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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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仮初めのプリンセス・ライフ

街中で捕まってしまってから数日、アシェリィはなんだかんだで教会の一部屋での生活を満喫していた。

自分がカロルリーチェというなんだか偉そうなシンキとかいう人と勘違いされてしまったところまではなんとか理解できた。

もちろん、誤解をとこうと必死の抵抗はしてみたのだが皆がただ笑うばかりで誰一人聞く耳を持たない。

こういった自身を旅人と名乗る行為はここではもはや当たり前のようだ。どれだけ彼女は今まで脱出を試みてきたのだろうか。

よほど似ているのか、本人でないと疑うものはおらず、完全に本人だと思い込まれてしまっているようである。

なんとか逃げ出す事も考えたが、彼女本人はつい最近に脱出騒ぎを起こしたばかりだ。既に近衛兵の数や侍女の数が増やされて常に監視されているような状態になってしまっていた。

ザティスに預けていない分の荷物も没収されたままだし、これではとてもではないが抜け出すことは出来なかった。

更にアシェリィを混乱させたのは浮世離れしたカロルリーチェの生活である。

まず、朝起きると必ず真っ先に風呂に入ることになる。それだけならまだしも、入浴は侍女のつきっきりで行われる。

服の着脱を自分でやろうとすれば侍女にあれこれ言われるし、終いには背中だけでなく、遠慮なしに胸までゴシゴシ洗われるのだ。

自分で洗うとでも言おうものならまた何かしら言われる。

そのため、数日経った今でも入浴には慣れない。本当に本人もこんな感じで入浴しているのだろうかと疑問に思えてくる。

身を清め終わると肌着を着た後、化粧台の前に座らされる。そこから小一時間はその椅子に拘束されることになる。

侍女がまるで絵画でも描くように幾重にも高価そうな化粧品を”盛って”いく。

毎回、仕上がると自分と認識出来ない人物がそこにはいる。

化粧なんてよほどのことがなければ村ではしないし、ここまで本格的に化粧したのは初体験だ。自分が自分と認識出来ないのも無理はない。

その化粧が良いのか悪いのか、あっさりなのかケバいのか。

それすらよくわからなかったが、瞳は大きく見え、頬はほのかに紅く、唇は美しい桃色に染まっていた。

こうして化粧を施してもらうのはまんざらではなかった。女心をくすぐられずには居られなかったからだ。

ただ、かかる時間が時間だけに肩がこってしまう。これを毎日やるとなると中々ハードだなと思えた。

おまけに落とすのにも時間と手間がかかる。化粧をしている女性は皆こんなに時間をかけているのだろうかと疑問に思いつつ毎日の化粧をしてもらうのであった。

化粧が終わるとフリフリで装飾の凝った純白のドレスを着ることになる。まるで物語に出てくるお姫様のようで、最初の頃は思わず心躍った。

しかし、コルセットや複雑な構造など着心地の悪い部位が多くあり、長時間着ていると疲れてしまうような窮屈な服ばかりだった。

着替えが終わると祭壇に向けて水を供え、分厚い本を渡される。これが何が書いてあるかがさっぱりで全く読むことが出来ない。

最初はとても困って、どうしたものかと思った。しばらく押し黙っていると年配の神父らしい人が柔和な微笑みを浮かべながら語りかけてきた。

「ほっほっほ。庶民のお嬢様には神示しんじ文字は読めませんかな? それでは、黙祷を―――」

こんな感じで毎朝の儀式のようなものはなんとかやり過ごしている。

私が体験していないだけで絶対これより厄介でめんどくさい神事が他にもいくつもあるに違いなかった。

上流階級のテーブルマナーもさっぱりだった。食卓には料理の他に何に使うのかわからない道具類もたくさん置かれている。

それぞれに使い方があるのだろうが、とにかく何に使うのかさえさっぱりわからなかった。

使い慣れたスプーン、フォーク、ナイフにしても全く普段の食事での使い方が通用しない。

周囲は他の事には割と寛容だったが、これに関してはいやに厳しかった。ちょっとマナーを間違えようものなら手を叩かれて叱責されるのだ。

だが困っていたのもほんの最初だけで、ここ最近の食事は全て侍女がスプーンなどで口に運んでくれている。

食事まで完全に人任せである。カロルリーチェがマナーを知らない旅人のふりをするたび、呆れられて結局はこうやってご飯を食べさせてもらっている姿が容易に想像できた。

まるでお姫様ごっこを皆揃ってやっているようでおかしくはあったが、それでも女の子なら一度はこんな生活に憧れるものである。

アシェリィも例に漏れず、”お姫様ライフ”を満喫していた。

