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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter1:群青の群像

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暗闇に笑う者、既に人に非ず

 ファイセルが眠りについてしばらくした頃、アイネ達はトーベの鉱山、バルハンタタに到着していた。

 この鉱山は先進国でマジックアイテムの原材料などに使われるマナクリスタルやマナオーブかけらなどの珍しい鉱物が採掘されている。貧しいトーヴェ国内の数少ない資源としてこの手の鉱山は重宝されている。

 その裏には低賃金で危険な場所で働かざるを得ない鉱員達の苦悩があるのだが、先進国でそれが問題として取り沙汰されることは殆どない。

 今回は大規模な事故だったが故に各先進国の新聞などに載ったが、小規模な崩落事故は国内のあちこちで日々起こっていて、対外には見向きもされない。

 スヴェインが先行して鉱山に降りたち、生徒はチーム別に整列した。

「よし各チーム、このポジショニング・ジェムを持ってくれ」

 スヴェインは各員に緑に光る小ぶりな宝石をリーダー達に配ると地べたに鉱山の見取り図を広げた。その図に向けて彼がダウジングペンデュラムを垂らすと鉱山入口付近をペンデュラムの先が差した。

「これで諸君らの場所がわかる。随時、さっき渡したジェムに向かって状況報告をするように頼む。ジェムに語りかけると私との直接交信が可能だ。私が諸君らの位置を確認しつつ、ふさがっている道や、崩落しそうな地点を回避して下層に進んでいけるようにジェムに向けて指示を出そう」

 スヴェインは改めて編成されたチームを眺めて確認しなが続けた。

「指示に従い、下層への侵入を試みてくれ。では、各隊解散! 健闘を祈る。この地点の反対側から潜る部隊は再度ワイバーンのゴンドラに乗ってくれ。反対の鉱山口まで移動させる」

 アイネ達は到着地点から少し下に下った先のぽっかりと口を開けた坑道から侵入することになっていて、漆黒の闇が広がる鉱山内部へと入って行った。しばらく歩いていくと国軍2名が警備にあたっていた。

「ご苦労様ッス。この先はどんな感じッスかね?」

 アンナベリーが国軍隊員に尋ねた。

「ハッ。この近辺の怪我人などは救出しました。これより深い部分の安全が確保できない為、我々はここで警備を行っている次第であります。学院生の方達が来たら通すよう言われております」

 メンバーの三人は向き合ってこの先、警戒するよう目配せした。

「ご苦労様ッス。我々はこの先を行くのでもし坑道が塞がったりするようなら発破して脱出口を確保しておいてほしいッス。あとはお二方も身に危険を感じたら逃げてくださいッス」

 国軍2名は敬礼し、アンナベリー達を見送った。その地点からかなり進んでも一向に坑道が下に降りていく様子はない。アンナベリーがジェムに話しかける。

「スヴェイン先生、この進入口は一向に下る気配がないッス。今、私等はどんな感じなんッスか?」

すぐにアンナベリーの持っている宝石が光ってスヴェインの声が聞こえてきた。音声はかなりクリアで距離もあるのにノイズが入らない。さすが学院の教師の通信技術といったところだろうか。

「もう少し進むとなだらかな下り坂になるはずだ。そのルートは所謂、ゆるやかな螺旋構造のような道になっている。少し長く感じるかもしれんがそのまま直進してみてくれ」

「了解しましたッス!」
アンナベリーはそう答えてジェムを小型のバックパックにしまった。

「2人とも聞いたッスね?この道は割と長……」

アンナベリーが急にしゃべるのをやめた。全員が坑道の闇の向こうに何かがうごめくのを確認した。目を凝らすと人影が近づいてきているように見える。

 しかしどこかがおかしい。人影の片手と片足は有り得ない方向に捻じれており、足を引きずりながらこちらへ近づいてくる。普通、あんな状態では痛くて歩けないはずだ。

 3人はアンデッド(不死者)特有の嫌悪感を感じ取って身構える。

「イダイ……ダズゲ……グハッ、ダズゲ……イタイイダイ、ゲハハハハハ!!」

人影は大声を上げて笑い出した。疑いは確信に変わる。

「リルチェさん!! 頼むッス!!」

リルチェは声掛けに応じて素早く背中の長弓を手に取って矢を抜き。弓を引き絞った。

「ラグバンだ!! クバンだぁぁ!! ニグェ、ニグェオロオロオ……」

 不気味に笑いながら叫び声を上げて近づいてくる人影に向けて矢の照準を合わせた。

「安寧の女神たちよ。我が呼びかけに答え、生ける者にも死せる者にもその深い慈愛を与えたまえ!! ブレスド・アロー!!」

 矢が銀色に発光しだした。もう発射できる状態にあったが、出来る限り引きつけてから撃とうとリルチェは弓を引いたまま待機した。

「イダイ……アハハカナシィ、ゴフッ。イキルシナナイ……」

 やがてその姿がはっきりと見える距離まで声の主が近づいてきた。やはりゾンビだ。肌の色は紫がかっていて、体のあちこちに大きな傷がある。見るも無残な犠牲者の成れの果てだ。

