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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter4

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手の施しようのないクランケ

魂の投資ソウル・インヴェストの名称を魂の融資ソウル・ファイナンスに変更しました。
少女は気づいた。自分の体が仰向けになって、水底へとゆっくりゆっくりと沈んでいくのを。

確かにここは水の中のはずだ。だが、不思議と息は苦しくないし、体が水に濡れた感じや、冷たさも感じない。

それどころか誰かに優しく抱かれているようにさえ感じられて、アシェリィはリラックスしていた。

ここはどこなのかという疑問が湧いてきたが、すぐにそれが些細な事に思えて彼女は流れに身を任せた。

ぼんやりと見上げると水面を挟んで心地いい、暖かな陽光がきらめいて見えた。魚の群れがのどかに泳いでいる。

やがて、底に着いたのか体の沈みが止まった。すこしほの暗いが、陽の光は届いていた。

あたりを見回すと岩やら水草などが見えた。寝そべったまま辺りを見回していると、誰かの気配を感じた。

すぐにそちらに視線をやると金髪のとても髪の丈の長い女性が微笑みかけていた。

見た感じ、大人の女性と言った感じだ。美しい水色のドレスが光に反射してキラキラと光っていた。

「あなたは…………?」

「………………………………………………」

にこやかな表情を浮かべているものの、応答はなかった。しばらく彼女を見つめていたが、何一つ喋る様子はなかった。

神秘的な人だなと首を横に向けて眺めていると、何者かに頭のてっぺんをつつかれた。

「あだっ!!」

すぐに頭上を見上げるように首を動かすとそこには見慣れた顔があった。

「よう。片付けてきたぜ」

アルルケンである。ただでさえ大きいのに、こうして下から見上げると更に巨大に見える。まるで怪物……いや、怪物なのだが。

「全く、世話のやける奴だぜ。覚えてるか? 学院のバトル・ロイヤルの最中、お前がブチキレて強引に俺を喚び出したのを」

少女はしばらく視線を泳がせていたが、思い出したとばかりにハッっとした表情を浮かべた。

「あっ!! 覚えてる。覚えてるよ!! でも、あの時は廃墟に居たはず。ここは……水の中だよね? 仮想空間が変わったとか……?」

アシェリィは困惑しているといった感じだ。いきなり場所が変わってしまったのだ。無理もない。

「俺は”お前”が喚び出す前に確かに警告したはずだ。”どれだけの負担が体にかかるかわかんねぇ”って。結果、この状態になったってわけだ。オルバの元で修行したなら自分の体や精神がどうなってるのか、わかるはずだぜ」