ただ、普段の生活は退屈そのもので、申し訳程度の本棚があるくらいだ。

侍女の話から察するに部屋の本来の主は普段、中庭を見下ろして時間を潰しているようだ。テラスから下を覗くと目がくらむような高さである。

彼女はここからシーツを結んで下に降りて逃げ出したらしい。怖いもの知らずと言うかなんというか、大した度胸だ。

彼女のおかげで今は部屋の中の脱出に使えそうな物の一切が片付けられていた。

とても自分はそんなことは出来ないななどと思いつつ、その情熱に呆れてアシェリィは中庭に目をやる。

そこには立派な女神像が立っていた。その周りを観光客らしい人達が囲って賑やかにしている。

「まぁまぁ。カロルリーチェ様、また中庭を覗いてらっしゃるんですか? もう脱走はなさらないでくださいね。怒られるの私達なんですから……。あ、そういえばそろそろリーネ記念奉武大祭きねんほうむたいさいの時期ですね。今年はお嬢様、珍しく『行きたい』っておっしゃらないんですね……」

よくわからないワードを無視しつつ、テラスに立て肘を付きながら続けて中庭に目をやった。なんとなくではあるが、カロルリーチェがここを抜け出したがる理由がわかった気がした。

毎日が同じことの繰り返しで、決まった時間に決まった物が与えられる。―――まるで鳥かごに押し込められたかのような生活なのだ。

一見して綺羅びやかで優雅であり、生活面での不自由はない。しかし、常に誰かの視線にさらされていて、気が休まることはない。

おまけにここに居る限りは自分のやりたいことも満足に出来ないだろうと思えた。

それに、この生活を始めてから彼女の両親に一度も会ったことがない。様子をうかがうに、親とさえ隔離されている風もあり、お世辞にも家族円満とは言えない状態だった。

シンキとは皆こういうものなのだろうか。そう思うとなんだか不憫に思えてしょうがなかった。

もっとも、生まれたときからこんな環境で過ごしていれば慣れっこなのかもしれないが、自分にとって過ごせば過ごすほどこの生活は堅苦しく、どこかいびつに感じられた。

徐々にその思いは強くなっていき、やがて抑えがたい違和感として感じるようになっていた。

今となってはあの時、カロルリーチェにダシにされた事はわかっていた。だが、こうやって彼女の身の上を知ると、どこか彼女を憎めずに同情の念さえ湧いてくるのだった。

アシェリィはテラスからぽっかり空いた空を見上げた。雲がゆったりと流れている。

雲をぼーっと眺めているとぼんやりとファイセル、ザティス、そしてフレリヤの顔が思い浮かんだ。

「先輩達……私の事、探してるのかなぁ。ザティス先輩に謝らなきゃ……私、やっぱり自分勝手だったよね……」

彼女は自分の帰るべき所がはっきりとわかると、ますますこのまま仮初めのお姫様ライフを続けている場合ではないという焦燥感に駆られた。

かといって、サモナーズブックが無い事にはまともに幻魔を呼び出すことは出来ない。

ただ、サモナーズ・ブックは”転写”することが可能だ。

それも、紙だけでなく、木や石など他媒体にも転写が可能である。ただし、術者にかなりの負荷がかかるという制約がある。

下手をすると数日間、意識を失う事もあるらしい。もっとも、部分的に転写するなど対策をすればそこまで負荷は高くないらしいが……。

もし、転写を行えば厳選した幻魔でなんとか脱出は可能かもしれない。

しかし、没収された荷物が気がかりだ。これといった貴重品は入っていないが、使い慣れた道具一式を失うのは痛手だった。

どうやって荷物を取り返そうか、アシェリィは頭を抱えた。シンキの身につけていた物だ。

おそらく勝手に燃やされたりすることはないだろうが、二度と旅人のフリが出来ないようにしまわれてしまったのは間違いない。

アシェリィは声をかける侍女を無視してテラスで半日、悩んでいた。

結論として建物を多少破壊しても幻魔を駆使して脱出する強硬策を練り上げた。

出来る限り損害は出したくなく、これは苦肉の策だった。しかしこの際、窓の一枚や二枚、ぶち破る覚悟は必要だった。

出来るかどうかはわからないが、しまわれた荷物を発見する策も練ってある。

この鳥かごから逃げ出す手段も一応は考えてある。ここまでくればあとはサモナーズ・ブックを転写するのみである。

本棚から余白の十分にある適当なノートをこっそり持ち出し、それを手に持ったまま天蓋付きのベッドに横になった。

こちらの動きが見られないように、蚊帳の陰に隠れてアシェリィはノートに手をかざして集中した。

すると何の変哲もないノートはパラパラとめくれだし、次々と幻魔との契約の言葉が刻まれていった。うまい具合に初めての転写を成功させ、彼女は思わずガッツポーズをとった。

しかし、その直後に彼女の意識は糸がプッツンと切れるように途絶えた。

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