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楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

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自分を信じる勇気

リーネ記念奉武大祭きねんほうむたいさいの当日、ザティスは酷く苛立っていた。

前日に行われたゲストを決定する予選会でしこたま殴られ、何度も魔法を食らってさんざん痛い目を見たからだ。不幸にもファイセルの心配は的中した。

彼の実力からすればほとんどダメージを受けずに予選を突破することも出来たが、奉武大祭ほうむたいさいはあくまで神殿守護騎士テンプル・ナイトの大会である。

明らかに戦闘能力の高い出場者はなんらかの手段で弾かれてしまう。そのため、今日の奉武大祭に出場するにはギリギリまで粘って辛勝を演じる必要があった。

更にザティスの感情を逆なでする出来事があった。普通はこういった戦闘大会では専門の治療チームが結成され、懇切丁寧に試合後の傷の手当をしてくれる。

……はずなのだが、昨日の予選会では申し訳程度の治療しか受けることが出来なかった。

わかってはいたが、さすがにここまでゲストが邪魔者扱いだとは思わなかった。

リーリンカの魔法薬は奉武大祭本選に温存しておきたかったので、試合後にマーケットで奮発して高めな魔法薬を買った。

しかし、どうやらハズレを引いたらしく効き目がイマイチで彼は全身に鈍い痛みを感じていた。

おまけにその魔法薬はとてもマズく、未だに腐った魚のような匂いが口内に広がっていた。嗅覚はすっかり麻痺している。

その上、なんだかんだで大した回復は見込めず、想像以上に蓄積ダメージは大きそうだった。

「ケッ。そんなに部外者が邪魔ならハナっから募集すんなってんだよ。内輪でやってろっつー……」

ザティスが独りでぼやいていると誰かからの視線を感じた。振り向くとそこには見知った顔が並んでいた。

それはかつて同じ学校で学んだ同級生たちだった。長髪の青年がいじわるげに、まるでムシでも見下ろすような表情で話しかけてきた。

「おー、落ちこぼれのザティス君じゃ~ん。昨日の予選で見かけた奴がいるつって聞いてさ~。こんなとこにリジャントブイル生サマサマがいるなんてわけねーよなって思ったんだけど。どうしてかな、なんでこんな所で油を売っていらっしゃるんですか? ほぼ退学の学院生サマがよ!」

その脇にいた背の高いそばかすの少女は笑いをこらえるような仕草を見せながらいかにも心にも思っていないような事を口にした。明らかにこの少女もザティスを小馬鹿にしている。

「もー、やめなよ。ザティス君かわいそうじゃ~ん。そうやって人を馬鹿にすんの、あんたの良くないクセ……プクク……あーはは!! こんなの笑っちゃうにきまってんじゃん! 落ちこぼれがノコノコ何しに来たっての? それとも何? もう退学くらって帰ってきたとか!? キャハハ! ウケる~!!」

すぐに化けの皮は剥がれ、少女も腹を抱えて笑い転げている。隣にもう一人居た太めの同級生も容赦なく彼をこき下ろした。ビシッとザティスを指差してキツイ一言を吐く。

「ホントだぜ。今更どのツラ下げて戻ってきたんだよ。いくら名門に受かったって進学できなきゃクズだろ。神殿守護騎士にボコボコにされないうちにとっとと帰れよ。あ、お前、帰る家ねーんだったな。ハハハッ!!」

それを聞いていたザティスは聞こえないとばかりにスルーした。確かに、彼らの言うとおり自分は落ちこぼれであるし、そう蔑まれても言い返すことは出来ない。

だが、今の彼には自分を信じる勇気があった。これは自分ひとりで得たものではない。

三年留年して何も信じられず、全てを見失いかけていたあの日……。

偶然巡り合ったリーダーのファイセル。そしてリーリンカやラーシェ、アイネといったチームメイト達が与えてくれたものだ。

彼らは誰一人、ザティスを留年生と馬鹿にすることはなかった。そして特別扱いや腫れ物扱いもせず、対等に接してくれた。

そんな彼らの未熟で放っておけない姿は腐っていた彼を前に進ませるきっかけとなった。

身を焼くほどに憧れていた遠距離魔法を諦めるという決断をチームメイトの為に彼はしたのだった。

命を預け、逆に命を預かった仲間たちがいる。自分に自信の持てない者に命を預けるものなど居ない。だからこそ、彼には今も頼りにしてくれる仲間達が居る。

学院での経験は彼を強くした。もう安っぽい中傷などに惑わされたりはしないと胸を張って言えた。

「お前らせっかく見物に来たんだ。ま、ゆっくり見てってくれよ。退屈はさせねぇと思うぜ」

さんざん馬鹿にしてきた同級生に向けてザティスは不敵な笑いを浮かべた。その反応を見て、相手は想像外のリアクションに唖然とし、ポカーンとしていた。

それを横目にすると彼はなんだかどんどん愉快になっていった。散々言われ放題の青年は振り向いて本選が行われてる舞台の方へ歩き出した。

奉武大祭の会場は王都ライネンテにある神事の舞などを行う舞台の上で行われる。非常に頑丈な鉱石、コルーブレ岩を使った石舞台である。

その鉱石をブロック状に切り出したものを敷き詰めて作られたのが今回の試合会場だ。ちょっとやそっとの事では破損しない。地面から80cmくらいせり上がった舞台の上で試合は行われる。

