキの範囲内にはおさまってるっしょ。あ、ほら。体見てみ」

彼女に言われてアシェリィは自分の体を見た。指先から小さな泡が吹き出ていた。

やがて泡の勢いは強くなり、体中に広がった。そのまま全身が徐々に透けて水中に溶け込み始めていた。

「基本的に人間は幻魔界に留まる事はできないかんね。契約満了したらここで一旦サヨナラってわけ。最初はアンタみたいなガキンちょ、相手にする気も無かったんだけど、たしかにキモは座ってる。犬っコロの言うこともわからなくはない。だからアタシもばれたら答えてやんよ。ただし、たっぷりお代はもらうからね」

少女の精霊は気だるそうな表情を浮かべながら親指を立ててサムズアップを決めた。

気づくと巨躯のアルルケンを見下ろす形になった。自分の体が浮いているのである。

「次は本契約の時だな。くたばるんじゃねぇぞ!!」

下から声援を受けて上を見上げると暖かな陽光が額を照らした。

「チュン……チュン……」

窓から暖かな陽の光を浴びて、アシェリィは目を覚ました。爽やかなそよ風を感じると半身を起こして大きく伸びをした。

「ん、ん~~~~ん~~~~!!」

次の瞬間、誰かがガバッと抱きついてきた。あまりにも急な出来事でそれに対して反応することができなかった。

「目が覚めた!! 目が、目がさめたああぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!!!!」

柔らかな肉体の感触とほのかに香るいい香り。抱きついてきたのが女性であるとわかるまでそう時間はかからなかった。

「ほんどうにぃ!!!! ほんどおにぃよがっっだよぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”!!!!!」

ほんのわずかな安らぎの後、予想だにしない感覚に抱きつかれた少女は顔を歪めた。

女性の抱きしめる力が半端ないのである。感極まっている事もあってか、こちらの体の軸を折らんとする勢いの抱擁だ。

「ぐぐっ……ぐ、ぐるじい……ギ……ぶ……ギブ…………」

消え入るような声と共に数回相手の背中を叩いた。そのギブアップサインが通じたのか、女性は抱擁を止めた。

「あっ、あ、ゴメン!!!」

思わず相手の女性の顔をまじまじと見つめた。

パッっと見で美人だと思えたが、随分、泣き腫らした様子でそれが台無しになっていた。

状況が飲み込めずアシェリィは片手で頭を掻いた。

「あっ、先生たちを呼んでくるね!! ここで待ってて!!」

そう言うと慌ただしく彼女は部屋を出ていった。

すぐに自分に付き添ってくれていたらしい彼女が戻ってきた。

それに次いで担当教授の……ナッガン教授だっただろうか。彼も駆けつけてきた。

最後にコツコツと革靴を鳴らして召喚術サモニング担当の教授、フラリアーノが入室してきた。

彼は印象的だったのでよく名前を覚えている。

見守りの女性、ナッガン教授、フラリアーノ教授、そして自分の4人が一室に揃った。

何か言うことがあるのか、教授は互いに頷きあった。

するとすぐにナッガンが自分に詰め寄ってきた。険しい面持ちで、間違いなく厳しいことを言われそうだった。

「アーシェリィー、よくやったな」

想定外の賞賛に思わず彼女は怪訝な顔をしてしまった。

「横から勝利を勝ち取るのはセオリーではあるが、容易ではない。それを成し遂げた計画性とそれを実現した実力を俺は大いに評価する」

ナッガンは全く顔つきを緩めるでもなく無く続けた。

「そして一回り、いや、はるか格上の相手二人を押さえつけて勝利したのは見事としか言いようがない。今は自在にはび出せなくとも、焦ることはない。幻魔と言えどそれはお前の一部だ。自信を持て。今回は”代償”があったが、決して覆せぬ困難ではない。後ろは見るな。ひたすらに前を見て進め。以上だ」

言い終えると彼は顔色一つ変えずに元の位置に戻った。

その姿には威圧感があったが、思っている人物像とは実は少し違うのかもしれない。

その横の長めの黒髪の男性が大きなため息をついた。

「はぁ……。ナッガン教授、そこまで言われてしまうと、私が損な役を買うしかないじゃないですか。仕方がないですね……」

フラリアーノ教授は軽く前髪をかきあげるとただでさえ細い目を更に細めた。両方の泣きぼくろが目立った。

傍から見るとニコニコしているようにしか見えないが、そういった雰囲気ではなかった。

「アーシェリィーさん、私は入試の時、たしかに言ったはずです。本当にいざという時にしか”アルルケン”はんではならない、と」

そう言いながら黒いスーツ姿の教授は緑の宝石柄のネクタイをキュッっと締め直した。

「ハァ……。まぁ確かに、今回は”いざという時”だったかもしれません。しかし貴女はもう少し魂の融資ソウル・ファイナンスに対して重く考えるべきでした。貴女、自分がどれだけ眠っていたか、わかりますか?」

