挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
楽土創世のグリモア 作者:しらたぬき

Chapter3

141/166

美しい舞踏に命を

劣勢に追い詰められたフレリヤは思わず生傷をかばいながらハナブサとの距離を取った。

(はぁ、はぁ……もう……ダメかもしれない。こういう時、どうすればいいんだ? きっとアイツの言う“無殺意の殺意”ってやつが出来てないんだ……。とにかく心を落ち着けるんだ……)

そんな事を考えて深呼吸をするうち、彼女は自分の体が内側から突き動かされるような気がしてきた。目をつむると自然と神経が研ぎ澄まされてくる。

いつのまにか彼女は目をつむって精神統一をしていた。ハナブサはその様子を見て思わず武者震いした。

「そうだよ。そうこなくっちゃァな。それでこそやりがいがあるってもんだ!! こっからが本番ってところだな。いくぜ!! 旋影脚せんえいきゃく!!」

彼は片足を軸にしてくるくると回り始め、高速で回転蹴りしながらフレリヤへと迫ってきた。

かわす隙は無いと判断した彼女はこの技を迎え撃つことにした。不思議なことに、彼女の体の感覚は徐々に軽くなってきていた。

まるで自分の体ではなく、誰かが自分を操っているような錯覚にも陥っていた。それでも、奴に勝って生き残るにはこの奇妙な感覚、おそらくかつての自分の感覚を信じるほかなかった。

今までは考える頭が邪魔をしていたが、身を委ねるように力を抜くと自然と体が柔らかな戦いの構えをとった。

ハナブサの蹴りが目前まで迫ってきたが、フレリヤはとっさにしゃがんでかわし、体格差を活かして足払いをしかけた。

あまりの反射速度の速さに相手は為す術が無かった。彼女は足払いを決めると地面についていた両手をつっぱねてすぐさま蹴り上げに繋いだ。

反射神経には反射神経をとキツネ顔の男も紙一重の所でこの蹴り上げを回避した。そのまま軽やかにバク転をしながらフレリヤとの距離をとった。フレリヤも着地するとすぐに隙のない構えをした。

「チッ。その恵まれた体型に怪力とは。やりにくいったらねェよ。感覚を取り戻す前に決着付けさせてもらうぜ。俺様だって命は惜しいからな!!」

そう言うと男は横の間合いが不利だと判断したのか空中高くジャンプした。

そのまま強烈な回転をかけたまま手刀を突き出してフレリヤの頭上を突いてきた。男が接触してくるほんの僅かの間で彼女は思考を巡らせた。

(拳!! ということは斬撃!! あの速度、回転で来られたら拳でも弾くのは無理がある!! かといってステップでは避けきれない!!)

「もおらッたあああアァァァァ!!」

ハナブサは雄叫びと共に彼女の息の根を止めようと上空からの突進をしかけてきた。

彼の手刀が彼女を貫いたかと思われた時、フレリヤは絶妙のタイミングで地面に転がって脚を宙に向けてくの字に折り、致命的な一撃を回避した。

「なッ!! 速ェ!!」

それだけではなかった。彼女は転がった反動を使って両手で地面を跳ね除け、無防備なハナブサめがけて両足でかかと落としを繰り出した。

それに対し、彼も素早く掌を着いて回避行動を取ったが、かかとの一部がかすって片腕に切り傷を負った。また距離を置いて両者は見合う形となった。その時、フレリヤがなにやらポツリと呟いた。

「……こんなところで……死ぬ訳にはいかない……」

「あン!? 言いたいことがあるならハッキリ言いなァ!!」

彼女は問われると強い眼差しをたたえた表情でハナブサの方を見つめた。そして、落ち着き払った態度で再度、一言を口に出した。

その様子はまさに”無殺意”といったところで微塵も殺気を感じさせない姿勢で、敵意があるのかないのかさえわからなくなった。

「あたしはこんなところで死ぬ訳にはいかない。あんたには恨みも何もないけれど、それでもあたしを止めようって言うなら……」

「へへッ、俺を殺るってか? いいだろう。とことん相手してやろうじゃねェか。可愛い可愛い妹弟子の為になァッ!!」

再び二人は激しくぶつかりあった。拳と脚の、脚と手刀の激しい衝突が何度も起こった。互いに刃と刃、棍棒と棍棒を相性の悪い組み合わせにならないように打ち合う。

互いに激しく打ち合い殺し合ってはいるのだが、何故かその光景は二人で美しい舞踏を舞っているようだった。

フレリヤの体格や力はハナブサのそれを上回ったが、彼はそれに経験と技で対抗した。フレリヤは戦いはじめの頃、こんな手練には絶対に勝てるわけがないと思っていた。

だが実際にぶつかってみれば総合的な力は拮抗していて一進一退の攻防が繰り広げられることとなった。

逆にハナブサは焦りを感じ始めていた。ここ最近の戦いではここまで苦戦することが無かったからだ。いずれの相手も今まで放ってきた技の前に崩れ落ちたし、今回もさほど苦戦するとは思っていなかった。