この大祭以外にも武術大会が行われることがあるが、特徴的なのはほどんどの大会で場外負けルールがあることだ。

リジャントブイルの闘技場にも場外ルールを採用しているステージはあるが、大抵が決着が着くまで闘うことになる。それに対し、ここでの戦いは少し勝手が違う。

相手を突き飛ばしたり、吹き飛ばす、逆に踏ん張るといったテクニックが勝敗に大きく影響するからだ。いくら戦闘能力が高くても場外になってしまえば負けである。

これがかなり曲者なルールで、純粋に戦う場合とは結果が異なってきたりする。

ザティスはこの形式に関して勝算アリとは言えなかったが、それなりに経験もあるし全くの苦手というわけでもなかったのでチャンスはあるように思えた。

そうこうしているうちに司会がマナマイクで試合結果を伝えた。

学院の闘技場とは違い、実況は居ないようである。もっとも、あくまで神事であるので煽るような役割はいらないのだが。

「えー、ゲストのラプーア選手。初戦敗退です。健闘なさっていましたが、誠に残念です。勝者は神殿守護騎士の―――」

そろそろ自分の出場の順番が来るだろうとザティスは石舞台に近寄った。丁度前の選手が負けた時である。

案の定、負けたのはゲスト参加者だった。直後に定期的な大会説明のアナウンスが挟まる。

「えー、この大会はかつての救国の女騎士、リーネ・バロンドート様に武を奉納するための武闘大会です。救国の騎士として名高い彼女ですが、ルーンティア教会とも縁が深く、幾度も慈恵のシスター、クレティア・ハンネを護衛した事で知られています。このことから彼女の武を賛して毎年行われるのが当大会です。あっと。準備が整ったようです。次の試合が始まります……」

係員に誘導されてリジャントブイルの青年は石舞台に上がった。肩慣らしに腕をグルグルと回すと全身に鈍い痛みが走った。

だが、リーリンカの魔法薬を使いさえすれば痛みは引く。そのうち薬を使うことになるはずなのでこの鈍痛とおさらばするのもそう時間はかからないだろうと辛抱した。

「それではッ―――。相対するは神殿守護騎士テンプル・ナイトシャンテ様護衛近衛兵、サランサ・ヌーン選手VSたいゲストのザティス・アルバール選手です!!」

向かい側に現れたのはどこかで見た顔だった。

教会の強力にエンチャントされた鎧に身を包み、大きな槍の柄を地面に突き立ててピンと背筋を伸ばしている。鋭い視線を感じてザティスは思わず身構えた。

所属を聞かなければ誰だか思い出せないところだったが、シャンテの護衛近衛兵と聞いて真っ先に自分たちに食って掛かった乱暴で物騒な革新派の女騎士の事を思い出した。

「ハッ。あんたと当たるとはな。悪いが初戦で敗退してもらうぜ」

相手もこちらのことがわかったらしく、ヘルムの陰の目が大きく見開かれたのがわかった。次の瞬間、女騎士は槍を持ち上げ、柄を舞台に強く突き当てた。

ズンという鈍い音が試合会場に響く。まるで床越しにビリビリと怒りの感情が伝わってくるようだ。

「きっ、貴様……シャンテ様の前で不敬を働いた貴様かッ!! まさかこんなところでまみえるとはな!! これも不届き者に天誅を下せとのリーネ様のご意志だ。この場を設けてくださった事に感謝せねばならん。いいな、遠慮なく成敗させてもらうぞッ!!」

とてもルーンティアの教会を守護するものとは思えない荒々しく暴力的な態度だ。さすがのザティスもこれには思わず呆れた。

革新派は程度の差こそあれ、このような血の気の多い思想のものが多い。

”革新”とは言うものの、その内実はかつて教会が持っていた強力な武力の騎士団を再興するという旧時代への遡りである。

確かに乱世の頃は教会や民を守るために強力な騎士団が必要であったが、おおむね平和な今の時代となっては教義とも矛盾する過剰な武力は必要ないとされている。

それでも過去の威厳のある教会こそ、本来あるべき姿であると主張するのが革新派だ。

昔からどの時代にも必ず革新派というのは居るもので、増減はあるものの教会を構成する要素の一つである事は疑いようがない。

大昔のように独立した権力としての教会や騎士団を再び欲する流れは今も絶えることがないのだ。聖職者といえど所詮は人。権力を欲するというのはごく自然なことなのだろう。

保守派と革新派。そんな教会内部のゴタゴタは今のザティスにとってはどちらでもよかった。

この眼の前で憤る神殿守護騎士テンプル・ナイト相手に激闘を”演じる”ことが自分に課せられた課題である。

そんなゲスト枠の”お客様”は親指で荒く鼻頭をこすると腰を落として戦いの構えをとった。
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