 その姿を確認するや否やリルチェは引き絞った指を離した。矢はゾンビを貫き、坑道を銀色に照らしながら遠くまで飛んで行った。

「ヴォヴォアー!! ヴォヴォヴォエアアッ!!」

 ゾンビは転げまわって苦しんだが、絶叫の後、動かなくなった。

「これなら多分、再生はしないッスね。リルチェさんバッチリッス!!」

 アンナベリーが親指を立ててリルチェを褒めた。褒められたリルチェは照れくさそうに笑って俯いた。

 クールな印象とは裏腹に可愛げなところもあるのかもしれないなどとアイネはぼんやりと思った。思えばリーリンカにどことなく似た性格な気もする。

 3人はゾンビだったモノの脇を通り抜け、更に坑道の奥に行んでいった。

 その場の全員がアンデットとの戦闘経験が多いため、多少のことでは取り乱したりはしないが、不気味だったり気持ち悪いという嫌悪感は抑えられない。

 それに彼らの放つ言葉には生きていた時のそれが強く現れていて、浄化する度にアイネはやるせなさを感じていた。

 やがて、トロッコのレールの始点を見つけた。レールは坑道沿いに続いている。

「こっち側にトロッコが無いってことはもしかしてまだトロッコが走ってるかもしれないッスね。欲を言えばここからトロッコに乗って一気に下れればよかったんッスが。けが人が取り残されているかもしれないので結局は徒歩になるんッスけどね」

 引き続き坑道を進むが、未だに平坦な道が続いている。レールをまたぐようにしながら進んでいくとまた何か音がする。

 ギィギィという鉄同士の擦れるような鈍い音だ。アンナベリーはしゃがんでレールに触れて、すぐに振り返り叫んだ。

「2人共!! なぜかトロッコが迫ってくるッス!! 早く壁に張りつくッス!!」

 その様子を見るに、状況は切迫していた。アイネとリルチェは互いを見合って目配せし、素早くレールの軌道上から離れて坑道の岩壁に張り付いた。

 一方のアンナベリーは素早く幅の広い大剣を抜き、その刃をトロッコの進路を塞ぐように向けつつ、自分も壁に張りついた。三人が壁に張りついてすぐにゴォーっと音を立て、トロッコがやってきた。

 遠目に人影が見え、4人ほど乗っているように見えたがチーム全員が先ほどと同じ嫌悪感を感じ取った。乗員が何やら叫び喚きながら高速で突っ込んでくる。

「ヒヒヒ……トロッコ、トロッグォ!! クルシイ、イタイイタイハヤイ!!」
「ヴァアアアアアーーーーーーッッ!!」
「ハラ、ヘル。クウニクタスゲ。ハ、ハヤ、ニゲニゲール、ダダズゲテ!!」

 案の定、ゾンビしか乗っていないようだった。

「連中をこっから先を通すわけにはいかないッス!!」

 乗員全員が既に”死んでいる”と確認したアンナベリーは思いっきり大剣を振りかぶった。トロッコが目の前を横切る瞬間、フルスイングで大剣の刃をゾンビ達に直撃させる。

 強烈な大剣の一太刀でゾンビ達は体が上半身と下半身で真っ二つに分断され、下半身を乗せたトロッコはアイネ達が来た方に向けて走って行き闇に消えた。ゾンビ達は上半身だけになっても、なおもがき呻いていた。

「我が信ずるはルーンティアの導き。故に我が乞うもまたルーンティアの導き、我、不浄なる流れを断つ導きを欲す者也。今この時、我に道を示したまえ!! ソードベネディクション!!」

 アンナベリーが呪文を詠唱すると大剣が淡く黄金色に輝き始めた。その大剣で手際よく地面を転げまわっているゾンビにトドメをさしていく。斬られたり、突かれたりしたゾンビはドロドロと溶けて土に帰っていった。

 アンナベリーの身体はとても小さいのに、重そうな大剣をまるで短剣でも扱うかのように軽々と振り回していて、ゾンビを葬ったのはあっという間の出来事だった。

「トロッコが走っていったッスが、下半身だけでは何も出来ないので無視していいと思うッス。そのうち活動を停止するはずッスから。それにしても下の階層からゾンビが上がってきたという事は、この近辺には生存者がいないとみていいかもしれないッスね。いよいよ先生が言っていた『アンデッドのウロウロしている地帯』に入るッス。2人共用心するッス」