常勝故の慢心というのもあったのかもしれない。しかし思っていた以上に妹弟子の拳術は鋭く、彼の命を脅かしつつあった。

「ハンッ!! あんた、よくやったほうだよ。まさかこれを使うことになるとは思わなかった。正直参った。でも死ぬのは俺様じゃない、お前だ。いくぜ、風薙ッ(かざなぎ)!!」

男は打ち合いの最中でチャンスをみつけ、両手の手刀を上下左右様々な角度で振り回し始めた。その速度は凄まじく、小規模なつむじ風が起こるほどだった。

思わずフレリヤは飛び退いたが、技の衝撃波が彼女を襲いって無数の切り傷を体中に負った。ガードに使った腕は特に傷が深く、すぐさま血が勢い良く流れ出始めた。

「何もよォ、俺様が使えるのは月日輪回げつじつりんねだけじゃねェってワケ。どうせあんたの札はそれで終いだろ? 無駄に抵抗したら苦しんで死ぬことになるぜェ?」

フレリヤはそれに対してだらんと無力に垂れた右腕を左腕に抱えるような仕草をした。顔から脚まで全身に深い傷を負って、痛みでおののいていた。

それを見たハナブサは好機とばかりに勢いを殺さぬまま突進し始めてきた。鋭い切れ味の手刀が彼女に迫る。男は勝利を確信してニヤリと笑みをこぼした。

次の瞬間、男の両腕が虚空に弧を描いて飛んだ。まるで剣と剣を打ち合って、片方が折れて吹き飛んだかのように。

彼は自分の両手のあるはずの場所を凝視した。だがそこにはもう腕はなく、すっぱりと刃物で斬られたような断面が見て取れるだけだった。

「お、おれは……こ、これは……? ごばぁっ……」

口から大量の血反吐が出た。何事が起こっているのか彼自身にもわからなかった。痛みを感じる胴をまさぐろうとしても、触る腕がない。

恐る恐る自分の体を眺めると腹部から左肩にかけて胴体が斜めにバッサリ斬られ、大きな傷口がパックリと開いていた。そこからはおびただしい血が吹き出していた。

「おま……さか……ちゅう、ぎゃくて……」

フレリヤは右腕をかばっておののいていたわけではなかった。彼が手刀を使えるのなら自分にも使えるのではないかととっさに思いついた。

そして剣を鞘から抜く動きをイメージして左腕で支えたままハナブサにバレないように構えていたのだ。

彼と接触と同時に思いっきり振り切った腕でフレリヤはハナブサを斬った。

その結果、パワー負けしたハナブサは腕を飛ばされ、胴を割かれることとなった。男は体の均衡を取れなくなって後頭部から倒れ込み、そうかからないうちに絶命した。

自分の出血と返り血がごっちゃになってフレリヤは混乱していた。体のどこかが痛いような気もするし、そうでもない気がする。

あまりの深手にもはや痛覚が麻痺しかかってきていた。かろうじて戦いには勝利したものの、彼女が負ったダメージも命を落とすほどのものだった。

「あ、あい、い、痛つつつ……」

フレリヤは表情を歪めて地面に立て膝をついてかがんだ。見渡すともう里の広場に自分一人を除いては生存者は居なかった。

里の者とよそ者の骸が入り乱れている。そうこうしているうちにやがて自分の呼吸も弱々しくなっていくのがわかった。

「あ、あはは……こんなに、こんなに人、殺しちゃってさ…………。あ、あたしも死ぬんだろうな……。勢いで死ねないなんて言ったけど、結局なんのため生きるのかのかわからなくってさ……でも、いいのかもなぁこれで……」

彼女は少しすると意識が朦朧として前のめりに両腕を大地について四つん這いになった。

自分の体から滴り落ちた血で地面が染まっていく。どんどん体中の力が抜けて支えている腕が震えだした。

「はぁ……はぁ……もう、ダメそうだ……ごめん……ごめんな……」

そう消え入るような声を発した後、ドサリという大きな音を立てて亜人の少女はその大きな体を地面に横たえた。

残った力で自分をかばうように膝を抱き、まるでうずくまって寝るかのように静かに少女は瞳を閉じた。

その表情は戦いの末のものとは思えず、安らかなものであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