蒼い狼はあえて答えを言わず、彼女自身で解決させるよう促した。

召喚術師サモナーはいつもの顎に指を当てるポーズを取って思案した。少しして驚いたように上半身を跳ね起こした。

「あ”っ!! 魂の融資ソウル・ファイナンスだ!!」

彼女は憤りのあまり、召喚術師サモナーの覚えておくべき重要な事柄を瞬間的にすっかり忘れてしまっていた。

すぐに修行中に習ったことを思い返した。オルバの声とともに記憶が思い起こされる。

―――いいかい、アシェリィ。実は自身の持つマナの限界値を超える強力な幻魔を喚び出す方法がある。

通常、幻魔は自分が得をする分のマナ、すなわち精神エネルギーを得られない召喚術師サモナーの呼びかけには応じない。

だけど例外があるんだ。幻魔が自分の欲する量の精神エネルギーを術者から回収できると見込んだ場合、力を貸してくれることがあるのさ。

もっとも、マナの量や質の足りないマスターの場合、通常の契約では高位の幻魔にとってほとんど旨味はない。

そういった関係でも召喚出来る契約……幻魔が未熟なマスターに融資する。それが魂の融資ソウル・ファイナンスというわけだよ。

ただし、これには大きなリスクが付きまとうんだ。高位の幻魔が活力を得るためには、未熟な術者の精神エネルギーを丸々受け取る必要がある。

丸々受け取るということはどういうことか。一切の精神活動と肉体活動が幻魔界に転送され、預かられることになるんだ。

要求されるマナを回収しきるまでは、精神が現界に戻ってくることはない。つまり、こちらの世界では昏睡、ないしは仮死状態となってしまうんだ。

今の説明を聞いただけでもわかるようにこれはかなりリスキーな契約だ。

しっかり使い所を考えて、命の危機など本当に切迫した時にしか行使しないこと!! いいね? ―――

いつになく真剣だった師匠せんせいの顔が印象に残っている。

いくら怒りに身を任せていたとはいえ、これだけ重要なことを見失っていた自分にアシェリィは少し呆れた。

「はいはい。ご明察。そうだよ。こりゃ魂の融資ソウル・ファイナンスだよ。でもな、それは喚び出す前に気付けよな。本当に”お前”は追い詰められたり、キレたりすると何しでかすかわかんねぇな。無鉄砲ガールかよ…………」

少女は恥ずかしくなって思わず後頭部を頭を掻いた。

「ま、でも今回の件も他人を思いやった末の行動だからな。最初、冷たく当たっちまって悪かったな。そういう人情に厚いところは大事にしていけよ。俺としてはそういうアツいの、嫌いじゃねぇからよ……」

期待もしていなかったフォローを入れられて照れの仕草は苦笑いに変わった。

そのままへらへらと笑っていたが、急に真顔に戻って少女は青灰色の狼に聞き返した。

「あ!! あのあとどうなったの!? イクセントは……シャルノワーレは!?」

アルルケンは戦いの内容を大幅に端折って結果だけ述べた。

「なぁに、ガキの喧嘩は両成敗で、二人揃って氷海に封印してやった。お前に逆らうなって脅しておいたから迂闊にはお前に逆らえねぇはずだ。多分、お前がリーダーやるんだろうからしっかりやれよ? あいつらに調子づかせるとロクな事なさそうだからな」

そういえば、あのバトル・ロイヤルは班のリーダーを決めるためのものだったことを思い出して、アシェリィは額に掌を当てた。

「あちゃ~。なんてことを…………」

色々思うところはあったが、なんとなくやっていけるような気がして、彼女は考えるのを止めた。

そんな少女を見下ろしつつ、大狼は残念そうに告げた。

「残念だが、とりあえずお前との契約はこれで破棄だ。魂玉こんぎょくをやった時、おそらくお前の実力じゃまけるにまけても一回喚ぶのが限度だろうとは思っていた。オルバに習ったと思うが、魂の融資ソウル・ファイナンスは多用できねぇのよ。使った場合は契約の見直しが行われる。次に再契約する時は、ある程度の実力が必要になるからな。腕を磨いておけよ」

彼女はほんの少しだけ悲しげな顔をしたが、すぐに頼もしげな笑みを返した。

「へへっ。そうこなっくっちゃあな。まぁまだしばらくはここにいるわけだから、すぐにお別れってわけでもねぇんだけどな……」

アシェリィは再び辺りを見回した。今までの情報を統合するに、ここは幻魔界のはずだがその割には現界の湖に近かった。

もしかしたらと思って少女は青灰色の狼に尋ねた。

「もしかして……ここって、ポカプエル湖……の底?」

アルルケンは首を左右に振った。

「半分当たってるが、半分ハズレだ。ここは幻魔界の中の俺ら、ポカプエル派の血盟団クランズメンズのホームだ。湖の環境を再現してはいるものの、現実の湖とは全くリンクしてねぇ。よくてみろ。こんなたくさんの幻魔が現界げんかいに居るわけねぇだろ」