 全員が岩壁から離れて打ち合わせをしているとまた暗い坑道の奥から音がする。カラカラという乾いた何かが転がるような音だ。音は足元からしていて、徐々に近づいてくる。

 やがて音が止まり、止まった地点の地中から骸骨のモンスター、スケルトンが骨と骨の擦れる音を立てながら這い出してきた。乾いた音の正体はこの骨の音だったらしい。

 すかさずリルチェが弓を引き絞って上半身だけ姿を現したスケルトンめがけて放つ。この近距離なら一発で仕留められるとリルチェは思っていたが、スケルトンは持っていた骨の盾で飛んできた弓を弾き飛ばした。

 スケルトンが埋まっていたもう片腕を地面から引っ張り出すと手には剣が握られている。リルチェは反射的に後退して、アンデッドと距離を取った。

 その直後、暗闇からキラリと何かが光ったように見えた。抜刀していたアンナベリーがすぐに大剣の刃を上に向けて構え、大剣を盾のようにして、相手側からの矢からリルチェを守った。

「二体くらいスケルトンスナイパーがいるッス!! 反撃できそうッスか!?」

 アンナベリーが走りながら向かってくるスケルトンに備えながら聞いた。

「相手の弓の軌道をトレースして打ち返します!! 出来る限り相手の弓攻撃から守ってもらうようお願いします!!」

 リルチェは弓を引いたまま目をつむり、相手の位置を探り出した。アイネはその場に立ちつくし、何もできずに己の未熟さを悔やむしかなかった。

 チンッっと複数回、大剣が矢を弾く音がする。スケルトンはアンナベリーの右手前に迫っていた。

「いけます!! 大剣を!!」

 アンナベリーはそれに答えて大剣を弧を描くようにして振りかぶり、右手前のスケルトンに直撃させると同時にリルチェの弓の進路を確保した。

 大剣が視界から上がった瞬間、リルチェも弓を引き放つ。闇の奥で姿は見えないが、目標に当たった手ごたえがあった。一方、全力の一撃を食らったスケルトンはつぶやいた。

「ナゼ……たすケて、れなかッタのか……」

 すぐに内側からはじけるようにしてスケルトンは粉々になった。それを確認してアンナベリーは大剣を翻して残り一体からの狙撃を防ぐ。

「二体目捉えました!! 行けます!!」

 矢がまた大剣に当たったタイミングを見計らってアンナベリーは大剣を上げる。リルチェの弓から解き放たれた矢は輝きながら闇の中に消えていく。今度も確かな手ごたえがあった。かなり正確な射撃である。

「ふぅ……アンナベリーさんありがとうございます。貴女が守って下さらねば危ない所でした」

 アンナベリーは頭に手を当て、照れくさそうにした。同時にバツが悪そうにしているアイネを気遣って声をかけた。

「まぁ、コレが仕事ッスからね。あと、アイネちゃん、さっきから無口だけど戦闘に参加できていないからって、そんなに気にすることは無いッスよ。むしろいざと言うときに一人くらいはマナを満タンに保ってる人がいた方がいいくらいッスからね。負傷者の治療もしてもらわなきゃならないッスし」

 アイネはそれを聞いて、自分が何をやるべきか考え始めていた。いつもはマイペースでのんびりしている彼女だが、さすがに危険と背中合わせになる現場では訳が違う。

 アンナベリーにフォローされたものの、自分が役に立てない事の歯がゆさを強く感じていた。アンナベリーがバックパックからポジショニング・ジェムを取り出す。

「あ~、こちらアンナベリー班。この近辺でアンデッド数体と交戦。全員無傷ッス。他のチ-ムはどうッスか?」

 すぐに宝石からスヴェインの状況報告が聞こえてきた。

「どのチームもそれなりの深さにまで到達しつつある。それと、全チームでアンデッドとの交戦報告が上がっている。国軍の判断は妥当だったというところか。この調子で行くと君らのチームは他の2チームと合流するルートになり、最深部に到達することになる。それ以外のチームは中層の探索・救助に回ってもらっている。というわけで君らは更に深部に向かってくれ」

「了解ッス!!」
アンナベリーはジェムをしまって歩き出した。

 ようやく坑道がゆるやかに下り始め、アンナベリーとリルチェは好調子を維持したままゾンビやスケルトン、スケルトンスナイパーを次々と蹴散らしながらどんどん下に下って行った。

 話のように坑道は緩やかな螺旋を描いている。道中、一人も負傷者を見かけることは無かった。アンデッドがはびこっているということはつまりそういうことなのだろう。

 大分、坑道をを下った頃に道の途中で横穴を二つほど見つけた。これが他のチームが合流するはずの道なのかもしれない。ゾンビが何体も転がっており、アンデッドとの交戦の跡が生々しく残っている。

「もう他の2チームは最下層に着いたみたいッスね。私らも急ぐッスよ」

 アンデッドが全滅しているのを見てアンナベリー達は足を速め坑道を更に下って行った。
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