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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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あっちの蛾はウマいぞ

アシェリィ達は期限の迫る強行軍ではあったものの、着実に魔法都市ミナレートへと近づいていった。

ここまで来ると街道は旅人や商人で溢れて活気に満ちている。

馬車を牽引する大型のナメクジ、ウィールネールだけでなく見たこともないような生物に乗っている人もいてアシェリィは物珍しさに思わず心躍った。

体のあちこちは痛むし、疲労困憊ではあったが、ファイセルからは到着まであと少しと聞かされていた。

それになにより魔法都市ミナレートというのがいかなる場所なのか。それが楽しみになって彼女の歩みは軽かった。

それはフレリヤも同じでそこらをキョロキョロと見渡して、興味深げに道行く人々や生物を観察していた。

亜人の少女が脇見をしながら歩いていると、いきなり立ち止まったアシェリィの背中にぶつかった。

「あだっ!!」

「あわっ!!」

それほど勢いはついていなかったが、何しろこの巨躯である。アシェリィはバランスを崩してつんのめるように前傾姿勢になった。

かろうじて転びはしなかったが、あわや倒れ込むところだった。フレリヤはすぐに彼女に謝罪の意を示した。

「ご、ごめん。大丈夫? でもいきなり止まるもんだからさ。どうかしたのか?」

アシェリィは態勢を整えると振り向きつつ、フレリヤに謝り返した。

「私こそごめんね。でも、えたんだよ。街道を横切るように風に色がついてて茶色にキラキラ光ってるのが。なんだろこれ。皆には多分……えてないですよね?」

アシェリィ以外の二人は首を横に降った。いくら目を凝らしてあたりを観察してもそれらしい現象は目視できない。

そもそも、風に色がついているという表現自体わかりにくいものだった。サモナー特有の感覚でなければ掴みにくい概念であるとも言える。

こういったサモナーにしか知覚できない現象を捉える能力は”パーセプション”と呼ばれる。

視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などあらゆる角度から幻魔の手がかりについて切り込んでいくのだ。

今回も例のごとく、幻魔の手がかりを追うべく旅を一時中断して街道をそれて脇の草むらを分け入って三人は林の中に入っていった。

幻魔探しを始めてから何度こうやって街道脇の草むらに入っていったかわからない。何らかの成果があることもあれば、全くの肩透かしを食らうこともある。

相手によっては瞬時に移動したり、幻魔界に逃げ込んだり、大気に溶け込んだりするらしいので間が悪いと遭遇する前にいなくなってしまうこともしばしばであった。

一見して何の目印もない草むらを全く迷うこと無くアシェリィは進んでいく。

自分に見えないものというのを信じるのは容易ではないが、こうやって彼女に迷いがない様子を見るとやはり何か”えている”のだろう。

ファイセルもフレリヤも視えないものを追うこの探索に最初は面食らったが、今はすっかりアシェリィを信じており慣れっこである。

脇道するのが目的なのではないかとよく三人で笑い飛ばしているくらいだ。今回も何の疑問もなく、二人はアシェリィに続いた。

街道から数分ほどあるくと木がうっそうと茂った森になった。森の中は木陰のせいで薄暗かったが、彼女らの進む先には不思議と一筋の光が差し込んでいた。

森の木に一部分だけぽっかり穴があいていた。何かが空から降ってきて木や葉っぱを吹き飛ばしたようにも見える。

ファイセルはこれに似たような光景をみたような気がした。しばらく顎に指を添えながら考えていたが、すぐに思い出したようで平手に握りこぶしを軽くぶつけて声を上げた。

「これは、もしかして”海竜の涙”かもしれない! 海からの距離を考えるとここらへんに飛んできてもおかしくはないよ! ……って、二人は知らないか……」

一人エキサイトしていたファイセルは我に返った。

二人の方を見るとフレリヤは案の定、なんのことやらと言った表情だったが、アシェリィは目を輝かせていた。そして軽く興奮した様子で聞き返してきた。

「も、もしかして、海竜が吹き出すって言う海竜のウロコ……”アクアマリーネ”の落ちてきた場所に出来るっていう泉ですか!? 確か、アクアマリーネは非常に希少なトレジャーだったはず!!」