召喚術師サモナーの少女は目を凝らした。現実世界と幻魔界では微妙に幻魔のえるチャンネルが違うらしい。

少し見方を変えると湖は姿形様々な幻魔達で賑わっていたのがわかった。

水中なので魚ばかりかと思えばそんなこともなく、人型、獣、虫、鳥などの幻魔も湖の中を行き来していた。

そもそもアルルケンだって狼である。本来は湖の底にいるわけがない。

奇妙だがとても幻想的な光景で、アシェリィはそれらにみとれた。

「ま、こっちにいる間、退屈はしねぇだろ。マナが回収されるまで気長に待つんだな」

なんだかとても楽しい毎日になりそうで、彼女の心は躍った。

呑気にしている本人を知ってか知らずか、彼女達を収容した医療班はしっちゃかめっちゃかになっていた。

それぞれの医務室の報告が次々に入ってくる。

「仮死状態三名、大火傷一名、機能停止一名です!!」

それを聞いたナッガンは静かに佇みつつ、モニター室を静めた。

「落ち着け。出来る限りの救援要請はした。それに、この様子なら危篤状態になる者は出ない。5班の勝者……そして班のリーダーは決定した。いつまでも騒いでいないで撤収するぞ」

彼らの容態に不安を隠せない者もいたが、これより更に凄惨な戦いを生き延びてきて来た彼の発言には説得力があった。

すべての班のバトル・ロイヤルを終えた一室は役目を終えて教授が、そして次々と補佐達も退出していった。

連絡を受けた召喚術サモニング学科の教授、フラリアーノはコツコツと革靴の音を鳴らして廊下を走っていた。

目的の部屋へ向かって急いで走ってはいるものの、思考は至って冷静だった。

(ふむ。事前情報から推察するに、おそらく例の召喚法でしょうね。確かに忠告はしたはずですが。まぁ、師匠譲りといったところでしょうか……。昔を思い出しますね……)

教授権限でいくつかのテレポートをくぐると彼は3分弱程度で問題の医務室にたどり着いた。ドアを開けると数人の医療班が治療に当たっていた。

「少し、下がっていてくれますか?」

教授は紺色のスーツのジャケットを脱いで椅子にかけた。そして魚模様のおしゃれなオーシャンブルーのネクタイをピンで固定した。

そして、治療員から経過カルテを受け取るとベッドに横たわるアシェリィを観察し始めた、

「呼吸、脈拍なし、心臓も停止。しかし体温の低下はなし……ふむ」

軽く全身を確認するとすぐにフラリアーノは彼女の閉じたまぶたをやさしくつまんで開いた。

(……やはり。この目の動き、間違いなく幻魔界を泳いでいる……)

少女のまぶたを閉じると教授は振り返って身振り手振りを加えて当たっていた医療班に伝えた。

「心配することはありません。事前の診察の結果どおり、これは魂の融資ソウル・ファイナンスです。いつまでかかるかはわかりませんが、いずれは間違いなく蘇生します。その間、見守る必要はありますが、栄養補給、排泄などを案ずることはありません。幻魔としてもエネルギーを生む肉体が朽ちては元も子もありませんからね。機能こそ停止していますが、生体はあちらで保持されています」

教授の言葉でその場は安堵で満ち溢れた。張り詰めていた緊張が溶けたようで、笑みも浮かんだ。

「まぁこういうケースはどちらかといえばレアですからね。学院の医師でも実際に診る機会は滅多にありません。ともかく、安心して下さい。彼女は問題ありません。ですので、他の方の治療に回ったほうがいいかもしれませんね」

そう指摘されると治療班の面々は互いに顔を見合わせた。すばやく手伝いに行く先を相談するとお辞儀をしながら散り散りに解散していった。

フラリアーノは椅子にかかったジャケットを羽織りなおして、ボタンをしめながらベッド脇の椅子に腰掛けた。

そして、横たわるアシェリィの顔を眺めながら手の指を戯れるように組みつつ、ぼやくようにつぶやいた。

「ふむ、問題ないとは言ったものの、あれだけの幻魔をぶためのエネルギー量は尋常ではありませんよ…………」

ただでさえ細目なのに、彼は一層、目を細めた。

ナッガンの救援を受けて、学院中から専門家やら医師やらが集まってきて5班の面々の治療に当たった。

迅速な指示によって、数時間後には無事に治療が完了した。もっとも、手の施しようの無い者も何人かいたのだが……。


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