フラリアーノは余っていた椅子に腰掛け、膝に両肘をついて覗き込むようにこちらを見た。

なんだか不穏な空気が漂っている。アシェリィは最悪のケースを想定して日数を述べた。

「………… 一週間くらいですか?」

首をかしげながら彼女はそう訊いたが、誰も答えるものは居なかった。

しばらく間を置いて、スーツの男性はうつむいて再び深い溜め息をついた。

「ハァ…………。一ヶ月と三日です…………」

今、何と言ったのだろうか。思わず口から動揺の声が漏れた。

「え…………」

「もう一度言います。貴女はあの日から一ヶ月と三日……ずっと眠り続けていたのですよ……」

驚きのあまり何も言えずにパクパクと口を動かした。少しして、絞り出すように声に出した。

「ウソ……ウソでしょ……?」

周りの三人の仕草を確認すると全員が首を横に振った。

しばらくの間、沈黙が場を包んだが、フラリアーノが穏やかな顔に戻ってフォローに入った。

「まぁ、ナッガン教授の仰る通り、決して覆せぬハンデでもありませんし、私も前を見て進むべきだと思います。今回の件は高い授業料だったということでスッパリと終わりにしましょう。貴女もショックでしょうが、致し方ないと割り切るしかありません。それより、今後のことを話し合わねば……」

三人は顔を突き合わせて何やら相談していたが、担任であるナッガンと付き添ってくれていた女性が前に出てきた。

そしてナッガンが解説を始めた。

「リジャントブイルには”セミメンター”という制度がある。わかりやすく言うと下級生の世話役をしてくれる有志の上級生達の事だ。エレメンタリィでは彼らが一班ごとに一人配属されている。お前ら五班のセミメンターはこの”ラーシェ・ロブスレー”だ」

まだ少しそわそわしているその女性はペコリとお辞儀をした。綺麗なブロンドのポニーテールが揺れる。

「私、ラーシェ・ロブスレーって言います。あなたの班担当の”セミメンター”です。スタートが一ヶ月遅れちゃったけど、全力でバックアップしていくからよろしくね!!」

そう言いながら彼女はウインクした。今はこんな見た目だが、普段は快活な性格なのだろうというのが伝わってきた。

それはそうと、ラーシェという名前はどこかで聞いたことがあった。一体どこで聞いたのか、すぐには思い出せそうになかった。

考え込んでいるとナッガンが思い出したとばかりに指をパチンと鳴らした。

「そうだった。お前らの班は互いの実力の均衡を取るために全体的に高い能力の持ち主で固めてある。故に性格などの相性は度外視せざるをえなかった。セミメンターの介入でそれを乗り切るつもりだったが、班員同士で解決できるならばそれに越したことはない。幸い、アーシェリィーの幻魔がとっておきの封印呪文シーリング・スペルを刻みつけてくれたからな。それを利用させてもらう」

少女はアルルケンの報告をふと思い出した。彼らは人間の時間には無頓着である。

もしかしたら二人も一月、もしくはそれ以上、封印されているかもと思い、彼女は焦りを隠さずに聞いた。

「二人は!? 二人は目が覚めましたか!?」

慌てた様子の少女をオールバック気味の教授がなだめた。

「心配するな。イクセントは8日、シャルノワーレは11日で封印を突破している。もっとも、相当憔悴しきっていた……いや、"いる"が……」

アシェリィは胸に手を当てて安堵の吐息を吐いた。彼女を見下ろしながら教授は続けた。

「あの二人はお前に強烈なおそれを感じている。あいつらには未だにお前が仮想空間で暴れ続けているということになっているからな。クラス連中にもだ。それを利用して班長としてイニシアチブを握れ。案ずるな。サポートはラーシェにしっかりやらせる。幻魔の勢いが収まったという体でクラスにお前を合流させる。いいな?」

いいも何も、こうなってしまえば断わりようがなかった。

それに、青灰色の大狼が自分のために残してくれた封印呪文シーリング・スペルでもある。

アシェリィは波乱に満ちた学院生活の始まりに覚悟を決めて、ゆっくりと、深く頷いた。
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