ファイセルは以前、海竜のウロコを拾って売ったことがあったが、話せば長くなるのでここではあえてそれについては黙っていた。

喋ると面倒な事を黙っておくのもまたハーミット・ワイズマンズ・セオリーである。

「おお、よく知ってるね。さすがトレージャーハンター志望。いつ出来た泉かはわからないけど一応、海竜のウロコを探してみようか」

三人は泉の近くに近づいた。泉の水はこの世のものとは思えない美しく透明度の高いアクアマリン色で底の石の形まで目視できるほどだった。

この海竜の泉は小さく、三人が手を繋いで囲めるほどの大きさしかなかった。深さも浅く、腕を伸ばせば底に手がつく。

ファイセルは屈んで泉の水に手をつけて二人に話しかけた。

「綺麗な水だから飲めるよ。まぁ海水だからしょっぱくて飲料水には出来ないけどね。さあ皆で探そうか」

各々が泉の水を飲んでみたり、底の砂を漁ったりしたりした。もちろんウロコを探すには探していたが、あまり手応えがないのがわかるとやがて水遊びじみてきた。

しばしの間、時間を忘れて童心に帰って泉で遊んでいた。程々で満足するとファイセルが声をかけた。

「う~ん、ウロコは無いみたいだね。もしかしてここは最近できた泉じゃないのかもしれない。当然、ウロコは争奪戦になるから、残ってる確率のほうが低いんだけどね。残念でした」

彼は笑いながらひらひらと手を振った。現実はそう上手くは行かないものであると他の二人はだんまりを決め込んでいるラッキーボーイを目の前にしてうなだれた。

頭をあげようとアシェリィが頭をあげようとすると何やら小声が聞こえてきた。

「……すね、……ま、……いで……すか?」

三人のうち、誰かが喋ったのかと思ったが、明らかにファイセルとフレリヤの声ではない。

小声を聞いた少女は顔をあげると神妙な面持ちで人差し指を唇に当てて沈黙を促すジェスチャーをとった。

二人は了解した様子で黙ったまま首を縦に振った。

アシェリィがあたりを見回すと先程見た茶色の風があたりに吹いていた。やがてその風は集まって形を形成していった。

やがて小さいちょうちょのような姿になってアシェリィ以外にも見える姿になった。

実際に姿がはっきりするとちょうちょというよりは蛾の羽模様で、体は人間の女性に近い形をしていた。どうやら茶色い風は鱗粉だったようである。

しばらくの間、沈黙が場を包んだがそれを崩すように向こうから話しかけてきた。まとまったからか、声量は大きくなっていた。

「聞こえているんでしょう? 繰り返しますよ。ここは私のお気に入りの場所なのです。邪魔をしないでいただけますか……? この透き通った水の色、湧いて出る清らかなマナ。ああ、なんて素晴らしんでしょう」

少女のような高めの声色だ。流暢に喋ることからそれなりに位のある幻魔に思えた。虫属性に見えるが、この振る舞いや性格、雰囲気的に天使属性も兼ねているように思えた。

虫も天使もごくごく小さな幻魔はいたが、ここまではっきりとした者は居ない。なんとしても契約したいところだった。

邪魔と言われたので、邪険に扱われるかと思われたが向こうもまんざらではないらしく、品定めをするようにアシェリィの周りをくるくると観察して回った。

「あら……よく見たら貴女も中々素敵なマナをお持ちなのね。小さくはあるけど、同じ眷属もいますし。でも残念。貴女からは”生き物の匂い”がしないんですもの。 流石にわたくしにも選ぶ権利があってよ?」

彼女の言葉の真意がいまいちわからなかったが、このままではこの幻魔は去っていってしまうだろう。柔和に勧誘する、あるいは脅迫するか。どうネゴシエーションするか悩みどころだった。

素早くサモナーズ・ブックを開くとアシェリィは該当するページを手のひらでなぞって素早く召喚した。

「……私も手荒なマネはしたくないんだけど……。サモン・ピルコルカ!! ヒスピス!!」

美しいピーコック・ブルーの鳥がアシェリィの腕に止まった状態で出現した。それを見て、相手の幻魔は怯え始めた。

「そ、そ、そそんなトリ程度で私が屈するとでも?」

召喚した主はわざとらしく悪人面をしてニタリと笑った。腕に止まったヒスピスの丸くてクリッっとした瞳には蛾が映っており、確実にターゲットを捕らえていた。

「ひっ、ひーーーーーーーっ!!」

そう悲鳴を上げて彼女は素早くその場から飛び出して逃げ出そうとした。すぐにアシェリィは指をさしてヒスピスに追跡を命じた。

相手もかなり早かったが、ヒスピスはそれを上回った。後ろから猛追するとパクリとくちばしで妖精をくわえてブーメランのようにUターンして戻ってきた。

アシェリィが腕を差し出すと獲物を捕らえた鳥は腕に止まった。鋭いツメを持ってはいるが、原則として幻魔は召喚主を傷つけない。

アマガミするように軽くくちばしで咥えられた蛾の幻魔は羽をパタパタさせて必死に抵抗した。

「こっ、こんな乱暴が許されるわけありません!! 離しなさい!! 天罰がくだりますよ!!」

やはり天使っぽい事を言っている。アシェリィはため息をつくとまた悪人面を作った。慣れない事をやるのは疲れるのだ。

「フフフ!! 食べられたくなかったら、私と契約なさい。こっちには上位の悪魔もいるのよ? その気になれば貴女なんて……」

完全にホラだったが、追い詰めた状態の小さな天使にこの脅しは効果抜群だった。

「きゃー!! わかりました!! け、契約! 契約しますから食べないで!!」

次の瞬間、弱った天使はぐったりしたかと思うと幻魔気体を上げて姿を消した。

「……ナハエル……か。鱗粉をばらまいたり出来るみたいですね。聖属性でエンチャントすればアンデッドとかに効くかもしれません」

脅しは交渉と言えるのかは怪しいが今回アシェリィは脅しでネゴシエーションを成功させた。

しかし、この方法にデメリットはないのかとファイセルは思い、尋ねてみた。

「そんな強引に契約して、幻魔との仲が悪くなってやりにくくなったりしないのかい?」

アシェリィは眺めていたサモナーズ・ブックをパタリと閉じると質問に答えた。

「契約前は穏便に済ませるに越したことはないですが、契約後だと基本的には幻魔は召喚主に害を加えることは出来ないので問題ないんです。それに、いざ契約を結べばこちらは幻魔の力を借りられて、向こうはそれと引き換えに術者のマナを活力として得られるのでどんなに仲が険悪でもwin-winの関係になるんですよ」

三人は結局ウロコが見つからなかった泉を背にし来た道の倒れた草の上を再び踏んで街道に戻り始めた。途中、何気なくフレリヤがつぶやいた。

「な~、あたしは見たこと無いけど天使ってさ、白い羽に白い服とか着てるんじゃないの? ナハ……なんとかはすごい色してなかった? 蛾みたいだし、目玉みたいな模様4つもあるしさ。正直、気味が悪いというか、天使っぽくないというか……。あたし蛾、キライなんだよね……」

そういえばという話題になったが、三人共、絵本や絵画に出てくるお馴染みの天使らしい天使は見たことがなかった。もしかしたらこういった何かと混ざりあったような存在が多いのかもしれない。

それよりファイセルはちょっとやそっとの事では動じないフレリヤが蛾に反応しているのが気になってこれもまた尋ねてみた。

「ところでさ、もしかしてフレリヤは虫が苦手だったりするの? 女の子っぽいところもあるんだね」

そう聞かれたフレリヤは恥ずかしげに後頭部を掻いた。

「そうそう。小さい頃、蛾をつまみ食いした事があってさ。鱗粉の毒で苦しんで以来、蛾を食べるのは気が引けてさぁ」

ライネンテでは食虫文化が当たり前とは言え、そこらへんを飛んでいる得体の知れない蛾を食べることはまず無い。それを聞いていた二人はなんだか嫌な予感がしていた。

続けて彼女は無垢な笑顔を浮かべながら人差し指を立てて目線を泳がせつつ語った。

「あ、でも最近、種類によってはなかなかウマいのも居るってわかったんだ。今度ウマい奴がいたら教えてやるよ! 食べてみるといいよ!」

アシェリィとファイセルはそれを聞いて返す言葉がなかった。聞こえたような聞こえなかったようなノリでさらりと受け流し、街道への道なき道を戻っていった。
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